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石畳

 川沿いに広がる街は、背の低い石造りの建物が連なり、遠くから俯瞰すると道が迷路のように入り組んでいる。しかし実際に街に入ると、ゆったりと広い道には石が敷かれ、瓦礫や破損箇所も少ないため、私たちは軽快に歩みを進めていた。

 広い大通りの中心には、川の水を通す水路が走り、その上を無数の石橋が等間隔で並んでいる。穏やかな陽気と水音、それは私の頭から思考を奪い取ってしまう。時間の流れが遅くなったように感じ、思わずそこら辺に佇むベンチで昼寝をしてしまいそうだ。


「こういう広い道も良いけど、私はやっぱりああいう細い路地が好きなのよねー」


 建物の間の隙間から、向こう側の景色が僅かに見える。特に変わったものがあるわけではないが、こうして暗い影から覗くと、あの先には別世界が広がっているかのように思えてしまう。空から見ればほんの数メートル。普通に道を歩けば苦もなく反対側へ行けるだろう。

 しかし私は路地を通る。狭く、横向きにならないと通れない。服が何かの突起に引っかかり、その度に少し戻って外す。背中を壁に擦りながら、頭上から降ってくる埃を払うと、手が石のざらついた壁にぶつかり思わず呻く。

 時間にして数分程度。私は別の世界へやって来た。なんてことはもちろん無い。路地の抜けても、先程と変わらない街並みが広がっているだけだった。


「なんかちょっと悪いことをしたみたいでゾクゾクしちゃう」

「悪い子だ」


 道を行く。傍らに並ぶお店の窓を覗く。並べられたテーブルは、何か美味しそうなものを上に並べ、周りを囲うように、若い人達が椅子に座り談笑している。店員が持ってくるのは、少し苦味のあるコーヒーか、大盛りの甘々なパフェか、濃厚なチーズケーキか。明太子パスタの可能性もある。

 楽しそうな幻想を通り過ぎれば、今度は大きな窓ガラス越しに、埃を肩に積もらせた人形が、私たちを見下ろしている。来店を知らせるベルの音が、遠くの方から聞こえてきた。

 少々胸焼けした私は水路を覗きに行く。側壁に造られた階段を下り、水面の直ぐ側まで近づくと、私達はしゃがんで水に触れた。


「冷たくてちょー気持ちいい!」


頭が冴え渡る。手に伝わる感覚で、私はようやく時の流れを実感出来た。

 水と共に水路を進む。途中、橋の下を潜ると、水面を跳ねた光が、頭上にゆらゆらと揺らぐ水影を作り出していた。決して珍しいものではないが、何故か私達はその光景に興奮し、感嘆の声が水の音に混じって反響する。

 太陽がてっぺんに来ると、私達は日焼けしないよう建物の中へ避難した。そこは元々飲食店だったようで、妖精様の案内に従って二階に上がると、比較的綺麗な窓際の席に腰を下ろす。気分は完全に旅行だった。窓から見下ろす街並みは、少し視点が上がるだけでも目新しく新鮮に感じ、例えば今手元に飲み物があったとしたら、私はストローを使ってそれを飲みながら、次は何処へ見に行こうか思案していることだろう。まるで店内の騒がしいかのように感じ、足元はお土産を入れた袋で窮屈、そして妖精様がひっきりなしに話しかけてくるのだ。


「あれ人じゃない?」


現実に引き戻された。

 私は彼女と同じ方を見る。探さずともその人物は見つかった。遠目から見てもよく目立つ、目立ちすぎるほど大きな鞄を背負い、疲れた様子で石橋の上を渡っている。金色の長い髪を、何か金属製のもので束ね、歩くたびにそれがチカチカと光を反射する。


「よく考えたら、普通私達ってああいう格好をしているのが当たり前なのよねぇ」


私と妖精様は、それぞれ自分の格好を見る。何も持っていない。服しか着ていない。近所に住んでいると言っても疑われないだろう。ポケットの中を探ってみるが、砂粒が手に引っ付いて来るだけだった。

 妖精様が大きな声を出しながら、割れた窓から身を乗り出し、金髪の人物に向かって手を振る。私も彼女の後ろから同じように手を振ると、それに気づいたのか、金髪の人物も両手で大きく円を描く。


「わ、走り出した。しかも足早っ!」


重そうな足取りだった先程と一転して、大きな鞄をゆっさゆっさと揺らしながら、跳ねるように道を駆ける。あっという間に私達の下まで来たが、どうやらかなりの力を使ったようで、息遣いがここまで聞こえてきそうなほど、肩を大きく上下させていた。私達は一階に下り、金髪の人物の元へ行く。


「ハァハァ……」

「だ、大丈夫? とりあえず鞄置いたらどうかしら」

「そうしたいんだけど、足プルプルで今動いたらヤバいかも」


疲労困憊しているようだが、それでも凛々しさが伝わる格好良い女性だ。無駄のないしっかりとした体つきは、この人が己の足でこの世界を歩いている証拠であり、決して人の頭の上に座って楽をしているような誰かとは違う。


「あんたも荷物下ろすの手伝って」

「仰せのままに」


 建物の陰に荷物を置き、いつの間にかうつ伏せに倒れていた女性を、上半身を抱えて店内へ運び込む。力の抜けた体はとても重たい。質量だけでなく、心理的な重みがどっさりと腕にのしかかってくる。


「ありがとう。助かったよ」


適当な場所に下ろすと、女性は私の目を見て微笑んだ。とても礼儀正しい方だ。ぜひ妖精様にはこの方を見習ってもらって、今までの私に対する無礼を詫て欲しい。

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