呪殺依頼
私は呪術師。
表向きは占い師だ。
時々ではあるが、私に「裏の仕事」の依頼がある。
それは「呪術による殺人」だ。
まだそれほど受けた事はないが、これは大変な疲労を伴う。
人一人を呪い殺すには、その者の生命力を完全に消滅させるだけの呪力が必要なのだ。
だから報酬は高額。
都心の一等地に大豪邸が建てられるくらいは頂く。
高額の理由はもう1つある。
あまり依頼を受けたくないのだ。
呪殺の疲労は常人の想像を絶する。
二度と受けたくないと思うくらい。
だから今まで受けた依頼は、私が依頼者の言葉に納得し、確かに生かしておけない存在だと思えた場合に限られている。
その代わり、一度受けた呪殺の依頼は撤回ができない。
殺すのはまずいと後悔しても、依頼者は一生その咎を背負うしかない。
そのくらいの覚悟があって初めて、呪殺の依頼をするべきなのだ。
相手がのた打ち回って死んだと聞き、発狂した依頼者もいるのである。
ある日、神妙な面持ちの老夫婦が、私の店に現れた。
私は一目で殺しを依頼に来た、と感じた。
それくらい2人から発せられる気が、澱み、歪んでいたのだ。
「本日はどういったご用向きでお出でになりましたか?」
私はそんな思いを押し隠して、にこやかな顔で尋ねた。
「実は・・・」
夫の方が小声で呟いた。
「はい?」
私は話を聞き取ろうと身を乗り出した。
「ぐ・・・」
横に座っていた妻の方が、いきなり私の腹に出刃包丁を突き刺した。
「な、何故・・・?」
私は出刃包丁を両手が切れるのもためらわず、押し留めながら言った。
「私の息子は貴女に呪殺を依頼して、その結果、相手の死に様を知り、それを悔やんで自殺したのよ!」
「・・・」
私には言葉もなかった。夫の方が私の両手を掴んで、包丁から引き剥がし、
「お前のせいで、死ななくていい息子が死んだんだ! あの世で息子に詫びるがいい!」
と叫んだ。
私はこんな日が来るとは思っていた。
所詮、呪術師の最期はこの程度のものだ。
しかし、気力を振り絞って最後の嫌味を言い放った。
「残念ですが、呪術で人を殺めた私は天国にも地獄にも行けずに消滅するだけなので、息子さんに詫びられません」