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2月15日の戯言

作者: 五月雨ムユ

バレンタインに書き上げた短編です。よろしければ…!!

「こいつとは金輪際関わりたくない」


 もし何かのキッカケで、誰かに対して心の底からそう思ったところで、実際問題そうもいかないのが現代という時代なのではなかろうか。

 ふと、そんなことを考えた。


 世間一般、やや過剰なまでにコミュニケーション能力が重視されていることからもわかる通り、現代においては誰かと関わることなく生きることはほぼ不可能に等しく、それでいて好きな人とは中々一緒にいられず、反面嫌いな人との関りを断つこともできないという、なんともまあ不便というか、無理に舌触りのいい言葉に置き換えるのならなんとも“平等な”時代になったもんである。


 ともかく。


 はるか遠くの地に旅行した際にふと知り合った人に対して、こいつとは金輪際関わるまいと思ったならば、もしかすればその希望は叶うかもしれないが、しかしそれでも再び会う可能性がゼロとは言い切れず、さらに言えばそういう人種に限ってわざわざ心から憤慨するようなことはせず、関りたくないとも思わないものなのである。

 まったく、世の中上手くできているのかできていないのか判断に困るのだが、そうした願いを持つ相手というのは往々にして身近な人間なのである。そしてその原因は、一言で言ってしまえば自らが心内に抱く、相手に対する我儘であろう。


 つまるところ、人間は相手に対する印象を生成することでしか関係を築いていけない弱い生き物であるということだ。

 この地球上の人間以外の全ての生物は、他者との関係構築の根拠に印象だなんていうふわっとしたものを使ってはいない──と書くと、まるで人間様がとても進化した生き物であるかの印象すら抱くが、しかしこんな一文にすら何かしらの印象を抱いているあたり、人なんてものは大した生き物ではないのは自明だろう。

 誰かに相対した際に、そこにいかなる意志が、願望が、環境が介在しようとも、人は相手を何かしらのカテゴリーに入れて以後の関係構築について考え始める。少し考えてみればわかることだが、自分以外の人間で自分との関係性を抜きにして語れる人物など、この地球上に一人たりと存在しえないのだ。

 例え何の関りもない人でさえ“他人”というカテゴリーに分類され、その人物に抱く印象はずばり“なにもない”という名前の印象である。本当の意味で“無”を抱く、否、それすら抱かないような相手などこの世には──さらに言えばあの世にすら存在しえないのだ。

 人間は相手を印象で判断する生き物である、とは、つまりはそういうことだ。


 閑話休題。

 話を戻そう。


 相手に対して抱く印象の中でも、「こいつとは金輪際関わりたくない」という印象は、案外と深い所に存在するものであろう。軽い嫌悪感ならいざ知れず、そこまでの負の感情というのは、深くかかわった相手にしか抱き得ないものなのだ。

 ではなぜ人は相手に嫌悪感を抱き、さらにその程度が関りの深さによって変化するかと言えば、それは自身がどれだけ相手に期待して、その勝手に期待した分の裏切りを味わったかに依るのだろう。

 例えば、始めからクズだと思っていた人間に財布を盗まれても「やっぱりか」以上の感想は抱かないだろうし、普段から血まみれのナイフを振り回している人間に刺されても(もちろん刺された時点でそんなこと考えている余裕はないだろうが)同じ感想になるだろう。

 もしくは、特に良いでも悪いでもない印象しか抱いていないような相手──それこそ旅先でふと知り合った人──に財布を盗まれたら「あいつ……!」と憤慨するであろうし、数十年連れ添った気心の知れた恋人に刺されたりしたら憤慨どころの騒ぎではないだろう。気持ち的にはまさに「金輪際関わりたくない」である。

 人間のなんと罪深いことか、長い時間をかけて相手に抱いた印象が裏切られると、そこに深い絶望を見出してしまうのだ。


 しかし救えないのは、当の相手にしてみればそれは押し付けられた我儘にすぎず、もしかすれば元からその人はそういう人間だったのかもしれないし、長い時間の中で少しずつ変わっていったのを見落とされていただけなのかもしれず、必ずしもそこに悪意が介在しているわけでもないというところにある。


 さて、ここからが本題なわけだが、ずばり、俺の事例について考えてみよう。

 “けーすばいみー“というやつだ。


 俺が彼女──幼馴染のリオに対して、こいつとは金輪際関わりたくないと心から願ったのは2月の半ば。本来であればキリスト教関係の神聖な行事(なのかは知らんが)であるはずなのに、クリスマスしかり、日本ではすっかり都合のいいように改変されてしまっている、リア充御用達のくだらないイベントの中でも特に学生に対してクリティカルダメージを発生させる日──ずばり、バレンタインの日のことだった。

 ……云々等々、ふとした思い付きを脳内で必死にまとめ上げ、自分にしては理路整然とリオに対して語って聞かせると、彼女は「はァ……」とマリアナ海溝よりも深いため息をつき、そして可哀想なものでも見るかのような顔でこちらに向き直った。


「……で、それってご丁寧に理論武装して長々と語った割に、要は私からバレンタインチョコが貰えなくて悲しい、ってことでしょ?」

「端的に言えば、そうだな」


 日時は2月15日、バレンタインの翌日の出来事である。


「……えーっと……ツッコミたいポイントは死ぬほどあるんだけど、とりあえず聞きやすいところからいい?」

「おう、何でも聞いてくれ」


 どうしたことか、今日の俺はやたらと頭がさえわたっていたので、自信満々の表情でそう答える。

 と、しばしの沈黙の後、リオは観念したように口を開く。


「……その話、なんで当事者である私に話した?」

「……ふむ、というと?」

「いや『というと?』じゃないよ。わかれよ……」


 だめだこいつといった表情のリオに、俺は至極いつも通りのテンションで

「何故お前に話したかって、そりゃ他に話せるような友達がいればそっちを頼っていたさ。自慢じゃないが、俺にはお前くらいしかマトモな友達はいないんだぞ?」と言うと、


「そんなドヤ顔で言われても……悲しいとか通り越して恥ずかしいわ」

「照れるな照れるな」

「返しがいちいちおかしいんだけど……いや、私が聞いたのはそう言うことじゃなくて、何? ほら、私に対してムカついたって話なんだったらさ」

「ムカついたなんてレベルじゃないぞ。今後の関係性を考え直そうかと思ったほどだ」


 大事な箇所なので彼女の言葉を遮って訂正を入れると「なら猶更さ」とさらなる呆れ顔のリオ。

 どうでもいいけどこいつ、呆れ顔も可愛いな。


「そんだけdisった相手に直接その話をするって、あんたどういう神経してるわけ……?」

「……ん?」

「いや、だから、言ってしまえば悪口を本人に向かって語って聞かせてるみたいなもんじゃんってこと!!」

「ああ、なるほど」


 理解が遅くてすまんなと笑うと、さっきまでの比じゃないくらいの引かれ方をする。

 オイ、今ちっちゃく「サイコパス」とか言わなかったか……?

 ……気のせい、だよな?

 ともかく、何故と問われたならそれなりの返答を返さねば。

 俺は「ふむ」と少し考えたのち、リオに向き合って「それはな」と口を開く。


「まず、さっき言った通り、俺にはお前くらいしか話ができる友人がいないっていうのが1つだ」

「うん、あんたボッチだもんね」

「ボッチ言うな。ソロと呼べ」

「どっちでも一緒でしょ……」


 いやいや、言い方というのは案外重要なんだぞ。

 ボッチ飯と言えば聞こえが悪いが、ソロランチと言えばさも一人の時間を満喫してるみたいに聞こえるだろ。

 それにあれだ、世間はソロキャンブームだし、今の時代誰かとつるまない方が感染リスクもだな……いや、あまりメタいことを言っても仕方ないし、ここは素直にリオの言葉に呑まれて引き下がることにしよう。


「で、2つ目だが、悪口を本人のいないところで言うのはよくない。それは陰口だ。褒められることじゃない」

「う、うーん……なんてーか、抱いてる志は立派なんだけどな……正論って書かれたグローブでいきなり殴られたくらいの理不尽さを感じた」


 ぶつぶつと文句を言いつつ、一応は「なるほど」と納得のご様子のリオ。よかったよかった。

 しかしふと、「でもさ」とリオはこちらに向き直る。


「要は私にチョコ貰えなかったの、拗ねてるってことでしょ?」

「……俺も今、まさに正論グローブで殴られた気分なんだが」

「いや、うん、殴ってるよ?」


 じいとリオに目を見つめられ、思わず視線を逸らしてしまう。


「チョコ、欲しかったんだ」

「…………………………はい」

「返事ちっちゃ! さっきまであんなに饒舌だったのに!」


 堪忍して首を垂れると、リオは「そっかーそうだったのかー」と何やら楽しげなご様子。

 こいつ、こっちがどんな想いで……と憤慨しかけていると、すっと、リオの小さな手が俺の頬に触れる。


「ごめんごめん、別に意地悪してあげなかった訳でも、あんたのこと嫌いになったからって訳でもないのよ。単に、昨日渡すチャンスがなくて……っていうか、私もちょっと恥ずかしくて、なんとなく先延ばしにしちゃってたの」

「……リオ」

「だからまあ、長々変な話は聞かされたけど、これもいい機会かな」


 そう言って、リオは鞄からラッピングされた可愛らしい小さな袋を取り出す。


「これ……1日遅れになっちゃったけど、ハッピーバレンタイン」


 差し出されたその袋を、俺は恐る恐る受け取り、震える声で「あ、ありがとう」と返す。


「ふふっ、どういたしまして! あ、でも味は期待しないでね! ホント市販のチョコ溶かして固めただけだけど、あんま自信ないから!」


 眩しいくらいの笑顔でそんなことを言うリオを尻目に、俺は貰った袋をまじまじと見つめ、感嘆のため息を漏らす。

 そして改めてリオの方に向き合い、俺は彼女の目をしっかりと見つめる。


「……なあ、リオ」

「な、なに……?」

「実は俺、さ……」

「う、うん……」


 俺にじっと見つめられ、どこか頬を染めながらも視線をなんとか合わせてくるリオ。

 そんな彼女に、俺は意を決して想いを伝える。


「俺、実はチョコダメなんだ」と。


 …………。

 しばしの沈黙。


「…………マジ?」

「マジ」

「…………あんた、チョコダメだったっけ」

「お前、何年俺の幼馴染やってるんだよ……」

「…………いや、ゴメン」

「……いや、俺の方こそゴメン」


 流石に俺も申し訳なくなってきたので、顔を伏せる彼女に一礼すると、リオははあと深いため息を漏らす。


「……ゴメンなんだけどさ、でもゴメン、それとは別に一発殴っていい?」

「うん…………ん、んん⁈ ごめん、今何かとんでもないこと言わなかった⁉」

「気のせいだと思うよ。じゃあ、歯を食いしばってもらえる?」

「全然気のせいじゃないじゃん!」


 慌ててリオから距離を取ろうとしたが、時すでに遅し。

 がっちりと胸倉をつかんできたリオは、そのまま「これは私の乙女心のぶん!」云々、わけのわからないことを叫びながら正々堂々、惚れ惚れするくらいキレイなフォームで俺のみぞおち目掛けて拳を打ち込んできた。

 ……まあ、なんだ。こんなバレンタインも、なしではないんじゃないかな。

 薄れゆく意識の中で俺はふと、そんなことを思……いや、流石にこれはないな。うん。

 やっぱりこの関係性は少々見直した方がいいなと、そう思いました。

 はい。

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