このコントローラーは何のコントローラーか分かる人はゲーム好き
設定や用語など、作中で気になる疑問があれば感想にてお伝えしていただければ、次話の後書きにてご質問にお答えしようと思いますので、ぜひ書いていってください。
足を舐めますと全力で懇願したら、美波は気持ち悪がりながら親父とお袋への連絡を止め、これ以上の追求をしないでくれた。これも俺の兄としての威厳の成せる技だと思う。
「いやぁ、こんな情けないお兄さんってこの世にいる者なんすねぇ。まさか泣きながら土下座して妹さんの足を舐めようとするとは思ってもいませんでした」
情けないなんて言葉は一切認めない。
「とにかく、ベッドの下の本だけは諦めてください。それでも見ようとしたら泣き土下座しながら足を舐めるぞ」
「ちょっと止めてくださいよ。汚いし、こんなのがマスターとか思うと情けなくなってきますから。どんな脅しっすか、まったく……。そこまで嫌がるなら、誓ってベッドの下は見ませんから安心してください」
……念のために鍵付きのアタッシュケースでも買うべきか。まさか突然私室に現れるとは、思ってもいなかったしなぁ。
「あれ? そう言えば、何時の間に俺の部屋に来たんだ? 一階の出入り口は戸締りはしてたし、窓も締まってるし」
「アタシは【アイテムボックス】と外とを自由に行き来できるんで。ほら」
そう言いながら、木偶人形は消えたり現れたりを繰り返す。スキルカードを確認してみると、アイテム一覧の項目から木偶人形が消えたり表示されたりしていたから、言っていることに間違いは無いんだろう。
ていうか、コイツは本当になんなんだろう? 仮にもアイテムなのに、所有者の意思を完全に無視して【アイテムボックス】を自由に出入りできるとか、おかしいにも程がある。
「とりあえず、異世界とこの部屋以外では【アイテムボックス】の出入りはしないようにしておきます。マスターも変に目立つのは嫌でしょ?」
「そうしてくれると助かるけど……んじゃあ、そろそろ出かけるから」
「はいはーい」
手を振りながら【アイテムボックス】に戻っていく木偶人形。何はともあれ、分からないことだらけの状況であれこれ考えても仕方ないし、そろそろギルドに行って色々検証するとしよう。
「さて……ギルドに行く前に、ちょっと寄らないとな」
俺は必要な物を鞄に詰め込み、財布の中身を確認すると、自転車の鍵を持って家を出た。
=====
家から少し離れた場所にある霊園。色んな家の墓が並び立つその場所を通り過ぎ、俺は【深山孤児院之墓】と掘られた墓石の前に、予め買っておいた仏花を置き、軽く掃除をしてから手を合わせる。
「…………先月の月命日以来だな」
この墓は掘られた文字通り、深山孤児院という場所に在院したまま亡くなった孤児たちの墓だ。
入れる墓もない孤児たちの為に建てられたこの墓石には、幾人かの子供たちが眠っていて、今俺が語り掛けているのもその内の一人。
「俺さ、冒険者になったよ」
誰に聞かせるわけでもない、聞かせる相手なんてもうこの世にいない独り言みたいな報告を口にする。
「中々踏ん切りがつかなかったんだけど、こないだ初めて出来た彼女にフラれちゃってさ。悔しくて見返してやろうと思って……改めて口にしてみると、浅い理由だよな」
でもここに来ると、不思議と彼が目の前で俺の話を聞いてくれるような気がした。
あの日から七年……俺は毎月のようにここに来ては墓石に話しかけている。
「でさ、実際に行ってみた異世界ってスゲーんだよ。画面越しじゃ分からなかった空気とか自然とか、もう見て歩くだけでワクワクしてさ。まぁ、肝心の天職がハズレだったり、雑魚モンスターに殺されかけたり悲惨な目に遭ったけど」
三月の冷たい朝風が吹き、耳の奥でゴゥゴゥって音が鳴る。
「でも俺、頑張ってみるよ。もしかしたら何とかなるかもしれないから」
言いたいことだけ言って、俺は立ちあがる。そのまま毎月通い詰めている墓石に背を向けて、霊園の出入り口へと歩き出した。
「それじゃあ、また次の月命日に冒険話を土産に来るよ……一颯」
=====
用事を済ませ、昨日手に入れた資源……俺が気絶した後、木偶人形が回収してくれたランイーターのドロップアイテムも含めた物を売り払ってアイテムの補充を終わらせると、俺は再び異世界へと降り立った。
周りに誰もいないことを確認すると、木偶人形が自ら【アイテムボックス】から飛び出す。
「それじゃあ早速色々試していきますけど、さっき言ったとおり、アタシは自分の成り立ちなんて全然覚えてないっす。でも自分の力のことだけは何故か把握してるんで、それを説明していきたいと思います。というわけでマスター、早速スキルカードを確認してください」
言われた通り俺はスキルカードを体から取り出して確認する。そこには昨日見たのと変わっていない内容が表示されているはずだったのだが――――
「……嘘だろ」
本来最初期のスキル以外のスキルを覚えられない筈のアイテムマスターなのに、なぜか新しく【木偶同調】というスキルを習得していた。
「アタシが特別なのか、マスターが特別なのかは知らないですけど、多分マスターがアタシを使ったことで、新しいスキルを覚えたみたいっすね。このスキルを使ったら、昨日と同じことができますよ。ちなみに、アタシも同じスキルが使えます」
あのゲーム感覚で木偶人形を操作していた時のことか。昨日俺がスキルを使ってないのにあの空間に移動できたのも、木偶人形がスキルを使ってくれたからだったんだな。
俺は【木偶同調】を発動させると、いつの間にか木偶人形の後ろ斜め上という第三者視点が映ったホログラム画面が浮かんでいる空間に移動し、手にはゲームコントローラーが握られていた。
(そこはアタシの体の中にある異空間みたいなもんで、アタシを中から操る事が出来るっす。他の木偶人形みたいに、操作中にモンスターに攻撃されたりすることが無いから安心ですけど、アタシが完全に壊されたら、【木偶同調】の効果でマスターも死にますから、注意してください)
(お、おう)
スキルカードで詳細を確認してみると、確かに説明通りの事が記されている。
(ちなみに画面の上に黄色と緑の二色のゲージがあるでしょ? その緑の方がアタシの耐久値……ゲームでいうところの体力ゲージで、それが無くなったら死にます。管理に気を付けてくださいっす)
(なるほど……ちなみに黄色のは?)
(そっちはエネルギーゲージ。アタシが動くのに必要なエネルギーっすね。それは時間経過でゆっくり減っていって、無くなったら活動できなくなっちゃうんすよ。そうなったら【木偶同調】も解除されて、マスターが外に放り出されることになるっす)
(マジか……回復手段とかは?)
(ご飯食べさせてくれたらモリモリ回復するっすよ)
……こいつ、本当に木偶人形だよな? 飯まで食えるとか、体の構造は一体どうなってんだ。
(次はSTARTボタンを押してくださいっす。それでアタシのスキルカードが見れるんで)
(お前スキルカードなんて持ってたのか!?)
(最初から最低限の物は持ってる……というか、搭載されてるみたいでしてねー)
思い返せば、彼女は最初からガンブレードを二本所持して、それはいつの間にか【アイテムボックス】の中に入っていた。……俺が使う以前から、この木偶人形には武器が内蔵されていたってことなんだろうか?
そんな事を考えながらボタンを押すと、目の前のホログラム画面の右端に木偶人形のスキルカードが表示された。
―――――――――――――――――――――――――
名前:
天職:木偶人形
戦闘力:50
【スキル一覧】
・全スキル習得可能
・ゲージシステム
・木偶同調
―――――――――――――――――――――――――
(【木偶同調】を使ってる間、マスターのスキルも共有して使えるみたいっす。この状態でも【アイテム調合】とか出来ますし、【アイテム強化】の効果も出ますよ)
(あぁ、それは助かるな)
(逆に【木偶同調】を使ってない時は例外を除き、それ以外のスキルが使えないんで、異世界を探索する前にあらかじめ発動しておくのがお勧めっす)
戦闘力はゴミみてぇな俺のと比べると十倍か。確かレアな天職である聖騎士とか勇者とか、元の戦闘力が高いと言われる天職の初期値も50だったよな? そう考えると木偶人形の素のスペックはかなり高い。ランイーターの大群を一方的にボコれたのも頷ける。
あと、増えてるスキルと言えば【木偶同調】と連動した【ゲージシステム】。これは体力ゲージが体の損傷を、エネルギーゲージが疲労を肩代わりしてくれるスキルで、ゲージが無くなれば死んだり動けなくなったりするらしい。
逆に言えば、ゲージがある限り常に最大のパフォーマンスを発揮できるという強スキルだけど、俺が一番注目したのはそっちじゃない。
(【全スキル習得可能】!? これって、どんなスキルでも習得できるようになるっていう、あの!?)
このスキルは、数多く存在する冒険者がこぞって欲しがる超レアスキルだ。普通、天職によって習得できるスキルと出来ないスキルというのが存在するけど、この【全スキル習得可能】というスキルさえ覚えてしまえば、文字通りどんなスキルでも覚えられるようになるという、ガチ冒険者勢垂涎物のスキルなのだ。
何より特殊なのは、どの天職でも習得可能という点。流石にアイテムマスターが覚えたという話は聞かないけれど、このスキルさえ手にしてしまえば冒険者として成り上がれるのではないかと考えてはいた。まさかこんな形で手に入るだなんて……!
(どーですか? こう見えて、アタシも凄いっすよね!? ドン引きするくらい褒めちぎってくれても良いんですよ?)
(あぁ、あんたスゲェよ。ただただ見直した)
(ふっふーん)
俺の呆気を取られた称賛に満足したのか、木偶人形はホログラム画面の向こう側でこれでもかというくらいドヤ顔をしていた。ちょっとウザかったけど、そんな顔が出来ても文句が言えないくらい凄い性能だ。これで戦闘力の増加まで見込めてくるのなら……。
(後は肝心の操作方法ですけど、【木偶同調】のページに詳しく描かれてるんで、読んでください)
そう言われて、俺は再度スキルカードから【木偶同調】の内容を詳しく調べながら、実際に操作してみる。
△ボタンで近接攻撃。〇ボタンは銃での攻撃。□ボタンがアイテムの使用、×ボタンがジャンプ。左スティックが移動で、右スティックが視点変換。R1ボタンが物を掴んだり持ち上げたりで、R2ボタンが防御。それでL1とL2ボタンが、それぞれ通常のスキルと装備スキルの発動か。
(攻撃や移動、防御やジャンプはマスターのイメージが強く反映されます。ボタンを押しながらどんな風に攻撃をしてたりするのか考えないといけないから、我ながら玄人向けのアイテムっすね)
(まさにゲームって感じだな……一回でもゲームオーバーになったら死ぬデスゲームだけど……ん?)
……この操作方法、凄く見覚えがある。というか、滅茶苦茶馴染みがあるんだけど……。
(マスター? どうしたんすか?)
その声に答えることなく、俺は予感を確信に変えるために左スティックを前に倒した。
画面の向こうで人間離れした速さで疾走する木偶人形。そのまま地面を蹴り、巨木の幹に向かってジャンプ。そこから更に幹を蹴って別の木の枝に登り、枝から枝へと跳び回る。
そしてフィニッシュと言わんばかりに、空中で二振りのガンブレードを取り出して枝を二本切り落とし、落下しながら切り落とした枝を撃ち抜いて、そのまま綺麗に着地した。
(何すか今のスタイリッシュな動き!? マスターって、アタシを使うの昨日が初めてなんですよね!?)
(ハ、ハハハハ……!)
驚いた様子の木偶人形だったけど、やっぱり俺は答えられなかった。ただ笑い声くらいしか零せないくらいに、気持ちが昂っていた。
だってそうだろ? 高めの戦闘力に【全スキル習得可能】という高スペックだけでもお釣りがくるっていうのにさ。こんな奇跡みたいなことってある? つい昨日まで、これから冒険者としてやっていけんのかって本気で悩んでたのに。
俺が死ぬほどやり込んだアクションゲーム、モンスターバスター。モンスターを倒す為に用意された様々な武器種の中で、俺が最も使い込んだ双剣と双拳銃という武器がある。
その二つの武器の操作方法と、木偶人形の操作方法が、ほぼほぼ同じなんだぜ?
面白いと思っていただければ、お手数ですが下の☆☆☆☆☆から評価ポイントを入れて下されると幸いです。