諦めないことが主人公の素質だと思うんだ
設定や用語など、作中で気になる疑問があれば感想にてお伝えしていただければ、次話の後書きにてご質問にお答えしようと思いますので、ぜひ書いていってください。
「ギャーッ!!」
「っ!!」
牙を剥き出しにして走り出すランイーターたちを見て、ようやく体が動いた俺は身を翻して走り出し、壺爆弾を【アイテムボックス】から取り出して投げつける。
「ああああああああああああっ!!」
鼓膜の奥まで響くような爆発音と背中に感じる爆風。視線だけ後ろに向けてみれば、ランイーター一体を仕留めていた。他の奴も突然の衝撃と音に困惑しているようで、その隙にと俺は脚にめい一杯力を込めて全速力で逃げた。
「ガァアアアアアッ!!」
「うわああっ!? うわあああああああああああああああ!!」
だがそんな隙も一瞬だ。仲間を殺された怒りなのか、より一層大きな鳴き声を張り上げるランイーターたちは、発達した二本の脚で地面を蹴りながら迫ってくる。
……駄目だ。俺なんかよりもずっと速い! このままじゃ追いつかれる!
「く、来るな! あっち行けぇっ!!」
もう無我夢中だった。作戦なんて立派なものがあるわけでも、何かしらの考えがあるわけでもなく、ただ闇雲になって壺爆弾を取り出しては投げ続ける。焦りすぎて殆ど外していたけど、それでも牽制にはなっていて、距離を離すことは出来た。
通常、壺爆弾を使うにはライターか何かで導火線に火を点けるという動作が必要になるけど、スキルである【アイテム使用動作キャンセル】によって、ただ投げて地面か何かにぶつかるだけで爆発するようになっている。これが無ければ、俺は今頃ランイーターに追いつかれていただろう。
使えないスキルと見下していた力のおかげで、何とか生き永らえている……! このまま……このまま壺爆弾を投げ続けて逃げていれば……!
「……あ……」
絶望の中に希望を見出した俺だったけど、恐怖に我を忘れて致命的な事を忘れていた。
ランイーター約四十体の群れに対して、俺が買った壺爆弾二十個じゃ、倒すのは勿論、ただ逃げるにも数が足りないということを。
「ギャアー!!」
連続で投げつけられていた壺爆弾が途切れた。その瞬間を狙っていたかのように、ランイーターたちの内の一体が大きくジャンプし、俺の背中から圧し掛かりながら肩に噛みついた。
「ぎ……あああああああああああああああああっ!?」
痛い痛い痛い痛い痛い――――!
ただその感情のみが心身を支配する。まるで人間大の大きさの猛犬にでも全力で噛みつかれたかのような激痛と、漂ってくる血の匂い。他のランイーターたちも追いついてきて、一斉に俺に食らいつこうとしてきた。
迫ってくる死の予感。覚悟もなく受け入れるしかなくなったその時、俺の目にあるものが映り込んだ。
それは探索の時にも見た、大きな滝だ。逃げて逃げて、気が付けばここまで来ていたんだろう。
「……ぐぅううううううううっ!!」
希望というにはあまりにか細い、それでも確かな活路を見た気がした。続いて頭に浮かんでくるのは両親や二村、八谷の顔。
死ねない……死ねない……! ……死ぬわけにはいかないっ! 約束したじゃないか……死なないって!
死の危機に瀕して湧き上がってきた生への渇望が、混乱した頭をクリアーにしていく。俺は【アイテムボックス】からほのかに輝くマリモを取り出し、目を強く瞑りながらそれを地面に叩きつけた。
「ガアアアアアアッ!?」
その瞬間、瞼も透過する強い光が辺りを包み込む。
俺が地面に叩きつけたのは、衝撃と共に強い光を放つヒカリマリモという資源だ。夕焼けの中でも目を晦ませるほどの強烈な光に俺に噛みついていたランイーターたちは一斉に牙を放し、その隙をついて俺は滝へと飛び込む。
「ぶぼぉっ!?」
そしてそのまま滝壺へとダイブ。前もって、この滝壺が深いと分かっていたから出来た強行策だ。
血を流し、痛みに苛まれながら、何とか滝壺から出た俺は回復ポーションを使うことを意識すると、スキルの力によって【アイテムボックス】内の回復ポーションが一つ消えて、俺の体に効果が発揮される。
おかげで細かな傷は消えたが、スキルで強化されてても安物のポーション。強く噛みつかれた肩や足の完治には時間が掛かるみたいで、しばらくまともに動かせそうになかった。
「……クソ……マジかよ……クソッ」
雑魚モンスターのランイーターがあんなに強くておっかないなんて聞いてない。数だって異常に多いし……誰だよ最初にランイーターが雑魚なんて言い出した奴! 責任者出てこいよ、クソ!
「…………いいや、違う」
雑魚は……俺だった……。
動画を配信する冒険者なら、あるいは戦える天職を与えられた新人なら、あの状況でも何とかなったんだろう。
配信された人気冒険者と巨大モンスターの戦いに巻き込まれて死んでいくランイーターたちを見て、勝手に「俺でも倒せそう」なんて思いこんだのが全ての原因だ。
比較的弱いなんて言っても、モンスターはモンスター。かつて世界中を震撼させた脅威の一端で、それも群れだ。まともに戦う術を持っていなかった俺が、一人でどうこうできる相手じゃなかった。
「……ふへ、へはは……」
自嘲しすぎて変な笑いが出た。ランイーターと出会ってまだ十分も経っていないのに、眼を背け続けてきた自分の情けないところとか、弱いところとか、全部暴かれた気分だ。死を目前とすると、自分の本性が出るって本当なんだな。俺なんてただ怖くなって逃げて、みっともなく泣きながら悲鳴を上げるだけの雑魚だった。
人気冒険者たちならもっと毅然としているだろうに、それに憧れる俺がこれなんて、情けなくて笑えてくる。
「昼に会った爺さんやおばさんも、案外どうにかできたのかな……?」
ていうか、実際にどうにかできたんだろう。本気で喧嘩したら俺の方が強そうな見た目をしていたあの二人も、自衛が出来るだけの天職を与えられたに違いない。
初期に与えられる戦闘スキルの恩恵って言うのは、それだけ大きいのだと聞いたことがあるけれど、今まさにそれを駄目な意味で実感している。攻撃アイテムがあると分かっていても怖くて動けなかったし、それも尽きれば何も出来なくなった。
正直言って、今は冒険者になったことを猛烈に後悔している。こんな痛い目見るなんて分かってたら、冒険者になんてならなかったって。
「……俺、冒険者向いてなかったのかな……?」
そんな事は言われなくても分かっていたさ。それでも、彼女にフラれて大金まで払ってなったのに、向いてないって諦めるのが悔しくて、「やってみなくちゃ分からない」なんていう都合のいい言葉で誤魔化して異世界に飛び込んだ。その結果がコレだ。そう思うと、次々とネガティブな思考が脳裏をよぎる。
お前は特別でも何でもない単なる雑魚だ。……今存分に思い知った
人気冒険者になんてなれやしない。……少なくとも俺は最低にかっこ悪い。
アイテムマスターが冒険者をやれるわけない。……本気で挫けそうだ。
――――だったら諦めろ。
「……あき、らめる……?」
冒険者を諦めろ。見返すことを諦めろ。分相応に生きていけ。叶わない夢を見て足掻き続けるなんて、見苦しいしカッコ悪い。そんな薄暗い思考が頭の中をグルグルと回って、体が硬直する。
……あぁ、確かにその通りなんだろう。今の俺を見れば、誰だって心配して、冒険者を辞めさせようとして、カッコ悪いって笑うに決まってる。
だからもう良いじゃないか冒険者なんて。元カノを見返す事なんかよりも、自分の命の方が大事に決まってる。そうだろう?
だから……短い間だったけど、俺は冒険者を――――
「……諦めない……!」
諦めない。諦められる筈がない……!
頭では馬鹿な選択だって分かってる。それでも、どうしても諦めきれないんだ。
理由は色々あって、自分でもよく分からない。ただ……この時は……。
――――いつか二人で冒険者になって……。
思い出した。何で薫にフラれる前から冒険者になりたいって思ってたのか。
あぁ、ずっと忘れてたな。昔一回だけ言って、そのまま忘れてた言葉だ。それが原点だったんだ。
我ながらつくづくバカだと思う。こんな言葉一つに振り回されるなんて本当にバカらしい。
…………けど、何でかな? どんなに怖くて痛い目に遭っても、その言葉が何時までも心の奥底から離れやしないんだ。
「ギャー!」
甲高い鳴き声に勢いよく振り返る。そこにはランイーターたちの群れがすぐそこまで迫ってきた。
もうここまで降りてきたのかよ……!? 何とか立ち上がってみたけど、脚が痛くてまともに走れそうにない。
絶体絶命の状況……それでも、諦めなんて言葉や考えはもう出てこなかった。
残された武器であるツルハシを右手に、木偶人形を左手に持つ。役立たずだとゴミ扱いされてはいるけど、モンスターの敵対反応を煽る効果を持つ木偶人形は囮くらいにはなるはずだ。
気を取られている隙に死ぬ気で逃げて、何時かこいつらにリベンジを果たす。そんな思いと共に左手の木偶人形を発動させた瞬間、木偶人形が強い光を放って大きくなり――――
「……え?」
気が付けば、そこに居たのは巨大化した木の人形ではなく、一人の女の子だった。
「え……あ……えぇえ?」
突然の事態にただただ困惑した。それと同時に、こんな危機的状況だっていうのに、俺は間抜けにも少女の姿に見惚れた。
五分袖のジャケットを羽織り、ハーフパンツとゴツいブーツを履いて、首にマフラーを巻いた機動性重視の冒険者風の出で立ちをした、銀色の髪と水色の目を持つ、この世のものとは思えないほど綺麗な顔立ちの少女。
……何だ、これ? いや、いやいやいや。もしかしてなんだけど……俺が使った木偶人形が、目の前の少女に化けた……? そんな事ってある……?
「…………っ!」
突然の事態に呆気を取られる俺をよそに、木偶人形と思われる少女は破顔一色。特徴的な長めの八重歯を剥き出しにし、まるで少年のような笑顔を浮かべると同時に、彼女が俺の手を引いた瞬間、視界が真っ白に染まって――――
(な、何だここ……?)
俺は何時の間にか、真っ白な空間に浮かぶ魔法陣のようなものの上に立ち、両手にはゲームのコントローラーを握っていた。
モンスターバスターをプレイする時に使われる、俺からしたら慣れしたんだコントローラーだ。そして目の前には巨大で鮮明なホログラム画面のようなものが浮かんでいて、そこには先ほどの少女の後姿と、少女と相対するランイーターの群れが映っていた。
(ちょっと待てよ何だこれ!? え!? えぇ!? 何が起こってるんだ!?)
連続でとんでもない事態が起こり過ぎて、頭が全く追いつかねぇ。一体、何がどうなってるんだ!?
(マスター! △と〇ボタン連打!)
(へ!? は!? さ、△と〇!?)
空間に響き渡る女の声。状況的にだけど、多分さっきの女の子の声だ。俺は言われるがままにコントローラーのボタンを押すと、少女の白く細い両手に二振りの武器が握られる。
それは片刃の剣に銃の機構を無理矢理組み込んだ、現実的な実用性皆無の武器。所謂ガンブレードと呼ばれる、ロマン武器の一種だ。
それを左右の手で一振りずつ握った少女は、俺が滅茶苦茶に押す△ボタンと〇ボタンに呼応するかのように、ランイーターたちを刃で切り裂き、弾丸を叩き込んでいく。
素人目から見ても、少女の動きは滅茶苦茶に剣を振って弾をぶっ放しているようにしか見えない。それでも少女は一方的にランイーターたちを蹂躙していく。それが出来るまでに、少女の戦闘力が隔絶しているんだ。
(これ……まるで……)
画面に映るモンスターたちと戦う少女。その前でコントローラーを操作する俺。その構図はまるで、俺がゲームをしていて、少女というアバターを操っているかのようだった。
やがて最後の一体が頭に弾丸を叩き込まれて絶命し、光の粒子となって魔石を落とすのが見える。
(た……倒、した……? ……勝ったのか……? ……俺……は……)
冒険初日に襲い掛かった命の危機。突然美少女に姿を変えた【木偶人形】。その美少女をコントローラーで操ったと思われる俺。突然の事態が連続で巻き起こり、とりあえず危険は脱したと分かった瞬間、張り詰めていた緊張の糸が解けて、俺は頭がショートして電源が落ちたみたいにフッと意識を失った。
ご質問が1件あったのでお答えします。
Q、『アイテムマスターが恐怖耐性なしなのは、あれですかね?アイテムでカバーできちゃうから?』
A、『そもそも戦う事を想定していない天職だから付けられなかったというのが正しいです。アイテムでカバーは一応可能ですが』
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