歩きスマホは悪い文化
設定や用語など、作中で気になる疑問があれば感想にてお伝えしていただければ、次話の後書きにてご質問にお答えしようと思いますので、ぜひ書いていってください。
不思議な事に、異世界ではスマホが普通に使える。
理由は解明されていないらしいけど、何故か電波も届くから電話もインターネットも繋がるし、何だったらLINEも使える。
ギルドや冒険者同士の連絡を取り合うために、今やスマホは冒険者の必需品だ。初心者からすれば特に。
「えーっと……こっちの道であってるよな? ……お、見つけた! 霊薬草の群生地だ!」
見知らぬ土地……それも森の中ともなれば、よっぽど方向感覚がしっかりしていないと絶対に迷子になる。その為に簡易地図を即座に作れるマッピングアプリが必須だ。これが無ければ今頃道に迷って泣いてる自信があるね。
そして冒険者たちはマッピングアプリで作った地図を冒険者ギルドに提供していることがあって、ギルドのHPで公開されているのだ。中には資源が湧きやすいポイントなんかを詳細に記した地図もあって、初心者としては非常に助かっている。
「っと、一応本物かどうかを確認しないとな…………【鑑定眼】」
スキルカードに表示されたスキルを強く念じる……それがスキルの発動条件だ。
俺の意思とカードによって引き出された力が呼応し、目の前にホログラム画面のようなものが現れた。
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品種:霊薬草
回復アイテムの原料となる薬草。そのまま食べるだけでも疲労回復や、擦り傷を治癒する効果がある。
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【アイテム調合】と並ぶ、ハズレ職であるアイテムマスターの良スキル。それがこの【鑑定眼】だ。
異世界のよく分からない植物や鉱石、ダンジョンで手に入れた魔法の道具の簡単な特徴を知ることが出来て、地球の発展には【アイテム調合】と【鑑定眼】が陰にあったからだといわれるほど。その力によると、情報通り目の前にある草は目当ての霊薬草らしい。
「ホント……裏方としてはアタリなんだよな、アイテムマスターって」
だが俺を裏切りやがった薫や、寝取り魔である新藤をギャフンと言わせる人気冒険者にはなれない。所詮は裏方だもの。
「しかし、この草って一体どうなってんの?」
霊薬草を慎重に引き抜く。これ、回復アイテム全般の原料らしいんだけど、色は水色だし、草というには触った感じが全然草っぽくない。草の形をしたゼリーみたいにポヨポヨしてる。一応これ単品でも効果はあるらしいから、もしもの時はこれを食べよう。
「まぁ、売るから出来るだけ食べないんだけどな」
怖いもの見たさって気持ちもあるけど、正直こんなのが美味いとは到底思えねぇ。ちょっと嗅いでみたら、何か薬臭かったし。
「これも魔法の武器を買うための立派な収入源だし」
とりあえず魔法の武器を手に入れる。それが第一目標だ。物にもよるけど、火とか雷とか出すやつは残量無限の攻撃アイテムみたいなものだし、今後の為にも絶対に必要だ。
「とは言っても、俺が使えそうで一番安い【火球の杖】でも、二百万かぁ」
スマホで第十七支部のギルドのHP。そこの武器屋のページには、目当てにしている武器の画像と値段が載っていた。
概要によると、手に持って念じるだけで火の珠を飛ばすことができる杖らしい。取扱いにスキルが必要ない、俺向けの武器だ。
対して、この霊薬草一個当たりの売値は三百円。バイトの時給換算で考えれば決して悪くは無い……むしろ高いんだけど、欲しい物の値段が高すぎる。
「まぁ、下積み時代なんてどこも同じだろうし、気長にやるか。とりあえず、霊薬草は仕舞うとしてっと」
スマホをポケットにしまい、スキルカードを空いた手で持って強く念じると、霊薬草がスキルカードの中に吸い込まれ、続いて俺が水分補給用に買っておいたペットボトル入りの水が飛び出した。
スキル【アイテムボックス】。スキルカード内にあるとされる収納空間に生物以外を自由に仕舞い、取り出せることができるスキルで、アイテムマスターしか覚えられない特別なスキル……というわけではない。
【アイテムボックス】は全冒険者のデフォルトだ。おかげでアイテムマスターは荷物持ちとしても冒険で活躍できないのである。【鑑定眼】だって、アイテムマスター以外も覚えようと思えば覚えられるらしいしな。
何というか……【アイテム使用動作キャンセル】や【アイテム強化】といった、アイテムマスターしか覚えないスキルもあるけど、アイテムマスター自体が弱いんだから冒険者としての有用性を感じないんだよなぁ。つくづく俺の天職は冒険者には向かない。
「…………ぷはぁ。さて、続きいくとするか。確かあっちにヒカリマリモがあるっていう滝壺があるらしいな」
ペットボトルの水を一口飲み、再び【アイテムボックス】に仕舞った俺は、武器代わりのツルハシを取り出して探索の続きに出た。
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異世界の探索を始めて五時間くらい経った頃。日も傾き始めて陽光の色が橙色になり始めた。
この世界でも、地球と同時に昼と夜が訪れる。そして昼と夜とでは、出現するモンスターのみならず、採取できる資源が違うのだとか。しかもダンジョンの中には、昼には入れず、夜にだけは入れるのもあるらしい。冒険者的には、日が暮れた後に活動してみたいものだ。
……まぁ、今日は帰るんだけどね。野営の準備もしてないし。
「初日の成果としては……まぁ、こんなもんか」
スキルカードには【アイテムボックス】に入っている物品の一覧を表示する機能がある。しかもスマホみたいなタッチパネル機能やスクロール機能付きだ。
それを見ながら今日の成果を確認する。霊薬草を始めとした、少し探せばそこら辺にあるような、安値の資源ばかり。総額で大体……一万から二万円くらいだろう。
一日で数百万、数千万を稼ぐ人気冒険者の動画ばかり見てきたから感覚が麻痺ってるな。普通に考えれば、学生が五時間勤務で一~二万なんて破格も破格だ。少なくとも、派遣社員ならこんなに稼げないだろ。
「ぐふっ……ぐふふふっ……」
そう考えると、我ながらキモい笑い声が出た。
「いやぁ、こんな調子が良くていいのかなぁ?」
この調子なら、思ってたよりも早く【火球の杖】が手に入りそうだ。
そうなれば武器を主力にしてモンスターを倒して行き、アイテムはここぞとばかりに使うというやり方を徹底していけば、結果的に収入は黒字になるだろう。
ステータスカードを取り込んで戦闘力を上げていけばより強いモンスターも倒していけるだろうし、先は長いけど冒険者としての未来が見えた気がした。
「評判通り、初心者には良いポイントだ。明日からもここに通い詰めようっと」
第十七支部から入るここは本当に良いポイントなんだろう。結局ずっと歩き回っててもモンスターは見かけないし、なんなら年老いた爺さんが暢気に腐葉土集めてたり、主婦のおばさんがペットボトルに泉の水を汲んでるのを見かけたくらいだ。
儲かる副業感覚で冒険者になる奴が後を絶たないのも頷ける。比較的安全で、普通に働くよりもずっと稼げるんなら誰だって来るだろう。
しばらくは安全に、地道に稼いでいこう。ここでならそれが出来る…………そう、思っていたんだ。
スキルだの、戦闘力だのがあったとしても、現実はゲームとは訳が違う。この野生しかない異世界では、生きとし生けるもの全てが世界を自由に行き来できるし、その行動を制限されてもいない。
異世界のゲートが開き、人もモンスターも行き来できるようになったこの時代。地球でも確かな安全なんてのが、あるはずないのに。
「クルルルル……」
「…………え?」
ゲートに向かう途中。これまで集めた資源の一覧を見るのに夢中になって気付けなかった。気付いた時には、もう目の前にモンスターの群れが、喉を鳴らして迫っていたことに。
ランイーターという雑魚モンスターがいる。体高一メートルから二メートルくらいの、小さな肉食恐竜みたいなモンスターだ。
力こそ人並みながら、長い爪と牙で得物を狩る彼らの最大の特徴は、集団で狩りを行うという事だった。
地球でも狼といった肉食獣がやる狩猟方法。数の利を生かした戦法が特徴的で、何より一度目を付けた獲物は逃がさない狡猾な捕食者。
「う……ぁ……」
そんな捕食者たちが、一斉に俺の方を見る。その数は十や二十ではきかない。三十……下手したら四十体は居そうな、大きな群れ。
壺爆弾なら、一つで一体は倒せる相手だ。俺だってモンスターに出くわす可能性を考慮していなかったわけじゃない。【アイテムボックス】から壺爆弾を取り出して、牽制して、それから……それから、ゲートへ逃げればいい。
そう、事前にシミュレートしてきたじゃないか。相手は所詮雑魚だ。落ち着いて対処すればいい。
…………なのに。
「……っ……かっ……は……?」
なのに、何で体が動かない……?
頭の中は思考がグルグルと高速で回っているのに、手が震えて、足が竦んで、脳味噌は体に「動け」って命令してるのに、まるで別人の体のように動かせねぇ。
ただ見られているだけ。一体何を考えてるか分からない表情で見られている。……それだけで動けなくなってしまった。
「ギャーッ!」「ギャー!!」「ギャァー!」「ギャーギャー!!」「ギャーッ!!」「ギャー!」「ギャァーッ!」「ギャーギャー!」「ギャアー!」「ギャー!」「ギャー! ギャーッ!!」「ギャーッ!!」「ギャアッ! ギャアッ!!」「ギャアアー!!」「ギャア!!」「ギャァアアア!!」「ギャーッ!」「ギャアアーッ!」「ギャー!!」
ランイーターたちは一斉にけたたましい鳴き声を上げる。その叫びに込められた意思が、一切の確執も何も無く、ただ俺を食ってやろうという食欲からくる殺戮本能であると察した時、俺はようやく自分の体を縛るものの正体が、恐怖であると理解した。
アイテムマスター以外の冒険者なら、最初から【恐怖耐性】という恐怖による体の硬直や思考の停止を防ぐスキルを与えられているらしい。
それすら持つことが許されないアイテムマスターがモンスターの前に生身で出ればどうなるのか……シミュレーションや事前の覚悟など、何の役にも立たないということを、モンスターの殺意は軽率な俺に叩きつけていた。
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