読者視点から見れば、皆とっくに気付いてた件について
設定や用語など、作中で気になる疑問があれば感想にてお伝えしていただければ、次話の後書きにてご質問にお答えしようと思いますので、ぜひ書いていってください。
彼と出会ってから早くも二年以上経ち、ボクたちは小学校三年に進級し、もうすぐ四年生になろうとしていた。
あの大型犬に襲われた日から人の見方を色々と変えられてから、ボクは良い意味で子供らしくなったと孤児院の先生に言われたことがある。
曰く、長所を残したまま年相応に自分自身が生きたいように生きているとか何とか……正直何のことかわからないけれど、決して不満はないどころか、充実してるとさえ言える。
不満があるとすれば、彼とは学区違いで別々の小学校に通っていることと、今年から同じクラスに新藤っていう横柄な生徒がいることくらいか……せめて彼が一緒の学校に通ってたら、秋の遠足は楽しいものになってただろうに。
『あげる。誕生日プレゼント』
そんな日常を過ごしながら迎えたクリスマス間近の誕生日。一年、二年とお互い気が回らなかったけど、始めて彼からマフラーを贈られた。
長いような短いような二年を過ごして、ボクが彼に抱く感情は半分くらいが庇護するべき対象から友人、相棒へと昇華していき……残り半分は、名前のつけ方が分からない、考えればむず痒くなる気持ちで占められていて、マフラーを貰った瞬間、その部分が疼いたのを覚えている。
『にひひ……あったかい。ありがとな』
『うん』
もらったマフラーを首に巻いた。多分この時が、ボクの今までの人生で一番幸せな瞬間だった。
この瞬間が何時までも続けばいいとさえ思える。……いいや、これからも続いていくんだと、信じて疑わなかった。
『それじゃあ、明日もまた公園でな! 冒険者になるための作戦会議するぞ!』
『うんっ!』
だって僕たちは一緒に冒険者になるって約束したんだから。
遥か異世界の光景にも、まだ見ぬダンジョンにも、圧倒的なモンスターにだって共に立ち向かい、誰よりも凄い冒険者になる……そんな年相応の夢を、ボクと彼は本気で共有していた。
大人になったその先だってボクたちの関係は続く。そう思えば一夜の別れなんて惜しくもなんともない。明日もまた会えると信じたからこそ、この日も笑顔で別れを告げたんだ。
……だけど、何時まで経っても明日なんて来ることはなかった。
『新藤? 何でここに……』
帰り道。石階段を上り切る直前、クラスメイトの新藤がボクを待ち伏せしていたかのように仁王立ちしていた。その表情はどこか薄暗くて、思わず警戒してしまう。
『用がないなら退けよ。そろそろ帰らないと……新藤だって、親御さんが心配するんじゃ――――』
そう言いかけた直後、新藤はボクの首に緩く巻かれたマフラーを素早く奪い取り、木の枝に投げかけてそのまま走り去ってしまった。
『な、何するんだ!?』
『うっせー! デレデレしやがって、キモいんだよ!』
コレにはボクも珍しく憤慨したけど、それよりもマフラーの方が心配だ。
ボクよりも大分身長の高い新藤がマフラーを投げてひっかけた木の枝は、ジャンプしても届くか届かないかの位置にある。他人に助けを求めるべきか、自分の力で取るべきか、そう悩まされる絶妙な高さ。
一瞬だけ悩んで、ボクはジャンプして取ることにした。助けを呼ぶ間にマフラーが風に攫われてどっかに行ってしまっても嫌だったから。
『んっ……くっ! なろ……!』
木の枝から垂れ下がっているマフラーの端っこに向かって必死に手を伸ばし、何度も何度もジャンプを繰り返す。冷たい北風に揺らされてなかなか掴めずにいたけど、十回くらいのチャレンジで何とかマフラーを掴むことが出来た。
『やった――――』
だが着地した瞬間、ボクの体が大きく傾く。
雪で凍った地面に足を滑らせたんだと、すぐに理解する。だけどそんなのが分かったところで何の意味もあるはずもなく……ボクはそのまま石階段を盛大に転がり落ちた。
硬い階段の角が何度も体を抉る痛みに苛まれる中、ただひたすらマフラーを握りしめる。そして地面に頭から叩きつけられた瞬間……気が付けば、ボクは何時の間にか真っ暗な空間の中に居た。
『ここは――――』
暗い暗い闇の中を、ただひたすらに落ちていく。闇の底へと落下していきながらボクの記憶も一緒に抜け落ちていくのが分かった。
これが死んで生まれ変わるという事なのか……そう感慨に耽るだけの記憶さえ失ったその時、ボクは一緒に闇へと落ちていくマフラーを見た気がした。
それが何なのか、この時の僕にも分らなかったけれど、とにかく大切な物だと感じたそれをギュッと抱き寄せる。そしてそのまま二度と意識が浮上できない死の世界へと旅立ったのかと思ったら――――
『こんなの駄目よ、私のアリス! だってだってこんな結末、面白くないもの! 悪者に英雄が倒されて物語の幕が下りるなんて、そんなのそんなの誰にも需要なんてないんだもの! そうでしょうそうでしょう? アリスが報われないなんて、絶対絶対間違っているんだから!』
音楽を奏でるような軽快なステップと共に、ドレス姿の女の子がボクの手を掴んだ。
=====
モンスターパレードに加えて新藤の襲来から丸一日。俺は自宅の部屋で眠るカズサの様子を見に上がった。
【魔王覚醒】を全力でフル活用したあの戦いが無事に終わり、ギルドからの増援、戦後処理班が辿り着いたのを見届けた彼女は、そのままエネルギーゲージ切れになって眠りについた。
ポーションも切れた状態で【天魔轟砲】を連射し、【爆砕破】まで使ったからなぁ。勝ちを焦り過ぎた、もっとゲージ配分を考えないと。
「……おーい、起きてるかー?」
「はいはーい、起きてますよー」
そんな事を考えながらカズサの部屋の襖越しに声をかけると、中から普段と変わりのない明るい声が聞こえてくる。
基本、フローリング張りの現代風家屋である我が家唯一の和室。そこに敷かれた一枚の布団の上で、上体を起こしたカズサが俺を出迎えた。
「もう起きて大丈夫なのか?」
「あははははは。体起こすのが精一杯で、立ち上がれそうにないっすけどね」
「ちょっと待ってろ」
カズサのエネルギー源となるものを取るために、俺は部屋の隅に置かれている小さめの収納ケースを開ける。駄菓子好きのカズサは、山分けした報酬や売買金でちょいちょい駄菓子を買い溜めしているのを、これまでの生活で俺は知っていた。
〇まい棒(サラミ味)を一本取り、布団の脇に胡坐をかくと、俺は自身の太腿に〇まい棒の片側を叩きつけると、中身が割れずに飛び出す。それを見た彼女は、少し嬉しそうに微笑んだ。
「今更ですけど、昔教えたことを覚えてたんですね」
「まぁな。ほれ、あーん」
「あーん。んまんま」
腕もまともに動かせないエネルギー切れのカズサの口に〇まい棒を運んでやると、彼女は幸せそうに咀嚼する。エネルギー切れの時はこうしてやるのが習慣みたいなもんになってるけど、何か雛に餌やってる気分だ。
「………………」
正直、不思議な気分だ。死者は異世界の力を以てしても蘇らない……そう信じて疑わなかったのに、実例らしきものを前にしても、俺の心に動揺は無かった。
新藤との戦いの時、【木偶同調】を通じて彼女の記憶と想いが明確に伝わってきた。初めて出会った時の事、二人っきりで公園で遊んだ時のこと、共に冒険者になろうと約束した日のこと……それは俺とアイツしか知らないはずの記憶ばかりで、目の前の少女はアイツであると確信させるには十分すぎたのだ。
「……八歳の誕生日振りって言った方がいいか?」
「うーん、どうでしょう? 今年の春にはもう再会してましたし、今更久しぶりって言うのも妙な感じっすね」
思い返せば、似ていると思っていた。外見や喋り方じゃない……全体的な雰囲気というか、ちょっとした仕草とか、性格とか。
なにより、俺は初めて会った時くらいから彼女に対して奇妙なくらい信頼を置いていた。もしかしたら俺は、本能的に目の前の彼女がアイツだと感じていたのかもしれない。
もしこれまでの俺たちの人生を客観的な視点で見れる神様的な奴がいたら、きっとそいつはとっくのとうに彼女の正体に感づいて、俺のことをとんだ鈍感野郎と笑っていたことだろう。死人と再び会えるなんて思わないから仕方ないと言い返したいところだ。
「約束破られたのかと、子供ながらに落ち込んだりしたよ」
「すみません。ギリギリ間に合ったんで、許してくれると助かります」
「時間空けすぎて、約束の事すっかり忘れてたし」
「それでも、思い出してここまで来てくれたじゃないっすか」
「…………また会えるなんて、夢にも思わなかった」
「アタシもです…………こんな夢みたいなことが、本当に起こるなんて思いもしなかった」
でも新藤という、死んだはずの人間が再び現れた一例がある以上、もう疑いようはない。
あくまで仮説だが、魔王の中には死人を人形として蘇らせることが出来る奴がいる。一体何のためかは分からないが、少なくとも俺にはそれを責める気には到底なれなかった。責められる筈もなかった。新藤には悪いと思わなくもないけど、件の魔王がいなければこんな奇跡が起こることもなかったんだから。
「そうだ。昨日は色々あって混乱してたけど、今朝起きた時に言おうと思ってたことがあるんだ」
「奇遇っすね。アタシもさっき起きた時、ユースケに言いたいことがあったんです」
今の彼女をどういう風に呼べばいいのか、正直決めかねている。同音でも俺にとっては全く違う意味が含まれる呼び名だったから。
でも今だけは、こう呼ぼう。今と昔、彼女の全部ひっくるめて受け入れるために。
「――――おかえり、一颯」
「――――はいっ! ただいまです、ユースケ!」
少年のように快活に、それでいて華のように綺麗な笑顔を浮かべる彼女を見て溢れそうになる涙を強引に拭いながら、俺も笑う。
もうじき滅びゆく世界の中。俺と彼女はようやく、本当の意味で再び出会った。
「後さ、ちょっと聞きたいんだけど」
「はい、何すか?」
「お前、女だったの……?」
実言えば、これが一番衝撃の事実だったりする。
感想欄で何度も言われたことを、ようやく公式発表できました。まぁ、作者本人もどうせ感づかれるなって思って執筆してましたけど
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