例えるなら、異世界マトリョーシカ
設定や用語など、作中で気になる疑問があれば感想にてお伝えしていただければ、次話の後書きにてご質問にお答えしようと思いますので、ぜひ書いていってください。
「「「■■■■■■ッッ!?!?」」」
悲鳴にならない悲鳴が濁流で掻き消されたかと思えば、ジュゥウウウウウという音を立てながら、三体のギガントモンスターがボロボロのくず肉になり、辺りの地面もろとも融けて消えた。
(あれ濃硫酸じゃね!?)
温度が上がった訳でもないのに濛々と立ち込める煙……その正体はすぐに察しがついた。
むしろギガントモンスターすら一瞬で融かす溶解力は王水どころか、もっとヤバいものじゃなかろうか? ……そんな正体不明の危険な液体を大量に操る女性は、人間ではないと一目でわかった。
足元まで届くほど長い、濃い紫紺の髪。肉食獣のように瞳孔の鋭い金色の瞳。紅色の彼岸花が刺繍された黒い着物を大胆に着崩し、豊かな胸元を惜しげもなく露出する、カズサとはベクトルが違うが見劣りしない絶世の美女……これだけ聞けば奇抜な格好をした冒険者と言えなくもないが、彼女が人間ではないという根拠は、頭と尻にある。
「ね、猫? の耳っすかね? あれ」
本来顔の横側にあるはずの耳は無く、代わりに頭の上側にピコピコと揺れる猫耳が、尻辺りから髪と同色の尻尾が生えているから。
コスプレ……という訳でもないだろう。傍目から見える耳と尻尾の質感や動きは凄い自然だし。サキュバスのような人に近い姿をしたモンスターであるのは間違いない。
「何か騒がしいと思って来てみれば……こんなところで何してんの? ここはアンタらにはまだ早いんじゃない? 送ってあげるから、とっととこの大陸から出なさいな」
カラン、カランと下駄を音を鳴らしながら近づいてきた、明らかに俺たちよりも強大な力を秘めた女性は、カズサをじっと見据えながら気怠そうにそう言う。
……アンタら、か。普通ならおマルとカズサの事を言っているんだろうけど、こうもカズサをジッと見られると、まるで外からは見えないはずの俺の存在に気付いているかのような言い草に聞こえるな。
(……ユースケ)
(間違いない。アイゼンと行動を共にしている人? だろう)
事前に調べた映像を思い浮かべ、そこにボンヤリと映る女性の姿と、目の前の女性の姿が一致する。何よりこうして、俺たちを前に敵対行為を見せないどころか手助けをするようなことをしているのが、冒険者と行動をするモンスターであるという証拠だ。
「すみません、実はギルドに言われてここに来たんですけど……」
「ギルド? ……あぁ、そういうこと」
少し思案するように目を細める女性だったが、すぐに一人納得したよう頷く。
「アンタら、魔王を倒した冒険者でしょ?」
「…………っ」
見ただけでそれを看破してきたか……やっぱり、この女性の正体は――――
「ディザスターモンスターのこと、魔王のこと、そう言ったギルドが隠している事情に一番詳しいのがアイゼンさんと一緒に行動している人だって聞きました。それ……お姉さんで、間違いないっすよね?」
「それを聞くためにわざわざこんな所まで寄越さなくても良いでしょうに……って、まともな連絡手段のない私らが悪いか」
軽く溜息を吐くと、女性は背中を向けて洞窟の方へと進んでいく。
「いいわ。何時邪魔が入るか分からないし、こっちにいらっしゃいな。答えられるだけ話してあげる。……アンタの中の人にもね」
「あ、バレてました?」
どういうスキルかは知らないが、案の定俺の存在に気付いていたらしい。
「ちなみに、この洞窟の中って安全すか? アタシの中の人も顔を見合わせて挨拶したいみたいなんすけど」
「ここは特殊なダンジョンみたいなもんだから平気」
不思議な事に、在野のモンスターはダンジョンに入ってこない。理屈はいまだ不明だけど、ゲートすら封鎖するギガントモンスターから逃げるために、ダンジョンに逃げ込むというのは常套手段だ。
彼女の言葉を信じるなら、目の前にあるこの洞窟はダンジョンと言う事だろう。最大まで視野を広げたホログラム画面には、未だギガントモンスターは映っていない……今だけなら、俺が外に出ても構わないだろう。
俺は【木偶同調】を解除し、おマルをテイムシールに戻すと、女性に軽く頭を下げる。
「えっと、初めまして。冒険者の九々津雄介です。で、こっちが……」
「木偶人形のカズサっす。……ところで、お姉さんの名前を聞いても良いっすか?」
「……カグヤ。それが私の名前よ」
「おー! カ繋がりっすね! どうぞよろしくお願いしまーす!」
「……そうね」
カズサの言葉に、どこか優しく微笑む女性……もといカグヤさん。
……うーん。第一印象は退廃的で冷めた性格に見えたんだけど、案外そうでもないのか? それとも物怖じしないカズサに早速絆されつつあるのか? ……多分、両方だな。
「まぁ、入りなさいな。あと少し歩くことになるけど、家に着いたら茶菓子くらい出すわよ」
「これはどうも、ご丁寧に」
そのまま洞窟を進んですぐのところにある扉の前まで案内される俺とカズサ。
にしても……茶菓子に家ときたか。このダンジョンを拠点に使っているらしいが、一体中はどうなっているんだろう?
そう考えながら開かれた扉の先を眺めてみると、そこには思いがけない光景が広がっていた。
「……マジ?」
「こんな事って……あるんすねぇ」
カグヤさんの服装に合わせたかのような、江戸時代の光景を連想させる立派な日本風の城を中心とした木造建築物が列をなす城下町。これだけなら箱庭型ダンジョンの一種と考えられるんだが、問題なのは至る所に動物の耳や尻尾を生やす人々……獣人と呼ぶべき人種が生活していることだ。
一瞬モンスターか何かかと思ったけど、俺やカズサを見ても襲い掛かってくる様子が一切ないどころか、興味深そうに眺めてくる。仮に彼らがモンスターだとしても、出現率が鬼畜仕様のテイムシールをこの人数分用意するなんて現実的じゃない……となると――――
「まさか異世界人? 実在していたんじゃないかって聞いてたけど、現存しているなんて初めて知ったぞ……!」
なにせ過去にいたんじゃないかというのも憶測の域を出なかった存在だ。そんな異世界人たちが、こんな所で生活しているなんて……ギルドは把握していたんだろうけど、他の冒険者たちには暴かれなかったのか?
「ここに通じる扉は【英雄】のスキルを持つ者だけが開くことができる、私が作り出したダンジョンだった場所よ。今はその役割が終わって、単なる町になってるけどね」
俺の思考を読んだかのように捕捉するカグヤさんを先導に付いて行く。そのままどこに行くのかと思えば、そのまま町を出てしまった。
「ゼンは最近、町のすぐ近くで開拓の手伝いしててね。とりあえず先に迎えに行くわよ」
「開拓」
このダンジョンがどのくらい広いかは分からないが、町から出れば地平線が見えるあたり、かなりの広さを誇っているんだろう。花橋ダンジョンとは比較にならない……まるで異世界ダンジョンの中にもう一つの異世界があるみたいだ。
開拓してるって言ってるし、もしかしてアイゼンはここを拠点にしていると言うか、定住してるのでは?
「ところでゼンって言うのは……」
「……あぁ、本名はアタゴ・ゼンジュウロウだっけ? 長ったらしいからいつも略して呼んでんのよね。話をするんなら、同席させた方がいいでしょ?」
愛宕禅十郎……アイゼンの本名だ。
知名度としてはアイゼンの方が断然有名なんだけど、実はこのハンドルネーム、当の本人が名乗ってるわけじゃないらしいんだよな。いつの間にかそう呼ばれるようになったというか……。
「お、あれっすか? 開拓してる場所って言うのは」
「そういうこと。……ねぇ、ゼンはどこ?」
「これは姫様。ゼンジュウロウなら、あっちの方にいますぜ」
「そう、ありがと。……あと姫は止めろ。キャラじゃないから」
「いやいや、あっしらにとって姫様は姫様ですし」
森を切り拓き、木材を組み合わせながら新たに家屋を立てようとしている獣人たち。その内の一人にカグヤさんが問いかけると、東の方角を指さして――――
「……って、姫?」
「あー、今はその辺りの質問無しね。順を追って説明しないと面倒だから。あと私のことを姫なんて呼んだらシバくから」
どうやら姫呼びは目に見える地雷らしい。そのまま黙り込み、俺たちはアイゼンが居るという場所へと足を進める。
……今思えば、ゼル・シルヴァリオとの戦いの際に助けてもらったのに、俺は気絶してお礼の一つも言えずに別れることになった。
一撃で天地を切り裂き、巨大モンスターすらも両断する世界最強の冒険者……そんな彼が一体こんなところで何をしているのか。その答えは、彼の姿を確認してすぐに分かった。
「ゼン、お客さんよ」
「む? …………お前たちは」
「ど、どうもお久しぶりですっ。ギルド本部の九々津の紹介でお邪魔させていただいた、九々津雄介です。先日は大変お世話になりまして……あの」
薄褐色の長身痩躯を包む黒いTシャツと紺色のオーバーオール。灰色の髪を覆うのは麦わら帽子。
あの日見た流麗な刀を握って居た手には軍手が嵌められ、肩に担ぐのは刀ではなく鈍く輝く鍬。そしてここは見事に掘り起こされた大地が広がっている。
「……その服、似合ってますね」
「……そうか」
農家スタイルが異様なまでに様になってるアイゼンは、褒められてちょっと嬉しそうだった。
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