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ведьма

国:不明

場所:不明


 とある立体駐車場。そこには一台のトラックが止まっていた。左ハンドル、そして通常のトラックよりサイズが大きい。明らかに運搬用、工場用ではないのは確かだ、そこに買い物袋を持った男が口笛を吹きながら車に近づいてくる。男はトラックのコンテナの扉を開くとそこには荷物ではなく部屋が広がっていた。


「よーう。帰ったぜー。」


「おかえりなさーい。」


「遅かったッスね。」


「何してたんじゃ?」


 ここはASSの移動型基地兼家だ。ASSは全員元軍人兼犯罪者である。一応全員国籍アメリカになっているが国内で定住するのにはいろいろと問題がある。もちろん基地の中で暮らすのもだ。だから彼らは一ヶ所に定住せず、防弾装甲トラックで移動も作戦会議もここで行っている。買い物に行っていたのはヘンリーだ。ヘンリーは買ってきた買い物袋をいろんなモノで散らかった机の上に置いた。


「見たらわかんだろ?昼飯買ってきただよ。お前らがいけっつったんだろ?」


「正確にはヘンリーがポーカーで負けたからだけどのぅ。」


「ホンット軍曹ってポーカー弱いよねー。」


「そのくせやりたがるんスよね。頭悪いんじゃないんスか。」


「黙れ、イアン。」


 各々は袋からヘンリーに頼んだランチを取り出す。ランチはハンバーガー。もちろんポテトもついていて、飲み物はコーヒー3つにコーラ1つである。


「あれ?コーラ小さくない?」


 ティナがコーラを手にして言う。確かにLサイズにしてはサイズが小さい。


「そうか?そんなもんだろ。」


 とぼけるヘンリーだったがイアンは袋から取り出したLサイズのコーヒーをヘンリーの目の前に差し出す。イアンが頼んだのはSサイズである。恐らくはヘンリーのオーダーミスだろう。


「…店員がLとMを聞き間違ったんだろ。」


 イアンはため息をつき、テーブルを離れた。


「おいおいおいおい違うぞイアン。俺はちゃんとオーダーはしたぞ?おいやめろ、俺をそんな目で見るんじゃあない。おつかいぐらいできる。間違えたのは俺じゃねぇ。クスリは…やってねぇ…大麻は…一昨日からやってない…正気だ。」


「…食いながらでいいんでミーティング始めるッスよ。」


「なぁーイアン、悪かったって。後でちゃんと買いなお…」


「じゃ資料配るッスね。」


 イアンは言い訳をするヘンリーを無視してスクリーンを天井から下ろし、プロジェクターを映し出した。


「とーりあえず、魔女部隊の情報を盗み出すのには失敗したッスけど自分なりに魔女部隊についていろいろと調べてみたッス。」


 そういってスクリーンには4人の女性の顔が映し出された。もちろんそれらは魔女部隊のメンバーである。


「魔女部隊・・・ってのは自分らが勝手に呼んでるだけでロシアではведьма【ヴェージマ】って呼ばれてるッス。」


「はいはーい!ヴェージマってどういう意味ですか?」


「ロシア語で魔女って意味ッス。」


 ティナはなるほどと手をたたく。魔女部隊の情報は本来であれば極秘であるが前回の襲撃時、イアンはロシアへの妨害工作も兼ねてヴェージマの情報も盗みだしていたのである。またその時パスワードとIDも併せて盗み出し、現在ロシア軍のデータベースにイアンは入りたい放題になっているのである。イアンは話をつづけた。


「ヴェージマ・・・魔女つうのはそのまんまで魔法使える人間が集まった部隊ッス。戦闘能力は前回体験済みッスよね。成分も不明の障壁で銃弾は跳ね返し・・・」


「はいはーい!」


「はいティナ。」


「魔法ってなんですかー?」


「何・・・っていわれると困るッスね。ま、ハリー・ポ〇ターでも想像してるといいッスよ。」


「わかりました!」


 イアンが話をはぐらかしたため説明するが、魔法とは近年発見された力である。その力は弾丸の貫通力や速度を強化したり、特殊な機械を使い空を飛んだり、障壁を作って弾丸を防いだりと様々だ。だがその研究のほとんどをロシアが独占している為他国にはほとんど明かされていない未知のエネルギーであり、他にどのような力があるかはふめいである。またそれを公に使いこなしているのは【ヴェージマ】に5人だけであるため謎は深まる一方だ。またイアンも軍データベースで情報を洗ってはみたものの研究しているのが軍とは別の機関らしくこれといった情報をみつけることはできなかった。


「ヴェージマは銃も魔法で強化してくる厄介な連中ッス。その名前の魔女っつう名前通りメンバーは全員女で構成されているッス。」


「たしかにありゃ女だったな。遠目でもわかった。胸はそこそこあったぜ。」


「何カップぐらいでした?」


「ありゃ…」


「現状、自分が調べてわかったのがこの4人ッス。まず一人目はヴェロニカ=アグーチナ。」


 イアンはヘンリーの言葉を遮りスライドを動かす。そこにはロシア人女性、つまりはヴェロニカが写し出されている。


「階級は少佐。出身はモスクワ。父親も母親もロシア人ス。部隊の中では隊長にあたるみたいッスね。。」


「美人ですねー。」


「そうかぁ?俺ぁはもっとムチムチの方ががいいな。」


「彼女は普通にモスクワ市警で働いてたんスけど、魔女部隊設立と同時に軍属になってるッス。つーかこの人が軍属になってからすぐに魔女部隊が設立されてるッス。」


「という事はこの娘は前々から軍に目を付けられておったのかのう。ではロシアはある程度は魔女については何十年も前から調べておったかもしれんのう。」


「え?なんでそこまでわかるんですか?」


 ティナがサムに問うとサムが答える前にイアンが答えた。


「この資料にも書いてあるんスけど、【ヴェージマ】の設立時期と戦場で目撃されだした時期はほとんど被ってるんスよ。つまりロシア軍はヴェロニカっつう人が入る前から【ヴェージマ】用の装備を事前に用意してたってことが考えられるッスね。」


 ロシアは魔女部隊を設立する前から魔法の存在については前向きだった。科学では証明できない力や話が地方の民話だけで伝わっており、それをたかだかお伽噺と捉えず科学的に調査そして利用したのが魔女部隊である。だが軍事目的以外では魔法を利用できていないのが現状である。それもそのはず今魔法についての調査を独占しているのはロシアであり、その調査内容は極秘扱いになっていてイアンも詳しい内容までは調べられていないのである。


「あとティナの質問にあった魔法についてはもうちょっと詳しく調べてみるッス。じゃ次。」


 イアンはそういって次のスライドに移動するそこには三人の写真が写し出されている。


「次の三人は特に目立った経歴はないッス。全員在軍中にスカウトされてるッス。エヴァ=アバルキナ中尉、。両親ともに軍人で当人もリャザン空挺軍大学に出てる超エリートコースの軍人スね。」


「性格キツそうですね。」


「処女っぽい。」


「元少尉キモ。次にディアナ=ドゥビニナ曹長。バツイチ子持ち。魔女部隊の中では最年長ッス。彼女も在軍中にスカウトされてるッス。んで四人目のマリーナ=エリシナ伍長。逆にこの娘は部隊の中じゃあ最年少ッス。在学中にスカウト。成績優秀、特に射撃の腕はピカイチだったみたいッスね。」


 イアンの説明はここで終わった。イアンが用意した資料も魔女部隊については装備の詳細であったり、魔女部隊の創立経緯であったりの記載はあるもののそれ以上の記載はない。説明を聞いたあとティナが首をひねった。


「あれ?魔女部隊って5人じゃなかったでしたっけ?前会ったときは5人いたはずですけど?」


「一人増員があったみたいッスね。ちょっと前かららしいんでまだ調べれてないッスけど…まだまだ新人(ルーキー)みたいッスね。」


 イアンの持っている情報はロシア軍のデータベースにハッキングをかけて盗み出したものだ。だがそこにも5人目の情報はなかった。時間がなかったわけではない。イアンは魔女部隊の戦闘記録すべて確認している。もちろんここ最近行われた戦闘も確認していて5人目が加入したのも知っていた。だがそれでも軍のデータベースには5人目の情報はなかったのだ。


「まぁもう少し調べてみるんスけど、期待はしないでほしいッス。これ以上調べるならマジでロシア国民全員の住民記録まで調べなきゃならないんでね。そんなのは給料に見合わないッス。」


「まー調べたところで給料かわんねぇしな。」


「そッスねま、気が向いたら調べとくッスよ。」



 場所は変わってロシアのとある施設のとある会議室。そこには5人の女性兵士が集まっていた。彼女らの名前は【ヴェージマ】。魔法を駆使し、美しく空を飛び回り、戦車もヘリも簡単に撃ち落してしまうロシア最強の部隊、それが【ヴェージマ】だ。だがそんな彼女らが会議室にあつめられているか、答えは一つ・・・。


「ではただいまより【オボロートニ】を絶対殺す会議を始めたいと思います。全員!きりぃつ!」


「バカみたいな議題。」


「中学生みたいな語彙力。」


「ネーミングセンスが息をしていない。」


「み、みんなぁ・・・。」


 集められた理由はただ一つ。【ワーウルフ】への対策会議である。ペンを片手にホワイトボードの前で号令をかけたのは【ヴェージマ】の隊長であるヴェロニカである。ちなみにヴェロニカはこの会議の前に軍上層部に呼び出され、ねちねち前回の襲撃の事で嫌味を言われ最高潮に機嫌が悪いのである。


「ていうかさぁ!前の襲撃事件てうちら全然悪くないよね!?怒られる意味がわかんないんだけど!?」


「落ち着け、襲撃の犯人を逃してしまったのもまた事実なのだから仕方あるまい。」


 憤るヴェロニカとは裏腹に冷静なのは副隊長のエヴァ=アヴァルキナ。家族全員が軍人のまさにサラブレッド。在軍時の功績も称えられており、軍上層部では評価も高い。


「はいはーい!優等生のエヴァちゃんの言う通りでーす!全部私が悪いんですよーだ!襲撃犯に逃げられたのも、ロシアの国土がわけわかんないぐらい広いのも、わけわかんないぐらい寒いのも、ソ連がなくなったのも、ロシア人がマヨネーズ好きなのも全部私が悪いんだよ!あーあ!こんなことなら隊長なんて安請け合いするんじゃなかったー!もうまぢ無理!リスカする!」


「まぁまぁそういいなさんな。その分私たちより給料多くもらっているんだからいいじゃないか。」


 突っ伏すヴェロニカをそういって起こしたのはディアナ=ドゥビニナ。隊の中では最年長であり、唯一の子持ちでもある。戦闘経験も豊富で隊の中では一番頼れる存在だ。まさにヴェロニカをあやす姿は母のそれである。


「そんなこと言っていても仕方ないだろう?とりあえずブリーフィングをしようじゃないか。」


 ヴェロニカは肺が出るんじゃないかというぐらいの深いため息をつき、机の上に持っていた資料をばらまいた。


「とりあえず今回のブリーフィングは【オボロートニ】に対する知識・認識・対策の共有と前回の襲撃犯のその後について。まず襲撃犯なんだけど・・・」


 ヴェロニカは何枚かの写真をホワイトボードに張り付けた。それは監視カメラの映像らしく画質は荒いが人物はしっかりと映っている。それはASSだ。


「見ての通り恐らく襲撃犯はこの4人。ただ2人はガスマスクとバラクラバを被っているから個人の特定は難しそう。で後の2人は若い女と筋骨隆々の老人。この2人は顔を全然隠していないからすぐに見つかると思うわ。今軍が総出で捜索にあたってる。」


「個人は特定できないんですか?」


 そう聞いたのは隊の中の最年少及び狙撃手のマリーナ=エリシナ。彼女の問いにヴェロニカは首を横に振った。


「できなかったらしいわ。アメリカの軍のデータベースにハッキングをかけてもこの二人の顔写真すら手に入らなかった。ま、そのうちこいつらは捕まるわ。んじゃ次。」


 ヴェロニカは別の写真を数枚ホワイトボードに貼る。それは【ワーウルフ】の写真だった。


「知っての通りこいつらはアメリカの特殊部隊【ワーウルフ】。けど英語で呼びにくいから【オボロートニ】でいいわ。どうせおんなじ意味だし。でね、こいつらは知っての通り馬鹿みたいな力で馬鹿みたいに速く走れる馬鹿。しかもそれだけならいいんだけど厄介なのはあのスーツね。生半可に強化した弾丸じゃ貫くことなんてできやしない。だからあいつらの装甲を抜こうと魔力を込めすぎると・・・。」


「【魔力切れ】・・・ですか?。」


「アナスタシア、正解。」


 恐る恐る答えたのははアナスタシア=ヴァルーヒナ。マリーナより年上ではあるが経験の浅い新兵である。【ヴェージマ】は基本的に魔力を使い戦闘から飛行まですべてを行っている。飛行時【メトラ】と呼ばれる機械の翼に魔力を送り、銃を撃つときも弾丸に魔力を込めながら撃っているので無論魔力を消費している。銃を強化しながら空も飛び、また敵の弾丸を防ぐために魔法障壁と呼ばれる障壁も作るとなると魔力の消耗は著しい。


「特にエヴァやディアナ、マリーナの3人は人工的に魔法を使えるようにしているからね。最初から魔力を持っている私やアナスタシアに比べると魔力切れの危険は常に付きまとってる。」


 彼女らが魔力を使い果たしてしまうと極度の疲労感に襲われ、一人での歩行も困難にもなるほどだ。故にアナスタシアが言いたかったことは【ワーウルフ】のパワードスーツの装甲を打ち抜くために魔法で銃を強化しすぎると魔力切れで戦闘ふのうに陥り危険ではないかという事だ。


「わけなんだけど・・・」


「・・・隊長?」


「ありったけの魔力込めてど頭撃ち抜いてやれば狼だろうがドラゴンだろうが殺せるのよ!」


 ヴェロニカは会議室の回る椅子に座りくるくると回りだした。


「もーこんな会議するの何回目かなー!どうせあいつら邪魔しに来るんでしょ!?あーやだやだー!」


 ヴェロニカは持っていた資料を紙吹雪でも投げるようにばらまく。どうやら精神的にかなり参っているようだ。ヴェロニカはけらけらと笑いながら椅子の回転速度を上げる。


「そのたびにっさぁ!あのハゲ大佐によびだされてっさぁ!怒られるんだよぉ!?知らなーいっての!じゃあてめーがやれっての!」


「おいヴェロニカ、落ち着け。お前は作戦はよくやってる。自信を持て。」


 エヴァがなだめてもエヴァと椅子の回転は止まらない。むしろ速度をどんどんとあげていく。椅子の回転速度をあげながらヴェロニカはまだ続ける。


「こちとらデート中断してきてんだっての!それで怒られんだよ!?わけわかんなくない!?」


「し、仕事だからでは・・・」


 アナスタシアの言葉にヴェロニカの椅子の回転速度はどんどん上がっていく。もはや机の上の書類や前のホワイトボードですら倒しそうなほどの勢いだ。


「あーはいはい!仕事ね!つーかっさぁ!仕事ってっさぁ!人生をっさぁ!充実させるためにっさぁ!するもんでしょ!それなのになんで彼氏が気ぃきかして誘ってくれた展覧会も断んなくちゃいけないのよ!あーあもー人間ってやだなー!働かなくちゃいけないものなー!あーあ!仕事やめようかなー!ついでに人間もやめようかなー!」


 回る椅子とヴェロニカ。もはや誰にも止められないかと思いきやヴェロニカが生み出した風によりすっかり冷え切ったコーヒーを一口飲んだディアナの言葉が会議室の空気を変えた。


「でもそれってお前さんが1ミリも興味のない展覧会のだろ?別に行けなくてもいいんじゃないのかぃ?」


「いやま、そうなんだけどね。」


 ヴェロニカはさっきまでの勢いはどこへやら高速回転していた椅子も風もぴたりと止み、ヴェロニカも突然冷静になった。その話題にアリーナが食いつく。


「そもそもなんで絵が好きなんていったんですか?興味もないのに・・・。」


「えーだって彼の趣味が読書だっていうじゃん?なんか知的じゃん?じゃあ合わせるじゃん?ヴェロニカちゃんその場で適当な事言っちゃった♡」


 そう、ヴェロニカは彼氏であるウィリアムの前では淑女ぶっているのである。今回の展覧会の件でもヴェロニカの言う通りウィリアムに好かれたいがため育ちがいいのを装うために絵が好きで特に有名画家の作品がいったところ前回のデートでウィリアムに興味もない絵画の展覧会に誘われてしまったのだ。話を聞いていたアナスタシアも飛び散った書類を拾いながら話に加わる。


「一回嘘つくとばれる時しんどいですよ?よっぽど好かれてないと幻滅しちゃうんじゃ・・・。」


「そうよねー・・・。この前呼んだ雑誌にも同じこと書いてたわ。思い付きで適当なこというもんじゃないよねー。ヴェロニカちゃん反省♡」


「そもそもその彼氏と結婚はかんがえているのかぃ?」


「あーいいな結婚・・・。早く結婚したい・・・子供は男の子と女の子1人ずつがいいです・・・。」


「あとおっきい家におっきい犬飼いたいですね。」


「ああ・・・マリーナ、最高。もうそれで旦那はイケメンだから言う事ありません・・・。」


「いーや結婚するなら男は見た目でで選ばず中身で選びな。なおブスなら顔が悪いから外で女を作れないからいいよ。」


「さすがバツイチ子持ち。言葉に重みがある。」


「なめるんじゃないよ。最初の旦那は不倫相手に殺されてるからバツは2だ。」


 どっと笑いに包まれる会議室。まさに【会議は踊る、されど進まず】といったところであろうか。結婚話に花が咲きもはや【ワーウルフ】のことなんてどこえやら和やかな空気が会議室を包む中、アナスタシアだけが不穏な空気を察知していた。


「あの~皆さん・・・。」


 会議室には笑い声に交じってちらちら舌打ちが聞こえてくる。その正体はエヴァである。先も述べたがエヴァは軍人家族のサラブレッドであり英才教育を施されてきたエリートだ。ゆえに性格は超が付くほど真面目である。入隊当初よりは【ヴェージマ】の雰囲気に慣れて多少は丸くはなったらしい。だからこそそんな彼女だから今の会議室の空気にたまらなく腹が立っていた。


「おい貴様ら。いい加減に・・・!」


「入ります!」


 会議室の扉が勢いよく開き、スーツ姿の女性が入ってくる。彼女はマリア。この【ヴェージマ】の事務員である。彼女が直接【ヴェージマ】に会いに来るときは決まって急な任務の時である。


「武装したテロリストがロシア海域内に侵入。今すぐ出撃してください!」


「了か・・・」


「ていうかマリアってこの前結婚したよね?」


 間の抜けた質問をしたのはヴェロニカだ。マリアも一瞬戸惑ったが「はい」とだけ答えた。どうやらさっきの話はまだ続いているらしい。


「やっぱどう?幸せ?」


「ま、まぁ・・・それなりには・・・。」


「いってきますのキスはします?」


「ま、まぁ・・・する・・・けど・・・。」


「子供は考えてんのかぃ?」


「まだ・・・お互い仕事があるから・・・その・・・」


「いいから貴様ら準備しろぉ!!」


 【ヴェージマ】の女子トークはエヴァの怒声でようやく終えた。


  作戦空域に向かう途中の移送ヘリの中、魔女部隊の4人が戦闘準備にとりかかっている。エヴァは魔女部隊の要ともいえる装備【メトラ】の整備を、マリーナは銃の手入れ、ディアナは準備体操、アナスタシアは戦闘用ドローン【マナ】【ジェシカ】【ヨルハ】の整備をしている。


「マナ、ジェシカ、ヨルハ。調子はどう?」


『バッチリよぉ~!アンタが塗ってくれたワックスでお肌も最高!』


『あと銃の手入れもしてくれたら文句ないねー。』


『ウケルー!』


 アナスタシアの扱うドローンはアナスタシアの魔力を原動力とするドローンだ。そして学習AIを搭載しており、【マナ】【ジェシカ】【ヨルハ】はそれぞれ自我を確立している。このAIの開発はすべて在軍前のアナスタシアが設計したものをドローンに搭載し、戦闘に活用している。


「みんな、そろそろ目的地よ。」


 輸送ヘリの助手席から戦闘準備をばっちりすませた仕事モードのヴェロニカがみんなの前に立った。


「今回の作戦内容を確認するわ。目標はオホーツク海海上の密漁者兼テロリストの殲滅及び武装船の破壊よ。敵の装備は不明。ただ武装船は駆逐艦を流用したものと情報が入ってる。気を抜けばすぐ撃ち落とされるわ。よって射程距離外から私たちが空より急襲し、迅速に作戦を遂行するわ。」


「「「「Да-с!」」」」


「いい?今回の作戦は海上で行われる残存魔力には十分に留意すること。鯱の餌食になりたくなければあまり飛ばしすぎないこと。無闇に魔力弾を使わないこと。いい?」


「「「「Да-с!」」」」


「特にアナスタシア。貴女のドローンは貴女の魔力を動力源としている。言っている意味はわかるわね?」


「だ、Да-с!」


 先も言ったがアナスタシアのドローンは電池ではなくアナスタシアの魔力を動力源としている。そのため通常の飛行、戦闘に加えアナスタシアはドローンを飛ばすための魔力を使わないといけないのだ。故に魔力消費は他のメンバーの倍以上である。海上での戦闘は残存魔力には人一倍留意しなくてはならない。


『そろそろ敵の射程距離に入る。悪いがエスコートはここまでだ。降下準備を始めろ。』


「いい?今回私たちはただの素人の排除に駆り出されたわけじゃないのはわかっているわよね?最近ロシアの海域に入ってくる馬鹿が増えてきている・・・だから私たちはこいつらを完膚なきまでに叩きのめし、ロシアにたてつくとどうなるか思い知らせてやるのよ!」


「「「「Да-с!」」」」


「よし!降下!作戦開始!」


 魔女部隊は輸送ヘリからヴェロニカを戦闘に降下を始める。魔力節約のため魔女部隊は敵武装船直上まではメトラを起動せず、メトラの翼を畳み、空気抵抗を減らし、急降下していく。。


「目標視認しました。」


 雲の切れ間より武装船が視認できた。だが武装船は射程距離外より近づいてくる人影5つにまだ気が付かない。武装船は全部で6つ。情報通り駆逐艦を流用したものも確認できた。他の武装船は漁船を改造したものである。


「アナスタシア!ドローンを先行させなさい!」


「Да-с!マナ!ジェシカ!ヨンナ!お願い!」


『任せて!』


『派手に行くわよー!』


『ウケルー!』


 ドローン三基は部隊の横を抜け、武装船に猛スピードで近付く。ドローン達は下部に取り付けられた機関銃を船上のテロリストに向けて掃射する。テロリスト数名に被弾したが、まだまだテロリストは残っている。テロリストたちもすぐに戦闘体制に入り、機銃がドローンに向けて放たれる。だがドローンは小型で機銃はなかなか当たらない。


「全員!メトラ起動!」


 魔女部隊がメトラを起動させると翼が大きく広がり、血管のように走る魔力回路に魔力が回り、美しく緑色に光った。今までは直線的に自由落下していた魔女部隊は鳥のように翼を羽ばたかせる。


「全員散開!周囲の武装栓を破壊したのち、駆逐艦を叩く!」


「「「「Да-с!」」」」


 魔女部隊は散らばり、武装船に攻撃を始める。まずはエヴァが近くの武装船に急接近する。エヴァは軍学校も首席で卒業するような超エリート。彼女は射撃も記述テストもすべてエリートだったが、その中でも得意だったのが格闘だ。彼女の格闘能力といえば同期で抜きん出ていて、勝てる相手など男女含め誰もいなかった。その能力は魔女部隊に配属された後も十二分に活躍している。エヴァはメトラの翼で弾丸を防ぎつつ武装船に乗船。そして一人目のテロリストをナイフで倒すと二人目三人目とメトラの翼でテロリスト達を海へと吹き飛ばす。もちろん銃を使った方が効率的なのだが、エヴァは魔力を節約するため魔法を極力使わずに戦っているのだ。エヴァは武装船上のテロリストを一掃すると船のエンジン部にグレネードを放り込み、武装船を離脱。1隻目の武装栓を排除した。


「こちらエヴァ。武装船を排除した。」


「了解。こっちももうすぐだよ。」


 ディアナの戦闘は極めてシンプル。【最大火力で即制圧】。彼女は恵まれた体格と筋肉を存分に使う。まず魔法で自らの筋肉を強化、そして携帯可能に改造したミニガンに少しだけ魔力強化を加えそれをぶっ放す。通常であれば携帯不可能な高火力のミニガンを自らの筋肉を強化することで持ち運びを可能とし、もともと火力のあるミニガンを少しだけ強化することによってその辺の戦闘車両はすぐ蜂の巣となるのだ。もちろんこの武装船も瞬く間に蜂の巣となりディアナも着々と武装船を破壊していく。


「こちらディアナ、順調だよ。みんなはどうだい?」


「こちらマリーナ。こちらも問題ありません。」


 マリーナはそういってライフルを構える。ライフルのスコープはテロリストを狙っておらず、マリーナは何かを探しているようだ。


「…あった…。」


 マリーナは在学中にスカウトされた。学力や体力面は軒並み普通ではあったが彼女の射撃だけは特出していた。彼女の射撃は文字通り糸に針を通すような腕前だった。軍学校で測れる最大距離の射撃をも彼女はいともたやすくこなしてしまい、教官が言葉を失ったほどだった。そして今彼女が探していたのはエンジン機関部。無駄に敵を倒すこともなくただ急所を撃ち抜く。彼女のライフル弾は魔力強化が施され、戦車の装甲すらぶち抜いてしまう。故に漁船を改造した程度の武装船の装甲など紙も同然だ。マリーナが一度引き金を引けばその数だけ船は次々に爆発炎上し沈んでいく。。


「マリーナ、順調です。アナスタシア、手伝わなくて大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫ぶぶ!ま、ままかせててて!」


「…大丈夫に聞こえませんが…。」


 アナスタシアは攻撃のタイミングが少し悪かったのか武装船に囲まれ機銃やテロリストのアサルトライフルによる攻撃をもろに受けていた。あれだけ魔力消費に気を付けろといわれていたのに彼女は魔力障壁で銃弾を弾いていた。彼女は兵士としての経験がなくこのような場面ではパニクってしまったり、ミスが目立つ。しかし彼女が何故ここまで生き残っているのか。それは一重に彼女の魔力量である。彼女の魔力量はとても多く、普通ならへばってしまうような長時間の戦闘でも彼女はケロッとっているのだ。だからこそ彼女はその能力を存分にいかせるよう魔力で動くドローンを作ったのだ。


「ひぃいいいいいいいい…!」


『まーたうちのがピンチだよ。』


『手がかかるねぇー。』


『ウケルー!』


 アナスタシアがテロリスト達の集中砲火を受けているなか、マナは装備されている機関銃で船上を攻撃、ジェシカは小型の爆弾を爆撃機に爆撃、ヨンナは小型で高威力の対戦車ミサイルを船にぶちこみ攻撃とアナスタシアとは対照的に効率よく、そして手早く武装船を破壊していく。そしてアナスタシアのドローンが最後の武装船を沈めたところで


「こ、こちらアナスタシア・・・。」


『お疲れ様。』


『ま、ほとんどうちらのお陰だけどねー。』


『ウケルー!』


「た、隊長は…?」


 アナスタシアはドローンも使い周囲を見渡すがヴェロニカの姿はない。


「あの馬鹿・・・どこかでさぼっているんじゃないだろうな。」


 エヴァが舌打ちをしながら吐き捨てるように言った。「そんなことは」とアナスタシアはヴェロニカをフォローしたが、アナスタシアもまたヴェロニカならやりかねないと心のどこかで思っていた。何故なら過去に一度そんなことがあったからである。ヴェロニカは戦闘中に彼氏のウィリアムから電話があり、戦闘をそっちのけで戦闘音の聞こえない物陰に隠れ電話にかまけていたことがあるのである。もちろんそれはすぐにばれエヴァにこっぴどく怒られたのだがそれ以来彼女には大抵監視役で一人つくことになっていた。しかし今回は敵の数も多い事もあり全員バラバラで戦っていた為ヴェロニカの監視役がいない。【ヴェージマ】の4人が「またか」とため息をついた時だった。


「人聞きの悪い事いわないでくれる?こいとら絶賛作戦行動中よ。」


「それは何よりだ。で、どこにいる?」


「あのでっかい船の中よ。」


 ヴェロニカは他の隊員が戦っている中単身敵の軍艦に乗り込んでいたのだ。ヴェロニカは敵陣の真っただ中にいるとうのにいたって冷静、いや呑気ともとれる調子だ。


「最初はっさ、外から壊そうと思ったんだけど思いのほか硬くてね。んじゃあ中から壊しちゃえってことで今中なわけ。にっしても広いわ~迷っちゃってるわ。」


 呑気な通信の後ろでは銃声が聞こえる。おそらくは攻撃されているのであろう。しかしヴェロニカは歯牙にもかけていない様子である。


「・・・て、手伝った方が・・・。」


「あーいい、いい。先戻っといてすぐそっち戻るから。」


 まるで昼下がりの買い物帰りのように落ち着いているヴェロニカ。もはや油断しきっているであろうヴェロニカの通信にエヴァは腹を立てていたが、怒鳴ることはなく少しだけため息をついてから言った。


「・・・後で泣いて救援を呼んでもこないものと思え。」


「いやそれはきてよ。」


 冗談のようなやり取り。しかし確かにエヴァも含め他の【ヴェージマ】の残り魔力は回収ポイントまでの距離を考えると軍艦相手に戦えるほどの余裕はない。よって【ヴェージマ】はヴェロニカの言う通りヴェロニカを残して回収ポイントまでの撤退を決めた。敵の軍艦は巨大、しかも外部から破壊できないほど強固でもある。そんな軍艦を一人で破壊できるのか、アナスタシアはヴェロニカが心配であったがその数十分後その心配は杞憂に終わることになる。軍艦は轟音と共に爆発炎上、そしてタイタニックよろしく、真っ二つになり沈んだのだ。何故エヴァはヴェロニカを置いて撤退したのか、その答えは勤務態度も不真面目、お世辞にもやる気があるようにも思えないヴェロニカが隊長でいられる理由に答えがある。答えは単純、部隊の中でヴェロニカが最も強いからである。現に今回の戦闘でもヴェロニカは武装船と他の隊員と同じく戦っていたが軍艦一つ沈めれるほどの余力を残していたのだ。また隊員の中でも抜きんでて魔力量も多く、長期戦にも可能である。嘘かまことかは分からないが【ヴェージマ】が設立当初まだ隊員がヴェロニカしかいなかったときに敵の一個大隊を全滅させたという噂もあるぐらいだ。それほどまでに強いヴェロニカだからこそエヴァや他の隊員はヴェロニカを置いての撤退を選ぶことができたのである。彼女はその強さゆえに隊員たちから慕われ・・・


「あ!ウィリアムから電話だ♪Hi,ウィリアム。どうしたの?え?今度の日曜日?もちろん空いているわ。ええ、じゃあいつもの場所で。ええ、私もよウィリアム。愛しているわ。」


 ・・・強さは慕われ【ヴェージマ】の隊長を務める事が出来ているのである。そう、強さ【は】。


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