22話 少年は武器を手に戦場に立つ
軽トラックが停車すると、ケンジは荷台から飛び降り、自警団の制止も無視して風花に駆け寄った。
「風花ちゃん、無事か!? どこも怪我してないか?」
「うん! サクラとね、フジが助けてくれたの!」
「そうかよかった。本当によかった。けど……」
改めて周囲を見回し、ケンジは目を丸くした。
白柴フジ、子犬のゴマッチ、赤柴サクラ。迷子の犬たちはそろっていたが、なぜか赤柴は六頭もいる。体格から首輪の色まで同じに見えるのは、偶然なのかそれとも――
「なぁ風花ちゃん、サクラそっくりのあの犬たちはもしかして……」
「ふえたの!」
単純明快、且つ、珍妙な回答にどう反応したらよいのか、ケンジは微妙な表情をした。
「東原くん! 後ろから来てるっ!」
翔子の声に振り返ると、雌鶏が猛然とこちらに向かってくる。ケンジは慌てて風花を抱き上げると、軽トラックに向かって走りだした。
「急いで急いで! 突っ込んでくるよ!」
翔子に言われるまでもなく、怪獣が地面を蹴る音が迫っていた。このままでは追いつかれる。ケンジが背後からの攻撃を覚悟して身を固くした時、並走していた白柴フジが向きを変え、雌鶏の前に立ちはだかった。
雌鶏は急ブレーキをかけるように足を止めた。
ケンジは知らなかったが、雌鶏はフジに投げ飛ばされたばかりで、この小さな老犬を警戒していたのだ。
愛犬の援護を受け、なんとか軽トラックにたどり着いたケンジは、荷台に風花を押しあげた。
「風花ちゃん、心配したよー!」
「ごめんね、ショウコちゃん」
仲良しのふたりが荷台で抱き合う。ケンジもようやく人心地がついた。風花も大切な犬たちも無事だった。多恵や美月を悲しませずにすんだのだ。
ケンジはすぐにこの場を立ち去りたかった。しかし、そういうわけにはいかなかった。
怪獣の一頭、最初にケンジたちが遭遇した雄鶏が、一台の乗用車に飛び乗り、フロントガラスを踏み抜いて、しきりにクチバシと爪を突っ込もうとしていた。そして車が揺れるたび、車内から女性の切羽詰まった悲鳴が聞こえてくる。見捨ててはいけなかった。
槍を持った自警団が三人、軽トラックから降りると、乗用車から怪獣の注意をそらそうと、槍を振るいはじめた。しかし、見るからに腰の引けた攻撃は、簡単に怪獣に払われ、反対に蹴り飛ばされる者までいる。
ケンジは銃を持ったまま荷台で怪獣を睨んでいる若者に尋ねた。
「なんでその銃、使わないの?」
「市街地だぞ。要救助者もそばにいる。簡単に発砲できねーんだよ」
苦々しく若者が答えた。槍で戦うなんて原始的な選択はそれが理由らしい。
風花と子犬二匹は保護した。白柴フジ・赤柴サクラ・黒柴マロの三匹も見つけることができた。乗用車のドライバーを救出できれば、この場を脱出できる。
ケンジは状況を整理すると、傍らのマロに視線を向けた。荷台でソワソワしている。他の犬たちが怪獣と戦っている姿に興奮しているのか、まだ散歩の延長だとでも考えているのか。いずれにしても荷台で大人しくしているのに飽きたのか、その体からわずかに電撃が漏れ出している。
マロの力が必要だ。そう考えたケンジは、愛犬を抱き上げ荷台から降ろした。それを見て自警団の若者が声を荒げる。
「おい、なに降ろしてんだ!?」
「怪獣は何とかするんで、車から女の人を助けてください」
「何とかするってどうやって……」
ケンジは答えず話を打ち切ると、いまだ車に執着している大鶏に向かった。途中、落ちていた槍を拾う。怪獣に蹴り飛ばされて荷台に運ばれた自警団のものだった。
「忍び衣装に槍だなんて時代劇だな」
思わず独り言が出てしまい、ケンジはニヤリと笑う。
先ほどまで後悔と反省しきりだったケンジだが、犬たちを見つけたことで、心に余裕を取り戻していた。そして今まで逃げることしかできなかった怪獣に、自ら武器を持ち、特別な力を得た愛犬たちと向かい合っていることに、心は高揚していた。
「マロ、待てだ。待ーて」
『こんなところで待つのかワン?』
「……とでも言ってるみたいだな。けど、お前の電撃を貯めなきゃいけない。そう、そのまま待てだ」
興奮してウズウズしている愛犬に、強く『待て』を命じると、ケンジはひとり大鶏の前に進んだ。
体を半分引き、腰の高さに槍を構える。その姿勢は自警団のメンバーに比べ、精錬されたものだった。
ケンジに気がついた大鶏が車の上から飛び降りた。ケンジのほうに体を向けると、躊躇なく突進を開始。蹴りあげようとした。
しかしケンジはこれを横に避けた。同時に手中の槍を滑らせて短く持ち直すと、すれ違いざまに怪獣の脚を突く。
大鶏が短く悲鳴をあげてたたらを踏んだ。思わぬ反撃を受けた怪獣は、怒りに目を輝かせながら再び突進し、クチバシでついてきた。
「ハイッ!」
ケンジは先ほどより余裕のある動きでこれをかわすと、勢いあまって走り抜ける大鶏の左脚を、気合の声と共に槍で突いた。
大鶏がふらつき前のめりに転倒する。荷台から大きな歓声があがった。槍の一撃は大したダメージを与えていなかったが、怪獣を翻弄するケンジの動きは、熟練の戦士に見えた。
「なにそれ!? なにそれ!? 東原くん、本当に忍者だったの?」
「ケンジくん、かっこいいー!」
背中に向けられた声援に、ケンジは槍の穂先をまわして返事した。
ケンジは荒い息を吐きながら、ドクンドクンと跳ね上がる心臓を必死で落ち着けようと勤めていた。
正直こんなにうまく決まるとは思っていなかった。武器を手に怪獣と戦うなど、初めてのことだった。ただ、イメージトレーニングは何度も繰り返していた。
ケンジは幼いころから鈴木多恵の家に通い続けていた。目的は鈴木家の柴犬だったが、鈴木夫妻の『時代劇DVDコレクション』を一緒に見ること数百回。侍たちを師匠にした『見取り稽古』は免許皆伝の域に達した……と自負している。
小学五年生から剣道場に通いだしたのも、中学校で剣道部に入ったのも、時代劇の影響だ。忍び衣装を選んだのも、言うに及ばずだった。
「時代劇の主人公は、一人でたくさんの敵を相手にすることが多かった。一対一で戦うような戦法じゃダメだ。敵の攻撃を一つ一つ受けるんじゃなく、受け流して斬る。怪獣との戦い方もきっとこれだ。槍は振り回さない。ここぞというタイミングで突く。深く刺す必要はない……」
ケンジはそう考えて実践した。もちろん相手は怪獣。その動きも間合いも時代劇とは異なったが、幸い攻撃手段は直線的で、避けることを第一に考えれば、なんとかそれらしく戦うことができていた。
ただ、ギリギリで攻撃を見切るなんてことはできないため、回避には全力で動く必要があり、予想以上に息があがるのが早かった。
それでもケンジは自分の役割を果たすことができた。
ひとつ、大鶏を乗用車から離すこと。
ふたつ、時間稼ぎ。
ケンジは愛犬を見た。待ち続けた黒柴の体を激しい稲妻が包んでいる。ケンジは槍を放り出すと、左で怪獣を指し、右手を大きくふって合図した。
「マロ、雷遁の術!」
待っていたとばかりに、マロがぐるんと体を震わす。柴犬の体が雷のドリルに変わり、宙に飛び上がると、長い尾を引きながらまっすぐに大鶏へと飛んで行った。
バチバチっと大きな音がして、怪獣の全身を雷が駆けまわる。一撃必殺、不可避の攻撃だった。大鶏は一歩二歩とよろめき、そのままどうと地面に倒れた。その背後には怪獣を貫き、元の姿に戻った黒柴マロが得意げな顔で立っていた。
その日一番の歓声があがった。翔子と風花は拍手して喜び、自警団のメンバーは、驚愕の表情で怪獣を退治した柴犬に目を奪われていた。
当の愛犬は、役目を終えたとばかりに尻尾を振りながら、ケンジのもとに駆けてきた。ご褒美のオヤツを期待して目を輝かせている。
「よくやったな、マロ」
『ナデナデはいいから、オヤツが欲しいワン!』
「……とでも言ってるみたいだな」
マロはケンジの手を振り払い、前肢で地面をたたいた。オヤツを要求するときの愛犬の仕草に、ケンジは破願した。
23話 少年はさらなる強敵と対峙する ……に続く




