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2話 柴犬は超能力で戦う

怪獣と戦う――

覚悟を決めたケンジは両手を広げると、左手はお化けガエルに向け、右手で力こぶをつくる。特撮ヒーローさながらのダイナミックなポーズ……と、彼が思う姿勢をつくりながら、口元を覆っていた頭巾を下げて、よく通る声で叫んだ。


「フジ、金剛力の術!」


白柴フジの黒い瞳に、赤い炎がゆらめいた。

ケンジがリードを放すと、一直線に走り出す。路地を抜けてお化けガエルに猛進すると、その前肢に躊躇なくかぶりついた。


それはアリとカブトムシほどの体格差だった。それにもかかわらず、お化けガエルが前肢を持ち上げようとしても、地面に根を張ったように、フジの噛みついた肢は動かない。それどころかフジが大きく首を振ると、怪獣の巨体がよろめき、たたらを踏んだ。


日本では寺院を守護し、門に安置されることの多い金剛力士像。筋骨隆々とした守護神の名前を参考に、『金剛力の術』と命名したフジの超能力は、無双の怪力。体躯で勝る怪獣に、一歩も引かず渡り合っていた。


拘束から逃れたいお化けガエルは、後肢に力を込めると、翔子を咥え、フジをぶら下げたまま、飛び上がった。百メートルを越えるあの跳躍だ。

着地と同時にフジを踏みつぶすつもりだったのかもしれない。しかし、それは叶わなかった。


フジの瞳で揺らめく炎が激しさを増した。赤い光が白い毛並みの表面を、波動となって流れていく。そして前肢にぶら下がったままのフジが、勢いつけて体をねじると、お化けガエルの体もぐるりと回った。

空中で掴む場所もない怪獣はバランスを崩したまま、まるで柔道の投げ技を受けたかのように、背中からアスファルトに叩きつけられた。


「ひぃぃぃ!」


諸共に宙を舞った翔子が、衝撃で緩んだ口元から這い出してきた。それに気がついたフジが駆け付け、ジャージの袖口を引っ張って、脱出を手伝う。


「ハァハァ…… フジちゃん、ありがとう。でも、もうちょっと穏やかに助けてほしかったかな」

「くぅーん」


白柴フジは不満げだった。


お腹を見せてジタバタあがいていたお化けガエルが起き上がった。したたかに叩きつけられていながら、ケロリとした顔である。立ちふさがるフジを凝視する瞳からは、いかなる感情も読み取れない。

ここまではフジが圧倒していたが、超能力の長時間使用は好ましくない。ダメージを見せない怪獣を、ケンジは苦々しく睨みつけた。


「ここはマロちゃんの出番じゃない? 最大攻撃力で当たるところだよ!」


いつの間にかケンジの隣で、翔子がカメラを構えていた。さっきまで怪獣に食べられかけていたとは思えない。彼女もまたタフである。


「わかったから離れて。カエル臭いでござる」


ケンジは傍らの愛犬に視線を向けた。

フジの戦いを見守る黒柴マロの体からは、パチパチと火花が弾けている。戦意は十分なようだ。


「マロ、いけるか?」

「アゥアゥ!」


名前を呼ばれたマロが返事する。ご飯や散歩を催促するときと同じ声だ。早く行かせろと解釈する。

再び特撮ヒーローばりのポーズをとりながら、ケンジは叫んだ。


「マロ、雷遁の術!」


合図と同時に愛犬は、体についた水滴でも払うように全身を震わせた。尖った鼻づらがまるでドリルのようにまわる。俗に“柴ドリル”と呼ばれる状態だ。

次の瞬間、柴ドリルが光輝く稲妻に変わり、バチバチバチと派手な放電音を立てながら、怪獣に飛んで行った。


それは獣の形をした雷の塊。自然には決して発生しない、意思を持ったエネルギー。

気配を察知したフジが道を開けると、雷のドリルはまっすぐにお化けガエルの体を貫いた。

ジュっと肉が焼ける音と共に、怪獣が全身を痙攣させる。そして数秒後、香ばしいにおいを漂わせながら、怪獣はゆっくり地面に倒れた。


「グッジョーブ! 最高の絵が撮れたよ」

「超能力のところは、載せちゃダメでござるよ?」

「もちろん編集するって!」

「それよりその恰好…… はやく着替えたほうがいいでござる」


呆れながらケンジが勧める。翔子の服はカエルの唾液でべったり濡れて、体に貼りついていた。薄手の服なら色っぽい姿だったのかもしれないが、いかんせんジャージである。翔子のほうも気にした様子もなく、あっけらかんと答えた。


「大丈夫、大丈夫。洗濯すれば綺麗になるって。けどそうね。今日はこれ以上、インパクトのある絵も撮れないか。それじゃあ先に帰ってるねー」


翔子は子犬を引き取ると、軽快に自転車を走らせ帰っていった。


「あいかわらず身勝手でござるな」


ケンジが柴犬たちに視線を戻すと、三匹お行儀よく座って、そわそわしながらケンジを見つめていた。


『いつものアレ! ご褒美はまだかワン?』

「……とか言ってるでござるか。仕方ない」


ケンジはニヤニヤと口元をほころばせながら、ご褒美のサツマイモ菓子を取り出すと、ますます目を輝かせる柴犬たち、堪え性のない順にマロ、サクラ、フジへと与えていった。

くっちゃくっちゃとお菓子を食し、当然のようにお代わりを求める犬たちに、もう一周だけお菓子を配ると、お化けガエルへと視線を転じた。


「少し前までは、こう都合よく退治なんてできなかったけど… いや、そもそも怪獣なんていなかったでござるか」


常識では測れない生物たちを、目の当たりにするたび、これらが初めて世に現れた時のこと、柴犬たちが超能力に目覚めた時のことを、思い出さずにはいられなかった。


挿絵(By みてみん)

【3】怪獣はどこからともなく現れる ……に続く。

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