16話 少年は忍者になる
姫路翔子の正体が宇宙人と判明した後、『うっかり大きくなる子犬』をくわえた柴犬四4匹の散歩をケンジたちは続けていた。
記念すべきお散歩デビューの日には、テンションがあがりまくった子犬のサイズが、およそ犬の範疇を超えるところまで膨らんだが、それ相応のウンチをすることで元のサイズに戻った。子犬にとっても満足のいく冒険だったのか、その後、三日はサイズも変わらず、巨大化抑制に散歩が有効であることが証明された。
散歩ではケンジがマロ・フジ・サクラの三匹のリードを持ち、翔子が子犬を担当することになった。
見るものすべてが新鮮な子犬はすぐに立ち止まり、散歩の進行を遅らせた。大人の犬たちにとって、それがストレスになったかというとそうでもなく、四十分の散歩が一時間になり、いつもの散歩コースをより堪能しているように見えた。
「ごまっち、みんな待ってるよ? 先に進もう」
その日も翔子はハンディカメラを片手に持ったまま、あさっての方向に進もうとする子犬を引き留めた。
ごまっちは、柴犬では珍しい胡麻色の体毛から、翔子が名付けた名前だ。いずれ子犬の貰い手を探すつもりで名前を付けるのは避けていたが、巨大化する子犬を手放すわけにもいかず命名にいたった。それにしても安直な名前だとケンジは思う。
「動画撮影、まだ続けるのか?」
あいかわらずハンディカメラを構えながら同行する彼女に、ケンジは尋ねた。
「え? もちろん撮影するけどどうして?」
「聞き方が悪かったな。お前の母星に流すための動画なら、あの高性能ドローンで撮影してるんだろ? 地球でメガチューブに流す必要はなくなったんじゃないかないのか?」
「ああ、そういうこと。私はメガチューブの配信も続けるつもりだよ」
「なんでだ? メガチューブの動画は偽の目的っていうか、カモフラージュみたいなものだったんだろ。もうお前の正体も目的も聞いたんだ。続ける意味があるのか?」
「まぁそうなんだけどね。配信を楽しみにしてくれている人もいるじゃない? ほらサクラちゃんの動画で視聴者も増えたし」
つい先日、“犬のお散歩 番外編 ~とある保護犬の出産~”を公開してから視聴者がぐんと増えたのだ。子犬たちの誕生までを映したそれは、多くの人の感動を呼んだのである。
気をよくした翔子はその後も、子犬たちの成長を撮影してアップロードしていた。その効果は抜群で、視聴数は四桁を超えるようになっていた。本編であるはずの散歩動画より人気なのが、ケンジとしては少々悔しいところでもあった。
「それにね、カメラを自分の手で持って撮影したり、編集したりするのも楽しいんだよね。私の星じゃ全部自動化されてるから、アナログ作業っていうのかな。新鮮なんだよ。お気に入りの野球チームの新聞記事を切り抜いて、スクラップブックを作ってるような感覚かな」
「宇宙人のくせに、マニアックな例え話をする奴だな」
「でもワンちゃんが超能力を使ってるところは、アップロードしないよ」
「当然だな。大騒ぎになっちまう」
もし超能力者というものが実在するなら、今ほど歓迎される時代もないだろうと、ケンジは思う。
怪獣を退治してほしいと願う人は数限りなくいるのだ。それがスーパーマンでも、バットマンでも、柴犬だったとしても、きっと変わらない。
もしもアメリカが誇る超能力者集団『Xメン』が目の前に現れたとして、スカウトされるのはケンジではなく、柴犬たちだったろう。
もしもケンジ自身がミートボールを食べていたら、ヒーローの一員に並んでいたのは自分だったかもしれない。そう思うと悔しさで歯噛みする想いだった。
東原ケンジは十四歳。年齢相応のヒーロー願望は持ち合わせていたのである。
そんなケンジを引っ張りながら、三匹の柴犬たちがお尻をふりながら軽快に進んでいく。そのうち二匹は、超能力に目覚めた世界最強の柴犬だ。
「数日したら超能力も消えると思うよ!」
などと翔子は言っていたが、今のところ、白柴フジの怪力、黒柴マロの電撃、子柴の巨大化能力は健在で、衰える様子もなかった。
マロの能力については新発見もあった。
オヤツを前にして『待たせれば待たせるだけ』電圧があがっていくのだ。堪え性のないこの愛犬には、もったいない能力である。ケンジ自身が覚醒していたなら、かっこよく使いこなしてやったのにと、夢想する超能力だった。
「まぁ、とにかくメガチューブ用の撮影も続けるわけだな。衣装が無駄にならなくてよかった」
「衣装?」
「俺のキャラクター性が弱いって言っただろ? 動画用に専用衣装を買ったんだ。これを着るだけでキャラ立ち、間違いなしってやつをな」
「そんなこと言ったっけ?」
「おま…… 自分の言葉にすこしは責任を持て! まぁいいや、ちょっとこのリード持っててくれ。すぐ着替えるから」
「え、ここで着替えるの? 屋外だよ? 女の子の前だよ? うわ、この人、本当にズボン脱ぎだした…… 正気?」
翔子の抗議を無視して、ケンジは手提げカバンから真っ黒な衣装を取り出すと、その場で手早く着替えを済ませてしまった。
ケンジが選んだのは“忍び装束” 翔子の目の前に現れたのは、ジャパニーズ忍者だった。
「そのチョイスの理由を聞いてもいい?」
「衣装一つでキャラが立ってるでござろう?」
「ござろう!?」
「忍者言葉でござる。この格好で標準語をしゃべっては、興ざめでござるよ。にんにん」
「……私がキャラが弱いって言ったんだよね?」
「そうでござる。忘れないでほしいでござるな」
「そっか。これが私の求めたものなんだ……」
翔子は不承不承というかんじで頷いた。
「ドキュメンタリーのつもりだったんだけど、コメディ色が強くなったなぁ……」
新コスチュームに模様替えし、意気揚々と散歩を再開したケンジには、ため息交じりの翔子の声は届かなかった。
三匹の柴犬を散歩する忍者。のちに海外視聴者から『Osanpo-Ninjya』の名で呼ばれるキャラクターが誕生した瞬間だった。
「もう一つ、見せたいものがあるでござる」
「今度はなに?」
ケンジは黒柴マロ以外のリードを、翔子に押し付けると、手提げカバンからお芋のお菓子を取り出した。
途端に目を輝かせるマロに「待て」の合図を送ると、空に向かって思いきり投げ上げる。
間を置かず、左手でお菓子を指さし、右手を突き出すようにポーズを取りながら、ケンジは叫んだ。
「雷遁の術!」
すると、マロの体が雷に変わった。空に投げ上げられたお菓子に向かってまっすぐ飛んで行く。そして見事、お菓子をキャッチした雷は、地上に着地すると、柴犬の姿に戻って、くっちゃくっちゃとお菓子を味わいはじめたのだ。
「すごい! 特訓したの?」
「まだ成功率は五割ってところでござる。目標を左手で指して、右手で合図するのがポイントでござるな。フジの特訓も進めてる。ちなみに雷遁の術っていうのは、忍者が使う雷を操る忍法で……」
ケンジは饒舌に語りだした。
「そうだ、私からも報告があったんだ。これ見てくれる?」
ケンジの一人語りを遮るように、翔子はスマホを取り出すと、ひとつの動画を映し出した。そこには犬たちと少年少女が映っている。
「むむむ? これは拙者たちでござるか? けどカメラがずいぶん遠い。ドローンでござるか?」
「そうじゃないの。マンションのベランダから撮られた映像だと思う」
「まさか盗撮でござるか? 散歩してるだけだし、気にしないでござるが」
「これでもそう言える?」
翔子が動画を進めると、タコの怪獣を白柴フジと黒柴マロが仕留めるところが、遠目ながら映っていた。
「超能力に目覚めた日の動画!? 撮られてたなんて気づかなかったでござるよ。視聴数は…… うわ三千を超えてる!?」
「フィクションだと思ってる人が多いみたいだけど、気を付けたほうがいいよね。その忍者姿も顔が隠れるって意味じゃ良かったかも」
ケンジが意図したわけではなかったが、通販で取り寄せた忍者衣装は、顔も黒頭巾で隠せる代物だった。布地は値段に見合ったチープなものだったが、離れて見る分には、しっかり忍者に見えた。
超能力の使用について周囲により一層注意するよう、二人は方針を決めて散歩を続けることにした。
「そういえば、お前の恩師だっけ? 動画は見せてるでござるか?」
「もちろん! すごく喜んでくださってる。犬に会いたい、すぐにでも地球に駆けつけたいってはしゃいで、お医者さんに止められるくらい。動画の宣伝もしようって約束してくださったんだ。影響力の大きな方だから、今まで以上に注目も集まるよ」
「それならもしかしたら……」
「うん。動画で地球は救われるって!」
翔子は自信たっぷりにそう答えた。
「そういうふうに笑えるんだな」
「ん? なんのこと?」
「なんでもないでござる」
いつも笑顔を浮かべていても、どこか作り笑いっぽい印象をぬぐえなかった翔子の、それは心からの笑顔に思われた。
17話 少年は激怒する……に続く。




