15話 少女は来訪の動機をかたる
一同は改めて羽鳥家のテーブルに座りなおした。翔子は地球とは異なる星からやってきたこと。柴犬たちが超能力を手に入れたことを、美月と多恵の前で説明した。
突拍子なく、にわかに信じられない話だった。しかし巨大化した子犬や、お菓子を前にスパークする黒柴マロを前にして、そんな馬鹿な話があるかと否定することが、二人はできないでいた。
「翔子ちゃんは、宇宙人なんだよね。どうしてはるばる地球まできたの?」
何から聞くべきか迷っている様子だった美月が、最初にそれを尋ねた。予想できた質問だったが、ケンジは内心ドキリとした。
翔子の目的は、動画を使って世論に訴えかけ、母星の法律を変え、怪獣の出現を止めることだ。それを素直に話せば、怪獣の出自に触れないわけにはいかない。
どう答えるべきか。口裏を合わせる時間もなかった。ケンジは翔子に回答を任せるしかなかった。そんなケンジの心配とは裏腹に、翔子は落ち着いた様子で話しはじめた。
「……犬を見に来たんです」
「犬? 翔子ちゃんの星には、犬がいないの?」
「ずっと昔はいました。私の星と地球の生態系はとてもよく似ていましたから。けど五百年前の戦争で、ほとんどの哺乳類が死滅しました」
ケンジすら想像していなかった話に、一同は表情を強張らせた。
「哺乳類が死滅って…… 何があったの?」
「恥ずべき歴史です。憎みあう二つの国が相手国を根絶やしにするために、繁殖に関わる遺伝子を破壊するウイルスを作ったんです。もちろんその時代の倫理感で考えても使用が許されるものではありません。けれどいくつもの不幸が重なって、ウイルスは世界中に拡散し、変異して、生き物たちの未来を奪いました。生き延びたのはスペースコロニーの仕事に従事していた人たちだけ。総人口の0.001%でした」
翔子は憂鬱な表情で一気にそう語った。
「私の恩師にあたる人は、五百年前にコロニーにいて生き延びました。その後、不老手術を受けて、今なお“語り部”として歴史を語り伝える仕事をされています。その方が……」
「ちょ、ちょっと待った!」
「どうしたの東原くん?」
「いや、あんまりたくさん情報が出てきたから、その混乱して……」
「そうだね。今の地球では、ファンタジーな話ばかりだよね」
「不老手術とか本当なのか?」
話が脱線していることはわかっていたが、ケンジは聞かずにおれなかった。
「うん、本当。地球でもそう遠くない未来、手の届く話。私の星では五%ほどの人が、不老手術を受けているかな」
「意外と少ないんだな」
「百歳を過ぎた頃から、不老手術を受けた人の自殺率が跳ね上がるの。体は不変でも精神が摩耗すると言われてる。寿命が延びるほど精神活動は緩慢になって、植物のような状態に近づいていくの」
「怖い話だな。けどお前の恩師って人は、五百年も生きてるんだろ?」
「眠っている時間のほうが多いけどね。時折、目を覚まして、文書だけでは想像しえない、戦争の実体験を語ってくださるの」
恩師について話す時、翔子の瞳はいつになく熱が籠っていた。その人物への尊敬がケンジにも伝わってくるようだった。
「その先生が折に触れて口にされるの。大戦前、犬を飼っていた。あれほど人のそばで、人をまっすぐ愛してくれる存在はなかった。そんな大切な愛犬を地上に残してきてしまった、ずっと後悔していると。私は先生の話を聞いてから、犬というものにずっと興味を持っていたの」
地球に来た動機を語り終えた翔子は、傍らにいた子犬を愛おしそうに抱きあげた。
ケンジはようやくこの少女の本心を、垣間見た気がした。地球には価値がないと言い切る翔子が、どうして怪獣を止めようとするのか。根っこの部分がずっと見えなかった。
彼女は敬愛する恩師の言葉に感応して地球にやってきた。そこで怪獣の危険にさらされる犬たちを見て、良心を刺激されたのかもしれない。世論を変えるため彼女が撮影する動画も、もともとは恩師に見せるのが目的だったのかもしれない。
想像を多分に含んでいたけれど、真実の一端をおさえているとケンジは思った。蓋を開けてみれば、幼い動機だった。けれどケンジには、それはとても好ましく思えるのだった。
驚かされっぱなしの美月と多恵も、その表情が幾分和らいで見えた。彼女が宇宙人であるという告白と、地球に来た動機をなんとか受け入れたらしい。
ケンジは次の話へ進めることにした。
「でっかくなった子犬はどうやったら戻るんだ? このままってわけにもいかないし」
シベリアンハスキーから、セントバーナードサイズへと、子犬の体はさらに大きくなっていた。そしてしきりに、母犬サクラの後をついて回っている。サクラのほうは明らかに我が子の巨体を持て余していて、しばしばケンジが子犬を止めに入らねばならなかった。
そんな胡麻チビを見ながら、多恵がぽつりとつぶやいた。
「お腹がすいたのかねぇ。体も大きくなっちゃったし」
翔子がぽんと手をたたく。
「そっか! 体は大きくなっても、お腹の中は空っぽなんだ! お腹がいっぱいになったら、元に戻るんじゃないかな?」
「母乳は足りないだろうし、離乳食をつくってみようかい」
多恵の指導の下、子犬用の料理がはじまった。
他の犬たちの『食べたいアピール』を受けながら、なんとか完成したそれを胡麻チビに与えると、一心不乱に食べはじめた。
「いい食べっぷりだね。さぁどうかな?」
完食した子犬がその体の大きさに見合った、迫力あるげっぷをする。しかし体に変化は現れない。
予想が外れたか。皆がそう思いはじめた時、子犬がそわそわと室内をまわりはじめた。
「もしかして元に戻るのかな?」
期待に目を輝かせる翔子と対照的に、ケンジの顔が「しまった!」という風に曇る。
「ちがう、これウンチだ! ペットシーツを早くっ!」
凍り付く一同の前で、巨大化した子犬が、かわいくないサイズのウンチをした。女性陣から悲鳴があがる中、ケンジは率先して対象の撤去と換気を行った。ビッグサイズのそれに抵抗感がないといえばウソになるが、ウンチの片づけには慣れている。
騒動が一段落すると、子犬のサイズがもとに戻っていることに一同は気がついた。
「これはどういうことだ?」
「う~ん。出すもの出したから元に戻ったってことなのかな?」
「ウンチしたら元に戻る超能力ってことか……? なんて恐ろしい能力なんだ。お前の星はこんなヤバい薬を使ってるのか?」
「ちがうって! 人間が服用したら、体の大きさは自由自在なの! 放っておいても効果時間が切れたら、超能力はなくなるし! あくまでワンちゃんが食べちゃったから、おかしなことになってるの!」
「それにしたって、予想ぐらいできないものか?」
「私の星に犬はいないって言ったでしょ? 想像するなんて無理だよ」
ケンジの質問に翔子は少し悲しそうに答えた。美月が仲裁するように口を挟んだ。
「子犬が大きくならないように気をつけなきゃね。はしゃいでると大きくなるんだっけ?」
「どうもそうみたいですね。テンション上がると、ムクムクって大きくなってたかな。けど子犬のテンションなんて、コントロールできないですよ」
「う~ん。困ったわねぇ」
全員が頭を抱える。最初にアイデアを出したのは翔子だった。
「元気がありあまってるから、体が大きくなっちゃうんだよね? この子も散歩に連れ出して、思いきり運動させたらいいんじゃないかな?」
「子犬を散歩に連れて行くのか!?」
「だってこのままじゃあ、毎日家の中で運動会だよ?」
その様子を想像して美月の顔が引きつった。たしかに放置できない問題だった。
「わかった。散歩に連れていこう。お散歩デビューだ」
他に代案も出なかったので、ケンジはその提案を引き受けた。もとより母犬サクラを拾ってきたのはケンジだ。美月の好意で預かってもらっているようなものなのだから、自分がなんとかするのが筋だと考えた。
ミートボールを食べたサクラ親子のうち、超能力に覚醒したのは、この子犬だけだった。他三匹の子犬たちが大きくなる気配がなかったのは、不幸中の幸いといえた。
母犬のサクラも変わりなかった。もっとも白柴フジがその怪力能力を常に発揮するわけではないことから、いまだ能力を使用していないだけ、という可能性も捨てきれなかった。
ともあれ、毎日の散歩に四匹目の柴犬が加わることになったのである。
16話 少年は忍者になる……に続く。




