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14話 少年は子犬に押し倒される

「ケンジくん、おかえりー!」

「お散歩おつかれさま。ちょうどね、お菓子の用意していたの。ケンちゃんはコーヒーよね。翔子ちゃんはコーヒーと紅茶、どちらがいいかしら」


風花とその子守役として羽鳥家を訪ねていた多恵が、二人を迎えてくれた。美月の留守中は、多恵やマンションの他の住民が交代で、風花の世話をしているのだ。怪獣出現以来、ほとんどの保育園は閉鎖してしまったため、ご近所の結びつきは濃くなっていた。

ケンジは母犬サクラと四匹の子犬たちを見ながら、声を潜めて尋ねた。


「こいつらの食べたミートボールは、どんな超能力が使えるんだ?」

「うーん、何だったかな…… 使うつもりがなかったから、よく覚えてなくて」

「そんないい加減な。サクラ、体の調子は悪くないか? チビたちはどうだ?」


ケンジはサクラの体に異常がないか、手探りで確認を始めた。最初はケンジが触れることも許さなかったサクラだが、最近は食事と授乳の時以外なら、なすがままにさわらせてくれる。


ちなみに子犬たちといえば、手を差し出せば全力で飛びついてきたし、手を出さなくても、人を見れば足にじゃれついてきた。目が見えるようになって、一気に行動的になった印象だ。未熟な体をせいいっぱい動かす子犬たちの愛くるしさは、万人を虜にするものだとケンジは思っている。


「おチビちゃんたち、今日も元気でかわいいねぇ」

「かわいいよー?」

「風花ちゃんもかわいい!」

「えへへー」


ケンジの心配をよそに、翔子が能天気な声を出せば、風花が機嫌よく応じる。いつの間にか風花はすっかり彼女になついていた。


ケンジの憮然とした表情に気づいているのかいないのか、翔子は超能力のことなどすっかり忘れたかのように、無邪気な子犬たちに目を細め撫でまわしていた。


「活発になったねぇ。動くものには何でも興味惹かれるみたいな。ほら、この動き! 全身で跳ねるように飛びついてくるよ」

「子犬は手足が短いからな。前肢あげるだけで、全身が引っ張られて、跳ねるように見えるんだ」

「なるほど。まだまだ体ができあがってないんだね」

「体もおっきくなったの!」

「そうだねぇ。体も大きくなったねぇ」

「ちょっと待て! なんか一匹おかしくないか?」


四兄弟のうち、胡麻色の子犬だけ明らかに大きさが違っている。他の子犬の二倍サイズだ。今朝までそんなことはなかった。


胡麻チビは他の子犬に混じって、翔子の手にじゃれついていたが、兄弟の一匹がその背中に飛びつくと、その体に変化があらわれた。


胡麻チビの体がムクムクと大きくなってきたのである。三倍サイズになった胡麻チビが、やり返すように覆いかぶさると、抵抗もできず兄弟犬は組み敷かれてしまった。


慌ててケンジが胡麻チビを抱き上げた。つぶらな瞳がケンジを見上げる。


『オマエが遊ぶの?』

「……とでも言ってるみたいな、ちょ、待て! おおおおおおおおおおお!?」


子犬がケンジの腕の中でジタバタと体を動かすと、さらに体が膨れ上がったのである。


「大きくなるな! ヤバイヤバイ、止まれ!」

「巨大化か……」


シベリアンハスキーの成犬ほど大きくなった子犬を抱え、ひっくり返るケンジを見ながら、翔子がつぶやいた。


その様子を目撃した多恵は、運んできたコーヒーをひっくり返し、風花は目を輝かせて「かっこいいー!」と連呼した。

羽鳥家は混沌の極みにあった。


「これどこまで大きくなるんだ? っていうか、どうやったら戻るんだ?」


人懐っこさはそのまま、巨大化した子犬にのしかかられたケンジが、なんとか脱出を試みつつ尋ねる。


「本来は自分の意志でサイズを調整できるんだけど、ワンちゃんの場合、どうなるのかわかんない……」

「わからないばっかりじゃないか! 行き当たりばったりで、ひとの家の柴犬をぜんぶエスパーワンコにする気か!? 美月さんになんて説明するんだよ」


さすがにこれは隠し通せない。ケンジは頭を抱えた。


「そういえば美月さんは?」

「隣のマンションにスポーツジムがあって、そこでインストラクターやってるんだよ」

「そうなんだ。お母さん、かっこいいねぇ」

「えへへ!」

「仲良しだな、お前ら」

「ただいまー! 風花とワンちゃんたちはいい子にしてるかなー?」


そんな話をしていると、休憩時間に入った美月が様子を見に帰ってきた。そして巨大化した子犬を見て一瞬言葉を失うと、実にほろにがい表情でケンジに訊いた。


「新しい子? 拾ってきちゃったの?」

「おい翔子。美月さんとばあちゃんにお前の話をするぞ。ただし……」


より一層、声を低くしてケンジは言った。


「怪獣がお前の星から来たって話はするな」

「……わかった」


美月も多恵も、怪獣の起こした事故で夫を亡くしている。怪獣の由来を聞けば、また悲しむことになるだろう。ケンジはそれを避けたかった。


ケンジ自身も、同じタイミングで両親を失っていた。怪獣に対しては複雑な思いもあった。けれど怒りや悲しみといった負の感情を、決して美月たちの前では見せないつもりでいた。心の整理は誰より出来ているつもりだった。

15話 少女は来訪の動機をかたる……に続く。

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