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11話 柴犬は超能力を手に入れる

姫路翔子が散歩についてくるようになって、二週間以上たったある日のこと。ケンジたち一行は桜の木が立ち並ぶ公園を散歩していた。


怪獣出現前は憩いの場として、地元民に利用されていた花見スポットで、赤柴サクラを見つけたのもこの場所だった。彼女の名前もこの公園の桜から連想したものである。


公園はいつもの散歩コース、変わり映えしない場所だったが、いくらも進まぬうちに三匹の犬たちがそろって足を止めてしまった。


「みんな止まっちゃったね。どうしたんだろ?」

「何か気になる匂いでもあるのかな?」


三匹とも鼻を高く上げてヒクヒクと動かしている。ケンジも真似をしてみたが何も感じなかった。


その時、背後でガサガサと大きな音がした。振り返ると五十メートルほど離れた桜の木が、台風の日のように大きく揺れている。しかし不思議なことに、揺れているのは一本の桜だけだった。


柴犬たちが唸り声をあげはじめた。すると声に反応するように、今度はひとつ手前の桜の木が揺れはじめた。


「なんだあれ? 突風か?」


ケンジはそんな言葉を口にしながら、同時に違和感を覚えずにはいられなかった。風にしては動きが不自然だった。まるで見えない何かが、木を伝いながら迫ってくるような感覚に囚われる。


「あれは高速擬態能力……?」


翔子が何かつぶやくのが聞こえたが、聞き直す余裕はなかった。ベキベキと桜の枝葉を折りながら、その現象は止まることなく近づいてくる。


「逃げて東原くん! 怪獣だよ!」


翔子の声とほぼ同時にケンジはそれを見た。

不定形の巨大な何かが、その表面の色を目まぐるしく変えながら、こちらに向かってくるのだ。


ケンジは逃げ出そうとした。しかし犬たちがその場で踏ん張り吠え続けていたため、思わぬ足止めを喰らう。小柄な柴犬といえど、三頭が歩くことを拒否すれば動かすことは容易ではない。


「いくぞ! 来いっ!」


ケンジの強い声にフジとマロが反応する。しかしサクラは未だ激しく吠え立てていた。

怪獣との距離は十メートルほどに縮まり、その姿もはっきりと見えた。


それは『タコ』の怪獣だった。

しかし目玉が異様に多い。どの角度も視界におさめるといわんばかりに、無数の目玉が胴体に並んでいた。異形の怪獣は八本の触手をバラバラに動かしながら、木を降りて地を這い迫ってくる。


見る者すべてに恐怖を感じさせるだろうその姿に、ケンジは思わず動かないサクラのリードを手放しそうになった。しかし寸でのところで思い留まる。怪獣を前にしても、ケンジの良識はなんとか踏みとどまったのだ。


代わりに手放したのは、既に逃げの態勢に入っているマロとフジのリードだった。ケンジは空いた手でサクラを後ろから抱き上げると、この母犬が暴れるのを無視して走った。


切羽詰まった表情の翔子と目が合った。その顔が引きつり「あ!」と叫ぶのと同時に、ケンジは強い力で左足を後ろに引っ張られ、派手に転倒した。放り出されたサクラが小さく鳴いてその場から離れる。


ケンジの口内に血の味が広がった。なおも左足を引っ張るものを見て、ケンジは思わず悲鳴をあげた。触手の一本が左足を掴み、感情を感じさせない無数の目玉が、ケンジの姿を捉えていたのだ。


「くそっはなせ! はなせよ!?」


ケンジは自由な右足で触手を蹴りつけた。何度も何度も気が狂ったように蹴り続け、しかし別の触手が伸びてきて、その右足も囚われる。


両足を囚われたケンジは必死に両手を伸ばした。地面をかいて逃げようとしたのだ。しかし怪獣の力のほうが強かった。柔らかい土に指の跡だけを残して、ケンジの体は宙づりにされてしまった。


もはや掴む場所も、踏ん張る地面もなくなった。釣り竿にかかった魚のように、体をひねって揺れることしかできないケンジに、トドメの触手が伸びてきた。三本目の触手は胴体に巻き付き、ケンジを容赦なく締め上げてきた。息が詰まりケンジは声にならない悲鳴をあげた。圧倒的な力の前に、なすすべもなく翻弄されるケンジ。その視界に柴犬たちが飛び込んできた。


マロが触手に噛みつき、触手が暴れるとさっと離れる。フジも怪獣を逃がさないとでもいうように、前方を塞ぎ激しく吠え立てている。こんなにも怒っている愛犬たちを目にするのは、ケンジも初めてだった。


『ご主人様を放せだワン!』

「……とか言ってるみたいだ」


ケンジは翔子に顔を向けると、かすれる声で叫んだ。


「犬連れて逃げろっ……!」

「東原くん、あきらめないでっ! これ投げるから食べて!」

「なに言って……」

「いいから食べて!」


翔子はそういうとケンジに向かって、ボール状の何かを投げた。宙づりのままケンジはなんとかそれをキャッチした。


「これはミートボール?」


翔子から受け取ったそれは『肉団子』に見えた。スーパーでふたパック二百五十円の、ケンジもよく購入する総菜のアレだ。甘しょっぱいタレもご丁寧についている。


「意味がわからない……」

「いいから食べて! 東原くんが食べられちゃうよ!」


翔子の言葉を肯定するように、四本目の触手が迫ってきた。


「ああもうっ何なんだよ!」


これで助かるというのなら、ドッグフードだってキャットフードだって飲み込んでやる。ケンジはミートボールを口に放り込んだ。しかし胴体に巻き付いた触手に強く締め付けられて、吐き出してしまう。


ミートボールは地面をころころと転がり、黒柴マロの足元に落ちた。それは反射的な行動だったのかもしれない。怪獣に対して怒りをぶちまけていた愛犬が、一瞬注意を向けたかと思うと、一切の躊躇なくミートボールを飲み込んでしまったのだ。


「あああああああああ!?」


翔子とケンジの声が重なった。


「こ、これどうなるんだろう? 人間用の薬だけどワンちゃんに効果あるの? ああ、それより先に東原くんだ!」


翔子は再びケンジに向かって叫んだ。


「東原くん、やり直し! もう一度投げるから今度こそ食べて!」


そういうと翔子は再びミートボールを投げた。しかし今度はキャッチすらできず、ケンジの額に当たって白柴フジの足元に転がった。そしてフジもミートボールを食べてしまった。


「…………っ」


翔子は顔を覆って膝をついた。


「東原くん……」

「おぉ?」

「ごめん……」


翔子の顔が万策尽きたことを語っていた。

結局、彼女が何をしたかったのかケンジにはわからなかった。人生の最期にミートボールを食べ損ない、タコに食されるなんて。泣くべきか笑うべきか答えの出ないまま、ケンジにさらなる触手が巻き付いた。


しかしこの時、人間たちの諦めとは裏腹に変化は既に起きていた。ケンジと翔子は解答をすぐに知ることになる。


「ウォォォォォン!」


白柴フジが一声大きく鳴いた。


「フジかまうな、逃げろって!

 ……え? なんだその目、どうしたんだ?」


ケンジたちの目の前で、フジの黒くつぶらな瞳が、赤く爛々と輝きだした。次の瞬間、フジは突進して触手の一本に食らいついた。そして信じられないことが起きた。フジが力任せに触手を引っ張ると、体の何倍もある怪獣が引きずられたのである。


「はぁぁぁ!? なんだそれ、いったいなにをやったんだ、フジ!?」


ケンジが驚いたのと同様に、怪獣も慌てたのかもしれない。フジにむかって二本の触手を伸ばし、その体を絡めとろうと動き出した。

フジは口を開くと、触手を避け、今度はその根元に噛みついた。そして乱暴に頭を左右に振りまわす。


ブチブチブチッ――


肉の千切れる音がして、触手の一本が根本から半ば千切れてしまった。


「なにこれ、すごい……」


変化の原因を作ったであろう翔子の声が、ケンジの耳に聞こえた。彼女にとっても想定外のことが起きているらしい。そして変化はそれだけではなかった。


「まさかマロ、お前もか!?」


フジの後方、怪獣を吠え立てていた黒柴マロの体表を、パチパチと火花が弾けだしたのである。

マロが体を震わせた次の瞬間、柴犬の体は雷の矢に変わり、怪獣へと飛んで行った。


柴犬の形をした稲妻は、低空を駆けて怪獣の体に激突した。一瞬弾けて消えてしまったかのように見えた稲妻は、はたして怪獣を突き抜けた。


怪獣の巨体がぶるぶると震え、まもなく全身から力が抜けて、だらしなく地面に広がった。

その背後では四足形態にもどった柴犬が、地面に着地する。


ケンジを捕えていた触手も力を失い、ようやく触手の拘束から解放された。地面に大の字になって息を吐く。そこへテテテッと軽やかな足音を立てて、マロとフジがやってきた。


「ああ、大丈夫だよ。お前らのおかげで助かった」


ケンジは二頭の頭を撫でてやった。口角があがり、舌を出してハァハァと荒い息をはく。少し離れたところでは、サクラがおっかなびっくり怪獣をついたり、匂いを嗅いだりしている。みなの無事を確認して、ケンジは安堵した。そして翔子に視線を向ける。


「マロやフジに起きたこと、説明できるよな?」


ケンジの問いに、翔子はバツが悪そうにうなずいた。そして開口一番、彼女は言った。


「私、宇宙人なんだ」

12話 少女は秘密を暴露する …に続く。

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