10話 少女は散歩動画を公開する
「いいね、いいね! とってもいい笑顔だよ!」
とある日の犬の散歩。ハンディカメラを持った翔子が柴犬たちの前に回り込んで、散歩の様子を撮影していた。
「東原くん。もう少しゆっくり歩いて! すぐに見切れちゃうよ」
「そういうことは犬たちに行ってくれ……」
何かにつけ注文をつけられて、ケンジは辟易していた。
もともと赤柴サクラのリードを持っていた彼女だが、繰り返し散歩を続けるうち、サクラが他の犬たちに攻撃的な態度をとることもなくなった。結果、マロ・フジ・サクラ、三頭のリードをケンジに預け、翔子は思いのまま撮影に専念しはじめたのである。
「姫路もリードを持てよ。三頭は疲れるんだぞ」
ケンジがたまりかねて抗議する。犬たちのケンカはなくなったものの、新入りのサクラをくわえた一行の足並みは揃っていない。マロが左に進んだかと思えば、サクラは右に進む。リードが絡まっては足を止めて、ほどく手間もかかるのだった。
「もうちょっと! もうちょっとだけ待って! あ~ いい表情するね、ワンちゃんズ!」
柴犬たちの表情を正面から撮りたいらしく、翔子は地面に四つん這いになってカメラを構えていた。その執念だけはたいしたものだ。
「どうしてそこまで撮影にこだわるんだ?」
「えー? 初めて会った時にも話したでしょ。動画で世界を変える! それが私の目的だって」
「犬の散歩動画で?」
「散歩動画で!」
翔子は撮影した動画を、毎日その日のうちにメガチューブで公開していた。
タイトルは“犬のお散歩 DEAD OR ALIVE”
怪獣の徘徊する危険な世界で、命がけの散歩を続ける少年と柴犬たちのドキュメンタリー……というのが紹介文だ。
毎日朝と晩の二本。最初の投稿から既に十本以上の動画を公開していた。視聴者の数は初回に五十人ついたものの、二回目以降はその記録も越えていない。
センセーショナルなタイトルが気になって、アクセスしてみたものの、内容はごくごく“のどかな散歩動画”ということもあって、期待外れの印象を持たれたのではないか? ケンジはそう考えている。
もっとも、生きるか死ぬかの危険などそうあってたまるかとも思う。平和な散歩こそ、求めているものなのだ。
視聴数は伸び悩んでいるが、動画に対するリアクションが何もなかったわけではない。視聴者からコメントがついたのだ。しかし、そのどれもが動画に否定的だった。
「犬を危険な目に合わせるな」
「注目を集めるために、犬を餌にする畜生動画」
といった内容だ。気の滅入ること甚だしい。それで散歩をやめるつもりはケンジになかったが、撮影を中止する理由には十分ではないかと思うのだった。
「動画で世界が変わるっていうのが、どうにもピンとこないんだよな。どんな展開を期待してるんだ? まさか本当に怪獣に襲われてDEADすれば騒ぎになる……とか考えてるんじゃないだろうな?」
「それは確かにバズりそうだね。現代社会に一石を投じる事件だよ」
「おいっ! それが狙いなら付き合わないぞ?」
「ジョーダン、ジョーダン。そんな悲劇は望んでないよ」
翔子は白柴フジの頭を撫でながら答えた。
「理不尽な状況でも、ひたむきに生きる姿が胸を打つんだよ」
「それが犬の散歩か?」
「動物ネタは鉄板だからね」
「その割には視聴者数も伸びないじゃないか」
「まだまだこれから。まぁ見ててよ」
何一つ具体的なことは言わないまま、翔子は不敵に笑った。あいかわらず胡散臭い少女ではあったが、彼女のやる気はウソではなく、動画は回を重ねるごとに、手の込んだ演出が増えていった。
例えば、ほのぼのしたシーンではそれにあったBGMを流し、犬の行動に合わせて効果音を差し込んでみる。さらにテロップを入れて、散歩の状況を解説してみたり、『花がキレイだわん!』などと犬の感情を演出してみるのだ。
最初は手振れが酷かった動画も、高性能のカメラに変えたのか、ほとんど揺れを意識せず視聴できるようになった。味気なかった素人丸出しの動画は、徐々に『見られる動画』に仕上がっていったのだ。
初回投稿以来、減少傾向にあった再生数は下げ止まり、少しずつプラスに転じ始めた。動画を批判するコメントは相変わらずなくならなかったが、好意的なコメントも見られるようになった。
「生き生きとした犬たちがかわいい」
「安全だった頃を思い出して懐かしい」
「毎日癒されている」
といったものである。
そうなるとケンジも現金なもので、動画の内容にあれこれと口を挟むようになった。
「昨晩の動画だけど、マロの出番がちょっと少ないんじゃないか? 散歩中は特にいい表情するんだから、もっとこう……」
「はい、はい。マロちゃんをクローズアップね。ホント親バカだねぇ。ところでさ――」
翔子はいつになく真剣な顔でケンジに向き直った。
「私、動画の弱点に気づいちゃったんだよ……」
「弱点?」
「それはキミだよ、東原くん!」
指を突き付け彼女は言った。
「ワンちゃんズは、赤・白・黒の色違いで見た目も違う。それぞれの性格も覚えやすいんだよね。黒いマロちゃんは天真爛漫、いつも腹ペコとか、キャラ立ちもしてる。でも東原くん、キミが地味なんだよ」
「俺が……地味だって……?」
遠慮のない翔子の言葉に、ケンジは言葉が継げずに口をパクパクさせる。一方の翔子はお構いなしに続けた。
「うん。ワンちゃんたちに完全に負けてる。東原くんは記憶に残らないの。命がけの冒険に出てるっていうには、説得力にも欠けるよね。近所のお散歩感覚っていうか」
「いや、これお散歩だからな? 冒険じゃないからな? それに俺が目立つ必要なんてあるのか? 飼い主の顔は隠して、ペットの動画をあげている人のほうが多いんじゃないのか?」
「なに言ってるの! “犬のお散歩 DEAD OR ALIVE”は、こんなろくでもない世界で懸命に生きる、人と犬のドキュメンタリーなんだよ? 東原くんも主役なの。自覚を持って! キャラクター性を意識して!」
「お、おぅ、そういうものなのか……」
翔子の迫力に圧倒され、ケンジは狼狽する。犬たちに視線を移せば、何を話してるの? とでも言いたげに主人を見上げていた。その仕草、存在だけでも人の関心を惹きつけることは間違いない。
「キャラクター性か…… うちの犬たちはこんなにかわいいのに、俺のせいで視聴数が伸びないのは嫌だな……」
自己のパーソナリティと向き合わねばならないケンジだった。
11話 柴犬は超能力を手に入れる …に続く。




