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1話 忍者は柴犬と散歩する

ひょっこりと、物陰から忍者が顔を出した。


「敵はいないでござるか?」


顔は頭巾で隠せても声までは隠せない。

その声は少年のものだった。

名を東原ケンジ。東京都内に住む中学三年生。

ワケあって真っ黒な“忍び装束”に身を包んでいたが、本物の忍者ではない。ケンジは頭巾をかぶった頭をきょろきょろと左右に向けた。


「よし、いくでござる!」


合図を待っていた柴犬三匹が元気よく飛び出した。


黒柴マロ。

赤柴サクラ。

白柴フジ。


色違いの柴犬たちが、テテテッと軽快な足音を響かせながら、リードを引っ張り歩き出す。


『ボクに続くんだワン!』

『あたしが先にいくのよ!』

『みんなで進めばいいじゃない』


「……とか言ってるでござるか。丸い尻尾がぷりんぷりんと揺れて、みなご機嫌でござるよ」


ケンジは頭巾で隠れた頬をゆるませながら、振り返って“同行者”に声をかけた。


「姫路、ちゃんと録画してるでござるか?」

「撮ってるよー」


返事をしたのは少女だった。

名前は姫路翔子。知り合って一ヶ月、ジャージ以外の服装を見たことがない残念な乙女である。

少女は左手にハンディカメラを構え、右手で自転車を手押ししていた。自転車の籠には、生後一ヶ月にも満たない柴犬の子供が乗っていて、あどけない瞳を落ち着きなく周囲に向けていた。

撮影とお守りが彼女の担当なのだ。


「あーあ。今日もごくごく平和なお散歩。動画のタイトルにマッチしないなぁ」

「動画…“犬のお散歩 DEAD OR ALIVE”でござるな。そう頻繁に生きるか死ぬかのピンチになってたまるか……でござるよ」

「そんなのわかってるけどさぁ。 ――ん?」

「どうしたでござる?」


翔子は話途中で言葉を切ると、あらぬ方向にカメラを向けた。主役の柴犬たちを無視してけしからんと、ケンジも視線の先を追うと――


「怪獣でござる……!」


それは大きな岩に見えた。しかし乗用車ほどもある大岩が、公道の真ん中に放置されているわけがない。


「どうしよう? どうしよっか? 東原くん♪」

「ウキウキしながら聞くなでござる。逃げるにきまってる。こちらには気づいてない、今のうちに……」

「あ。マロちゃんがウンチしてるよ」

「おぉぉ、こんな時にっ!」


ケンジは片手カバンから回収用の袋を取り出すと、慣れた手つきで汚物をくるみ固く結んだ。この間、およそ七秒。


「さすが忍者、ウンチのお掃除も風の如く!」

「そんなことより怪獣は……」


ちょうどこちらを振り向いた怪獣と目があった。

それは“カエル”のような姿をしていた。異常なのはその巨体。柴犬なら一飲みにしてしまいそうな大きな口が、喉元まで裂けている。


「まずい、見つかった! 早く逃げるでござるよ」


犬たちも怪獣に気づいて、けたたましく吠えだした。ケンジは強引にリードを引きながら走らねばならなかった。速度を落とさず肩越しに後ろを見れば、怪獣はその場から動かず、こちらをじっと見ていた。怪獣との距離も開いていく。


「これなら逃げ切れそうでござる」


ケンジがそう安心しかけた瞬間、お化けガエルが跳躍した。それは百メートルを超える大ジャンプ。ケンジの頭上を越えて、前方にズシンと着地した。


「ちょ!? 冗談でござろう!?」


ケンジたちは慌てて向きを変えた。お化けガエルもゆっくり向き直る。その緩慢な動作がじっくりと狙いを定めているようで、かえって不安をかき立てた。


「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイでござる! あんなの食らったら、ペチャンコでござるよー!」

「ヤバいね! ヤバいね! 犬のお散歩、DEAD OR ALIVE! とうとうDEADしちゃうかなー!?」


声のほうを見れば、自転車にまたがった翔子が興奮した様子で並走していた。けっこうなスピードが出ていたが、器用に片手で自転車を操り、もう一方の手でカメラを構えている。もちろん録画モードだ。


「だから、嬉しそうにすんな……でござる。どうすればいいか知恵を出すでござるよ」

「仕方ないねー。東原くん、こっちこっち!」


翔子はスピードをあげて先行すると、細い路地の前で自転車を降りた。子犬を抱え早く来いと手を振る。


「ナイスでござる!」


ケンジと柴犬たちも路地へ駆け込んだ。その直後、さっきまでいた場所に、お化けガエルのジャンピングアタックが炸裂して地響きを立てた。

危ういところだったがこれ以上は追ってこれまい。ケンジはようやく一息つくことができた。逃げこんだ路地は、建物と建物の間隔が狭く、さらにフェンスもあって、人間一人歩くのがやっとの広さだった。怪獣には狭すぎること、一目瞭然である。


「見てよ、東原くん! 面白いことになってる!」


翔子の指さすほうを見れば、路地の入口で建物の間に挟まり、お化けカエルが身もだえていた。


「あははは! 挟まったんだ。なんていうベストショット! これは視聴数が爆上がり間違いなしだね。東原くん、この子を持ってて」


翔子は子犬を押し付けると、嬉しそうに挟まった怪獣を録画しはじめた。

一方のお化けガエルは苦労してバックすると、ようやく路地から脱出した。怪獣でも未練を感じるのか、路地奥から撮影する翔子をじっと見つめている。


なんだか落ち着かないな。ケンジがそう思った次の瞬間、お化けガエルの舌が飛んできた。一瞬で翔子の体にまとわりつく。


「うえっ!? なにこれキモ…… ひゃぁぁっ!」


強い力で引っ張られ、翔子がスポーンと飛んで行った。そのままお化けガエルの口にすぽっと収まる。かろうじて胸から上だけがカエルの口から飛び出していた。


「わぁぁぁ ヌルヌルして吸い込まれる! DEADしちゃう、DEADしちゃう! 助けて東原くん!!」

「もー なにやってんだか」


余裕の吹き飛んだ翔子の悲鳴に、ケンジが向き直る。


「逃げるのはおしまいでござる!」


挿絵(By みてみん)

【2】柴犬は超能力で戦う …に続く。

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