サマーデイ・ウォッチャー・キャッチャー 5
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「こ……ここまで、来たら、いい加減に……諦める、だろう……」
荒い息を整えながら建物の影でバンバーシはひとりごちる。
発汗能力に劣る兎人の全力疾走は長く続かない。それでも大抵の追跡は振り切ることが可能である。相手が『普通』ならば。
「どこに隠れましたぁっ!? ……そこかァ!」
銃声!
殺す気満々の散弾が至近距離に着弾する。当たればひとたまりもない。
「なぜわかった!?」
「自分のクソを食うようなゲテモノ野郎を見失うものですかっ!」
銃声!銃声!銃声!
計四回の散弾! 一発は頭上すれすれを掠め、後ろの看板を破砕する。もし、バンバーシが人間だったのならば、砕けていたのは頭のほうだろう。
逃げ切るのは不可能に近い! ならば正面切って戦うしかないのか!? 否! 殺意全開の『双山刀』を相手取っての戦闘は死刑が確定しているようなもの! ではどうするか? 少なくとも命乞いは却下だ。無駄だとわかっていることなどは検討する価値もない!
「うぉぉぉぉぉおおぉぉぉッ!」
「初めまして! 死ね!」
山刀を叩きつけようとした瞬間、雷でも落ちたかのように閃光が走った!
昼間だというのに、刹那にも満たない時間だけ白一色の世界が現出する!
「目がぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁああああッ!」
「カメラフラァァァッシュ! 私のは特別製だッ! 夜でもくっきり見えるぞっ!」
本来は攻撃用ではないので殺傷力は乏しい。とはいえ、バンバーシのカメラがフラッシュを組み込んでいるというのは予想外だった。普及しているカメラのフラッシュはかなり大型であり、やすやすと持ち運べるような代物ではなく、本来はそもそも瞬時に使用できるようなものでもないのだ。
ひとえに、鉱人達にオーダーメイドで作ってもらった一点ものであるからこそ可能になる規格外の性能だ。マイディが知っているはずがない。
完全な闇夜であっても、撮影の瞬間だけは昼間よりも明るくなる。そんな光をもろに食らってしまったマイディの視界はしばらく使い物にならないだろう。
相手は無防備なのだが、バンバーシに殺す気はない。というか、下手にとどめを刺そうとしても、返り討ちに遭いかねない。目が見えていないはずなのに、『双山刀』の放つ殺気は微塵も衰えていないのだから。
(逃げるが勝ち! 貴様のような蛮人は蛮人らしく獣でも狩ってろ!)
声には出さない。音で探知されてしまったらたまったものではない。そういう能力を有しているという話は聞いたことがないものの、持っていても不思議ではない。なんなら今この場で獲得しても納得できる。
ゆえに、やるべきことは可及的速やかにこの場を離れ、これまで以上に慎重に身を隠すことだ。ほとぼりが冷めるまでカメラマンとしては死んだようなものだが、命よりも重い価値はない。
とうに限界を迎えようとしている肉体に鞭打っての全力疾走。さらに、目指すのはなるべく人通りの多い場所。人目に紛れてしまったのならば小柄な兎人を見つけ出す手段はないに等しい。『双山刀』から逃げおおせるにはそれしかない!
息は切れ、足はいうことを聞かず痙攣しそうになるが、それでも命あっての物種だ。
十分ほど走り続けてやっと人通りの多い場所まで到着する。
すでにミードバン通りからは脱出し、中央区の端にやってきているが、再訪する気力はない。今日のところはすでに撮影した分を提出することで誤魔化すしかないだろう。
更に気分が沈んでいくが、死ぬよりはましだ。
一息つこうと思い、レモネードを売っている屋台を見つけ、やけに威勢のいい店主から一本購入したところで違和感を覚える。
先ほどから複数の視線を感じるのだ。
振り返ってみるが、背後にいるのは通行人ばかり。
目を光らせているような輩は特に見当たらない。
(ど、どこから!? どこから見ている!)
買ったばかりの飲み物を飲むことも忘れて探す。
その様子に気づいた何人かが怪訝そうな視線を送ってくる。
余計に混乱するが、構うことはない! ここを離れなければ!
「オホホホホホホホッ! 怯えているの!? 思う存分怯えなさい! このあたしの愛しいハンリの姿を衆目にさらそうなんて愚かな考えを抱いて実行に移した自分の傲慢さを呪いながらっ!」
よく響く女の――いや少女の声だ。
どこから? 答えはすぐに分かった。なぜならば、身長分ほどの高さの台の上に乗った状態で気分よさそうに高笑いを上げているのだから。
見覚えがある。
普段は上等のドレスを纏っている少女は、なぜか乗馬服を着て、ご丁寧に鞭まで携えていた。
ナンセシーラ・オーテルビエル。すぐそばに執事も控えている。
一瞬、ヒヤリとしたものが背中を流れるが、すぐに安堵がこみあげてくる。
所詮は金持ちのご令嬢。執事もそれなりの腕前なのだろうが、自分を捕まえるだけのスキルやらがあるとは思えない。金儲けには詳しくても、逃げる獲物を追い詰めるのは専門ではないだろう。それは護衛役を兼任する執事も同じのはずだ。
余裕を持って逃げきれる。
その前に一枚撮っておこう。獲物を逃がしてしまった愚か者の一枚として。
「ゴミと見分けのつかないカメラで撮らないで頂戴! あたしを撮影するつもりなら、きちんとアポイントを取った上で最上級のカメラを使って! 最上級のカメラマンを用意しなさい! そして題名は決まっているわ! 『ロンティグスの女傑! ナンセシーラ!』。貴方では一生かかっても無理だろうけどっ!」
言いながらナンシーは鞭を突きつける。
死刑宣告のように。
「捕まえなさい!」
命令? どういうことだ?
思考するだけの時間はなかった。
突進してきた通行人の一人に気づき、すんでのところで躱したのだから!
一人を躱すと二人目が突っ込んでくる!
二人目の次は三人目が! 次は四人目が! 五人目が! 六人目が!
さっきまで通行人だった。いまはバンバーシを捕まえんとする狩人に早変わりしている!
訳も分からぬままに、つぎつぎと迫ってくる手を避け続ける。
パニックになりそうな頭に、ナンシーの声が響く。
「貴方に賞金を賭けたわ! 『生存のみ』で! 数百人から逃げられるならば逃げてみなさい!」
財力! それは金持ちに許される必殺の力だ!
自分でできないのならば他人にやらせてしまえばいい。そして、カネさえもらえるのならば仕事を選ばない者はバスコルディアならばいくらでも調達できる。
兎人を拘束するぐらいのことは子供でも可能だ。
ならば参加しない手はない。
カネに目がくらんだ数百人が、いまや追手だ!




