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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
サマーデイ・ウォッチャー・キャッチャー
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サマーデイ・ウォッチャー・キャッチャー 4


 ミードバン通り。娼館(しょうかん)を数多く(よう)する歓楽街である。

 『絡新婦(じょろうぐも)』の直轄(ちょっかつ)であり、そのために質が保証されているということもあったが、単純に女が多くいるからという理由のみで用もないのにぶらぶらする者もいる。しかしながら、それらは潜在的な顧客(こきゃく)であり、取り込むために(ひま)な娼婦たちは様々なイベントをやっていたりもする。

 いま、外を出歩いている女たちはほとんどが水着だ。

 

 異様な光景である。

 男たちは鼻の下を伸ばし、女たちは露出度を競うかのようにきわどい水着を身に着け愛嬌(あいきょう)を振りまく。夜ならばともかく、煌々(こうこう)と太陽が照らす昼間の光景とは思えない。


 そんな場所ではあるが、だらしなく弛緩(しかん)した顔をしていない男もいた。

 最も、主として人間の娼婦たちだと興奮しないのかもしれない。なぜならば、その男は兎人なのだから。

 全身毛に覆われた、直立二足歩行のでかい兎。そういう種族である。

 首からカメラを()げたその姿はしかし、見た目のファンシーさとは裏腹に視線だけは鋭い。着ているジャケットも目立たないように地味な色合いだ。


 その視線は先ほどから一点に落ち着くことはなく、しかしながら、決して動揺によってだったり、恐怖によってさまよっているわけでもない。

 眼の奥に潜んでいる貪欲さは、肉食獣の類を思わせるほど。

 その眼がぎらりと光り、カメラを素早く構えると一瞬にしてシャッターを切る。

 その先にいたのは肌も(あらわ)な金髪の娼婦たち。

 

 豊満な胸をこの上なく強調し、通行人たちへの熱心なアピールを続けている。

 中堅どころだろうか。ごく一部の上級を除けば、あのような客引きは日常茶飯事(さはんじ)だ。それでもかなりの上玉(じょうだま)(ぞろ)いであることは事実。高級店とまではいかないが、貧乏人が行くような場所でもないだろう。


 兎人は満足そうに(うなず)き、次なる被写体を探す。

 彼の仕事はカメラマンだ。注目を集めそうな写真を撮ることが仕事であり、それ以外に配慮することなどはない。

 ゆえに不興を買っている相手も多いが、そういう手合いに捕まったことは一度もない。

 兎人特有の優れた運動能力+被写体を追い続けてきた嗅覚のようなものがあった。そんじょそこらの二流三流には決して負けないという自負があった。


 つい昨日も、妖精の戯れを撮影したところだ。

 このゴミ溜めのほうが何倍もマシな街で、奇跡のような一枚になった。

 おかげで今日のバスコルディア新報の売り上げは目を(みは)るほどらしい。当然の結果ではあるが、それでも誇らしい。自身の仕事が評価されたという証明なのだから。


 これまでは死体の写真やら、有力者の逢引(あいびき)写真ばかりを撮ってきたのだが、これからはああいった方向性のほうが正当な評価を受けられるのかもしれない。そんなことさえも考える。


 考え事をしていると、いつの間にか通りの中心からは外れてしまっていた。

 もう一回りして、それでも”これだ!”というものがなければ河岸(かし)を変えることにしよう。(きびす)を返そうとして、気が付いた。

 人気がなくなっていることに。

 さっきまではうるさいぐらいの喧騒をまき散らしていた群衆がごっそりと消えている。

 

(一体何があった? まだ昼間だぞ!)


 内心は焦るが、それを表に出すことはない。撮影対象になめられないようにするため、無意識のうちに身についた特技だが、今役に立つとは思えない。

 緊張によって小刻(こきざ)みに耳が動く。

 兎人が野を駆ける蛮族(ばんぞく)だった時から変化していない、警戒のサインだ。

 笹の葉のような耳が、異様な呼吸音を捉えた。


 機関車の窯が(うな)っているかのような、力強さと不吉さを感じさせる、なんとも不安になってくるような音を。

 こんな場所で機関車などが走っているはずがない。

 となれば、一体どこから――――。


「こんな、氷水に頭から突っ込みたくなるような暑さの中でうろうろして……ヘドロ野郎は大人しく沼の底に沈んでいたらいいんですよ。これから沈めてあげますけどね――――底なし沼の底の底に!」


 赤髪を振り乱し、褐色の肌を汗で光らせた女が立っていた。

 ただし、ただの女でないことは一目瞭然(りょうぜん)だ。

 両手に持った山刀、血を固めたかのような赤目、そして、人間よりも獣よりの顔つき。

 『双山刀マイディ』に相違(そうい)ない。

 兎人――――ミエティコ・バンバーシには二つの選択肢が浮かんだ。

 

 一つは、人違いの可能性を信じて問いただしてみるというもの。

 もう一つは――――、

 

「くたばれオラッ!」「ぬほぉっ!?」


 吟味(ぎんみ)するまでもなく逃走を選択した。

 いきなり山刀を投げつけて(しかも建物の壁に突き立つほどの威力で)くるような手合いに話し合いの余地はない。なんなら猶予(ゆうよ)の余地もないだろう。

 飛び跳ねるようにして逃げる!

 肉体的頑強さは他の種族に一歩も二歩も劣っている兎人が絶滅を(まぬが)れている理由、それは逃げ足の速さだ。小柄な体躯(たいく)宿(やど)った敏捷性に追いつく方法はほとんどない。特に障害物が多い市街においては顕著(けんちょ)であり、バスコルディアのように無秩序に増改築が繰り返されている場所ならば有利不利でさえない。

 『逃げる兎を仕留めるならば、五倍の狩人(かりうど)が必要になる』。これはロンティグス大陸では有名な格言だ。それだけ昔から手を焼いていたという証拠でもある。

 ゆえに、バンバーシは絶対の自信を持つ。必ず逃げることには成功すると。


「待てコラ兎野郎! 耳の先から皮()いでひざ掛けにしてやりますッ‼‼」

「それで待つ存在がいるのだとしたら! 皮がないか、耳がないか! あるいはもしくは死体の内のどれかだっ!」


 兎人と、それを追う『双山刀』。

 はたから見たら喜劇のような光景なのだが、本人たちはこの上なく真剣である。

 いや、きっかけは写真一枚なのでやはり喜劇であった。


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