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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
サマーデイ・ウォッチャー・キャッチャー
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サマーデイ・ウォッチャー・キャッチャー 3


 バスコルディア新報は唯一(ゆいいつ)と言ってもいい地域情報誌(コミュニティペーパー)である。

 他の街ならば相手にもされないような四流以下の裏付けも取れていない情報が満載(まんさい)であり、カネさえ(もら)うのならば昨日こけおろしたモノを今日はべた褒めし、明日になったら次の記事の踏み台にしてしまうような、他の新聞ではとてもやっていけないようなクセの強い記者どもが(そろ)っている。

 

 そんな場所なので、当然のようにオフィスは書きなぐった草稿(そうこう)だったり、インクで染まった布地だったり、昨日食べられなかった夜食だったりが好きなように散らばりながら曼荼羅(まんだら)のごとき小宇宙を形成していた。

 神経質な者なら卒倒(そっとう)しそうな環境だが、当の本人たちは気にしない。どころか、雇った女中(じょちゅう)が片づけ始めようものならば(つば)を飛ばす勢いで食ってかかるのだ。

 そんなわけで、混沌(こんとん)は年単位で放置され、今や紙製の迷宮と化していた。

 そんな場所でも空白地帯は存在する。

 記事をチェックする編集長の周辺だけは提出するための余白が確保されているのだ。


 この席に座る人間――カートバーンは内心の喜びを隠そうともせずに、先ほどから上機嫌に鼻唄を歌っていた。

 

「増刷は進んでいるか? 我がバスコルディア新報を欲している人々がいるのだから、その要求をかなえていかないといけない! ジャーナリズムに(じゅん)じる職業としての義務だね、義務!」


 秘書がすでに三千部ほどが完了していることを伝えると、顔にはさらなる喜色(きしょく)が追加される。

 売り切れなどという事態は初だ。二十年近く働いてきて、こんなことは初めてだ。

 ひどい時には半分以上が売れ残ったときもある。いつか人々が争って購入するような新聞にすると誓った。それが今、(かな)っている。

 結実(けつじつ)した果実の美味(びみ)を噛みしめながら、カートバーンは今日のバスコルディア新報を広げる。

 

 かなりの割合を写真に(つい)やすというのはある種、賭けのようなものではある。

 それでも、新入りのカメラマンが撮影してきた写真には力を感じた。なにか、大きな力を感じたのだ。

 ゆえに、編集長権限で無理矢理に突っ込んだ。

 結果は大成功だ。

 朝から売り切れの報告ばかりで、ひっきりなしに在庫の有無を確認しに新聞売り共がやってくる。それを慇懃(いんぎん)な態度で吹っ掛けつつあしらうのはこの上ない快楽である。


「秘書! コーヒーを淹れてくれ! とびっきりに濃いやつを! これから更に忙しくなるんだからな!」


 ぱちんと指を鳴らすと秘書がすぐにやってきて、彼のデスクに洗面器を置いた。

 たっぷりと水の入った洗面器を。


「? おい、一体何ガボぉっ!?」


 問いただすことはできない。

 頭を掴まれ、洗面器に突っ込まれたのだから。

 思わず息を吸い込んでしまい、鼻の穴から侵入した水が粘膜(ねんまく)を刺し貫き、空気が取り込めなくなった肺はぎりぎりと悲鳴を上げる。

 手を払いのけようとしても、とんでもない力によって押さえつけられているので一向(いっこう)に外れる様子はなく、やがて酸素不足に陥った脳が思考能力さえも低下させ、視界が白みがかってきた。


(死……死ぬ!)


 唐突(とうとつ)に顔面が水から解放された。

 大口を開いて必死に呼吸するが、事態を把握することはできない。

 わかっているのは、頭皮が()がれそうな力で(つか)まれていることだけだ。


「カッ……ハッ……なに、何が!?」

「答えなさい。あの写真撮った牛糞(うしくそ)野郎はどこですか?」

「い……一体何をガブッ!?」


 質問の意図を問いただそうとしたら再び水に漬けられる。

 息を吸って(そな)える(ひま)などあろうはずがなく、再びいつ終わるとも知らない責め苦が始まる。

 一度乱れた呼吸で耐えられるはずもなく、十秒もしないうちに酸欠寸前になった編集長はやはり唐突に顔をあげさせられる。


「答えなさい。あの写真撮ったサナダムシはどこですか?」

「言う! 言うから! もうやめてくれっ! 死んでしまう! 死にたくない! なんでも答えるからッ! 殺さないで! ひぃぃぃぃぃぃいぃぃいいいぃ!」


 涙と鼻水を流しながらの懇願(こんがん)であった。

 あと二回ほど続いていたら失禁していたかもしれない。

 

「今日の、新聞の、水着の写真、撮ったのは?」


 秘書だと思っていた人物は秘書ではなかった。

 赤髪に赤目、そして褐色(かっしょく)の肌。尼僧(にそう)服でこそないが、『双山刀(ダブルマシェット)マイディ』以外の何者でもない。

 その眼に燃えているのは圧倒的な怒りの炎だ。触れようものなら骨まで焦がすような地獄の業火(ごうか)だ。


「な、なんでアンタがっ!? なんでこんなことを!? 目的はなんガボボボッッッ‼‼」


 三度の水攻めによって正常な思考はもはや不可能だ。

 生き残るための生存に必要な部分が最優先にされ、高度な脳機能は一旦停止になる。

 それはつまり、(さら)らうだけの気力もないということだ。


「写真撮ったヤツはどこにいますか?」

「……ぁ……か……ち、中央区の……ミードバン……通り……」

「名前と特徴は?」

「……ミ、ミエティコ……ミエティコ・バンバーシ……耳の先に……ぶちのある……兎人(ラビッタ)

「ありがとうございます。それと――――」


 銃声(ドパァン)!。

 

 デスクに叩き込まれた散弾は固い木の中にめり込み、真っ二つにでもしない限り摘出は不可能であろう。

 しっかりと視界に(おさ)めさせながら、耳元でマイディは(ささや)く。


「つぎやったら、貴方がこうなりますよ」


 言うだけ言った双山刀は静かに退出する。

 なぜこんなことになってしまったのか理解できない。

 今度こそ編集長は失禁した。

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