サマーデイ・ウォッチャー・キャッチャー 2
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あたり一面にただよっているのは白い霧だ。
真っ白で、何も見えない。
そんな状態だというのに、不思議と寒さを覚えずただ、ぬるま湯の中で揺蕩っているかのような、ぼうっとした、心地いいような、寂しいような、そんな感じがするだけだ。
まるで、静寂という概念が大気に混じり、体を包み込んでいるように。
(ああ……なんだか昔こんな話を聞いたことがありますね。あれは確か…………三途の)
「って死にかけてるじゃないですかっ! あれ? 生きてる?」
「そら生きてるだろうよ。おめえがこの程度でくたばるようなら苦労しねえ」
「いや! ほんとに死にかけたんですからね! 三途の川渡りかけたんですから! て、あれ? ……ちょっと、なんで縛られてるんですか、わたくし」
死淵から生還したマイディが最初に聞いた声の主に尋ねてみる。
声の主――――いつもどおりの格好のスカリーは見もせずに言う。
「お嬢様方を襲おうとするアホタレを縛って行動不能にしてるだけでございますがね?」
「一体どこのどいつがそんなことを! 神に代わって神罰を下して差し上げます! さあ、縄を解いてください! この身は神罰代行者となりましょう!」
「おめえだおめえ」
「何を根拠に!」
「『美少女パラダイス、頂きます。ぐへへへへへへへ』」
「何言ってんるですか気持ち悪い。変態なのは知ってましたけど、そんな下劣だったとは……失望しましたよ、スカリー」
「都合の良い記憶力だ。とにかく、三人娘が遊び飽きるまでそうしてな。教会の敷地内で婦女暴行なんぞ起こったらドンキーの核撃食らって、良くてミンチ、悪けりゃ全身欠損で生き地獄だな」
「おっと、久しぶりに背中をナイフで撫でられてる感覚ですよ?」
少しは頭が冷えたらしく、それ以上に暴れることはない。
しかし、その視線は一足先に訪れた夏を謳歌している少女たちの肢体に釘付けになっていることは言うまでもない。
今この瞬間の光景を死ぬまで目に焼き付けようと言わんばかりの前傾姿勢、その上に瞳の赤も鮮血の様に色を濃くしており、はたから見れば呪殺の真っ最中にも見えた。
「あ! マイディ起きたの?」
身を起こしたマイディを発見したハンリが嬉しそうに駈け寄ってくるが、5メートルほど手前でスカリーに制される。
「それ以上寄ると、このアホの射程範囲内だ。まだ処女でいたいんなら近づくな」
「ちょっとひどくありませんか? いかにわたくしといっても合意なしの行為はなるべく避けるようにしているのですよ? そんな苦労も分かってくれな馬鹿めッ!」
手足をぐるぐる巻きにされているにも関わらず、背筋と腹筋の力のみで驚異的なジャンプ! 人間技とは思えない!
その着地点にいるのはハンリだ! 射程距離5メートルは誤りだった!
「敵戦力の分析が甘いんですよ! このまま魅惑のペッティングによってハンリちゃんの大人の階段を三段飛ばしでグェ!」
縛った縄は地面に打ち込んだ杭に繋がっていた。
長さの限界を迎えた縄は当然張り詰め、人間とは思えないタイプのジャンプは妙な軌道を描いて落下することになる。
当然、受け身などは取りようもなく、体にはたっぷりと土がまぶされた。
「おさわりは禁止だ」
「そ、そんな殺生な~~! わたくしの唯一の楽しみを奪ってよくもそんなことが言えるものですね! この冷血! 無情! ろくでなし!」
「へ、好きなだけ吼えてな負け犬野郎が。おめえは『お預け』食らってる犬みたいに汚ねえ涎垂らして地面と熱烈によろしくしてろ」
「…………は!? わたくしに屈辱的な姿を取らせておいて自分は美少女パラダイス食べ放題コースするつもりですねっ! そんなことは許しませんよ! 私も参加します!」
「おめえの頭吹っ飛ばしたら病気も治るのかねぇ……」
遠くを見つめるスカリーに対して、マイディは縄を千切ろうともがくが、それは敵わない。鉄を編み込んである特製なのだ。ライオンでも千切れないというふれこみ付きである。
「ブザマ! ブザマねマイデッセ・アフレリレン! 貴方はそこで指を咥えることもできずに見てなさい! このあたしとハンリの蜜月を!」
「はい嬢ちゃんアウトー」
「何この縄! 離しなさい! すけべ! きゃー!」
スカリーの操る縄は生物のようにナンシーに絡みつくと、そのまま動きを封じてしまう。
はたから見たら女性を縛る趣味のある変態である。
「可愛い女子を拘束して悦ぶなんて変態ですか!」
「おめえに言われたくねえ。嬢ちゃんもこの条件を飲んだからこそ、だ」
縛られたナンシーは倒れない。
立ったままいることこそ、オーテルビエル商会次期頭目の証明であるといわんばかりに胸を張り、挑戦的な視線のままだ。
「見事、だわ。その容赦のなさ! 女子供であっても執行に迷いがない! それでこそ貴方よ! 再び期待に応えたようね! 褒めてあげる!」
「我が道を直進しかできねえのか。一歩下がって崖の下に落ちてくれ」
変態二人に軽い頭痛を覚えつつ、ため息が漏れた。
翌日、日がしっかりと昇ってしまってからスカリーは教会に現れた。いつも通りに途中で買ってきた新聞を片手に、もう片方には適当に食材をちょろまかして乗せるつもりのトウモロコシのパンを持って。
すでに専用スペースと化している長椅子の一つにどっかりと腰かけ、インクの香りが主張してくる新聞を広げ、十秒ほど眺めてくしゃくしゃに丸め、そのままポケットにしまう。
「何を隠したんですか? 見せてください! えいっ!」
「おい! 返せ!」
長椅子の下で涼んでいたマイディがくしゃくしゃになった紙切れを奪い、すでに広げていた。あまりの早業に取り戻すだけの余裕はない。
「べつに普通じゃない……ん?」
しわが寄っているせいで非常に見辛くなっていたのだが、それには関係ない。ほとんど新聞の面積の四分の一を占める写真には。
印刷は悪いが、映っている少女たちのまぶしいほどの肌の質感は伝わる。
それだけならば問題はない。それだけならば。
問題なのは、被写体が昨日のハンリ達だということだ。
惜しげもなく肌を晒した少女たちの姿が、白黒写真とはいえ新聞に載っていた。




