火に飛びいる悪党ども 8
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「さあ! 馬鹿なこと言ってないでさっさと追いかけましょう! このままだと取り分が減ってしまいますよ!」
ロッチョとジョルト、二人分の金貨は回収しているのだが、いまだに首領であるカリドリンクは逃走中だ。すでに戦闘によっていくらかの時間を消費してしまっている。離されている距離はどれほどか。
手下二人が持っていた金貨の量はざっと四百ほど。半分以上は疾走する馬に括り付けられたままだということだ。街の外にまでいかれてしまったら追跡は非常に困難になってくる。そして、残りはおそらく大したことないのが一人。それで得られる報酬は同じ。
となれば、多少の無理をしてでも回収したくなるのが人間の欲であり、実際にマイディも負傷したての腕を簡単に止血し、追跡の開始しようとしていた。しかし、
「俺はもう手を引く。それなりに実入りはあった」
「はぁ⁉ 臆病風に吹かれて転げまわる回転草ですか貴方? 無傷なんだからわたくしよりも元気でしょうに! それとも! おいしい獲物を譲ってくれるとでも?」
一瞬にして沸騰したマイディは詰め寄るが、スカリーは意に介することなく撤退準備を始めていた。そして、それは一緒にいたハークも同じだ。
「あーはいはい! 金玉ロストマン共は物陰からこっそりわたくしの見事な狩りの腕前を見てなさい! 華麗で優雅で洗練された狩りを!」
「おめえも追わねえほうがいいぞ。今日中にバスコルディアから出奔する予定があるのなら話は別だがな」
「そんな予定なんぞ微塵もありませんよ!」
「じゃあやめときな」
この男がここまで警告するのは、何かがある。多少なりとも長い付き合いになっているからわかる。本当に危険な時か、よほど面倒くさいことでない限り、人の決定に干渉することは滅多にない。
「何を知ってるんですか?」
「そっちの事情通に聞いてみな」
顎で示されたのはずっとニコニコと微笑んでいる優男。
男娼としても客がひっきりになしにやってきそうなほどだが、本能的にうすら寒いものを感じる。
とはいえ、すっきりしない状態で徹底はできない。マイデッセ・アフレリレンはそういう女だ。
「聞かせていただけますか? 理由」
ぶっきらぼうな問いに対して、ハークは笑顔を少しも崩すことなく答えた。
「彼――――カリドリンクは蜥蜴族のコミュニティをまっすぐ突っ切って逃げるから」
返答も簡素で、そして納得するだけの理由であった。
心臓は早鐘の様に鳴り続け、呼吸はさっきから安定しない。
追手の姿は見えないが、それでも馬を休ませるつもりは微塵もなかった。
ジョルト以外の部下を信用したことはなかった。だから切り捨てても何の痛痒も感じなかったし、罪悪感も覚えない。
そのジョルトがさっきから追い付いてこない。
いつもならばさっさと片付けて追ってくるころなのに。
一抹の不安が頭頂から足先まで電気のように流れるが、それを振り払うように馬を走らせる。
すでに馬も限界だ。ここで休ませないと足を折るか心臓が裂けるかの二択。
周りは奇妙なつくりの建物ばかりだ。
石やレンガを使ったモノではなく、木や茅のような硬質な植物を使用しているらしく、一見すれば未開の地に迷い込んでしまったかのようだ。
周囲を警戒しつつ馬を止め、拳銃を抜いていつでも発砲できるように神経を張り詰めらせる。無駄な消耗だとは思わない。この街は、やはり異常だ。略奪者だった自分たちが簡単に獲物になってしまった。こんなことは今まで一度もなかった。
「……くそっ! ブタのクソ溜まりみたいな街だ!」
虚空に向かって毒づいてみても、反応する者はいない。不気味なほどに静まり返っている。たしかによるではあるのだが、ここまで静寂に満ちているのは少し不気味でもある。
離れているとはいえ、銃撃が起こっているのだから好奇心で顔覗かせるような阿呆がいても不思議ではない。そういうのは往々にして巻き込まれてしまうのだが。
考えるが、すぐに得心がいった。
無差別に暴れるようなやつだった場合、次のターゲットになるのは余計な好奇心を抱いた者になるのは自明。命を賭けて馬鹿をやるような愚か者は真っ先に淘汰されるのが自然の摂理だ。この街はそういった類の論理に満ちている。
数分待った。それでもジョルトが追ってくる様子はない。
もちろん、ロッチョのほうもだ。
いまだに足止めの役割を全うしているのか、もしくは敵と結託して分け前で揉めているのか。推測しかできないが、悪い予感しかしないし、状況は一刻ごとに悪化している気もする。
決断するのは自分の役目であって、それを間違えなかったからこそここまでやってきた。
その自負に従い、行動方針を定める。
すでに馬は限界だ。となればそのあたりでかっぱらうのが一番いいだろう。ここまでやってきたのだから行きがけの駄賃にはちょうどいい。
決定したのならば、実行に迷うことはない。
隠密行動のために馬から降り、周辺の様子を探ろうと――――ひゅん、という風切り音がした。
発生点を探ることはできなかった。なぜならば、足元から立っていられないほどの痛みが襲ってきたのだから。
呻きながら倒れ足元を見れば、そこに突き立っているのは一本の矢だ。
「誰だッ! 出て来い!」
怒りによって反射的に叫ぶが、それに答えたのは矢の雨だった。
何本も何本も、生きとし生けるものすべてを刺し貫かんと降り注ぐ。
転がりながら躱そうとしても、躱しきれるものではない。しかも、負傷しているのだから転がるたびに鋭い痛みが走り、神経をずたずたにしていく。
乗ってきた馬にも何本もの矢が突き立ち、逃げることも敵わずに倒れ、カリドリンクも致命傷こそ避けたものの、動くこともできないほどの傷を受けていた。
このまま放っておいても死ぬだろう。
すでに最初の矢の傷口は痛みが鈍麻し始めており、熱感が増してきている。
それでもあきらめの悪いこの男は這いずってでも逃げようとしていた。
逃げようとして、その先に一人の蜥蜴族がいつの間にか立っていることを知った。
体高は二メートルに迫るほどの大柄な個体。左手には小ぶりの弓を持ち、背中には矢筒。そして、その全身に彫り込まれている独特の文様は、戦士であることを示す刺青だ。
「盗人よ、許可なく我らの領域に入ったのだ。掟に従って処罰させてもらう」
爬虫類の目がカリドリンクを見下ろしていた。
それは捕食者の目だ。
強靭な肉体と、堅固な信仰に支えられる彼らに普通の人間が敵うはずがない。負傷しているのならばなおのことだ。
彼らは部族の掟に従って生き、育ち、殖え、戦い、そして死ぬ。
他種族が口を挟むことのできない、絶対的な哲学なのだ。
絶望的な感情がカリドリンクに満ちる。
この状態から脱出する手段が思いつきそうにもない。
すでに自分は囲まれているのだろう。この蜥蜴族は代表して、死刑を執行するために姿を現しただけなのだ。
そこに闘争や交渉の余地はない。死ぬのは確定しており、後始末をどうするか程度の問題しかない。
「ま、待て! カネが欲しくないか!? 蜥蜴族じゃあ手に入れることのできないほどの大金がある! 嘘じゃない! 荷物を確認してくれたらわかる! それを全部やるから見逃してくれ! 頼むっ!」
全力の懇願だったが、返答の代わりに蜥蜴族はナイフを抜いた。
「獲物を与えてくださった父なる一つよ、感謝します」
その祈りは蜥蜴族の言葉だったため、カリドリンクには理解できなかった。
自分が哀れにも解体されてしまうこと以外は。
「今晩の……いや明日の朝飯か。すこしばかり豪華になりそうだな、蜥蜴族は」
うっすらと白み始めた空を見てスカリーはひとりごちた。
その手には金貨がいっぱいに詰まった袋が握られ、重みによって金額を主張している。
使い道には迷う。これほどの大金を手にしたことは数えるほどしかないし、今の自分には散在するような物欲もあまりない。おそらくは、そのうちに酒代に消えてしまうことだろう。
「あー……最悪です。一番おいしいの蜥蜴にかっさらわれて、わたくしは一人ケガ。この世はずるいヤツがもっとも得をするようにできてるみたいですね。正直者なわたくしは損ばっかりです」
「そう思うんだったら頭のほうも使ってみたらどうた? 誰も文句なんていわねえぜ。使えるならのハナシだが」
「あら、使えますよ? オラッ!」
「物理的に使うんじゃねえ」
「うっさいうっさい! このスカシ顔! わたくしばっかりに体張らせて!」
「おめえが勝手にやってるんだろうが。首ばっかり突っ込みやがって。そのうち首から下が愛想つかして逃げ出すぜ」
「先にスカリーの胴体と頭を生き別れにしてやりましょう!」
お互いに尽きない罵倒を繰り返しながら、懐が暖まった賞金稼ぎ共は帰路につく。
はるか遠くからは、太陽が昇りだしていた。




