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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
ご令嬢様は生き急ぐ
9/98

ご令嬢、報告を受けて企む。

 3

 

 バスコルディア中央区の一角。無法都市の中でも比較的に治安が良く、自治協会の影響力が最も強い区域に建っているホテルの一室。

 一泊するだけではもったいないぐらいの豪華な調度品に囲まれて、ナンセシーラ・オーテルビエルは人を待っていた。

 机に向かい、カリカリと何かを書き付けながらナンシーは思考する。


 先日の屈辱の事を。

 初めて味わった、死を実感する恐怖を。


 右手に力が入り、ペン先からインクがあふれる。

 緩慢な動作でダメにしてしまった紙を丸めると、そこらに放る。

 新しい紙を取りだして、どう書き出そうかと思案していると、ノックの音がした。


 コンコンコンコン。


 正確な八分音符で刻まれたその音を聞いただけでナンシーは誰が来たのかは分かっていたのだが、今自分がいる場所が中央政府の法が及ばない無法都市(バスコルディア)であることを思い出し、一応確認する。


 「誰かしら? ルームサービスは頼んでないし、頼むつもりもないわ。物乞いならもっと頭を使いなさい。強盗ならそこで舌を噛みちぎりなさい。……あの教会の関係者ならいますぐ地獄に落ちなさい」


 大声ではなかったが、確実にドアの向こうには届いているはずだった。


 「貴方様の影が吉報(きっぽう)をお持ちしました」


 慇懃(いんぎん)な、しかしながらも力強さを感じさせる低い声がドアの向こうから返ってくる。

 確信を得たナンシーは何も言わずに立ち上がると、そのままドアにかかっていた錠を外す。


 同時に、向こう側にドアが開かれる。

 立っていたのは長身の男性だった。

 まだ老人と言うには早いが、中年と表現するには年を取り過ぎている。


 元々は黒々としていたであろう頭髪には所々白いモノが混じってはいたが、視線は鋭く、体幹にもまったくブレが見られなかった。

 身を包む黒のスーツにも皺一つ無く、まるで彫像のようにその姿はきっちりとしている。


 「入りなさい、ゼルス」


 ナンシーに先導されて、ゼルスと呼ばれた男性は中に入る。

 そのまま手に持っていたカバンから紙束を取りだす。


 「ご命令の通り、バスコルディア教会の関係者を調べ上げてきました。これが結果です」


 聞くが早いかナンシーはひったくるように紙束をゼルスから奪い取る。

 殆どの紙は白紙だった。


 何かが書かれているのはたったの四枚。

 それでバスコルディア協会の関係者は全てということだった。

 食い入るようにナンシーは目を通す。


 その様子を見て、ゼルスは脇から解説を挟むことにした。


 「まず、お嬢様が遭遇されたという赤毛に褐色の肌のシスター。通称は『双山刀(ダブルマシェット)マイディ』。名称はマイデッセ・アフレリレン。元々は賞金稼ぎだったようですが、バスコルディアに来て以来、教会の司祭に(しつ)けられているようです」

 「躾けられてる?」


 アレの何処が躾けられている状態なのか、と思わずナンシーは聞き返してしまっていた。


 「はいお嬢様。元々は『禁句な血髪(タブード・ブラッディ)』という通り名だったようですが、名は体を表わすよううに、行く先々で何人も殺していたようです。現状は多少落ちついており、禁句を言わない限りはそうそう人死には出さないとか」

 「……禁句」


 心当たりはあった。『テリヤキ』と聞いた途端にあのシスターは豹変したのだ。


 『テリヤキ』というのは南部出身の褐色肌の人間に対する蔑称だ。

 南部で広まっている料理が由来らしかったのだが、その程度しか知識はなかった。


 「じゃあ、アレは南部の出身っていうこと?」

 「確認できる情報では裏付けが取れませんでした。申し訳ありません」


 深々と頭を下げるゼルスだったが、ナンシーは特に機嫌を損ねることはなかった。

 わずかな時間でそれだけの情報を掴んできたのは、ひとえにこの男が優秀だからであり、これ以上は相応の時間と費用が必要になってくる。

 一度戻ってきたということは、ある程度の目論見を立てるだけの情報を得ているはずだった。


 「……わかったわ。続けなさい」

 「はい。二人目、スカハリー・ポールモート。厳密には教会の関係者ではありませんが、ほぼ毎日通っている上に、先ほどのマイデッセ・アフレリレンと一緒に行動することも多いのでまとめております。こちらは現在も賞金稼ぎとして活動しております」


 マイディの情報が記されている紙の下にはスカリーの情報が記されている紙があった。


 「スカハリー・ポールモート。通称『斬撃と銃撃のスラッシュアンドシュートスカリー』。使うのは主に拳銃のようですが、腰に帯びている長剣を用いることもあるようです。更に、剣弾と自称する妙な銃弾も用いるようです。使用しているのは水銀封入弾頭弾(マーキュリーバレット)のようですが、一般的な魔法をこめた弾頭とは違うようです。目撃した魔法使い達が口をそろえて証言しております」


 無意識に爪を噛みながらナンシーは思い出す。

 マイディをなんとか制御しきった青年を。


 確かに、拳銃を差し、その上で長剣も帯びるという妙な格好をしていた。


 なるほど、とナンシーは考える。

 あのときのバスコルディア教会にはそんな二人がそろっていた。血のにおいが絶えないシスターと、正体不明の術を用いる人間。


 そんな相手に、雇った人間だけで挑んでしまったナンシーは無謀だとしか言えなかった。

 しかも、途中の荷物運びに雇ったような連中だ。

 あっけなく蹴散らされてしまったのも当然の結果と言える。


 通称、というか通り名で呼ばれるような存在はかなり腕がたつ。ある意味では一流の証拠でもあり、危険な存在の証明でもあった。

 ぱき、と噛んでいる爪が割れる音をナンシーは聞いた。


 「続けてよろしいでしょうか? お嬢様」

 「……続けなさい」


 残りは二枚。それでバスコルディア教会の関係者は全員になってしまうはずだった。

 ナンシーは再び紙をめくる。


 今度はやけに書き込まれた紙だった。

 紙面の殆どが文字に埋め尽くされてしまうぐらいに黒い面積が多い。

 一瞬、文字と紙が逆転してしまうような錯覚を覚えてしまったが、すぐに脳が補正する。


 「バスコルディア教会司祭。ドロンキー・ガズミス、通称『核撃(コアインパクト)ドロンキー』。バスコルディア教会を建設した張本人であり、在住歴も長いようです。そのため、様々な方面にパイプを持っているらしく、自治協会とのつながりも確認されております」


 また通称を持っている人物が登場した。

 あの教会には一体何人の危険人物がひしめいているのだろうか、とナンシーは軽い頭痛を覚えながらもゼルスの報告に耳を傾ける。


 「戦闘自体は単純な殴る蹴るの肉弾戦を得意としているようです。しかし、その破壊力は人智を越えているとしか言いようがありません。信頼性は確かとは言い難いのですが、証言によれば一撃で飛竜を落としたこともあるそうです」

 「……どうせ子供なんでしょう?」

 「いえ、成体の……しかも中央政府の正規部隊のものだったそうです」


 中央政府の正規部隊で飛竜を運用してるのは精鋭である第一飛行偵察団だけだ。

 鋼のような鱗に覆われたその飛竜達は、厳しい訓練に耐え抜き、その上で選抜されたエリート集団である。

 砲弾の直撃を受けても易々(やすやす)とは撃墜されない。


 ナンシーの眉間に皺が寄る。

 とても人間だとは思えなかった。いや、バスコルディアには様々な種族が集ってきているのだから、人間とは限らない。 


 しかし、教会という宗教施設を建設するのは人間だけだ。そして、強力な力を有する種族は大抵自分達の領地から出ていくことをよしとしない。基本的には保守的なのだ。


 「一応聞いておくのだけど、そいつは人間なの?」

 「外見上は人間のようです。並外れた巨体の持ち主ではあるそうですが」


 となれば、あのときの教会にはいなかったことになる。

 となると、最後の一枚がナンシーと年の頃が変わらないように見えた少女のモノなのだろう。

 そう考えて、ナンシーは紙をめくった。


 「……何かしら? これは」


 ゼルスの最後の報告書はドンキーの時とは逆で、殆ど白紙に近かった。


 「最後の一人は最近になって所属したらしく情報が集まりませんでした。申し訳ありません」


 機械のような正確さでゼルスは頭を下げるが、ナンシーの目は報告書から離れなかった。

 書かれているのは外見情報の他にはたった一つ。


 〈ハンリッサ〉


 その名前だけだった。


 四枚全てに目を通し終わり、ナンシーは思案する。

 どうやってあの教会を潰して、自分のモノにするか。

 脅迫か、懐柔か、それとも籠絡(ろうらく)するか。


 ナンシーの脳内で様々な手が提案され、否決され、修正を求められ、そして、定まる。


 「……分かったわ。ゼルス、付いてきなさい」

 「お嬢様の(おお)せのままに」


 ナンシーが一番の信頼を置く執事は二つ返事で了承すると、そのまま荷支度を手伝い始めた。

 目標はすでに決定している。


 (見てなさい。あたしに恥をかかせたことは絶対に後悔させてやるわ……!)


 爛々(らんらん)と瞳を光らせながら、ナンシーは暗い情欲に浸りつつも笑った。



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