火に飛びいる悪党ども 1
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ロクに整備されていない街道は老婆の肌のように荒れ果て、つくりの歪な車輪は凹凸を律義なまでに拾い、その振動を伝えてくる。
(仕事でもなければこんな道を通ることなどないのに)。そんな思いを抱きながら御者は懐からウイスキーの小瓶を取り出して一気に呷った。
「関心せんな。仕事中だ」
隣に座る男――荷台に乗っている荷物の主、というか見張りの銀行員――が咎めるような口調で言ってくるが、「どうせ誰も見てやしねえよ」と返してやると不満そうに口を閉じた。
砂塵が吹き付けてくることも、雨風に吹かれることもないような室内で机仕事をしているようなやつでは、こんな街道の途中に放り出されてしまったら行き倒れるしかない。
もちろん、そんなことをして露見したらただでは済まないだろうが、この辺りの評判を知っているなら、聞いた者は口をそろえて言うことだろう。『馬車に乗ったままで用を足さなかった馬鹿野郎が悪い』と。
まだ目的地には遠い。
いくら急ぎのカネの引き出し、それも多額のモノがあったとしても、たった一輌の護衛だけをつけて出発させたのは、なんとも頼りない。
なんといっても、一番近い都市が無法都市なのだから。
うわさは聞いてる。
曰く、人命が一番軽い場所。曰く、カネを積んで買えない品は気品だけ。曰く、売れないのは何もなく、奪われないものも、ない。
危険な目には幾度もあってきたが、それでも警戒するに越したことはない。うまくやるコツは用心深くなることだ。
こんな急ぎの荷物ばかりを担当できるのはあと数年がせいぜい。そろそろ楽な短距離に移る時期がやってきてるのかもしれない。
そんなことばかりが頭に浮かぶ。
「ところで、あとどのぐらいで到着するんだ? 半日ぐらいか? 体のあちこちが悲鳴を上げてきてる」
「そんなに急いでるんならアンタは走って行くといい。そんな調子だと、どうせ着くまでに石像になっちまうから行き倒れても変わらん。どうしてもっていうなら、後ろの護衛隊にでも泣きつきな」
「……もう少し愛想良くしてもいいんじゃないのか? 私は客だぞ」
「俺のお客様は荷物のほうだよ。アンタは単なる見張り役。最悪、荷物だけでも届けたら文句は最小限で済む」
銀行員は苦々しい顔つきのままに口を閉じ、座りなおして腕を組んだ。
御者は乾いた笑いを上げると、少しだけ馬の足を速めた――――瞬間、地面が轟音と共に爆発した。
「成功! 狐が網にかかった! 後ろの番犬どもに鉛の餌をくれてやれっ!」
トラップに掛かった馬車から離れること二百メートルほど。
大きめの岩陰に隠れていた六人の男たち。彼らは馬車強盗だ。
運ばれている荷物を奪い、売り飛ばしてカネに変える。直接カネを狙うこともあったし、時には奴隷を狙うこともあった。
今回はカネだ。
偽装のために被っていた布を払いのけて銃で武装した男たちが、歯をむき出しにしながら銃撃を開始した。
銃声銃声銃声銃声銃声銃声!
銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声!
銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声!
荷物を積んでいた馬車は横転し、御者と銀行員は投げ出されピクリとも動かない。
後ろにいた護衛の馬車からは次々に用心棒たちが降りてくるが、降り注ぐ銃弾の雨に一歩も進むことができない。辛うじてリーダー格らしい一人が打ち返しても、ロクに撃ってきている方向も分かっていないのだから、銃弾はあらぬ方向に飛んでいくだけだ。
当然、次々に護衛たちは傷を負い倒れていく。
致命傷こそ少ないが、戦闘能力を著しく欠き、このままでは全滅は避けようのない未来になってくる。じり貧。そんな言葉がよぎる回数が増えてきた。
銃声!
違う方向から飛来した銃弾。それがリーダーの右肩に直撃し骨を砕く。おそらくは別に潜んでいた狙撃手だ。
すでに炎は消えかけ。その状況下でのダメ押しは、完全に折るのに十分。
握っていた銃が地面に落ちるが、それを拾うことさえもできない。、
他の人間に目配せを送ってみても、返ってくるのは肯定のうなづき。全員が降伏することを選んでいた。
「……アンタらっ! 俺たちは降伏する! 命だけは助けてくれないかッ! 邪魔はしない!」
「だったら武器を捨てなぁ! なるべく遠くに! そして腕を頭の上に組んで出てこい! 別動隊が狙ってることを忘れるんじゃねえぞっ!」
怒鳴り返してきたのはおそらく、リーダーなのだろう。
護衛隊は一斉に武器を投げ捨てる。なるべく遠くへ、遠ざかることによって、自分たちが生存に近づくといわんばかりに。
強張った仲間たちの顔を見回しながら、隊長は率先して出ていく。こういうときに真っ先に行動するのが自分の責任だ。そのぐらいは心得ている。
「全員今から出ていく! 武器は捨てた! 欲しいものは全部やる!」
「よぉ~~~~し! そのままじっとしてろ!」
隊長に続きぞろぞろと出てきた護衛隊。乾いた唇をした隊員たちには不安の色が濃い。
身包み剥がされてしまったら、どこかの町に寄ることさえも難しくなってくるし、第一、その途中で行き倒れることになるだろう。
「オーオーオー。素直でいい子たちが揃ったもんだ。俺の手下どもとは大違い」
「……光栄だ」
護衛隊の前には今、五人の男が姿を現していた。
首領らしい五十代の男は黄色い歯を見せながらにやにやとした笑みを消そうとしない。
後ろに控えている他の四人も同様だ。
普段ならば軽蔑の視線をくれてやるところだが、そんなことをすれば向けられている銃口が火を噴くだろう。
「そう警戒しなさんさ。お互いに仕事をしただけの話だろ? 俺は武器を捨てた人間を撃つ趣味はなくってな。アンタらのことは逃がしてやろうと思ってる……いただくものはいただくけどよ」
「……好きにしてくれ。抵抗はしない」
「潔くってほれぼれするなァ、色男」
どうにでもなれと半ば自暴自棄になりながら、隊長は隠しきれない苛立ちをごまかすように足元のサソリを踏み潰した。
「おぉい色男……なんだそりゃ? かわいそうな虫けらを殺してストレス解消かい? イライラしてるのか? あんまりよくないな。自分よりも弱いモノをいじめるのは。俺は好きじゃない。よくオヤジに踏まれてたからな」
「……気分を、害してしまったのなら謝罪する」
「謝罪ぃ? そんなものは必要性ねぇさ。ああ必要ねぇ。奪われちまった命は、謝っても戻ってこねえからな……俺が償わせる」
銃声。
乾いた発砲音とともに、隊長の胸に穴が開いた。
じわりとそこから赤黒い血液が漏れ出し、白いシャツに染みを作っていく。
「か……!?」
かすれたうめき声を漏らしながら前のめりに倒れ、さっきまで隊長だった人間はただの死体になった。
銃声銃声銃声銃声銃声銃声。
強盗団の銃が一声に火を吹き、護衛隊に鉛玉が次々に襲い掛かる。
もし彼らが武器を手放していなかったのならば、もし、徹底的に抗戦しようとする意志を失っていなかったのならば、結果は違っていなかったのかもしれない。
だが、現実は一方的な虐殺であった。
残ったのは強盗団だけ。
静かになった街道で、五人の男が荷物を運び出し始めた。




