デッド・オア・クック 10
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男は実況の声など聞こえないほどの窮地に立っていた。
一口食べた瞬間に感じたのは砂糖の甘さ。多少入れすぎなのではないのかというほどの強烈な甘さが舌先を撫で、その後に卵の風味が鼻腔をくすぐりながら抜けていく。
そこまではいい。そこまではプリン。このうえなくプリン。
安心しきったところに襲ってたのは……口内を蹂躙するほどの、痛みの領域を超えた、まるで何千本もの針を同時にはじけさせたかのような、焼けた鉄でも突っ込まれたかのような、舌全体を切り裂くかのような――絶対的な『辛み』だった。
三十年近く料理人として生きてきて、その大半を蜥蜴族の料理研究に充ててきた経験から、珍しい食材やら料理法には精通している。
その蓄積された手法のどれもが違うと言っていた。
正体がわからないと叫んでいた。
それも問題だが、もう一つ。
単純に許容範囲を超えた辛さだ!
数々の悪食を経験してきたボリドニアも、これほどの代物は体験したことがない。いや、似たような威力はあったのかもしれない。だが、正体不明という点が恐怖に拍車をかける。
マズい料理に対抗するために必要なのは、根性でも気の強さでもない。
『知っている』というたった一つ。
知っているからこそ、安心できる。知っているからこそ対抗できる。
その寄る辺がない。
次々に汗は吹き出す。それは単純に辛いからというだけではなく、自分の三分の一も生きていないような少女が、未知だからだ。何をしたかがわからないからだ。
『ギブか!? ボリドニア選手ギブなのかッ!? ハンリ選手が優勝一直線かァ!? 男を見せろボリドニアッ! おまえを応援してくれる声はこんなに猛っているんだからッ!』
声が聞こえる。
きっと常連の蜥蜴族たちだ。
自分が作る料理に舌鼓をうち、次もまた来るといいながら後にする彼らだ。
そう、自分が負けてしまったら合わせる顔がないじゃないか。
この場にたったのも、蜥蜴族料理を広めるためという目的もあるし、賞金で店をもっとマシにしたいという目的もあるし、そろそろ嫁も欲しいから結婚資金とか溜めたいなぁという目的もあるのだが、一番は彼らに推されたからではなかったのか?
『お前なら優勝に決まってる』。そう言ってくれた彼らがいたからじゃないのか?
「この、程度で、音を上げてたまるモノかっ!」
『いけるぞボリドニアっ! 今のお前はかっこいいぞ! 根性見せたアンタは男だッ! そんな男はもうひとさじいってみよう! あの世に逝っちまわないように気を付けながらっ!』
「うぉぉぉぉぉぉ‼‼‼ ずあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼」
『駄目みたいだ~~~~~! ボリドニア選手あまりの衝撃で吹っ飛んだぁ!』
「なんでプリン食って吹っ飛ぶんだよ。その辺に疑問を抱け、まずは」
「なんで吹っ飛ぶの!?」
作った本人が一番驚いていた。
「まだ、まだだっ! これは真剣勝負……このわたしが倒れるか、それとも相手がギブアップするかの二択だぁ! うぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼‼ ぬぎゃ――――――‼‼‼」
『血を吐いたぁ! これは深刻なダメージだぁ! そろそろモノを食っているのか銃撃されているのかの区別がつかなくなってきたぞぉ! なんで料理対決でこんなことになっているんだっ! なぜなら相手をノックアウトしたほうが勝利するっ! デッド・オア・クックだからっ! 文句があるなら参加した自分に言いなっ!』
ヒートアップしているボリドニアと実況は置いておき、とりあえず呆然としているハンリにスカリーは声をかける。
「おいハンリ。一体なにを使いやがった。普通の食材じゃ、あんな面白おかしくならねえだろ。火薬でも入れたのか?」
「してないよそんなこと! あ……でも卵は特別なやつ」
「特別?」
「うん。バジリスク」
「………………オーテルビエルの嬢ちゃんには言っとけ。二度と妙な食材を流通させるなって」
「は~い」
「おい」
『足に来てるッ! 足に来てるぞッ! ボリドニアッ! でもアンタはいつだって立ち上がって! そして最後には笑ってこう言ってくれるんだッ! 『勝利の味は、格別だな!』ってさァ! だから立ってくれよ! 俺たちに夢を見せてくれよ!』
「盛り上がってるとこ悪いが……」
『そうだ! その調子だ! まだ10カウントは経ってない! だって数えるはずの俺が数えてないんだものっ! 実質無制限のカウント地獄! それでもやってくれると信じてる! がんばれがんばれボリドニアぁぁぁぁぁぁ! かわいいだけのハンリちゃんにまけるんじゃない!』
「このままだとアイツ死ぬぞ?」
『何を言ってるんだスカハリー・ポールモート! こんなに熱い決意と闘志に満ち溢れたボリドニアが死ぬわけないじゃないかッ! ほら! まさひとさじ食べているっ! そしてぇ! やっぱりぶっ倒れたぁ! でもしかし! この男は立ち上がるっ! そんなに苦しいはずなのにっ! 何がお前を支えてるんだッ! 金か? プライドか? それともまさかの愛なのかァ!』
「バジリスクの卵にゃあ中毒性がある。加熱すると辛くなるなんてのは初めて知ったんだが、過熱したぐらいじゃ不十分だったみたいだな。ちなみに、 中毒してもすぐさま抜けるんだが、即座に禁断症状が出る。あの野郎は今バジリスクの卵中毒ってことだな」
やる気なさげに説明するスカリーと実況。二人の視線がボリドニアの顔に注がれる。
視線はあらぬ方向をさまよい、顔色は蒼白く、口も半開きの状態。
その上、足元もおぼつかず、上体はメトロノームのようにぐらぐらと不安定だ。
その姿、まるでアルコール中毒者か薬物中毒者のごとし。
『ドクター! ヤバそうだから! 診察診察! 死んでも騒ぎにならないけどっ! 一応控えているドクター! 仕事しろ! アンタの仕事は人の命を救うことだろうがっ!』
控えていた医者が小走りに駈け寄り、顔の前で手を振ってみるが無反応。
だというのに、不安定ながらゆっくりとバジリスクプリンのほうへと近づいていく。
明らかに危険な状態だ。
『おおっとぉ! ここでドクターの手が上がってぇ……ダメだったぁ~~~~~! 男ボリドニア、無念のドクタースト~~~~~~っプ! 優勝は残念なことにハンリ選手! 今日から俺たちのアイドルは死んじまった! その代わりに『デッド・オア・クック』の称号はアンタのモノ! 並ぶものなどいやしない! 最恐の料理人の誕生だァ!』
ほとんどやけくその実況によって、悪夢は終わった。一人の少女の見られ方を大幅に変更させ、何人もの犠牲者を出しながら。
「で? 結局オーテルビエルの嬢ちゃんは何がしたかったんだ?」
「あら、そんなことが聞きたいの? あまり周りくどい男って魅力的じゃないともうのだけど?」
「どう見られようと知ったことじゃねえが……質問を変えるか。『いつ』からあのバカ騒ぎに噛んでた? 最初からか?」
ナンシーは答えない。
静かに執事の淹れた紅茶に口をつけただけだ。
「言っとくが……あんまり裏でこそこそするのはやめといたほうがい。この街は嬢ちゃんが思っているよりも、悪意と憎悪が渦巻いてる。一歩間違わなくても引きずり込まれるぞ。竜巻の中でタンゴを踊れるほどに運動神経がいいとは思えんな」
「忠告? 紳士的なのね。それに免じて一つ教えるわ。今回の騒ぎを引き起こそうと思った……というよりも大会を企画したのはバスコルディアの人間じゃない。それだけ」
わずかに眉を動かしつつも、スカリーは何も言わない。これ以上はよほどの取引材料か、拷問でもするほかにはなさそうだと判断したからだ。
立ち去りつつ一言。
「次ハンリを巻き込もうとした本気で阻止するからな。アンタを撃つ」
背中を向けて言い捨てると、賞金稼ぎはどこかへと去っていった。
「……わかってるわ。少なくともハンリは救ってみせる。ハンリは、ね」




