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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
ご令嬢様は生き急ぐ
8/98

ご令嬢は禁句で死にかける

 「なぁに? 誰もいないの? それとも返事も出来ないようなのろましかいないのかしら? しょぼくれた教会にふさわしい有様と言ってしまえばそうなんだろうけど、人を導くなんて大層なお題目を掲げているからには表面上ぐらいは取り(つくろ)ってみたらどう?」


 早口でそうまくし立てながら、入り口に仁王立ちしていた少女はつかつかと内部に入ってきた。

 素早くスカリーとマイディは観察する。


 動きやすい作りにはなっているものの、かなり手が込んだ意匠を施されているドレス。

 身につけている装飾品も、かなり値の張る物だと言うことぐらいは誰にでも想像がついた。 

 長く伸ばした金髪は、先端だけを緩くカールさせるという手の込んだ物になっていたが、それも毎日使用人か専門の職人に手入れさせているのだろうということぐらいは推測できる。


 そして、何よりもその表情が印象的だった。

 勝ち気につり上がった上がった眉、気の弱い者ならば見られただけで威圧されてしまうかのような絶対の自信に満ちあふれた紫の瞳は、その磁器のように白い肌に良く似合っている。

 総合的に言って、美しい少女ではあった。


 しかし、スカリーとマイディの視点は全く違っていた。


 (普通の嬢ちゃんだな。武装もなし、と。ほっといてもいいか。ああいうタイプは面倒くせえ。そのうち勝手にマイディが片付けるだろ)

 (うーん、わたくしとしてはもうちょっと内気な少年少女を自分色に染めるほうが好みなのでパスですね)


 そろいもそろって評価がずれていた。

 教会礼拝堂の中央までやってきたところで、少女は教本を開いているハンリを発見した。

 くい、と一回顎を上げてから早足でハンリに近づく。


 「あなたここの関係者? 関係者だったら首を縦に振りなさい。違っているのなら今すぐ出て行って。あたしはこの教会の土地を買収しに来たの。一番偉い人間を出して。いないっていうんなら二番目でも三番目でも良いからとにかく上の人間を出して頂戴(ちょうだい)。あたしは気が短いんだからなるべく急いでね」


 やはり早口に、まるで獲物を追い立てるかのように少女はハンリにまくし立てる。

 勢いに押されて、ハンリは硬直してしまった。


 「ちょっと、聞いてるの? それとも耳が聞こえないとか? 言っとくけどあたしは中途半端な言い訳は逆上するタイプだからね。そんなことをするぐらいならさっさと白旗を揚げて謝ったほうがいいわよ。さあ早く決断しなさい」

 「えっと、あの……」


 突然すぎる急展開にハンリの頭脳が付いていかずまごまごしていると、少女の眉の角度が更に鋭くなった。

 すぅ、と少女が息を吸う。

 怒声が飛ぶのかも知れないと思って、反射的にハンリは目を閉じてしまった。


 「待ちな嬢ちゃん。用件は分かったが、この教会の偉いヤツは留守だ。あと三日は帰ってこねえ」


 だらしなく座っていたスカリーが見かねて口を挟む。

 少女の視線がスカリーに移る。


 「あら、まともに口が利けるのがいたのね。まあ、頭の中身が空っぽじゃないことを祈るんだけど、あなたは何者かしら? 教会関係者にしてはちょっと服装がおかしいわね」


 標的が自分に移った事を面倒に思いながらもとりあえずスカリーは答える。


 「俺はこの教会の偉いヤツの知り合いだよ。それ以上でもなんでもない。嬢ちゃんが絡んでるのは下っ端なんだよ。現状、この教会で一番偉いのはそっちの赤毛のシスターだ」


 親指でマイディを示す。

 露骨に嫌な顔をしながらも、『買収』という単語は無視できないマイディは相手をすることに決めた。特に早口に付いていくために頭の回転速度をチューニングする。


 殴りかかるかのような足取りで少女はマイディのそばに行く。

 かつかつという足音が、まるで床を踏みつけているように聞こえた。


 「あなたが責任者? 関係者なら誰でも良いわ。用件はさっき言ったとおり。この教会の土地を買い上げようと思ってるから売って頂戴。値段についてはこれから交渉するから安心して。別に買いたたこうなんて阿漕(あこぎ)なことはしないわ。正々堂々と商売して、利益を上げて勝利してこそ、あたしの優秀さが証明されるっていうものなんだから」


 吠え立てる猟犬のような勢いで少女はまくし立てる。

 しかし、ハンリと違ってマイディは全くひるまなかった。


 「司祭様のご決定がなければそのような重要な判断はできません。この教会を売り渡すようなことをなさるとは思えませんが」


 きっぱりと、敢然(かんぜん)とした口調でマイディは言い切った。

 その様子に、少女は多少意外そうな顔になる。

 だが、すぐに調子を取り戻したらしく、再び口を開く。


 「関係ないわ。どうせ最終的にはあたしに売り渡すことになるんだから。ここで契約を交わそうが後から契約を交わそうが結果に違いはないもの。その司祭様とやらを説得するのは任せてもらって良いわ。なんならあなたには別途、報酬を用意してあげるから契約書にサインをして頂戴」


 自信たっぷりに少女は言い切る。その瞳はまったく揺るがず、マイディがすぐにでも首を縦に振ると信じてるようだった。

 が、マイディはかわいそうな生物でも見るような視線を少女に向ける。


 「……いいですかお嬢さん? ここは神聖な教会なのです。それを犬猫でも売り渡すかのようにはできません。なにより、余りにも横暴が過ぎます」

「お嬢さんじゃないわ! あたしの名前はナンセシーラ・オーテルビエル! オーテルビエル商会頭目の孫娘にして、次期頭目。親しい人間はナンシーと呼ぶけど、あなたにはそんな権利はないけどね。そんなあたしをお嬢さんなんて呼ばないで頂戴!」


 突然に少女、いや、ナンシーはいきり立つ。

 その様子に、多少マイディは驚く。

 その瞳に、憎悪にも似たほの暗い輝きを見たからだった。

 はっとした様子でナンシーは慌てて前のめりになっていた姿勢を正す。


 「……とにかく、あたしは一度決めたらテコでも動かないわ。この教会はもうあたしの物になってるようなものなんだから無駄に抵抗しないで大人しくサインしなさい」


 ナンシーは懐から取り出した契約書をマイディの鼻先に突きつける。


 「何度も言いますが、わたくしはそのような契約にはサインできません。そもそもわたくしに決定権はありませんしね」

 「……そう、あたしはなるべく暴力的なことは避けたかったんだけど、しょうがないわね。もう謝っても遅いわよ。なんと言ってもこのあたしに逆らったんだから覚悟はしてもらうわよ」


 冷たく宣言すると、ナンシーはぱちんと指を鳴らす。

 それを合図にして、開きっぱなしだったドアをくぐって四人の男達が礼拝堂に入ってきた。

 誰もが武装しており、お世辞にも人相が良いとは言い難い。


 (拳銃二、ナイフ二、ごろつきレベルだな)


 瞬時にスカリーは見抜いて、特に脅威で無いことを察知すると再び我関せずの態度に戻った。


 「こういう手段はあまり優雅じゃないことは分かった上で取らせてもらうわ。あたしは絶対にこのバスコルディアで成功してみせる。そのためには多少の荒っぽいことに手を汚すぐらいの覚悟はある。そして、残念だけど、その汚れた手段の第一犠牲者になってもらうわ」


 下卑(げび)た笑みを浮かべて、四人の男達はマイディを取り囲む。

 次々に見せつけるかのように獲物を取り出し、暴力の行使が許可されるのを今か今かと待っているようだった。

 その様子を見て、スカリーは嘆息するとハンリにだけ聞こえるように言う。


 「……ハンリ、分かってるとは思うが、伏せてろ。俺がいいって言うまで起き上がるんじゃねえぞ」

 「う、うん」


 こそこそとスカリーとハンリはなるべく頭を低くし、長椅子に隠れるようにして床に伏せた。

 ナンシーはそのことに気がついていない。ただ、目の前のマイディに対して冷たい視線を送っているだけだった。

 もちろん、舌なめずりをしている男達はスカリーにはまったく注意を払っていなかった。

 突入してきた時点で殆ど反応しなかったスカリーは武装もしていないし、もし武装をしていたとしても反撃してくるような度胸はないと考えおり、ついでに言うと男達はバスコルディアの人間ではなかった。


 ゆえに、知らない。目の前にいる尼僧服を着ている、褐色の肌と燃えるような赤毛を持つ美女がどういう二つ名で呼ばれているのか。どれほどの修羅場をくぐってきた化け物なのか。

 ゆえに、言ってしまった。あの『禁句』を。


 「おいテリヤキ女! テメエはここでぶっ殺されるんだから少しは楽しませてくれよなァ。俺たちもこっちに来たばっかりだし、ちょっとばかり加減を間違ってあっさり殺しちまうかも知れねえけどなァ ガハハハハハ!」


 すでにある程度は予想がついていたスカリーは素早くハンリのそばまで這っていった。そのままハンリを返り血から守るために自分のジャケットを掛ける。

 ほぼ同時にマイディがうつむいて、その顔が前髪によって出来た影に隠れる。


 男達からしてみたら、自分達に恐れをなして顔を上げることが出来なくなってしまったように映った。

 震える獲物をいたぶってから、じわじわと殺してもいいのかもしれない。それとも殺す前に(はずかし)めたほうがいいだろうか? そのようなゲスな思考を展開していた。


 だが、それはいつの間にかすぐそばまで寄ってきていたマイディに気付いたことによって中断される。

 未だにマイディは顔を伏せたままなのでその表情を伺うことはできなかったが、接近された男はまったく警戒してはいなかった。なんなら、獲物が自ら体を差し出してきたのかと勘違いしたぐらいだ。

 そのまま尼僧服に手を掛けようとして、伸ばした右腕がずるり、と音を立ててずれた。


 (……え?)


 ごちゃり。


 粘つく水音と一緒に、質量ある物体が落下する。


 足下にある音の発生源を見て、男は目を疑った。

 人間の腕が落ちていた。


 その切断面からは赤黒い血液がこぼれて床を汚し始めている。

 このような悪趣味なモノがどこから? 反射的に浮かんだ疑問は単純だった。

 そして、答えも単純だった。


 さっきから、自分の腕が、軽い。


 引っ張られているわけではない。そういう感触は一切無い。

 いや、着ている服の感触さえもなくなってしまっていた。

 感覚を喪失した自分の腕。そして、足下に転がっている生々しい人間の腕。

 トドメになったのは、その腕を包んでいるのが自分の着ている服と同じ色をした布だという事実だった。


 男が気付いたことを察知したかのように切断面からどろりとした血液が一気にあふれ出す。

 男は、ほんのわずかの間に意識を保つことを放棄して、倒れた。自分が死ぬことを確信してしまった脳は、最後にやってくる痛みを拒絶し、全てを遮断するためにその役割を放棄したのだった。


 静寂。


 スカリーとマイディ、そしてハンリ以外は何が起こったのかが理解できなかった。

 そのため、赤毛のシスターが目にも留まらぬ速度で山刀を取り出し、男の右腕を切断したという事実にたどり着けない。


 「……アタイのことを『テリヤキ』って言ったヤツはきっちり殺す」


 地の底から響くようなその声が、シスターから発せられているという事もナンシーと男達には理解できない。口調も、こめられている感情も全く違っている。

 それでも、十秒ほど経過すると仲間を殺されたという事には気がついた。

 そして、その犯人は目の前のシスターに違いないというぐらいにはまだ思考能力は残っていた。


 「このッ、テリヤキ野郎がァ!」

 「殺せぇェッ」

 「ぶっ殺す!」


 思い思いの獲物を取り出そうとしている隙は、今のマイディにとっては欠伸(あくび)が出るほどに決定的だった。

 振るう山刀で『テリヤキ』と叫んだ男の腹を()ぐ。


 柔らかな脂肪を切り裂き、強靱な筋肉を引きちぎり、弾力に富む内臓をずたずたにしながら山刀は通り抜ける。

 ついでのように背骨も切断されてしまった男は切り倒された樹木のように、折れる。

 残りの二人はやっと武器を取り出した所だった。


 すでにもう一振りの山刀を取り出していたマイディは二人の喉元にそれぞれ一振りずつ山刀を突きつける。


 「動くんじゃねぇ。死にたかったら好きにしろ」


 ドスの効いた声で、拳銃を持った二人は動くことが出来なくなっていた。

 なにより、マイディの山刀にこめられている尋常ではない殺気に完全に()てられてしまっており、動くどころか、呼吸すらもままならない。

 圧倒的な実力差が、辛うじて生き残っている男達にも実感できた。


 「テメエらがこのまま死にたいっていうんなら殺してやる。だが、この二匹の死体を持って帰るっていうんなら見逃してやる」


 鋭く()めつけながらマイディは低い声で最後通牒を宣言する。ほんの少しだけ力をこめて山刀を押し込めば、頸動脈と気管をまとめて切り裂くつもりだった。

 小便を漏らしそうになりながらも、男達は小刻みに首を縦に振った。


 完全に戦意を喪失し、ただ命乞いをすることしかできない。

 男達が降参の意を示したことによって、マイディの視線はナンシーに移る。


 「テメエはどうなんだ? とっととケツまくるのか、ここで肉片になるのか、どっちか選べ」


 初めて受ける明確すぎるほどに明確な殺意を前にして、ナンシーは硬直していたが、直接に視線を受けたことによって逆に正気を取り戻す。


 「……こ、今回は……引かせてもらうわ。でも、あた、あたしは諦めない」


 どもりながらも、なんとかそれだけは宣言する。

 ナンシーとしても、譲れない部分だった。

 しかし、現状のマイディには気に入らない解答だ。


 「そうか……死にてえんだな、クソガキ」


 男の一人、その喉元に突きつけられていた山刀に力がこもる。

 一瞬でナンシーの頭を叩き割り、そのまま返す刀で男達も殺害することがマイディの中で決定した。


 「おいマイディ。それ以上はやめとけ。後が面倒くせえし、また掃除屋を呼ぶ羽目になるぜ」


 唐突に、張り詰めたマイディと男達の間にスカリーが割って入る。

 その口調は言っているとおりに至極面倒くさそうで、『とっとと終わってくれ』という思いが 

 ひしひしと伝わってきた。


「邪魔するんじゃねえよ。こいつらはアタイの獲物だ。テメエでも容赦しねえぞ、スカリー」

「ピリピリしてんじゃねえよ。またドンキー特製の鎮静剤食らいてえのか、おめえは」


 鎮静剤、という単語にぴくりとマイディは反応する。

 それを見て、スカリーは続ける。


 「あーどうなるんだろうなぁ~。まぁーたマイディが教会内部で何人もぶっ殺しちまったとなったらドンキーもめちゃくちゃ怒るかもなぁ。俺の口は軽いからな。どういう風に尾ひれがつくものか分かったもんじゃねえ。どころか、胸びれ背びれ、その他諸々くっついて……もしかしたらちっさな金魚が大陸を呑むリヴァイアサンになっちまうかもなァ~」

 「…………ちっ!」


 ぶん、と乱暴に山刀を振って血液を払うと、逆立つようになっていたマイディの髪も元に戻る。

 何度か深呼吸を繰り返して、猛獣のような形相の顔も、穏やかなシスターのものに段々と変化していく。


 「ふぅ……では皆さん、ちゃんと片付けていってくださいね。約束を守らないと……そこに転がっている方々と似たような事になっていただきますからね?」


 にっこりと笑うマイディだったが、持っている山刀に未だにべったりとこびりつく血液が余計に恐怖を(あお)った。

 


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