恋の妙薬、地獄の飛躍4
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「よーし、こんなもんだろ。誰かが解きでもしない限りは脱出に一時間はかかる」
「これ、息できるの?」
「あー……できるできる。まったく問題ねぇな。むしろ鼻の通りがよくなりすぎて息を吸うだけで嫌気がさすだろうぜ」
ほんの数分で、壁から引き抜かれたマイディは蓑虫もかくやというほどにぐるぐる巻きにされていた。
全身くまなく縛られているせいで、ロープの塊か何かにしか見えなくなっているが、ところどころから赤毛が覗いていることによって辛うじて中身がマイディであることが確認できる。
「それで――ローザ、おめえの言ったとおりならだ、その『恋占いのカーラ』とやらに会いに行くぞ。こいつは魔法薬の類だ。つーことは解除のための代物も当然ある。色々と言いたいことがあるが、今は後回しだ。このおっかねえのが自由になる前に無理やりにでも終わらす。わかったな?」
「あのさ、アタシ……ううん、なんでもない」
何か言いたげな様子で口をつぐんだが、そのことについて問いただすつもりはない。
最優先にすべき事項ははっきりしている。それ以外に考えを回すほどに余裕があるわけではない。
「んじゃハンリ、隠れて……じゃあねえや、おめえは自分の部屋でお勉強だ。誰か来ても開けるんじゃねえぞ。そのうちにドンキーも戻ってくるだろ。そしたらそこのロープ女を捕まえとくように言っといてくれ」
「……うん。どうぞ、いってらっしゃい。行ってくれば?」
自分だけ除け者にされているように感じているのか、どうも機嫌がよろしくない。あまりこの頑固な少女にへそを曲げてほしくないのだが、何か甘いものでも買っていったらいいだろう。そんな風にスカリーは考え、乱暴に扉を開く。
教会に残された少女は、ドスドスと足を踏み鳴らしながら自室へと引きこもるための準備を始めた。
一方、巨大な蓑虫のような物体はわずかに揺れ始めていた。
バスコルディア中央区の一角、いわゆる商業地区の裏通り。
表立って並べてしまっては官憲が全力疾走でやってくるような違法な品々を売っているのはやはり日の当たらない場所だ。
それはこの無法都市でも変わらない。別段、誰かにとがめられるようなこともないのだが、それはそれとして、なんとなく落ち着かないという理由で、売り手たちが勝手に薄暗い場所に店を構え、雑然とした雰囲気を醸し出し始めるのだ。
自分たちは日の光の下では商売ができない、そんな思い込みというか刷り込みのようなものが存在してるのだ。こんな場所にあったとしても。
「なんでおめえは世話になった人間の居場所も知らねえんだよ」
「娼館が解散になったときにバラバラになったからしょうがないじゃない。みんなそれぞれまっとうに生きることにしたんだ。……二度とあんな思いはごめんだから」
「だったらこんな街からはとっとと出ていくべきだったな。胸張って商売できるヤツのほうが少ない」
「それは! ……そうだけどさ」
ほとんどバスコルディア以外を知らない少女にそれは残酷ではある。
だが、いつ所持品どころか命ごと持っていかれるかもわからないこの街で、少女が一人で生きていくのは過酷だ。
何からの庇護下にいない限りは、再び娼館に舞い戻ることになるか、更なる地の底に沈んでいくか……他の住人の胃袋に収まるぐらいの結末になっていることだろう。
(そういう意味じゃ、幸運ではある。一番必要なものは持ってる。だが、二番目に必要なモノがない)
自分を制御するだけの冷静さ。
何かに夢中になってしまうということは、足元をすくわれやすくなってしまうということ。すくわれても無理矢理に体勢を立て直せるような能力やら権力があるのならば話は変わってくるが、そのどちらもがこの少女にはない。至って普通の、か弱い少女なのだ。
少なくともスカリーにとってはそういう存在なのだ。
「ここも違う」
「外観だけでわかるのか?」
さっきからローザは店をちらりと見るだけで判断していた。
ご禁制の品でもある『恋の妙薬』。それを扱っているからには、おそらく常連やらにしかわからないような偽装がしてあるとは思うのだが。
「わかるよ。アタシ達は店を構えるんならお互いにわかるようにしようって約束したんだ。飾ってあるものがある」
「ほー、なんだそりゃ」
「剣と銃弾だよ」
「…………」
嬉しそうに答える少女と、苦虫をかみつぶしたかのような顔になるスカリーだった。
「ここだよ! 間違いない!」
「……ああ、ホントにバカみたいな看板出してやがる……やめてくれ」
ほどなくして目的の店は見つかった。
ローザが言っていた通り、でかでかと描かれた剣と銃弾。その上に店名が書かれていた。
<恋占いの館>
おそらく、表向きは占いやら占術関連のアイテムを扱っているのだろう。魔法薬の類は裏の顔というわけだ。そんなことはこの辺りの住人は百も承知のことなのだろうが。
「……入りたくねえ」
「アタシ一人じゃあ危険だろ? 少しはエスコートしてくれてもいいんじゃないかい?」
「必要かねえ? 知り合いの店なんだろ?」
「必要だよ。こういう店は特に」
正直言ってそのあたりのしきたりは知らない。
なぜならば、占いなどは全く興味がないのだから。
とはいっても、解決のためには多少の居心地の悪さを押し殺してでも行くしかないだろう。調合した本人しか解毒薬は持っていないのだろうから。
「ほら行くよ」
「へいへい」
ローザに手を引かれながら一歩踏み出そうとした瞬間、予感にも似たものが背筋を走り、思わず突き飛ばす。
「伏せろ!」「きゃ!」
素早く物陰に隠れながら、そのまま拳銃を構える。
だが、あたりには人気はない。薄暗い路地があるだけだ。
『動くな』というジェスチャーをしつつ、気配を探る。
先ほどの感覚は間違いだったのだろうか? いや、読み違えたことはない。あれほどにはっきりと殺気を感じたのだから――――。
そこまで考えてふと思案する。
本当に殺気だったか? いつもの、肌を刺すようなモノとは少し違ったような気がする。
刺すというよりも、肌の表面を生暖かい舌で舐めまわされているかのような――――。
そこまで気づいたときには汗が噴き出す。
あまり気持ちのいいモノではない、緊張とわずかな恐怖から発生する嫌な汗だ。
(早いな。見くびり過ぎたか)
しかし気配はない。
あのマイディがこれほどまでにうまく殺気を、いや情欲を隠せたというのは初めて知った。知っているはずもないのだが。
狭いこの場所では、機動力を活かすことは難しい。最初の二、三発までは射程距離の広いスカリーのほうが圧倒的な優位を誇っている。しかし、それは二人が同じ条件でスタートした時の話だ。今は違う。こちらはすでに発見されているのに、こちらは相手の位置がわかっていない。
「ローザ、おめえは一足先に店の中に入って、解毒薬を確保してこい。おれはアホの足止めをしとく。……言っとくが、あまり長くはもたねえし、そもそも勝てるかどうかもわからねえ。つまりだ、俺に死んでほしいわけじゃないんだったら急ぐんだな」
「わかった!」
真剣であることは伝わったのか、素早く店内に入った少女を視界の端に捉えつつ、スカリーは思考する。
(野郎の狙いは俺そのものだ。邪魔者はいなくなったし、会話は聞こえてるだろ。なら、再び余計な第三者が参戦するよりも先に勝負を決めにかかる。俺ならそうするし。あいつもそうする。できることなら短期決戦で……なら!)
銃声銃声。
二発の銃弾は適当な家屋の窓を破壊する。
マイディがいることを確信していたわけではない。ただ単に、住人が騒ぎを起こしてくれることを期待してのアクションだ。野次馬が集まってきたのならば、いろいろと厄介になってくる。余計な手出しも増えてくることだろう。
(さあ焦りな! 焦ってヘマやらかせ!)
追う側と追われる側の戦いの本質は、いかに相手のミスを誘うか。スカリーはそう考える。だが、それは狩る側に回ることが多かったスカリーのミスでもあった。
ガラスが割れる音。
「!」銃声銃声銃声!
素早く反応し、建物の中から飛び出してきたモノに三連射。
「樽⁉ ちっ!」
「下手を打ちましたね! マイ! スウィィィィト! ハニーィィィィィィ!」
飛び出してきたのは空になった樽だった。反射的に撃ち込んだことによって、弾倉の残りは一発。そして、それを確認したかのように、同じ場所からマイディが飛び出してきていた!
囮を使った陽動……ですらない。単純な小手先のテクニックだ。この程度に引っかかってしまうということは、少なからず動揺があるということの表れでもあった。
赤毛を振り乱し、鮮血のように真っ赤に染まった瞳を爛々と輝かせ、なぜか返り血が付いた尼僧服、『双山刀マイディ』は獣のように着地し、手負いの肉食獣のような声で叫んだ。
思わず、呟く。
「先祖返りか?」
「大人しく! わたくしを愛しなさい! 激しく! 熱烈に! 灼熱地獄も溶解させるほどの熱量で!」
「御免被るね。一人で地獄でも煉獄でも好きなとこ落ちて、悪魔相手にケツ振ってな!」
「ラァァァァァァブ! エクステェェェェェェェェェェン!」
理性をなくした獣と、人間との戦いが始まった。
圧倒的に不利な、愛を求める獣と、愛を拒絶する人間との戦いが。




