恋の妙薬、地獄の飛躍3
銃声銃声銃声! 三発の鉛玉はまっすぐにマイディに向かって飛翔するが、ギギィン! 引き抜かれた山刀によって弾かれ、天井に三つの穴を開けただけにとどまった。
「ブチ込んでほしいのはこっちじゃアないんですけどぉっ!」
「何をほざいてやがるんだおめえは!」
銃声銃声銃声!
再びの三連射! しかし今度は目標が違う。撃ち込んだのは床だ。
「結合っ!」
「あっぶね!」
まるで獲物に飛びつくかのようなマイディを躱し距離を取る。
もちろん、その程度のことでは数秒の時間さえ稼げないだろう。その程度ならば。
「剣弾! スラッシュ!」
木製の床に撃ち込まれていたのは剣弾。そして、こめられた力が解放される。
抗うことさえも不可能な、絶対の切断の力が。
不可視の斬撃の範囲はおおよそ二メートル程度。着地した瞬間を狙った、殺意の高い一撃。常人ならば逃れられず、そのまま真っ二つになっていたことだろう。
「危ない危ない。もう! ”斬る”んじゃなくて”突い”て欲しいんですけどぉ~? まあ、『いやよいやよも好きのうち』ってやつですかァ? ウヒヒヒヒヒ!」
「今のを照れ隠しだと思えるのはもう病気だろ。頭だけじゃなくて股のほうまで腐ってたみたいだがな」
発動までの、あるかないかの動作の時間。たったそれだけで十分なのだ。
『双山刀マイディ』が射程外に逃れるには。
距離は更に離れ、六メートルほど。一足飛びにいける距離ではないが、二人の敏捷性の差を考えればないに等しい。
つまり、この状態は『詰み』だ。相手は降参するか、蹂躙されつくすしかない。
そう考えると、思わず舌なめずりをしてしまう。
「勝ち誇るのが早いんだよ。そんなんだからおめえは肝心なとこで寝首を掻かれるんだ」
「あらぁ? あららららら? ん~~~~? 強がり? 強がりですね、スカリー。この状況で貴方にできるのはせいぜい弾を込め直してる間に押し倒されることぐらいですよ? それがわかってますか? 剣の腕前やら格闘術でわたくしに勝てるとでも? それともぉ……ベッドの上でわたくしに色々教えてほしいんですかぁ? ウフフフフフフ」
「やれるもんならやってみな、この股ぐらスッポン女」
「やれるからやってあげましょう! このシャイシャイ不愛想男!」
全力の踏み込みによって木製の床がたわむ。
それだけの反動を受けた尼僧服は一瞬でトップスピードに乗ると、目標に接近する!
何も知らない者が見たのだとしたら、おそらく魔物の類としか思えないような、それほどのスピードだ!
攻撃にすら転化できそうな移動。逃れられるようなフィジカルはスカリーにはなく、逃れる必要もない。
「ウシャァァァァァァァァッッッ‼ あら?」
半分距離を詰めたところで、マイディの世界がぐらりと揺れた。
いや、揺れたのではなく、足が取られたのだということに気づく。
使いなれた黒のブーツ。まるで蛇のように縄が巻き付き、その移動を阻害していた。
ゆっくりと、世界がさらに傾いていく。その中で動こうとするが、動かない。
正確には、肉体が意識の制御を離れて勝手に動いている。
(いや、違いますねコレ。ただ単にわたくしの脳みそだけが暴走してるだけで、かなりの危機的状況で火事場の馬鹿力的な頭脳力というかというかもしかしていわゆる走馬灯ってやつなんじゃないですかヤバいですねどうしましょうああ! スカリー貴方なにロープなんて握ってるんですかもしかしてこれ仕掛けましただったら今すぐに解いてほしいんですけど)
そこまで考えたところで一旦マイディの意識は途切れた。
「とりあえずは活動停止、って感じだな。もっとも、十分もしないうちに復活して、またアホなことをしだすんだろうが……と」
現在、バスコルディア教会の壁からは、マイディの胸から下が生えている状態である。もとい、強烈なスピードで足を滑らせたマイディが頭から壁に突っ込み、勢い余ってぶち破り、まるで意味不明の彫刻かなにかのようにぶら下がっているのだった。
もちろん、マイディが転んだのではない。正体は―――。
「ったく、こんなことのための技術じゃあねぇんだがな」
スカリーが拾い上げたのは一本のロープ。先ほどまで舞台劇の装置として使用され、今は無残にも切られてしまっている片方だ。
ロープ・ワーク。
ロープを使用した様々な技術の総称であり、旅をする者にとっては必須と言える技術でもあった。もちろん、スカリーはそれを修めているし、なんなら表には出せないような、一見すると魔法の類ではないのかと思われてしまうような手法もあるのだ。
そのうちの一つに、床を這うロープで対象の足を取る技がある。
縄蛇と呼ばれるそれは、屋外ではなく室内を想定した――本来のロープ・ワークには含まれない技術だ。
そのような珍妙な技能を持っているとは全く知らなかったマイディは無警戒に突っ込み、そして自身の突進力によってはでに転び――いや、それは転んだというよりも飛翔したといったほうだいいだろうが――その余剰エネルギーによって壁に突っ込んだわけである。
どうやら気絶しているらしく、ぴくりとも動かない下半身を眺めながら思案する。
おおよそ三十秒ほどだろうか。すでに答えは出ていた。
「ケツに二、三発剣弾ぶち込んでおくか」
「だめっ!」
容赦ない攻撃を加えようとした呟きに対して、凛とした少女の声が割り込む。
なんとしてでも阻止してやるという断固たる意志を感じる声音だ。
「ハンリ……この馬鹿のタフさは知ってるだろうが。すぐに復活して大騒ぎするぜ。そしたらまぁたさっきみたいなじゃれあいじゃあ済まねえ。今度は本当に殺しあうことになるかもしれねぇぞ?」
「マイディの様子はヘンだったよ! きっとなにかの悪い病気とか呪いとか! そういうのに罹っちゃったんだと思う! だから、傷つけちゃだめ! 二人とも仲間なんでしょ?」
「いや全然」
恐ろしく平坦な声で返すと、拳銃を構えマイディの尻に照準を合わせる。
あくまで狙っているのは大臀筋あたりだ。脂肪と筋肉の量が多く、貫通力もさほどはない剣弾ならば致命傷には至りにくい。その程度の配慮はするつもりだ。
「配慮になってない!」
どうやら考えを口に出していたらしく、ハンリに腕を掴まれる。
ここまでされてしまうと発砲はできない。何かの拍子に手元が狂ってしまえば脊髄やらに命中する危険性だってあるのだから。
「おいおいハンリお嬢様、だったらどうしろってんだ? 俺にこう言いたいのか? 『大人しくこの発情した獣と貪りあうような一夜を過ごして干からびな』って」
割と言葉は選んだつもりだったのだが、それでもこの少女には刺激が強かったらしい。
顔に朱色を混ぜながらも反論してくる。
「だめ!」
「建設的な意見交換と行こうじゃねえか。俺はまだ死にたくない。そして、そこの突き刺さってる尻野郎は俺をいろんな意味で殺そうとしてる。その意思はあるなしにかかわらず、だ。さぁて、どうする? このまま放っておくのは非常にヤバいと思うんだが? それとも、ハンリお嬢様がシスター・マイデッセをお慰めくださるのか? それなら俺も文句は言わねえ。色々失うモノはあるだろうが、それも大人の階段だからな。いつかは通る道だ」
「……だめったらダメ! いやらしいのもダメ!」
「現状維持ってか? そいつは一番の愚策だ。トラブルの種は飯の種だが、自分に振りかかるなら容赦しないってのが――――ん?」
大人げなくハンリをやり込めようとしているスカリーは、袖を引かれてもう一人いたことを思い出した。
なんとなく所在なさげに、申し訳なさそうにうつむいている少女、ローザが。
「あのさ、スカリー。マイディは酒に入ってた恋の妙薬の効果でああなってる、んだよね……あたしが、一服盛ったもんだから……その……ごめん」
その言葉を聞いて、スカリーは深く――それはもう深くため息をついた。




