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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
恋の妙薬、地獄の飛躍
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恋の妙薬、地獄の飛躍2

 2


(大丈夫。アタシは大丈夫。大丈夫。ちょっとスカリーに素直になってもらうだけのことなんだから、さ。なにも死ぬような毒じゃないんだし、それにスカリーだって、アタシのことを嫌いだってことはないはずだ……と思う)


 酒瓶を片手に、ローザはオーテルビエル商会の(となり)――バスコルディア教会のドアの前に立っていた。

 きょろきょろとあたりを見回すが、特に人影は見えない。

 ということは、スカリーやらマイディ。さらにはハンリやドンキーは中にいるのだろう。

 もし全員がいたら多少厄介なことになるだろうが、それは『多少』の問題でしかない。

 

(司祭様とマイディの対策は万全。ハンリは酒飲まないから問題なしっ!)


 ばちんと(ほお)を張ってから、気合を入れてドアを押し開ける。

 連動している小さなベルが涼やかな音を立てた。


「スカリー、スカリー? スカリーって! ちょっとスカリー? ちゃんと見てるんですか? こんな珍しいモノを見れるだなんてことはめったにないんですからね? わかってるんですかスカハリー・ポールモート」

「なァーにが『珍しいモン』だよ。おめえが馬鹿やってるのは年がら年中休みなしだろうが。そんなもんは見飽きちまってこれからどうなるのかの予想まで完璧にできる。これからおめえはけったいなことを言い出して俺を巻き込む。その後に頭にサボテン生やしてるようなアホが生えてくる。そいつらを始末して、最後におめえがドンキーにひっぱたかれる。どうだ? ちゃんと聞いたか? 未来は変わんねえだろうけどな」


 教会内にいたのは三人。

 マイディはなぜか天井から宙づりになっており、スカリーとハンリはいつものようになにかしらの講義を行っているようだった。


「おう、ローザ。ドンキーは留守だ。お祈りはその辺で適当にやっとけ。最も、シスターが天に召されようとしてる状態なんだから、内容は鎮魂(ちんこん)になるだろうけどな」

「んまっ! 失敬な! わたくし、天に召されるとかそういう状態じゃありませんよ! これは孤児院の子供たちの前でやる劇の装置のテストなんですってば! さっき説明したじゃありませんか⁉」


「馬鹿かおめえは。孤児院の天井からロープ垂らすつもりかよ。どんな神経してたらそういう発想になるんだ? ああ、悪い悪い。おめえに神経なんて難しいハナシしちまってよ」

「んまっ! 知ってますよわたくし! 神経ぐらい! ……背骨ぶち割ると出てくるやつでしょう?」


 ぞっとするような会話が繰り広げられていた。

 いつものことである。

 この程度ではローザも動じない。

 もちろん、ローザよりも身近で見てきているハンリは慣れたものだ。

 二人の会話などには目もくれず、与えられた課題に取り組んでいる。

 

「こんにちは、ハンリ」

「あ、ローザさん。こんにちは」


 挨拶(あいさつ)をすれば、きちんと返してくるような希少な少女なのだ。

 バスコルディアでは挨拶をした相手にそのまま襲われるという光景も珍しくはない。

 特にこの東区では。


「あ! 今気づきましたスカリー! これ、どうやって降りたらいいんでしょうか? 聡明(そうめい)なわたくしは気づいてしまいましたよ。どうしましょうか? 頭の回転が鈍いスカリーが意見を言うのを許可してあげましょう。寛大(かんだい)なわたくしに感謝なさい」

「クラゲ程度には聡明なシスター・マイデッセは事前にお気づきにならなかったのかよ? 俺はシスター殿の脳みその具合が心配になってくるぜ。山刀(マシェット)でぶった切れ。お得意だろうが、そういうのは」


「はぁ⁉ 何を言っているんですか! これは空から御使いが登場するシーンなのですよ⁉ それが刃物を振りまわしていたら台無しじゃないですか!」

「やかましい! もともと御使いは神より(たまわ)った宝剣によって邪悪を断つんだろうが! 変わりやしねえよ!」

「あ、それもそうですね。えいっ」


 マイディが取り出した山刀によってロープは断ち切られ、黒の尼僧服は回転しながら着地。

 これが教会の中ではなく、サーカスの丸盆(リング)の上だったら拍手喝采(はくしゅかっさい)を受けるような、見事な着地だった。


 「さあて、リハーサルも終わったことだし休憩にしましょう。わたくし喉が(かわ)いてしまいましたよ。今日は何にしましょうか」

 「……セリフ合わせもなしでリハーサルなのかよ?」

 

 「何か問題が?」

 「いいやぁ、ねえな。バスコルディア教会にぴったりの、すばらしい演目になるだろうよ。俺も今から楽しみで眠れそうにねえや」

 

 (とが)めるようなスカリーの問いにあっけらかんと答えるマイディ。

 それによって、世紀の駄作を見せられる孤児院の子供に同情するが、表立ってその気持ちを表明することはない。

 

 (せいぜいガキどもに罵倒されてきな。ドンキーともども、な!)


 割と根に持つタイプなのだ。

 つい先日ちょっとしたいざこざを起こしてしまって以来、わだかまりには至らなくとも、『すこしぐらいは痛い目をみろ』という心境になっているスカリーなのだった。

 とはいえ、そんな心中を吐露(とろ)することはない。後の祭りになってしまってから、大いに笑ってやるつもりなのだから。

 そこまで考えたところで、ローザが酒瓶を抱えていることに気づく。


「どうした? そんなもん持ってたらタチの悪い蜥蜴族(リザーディ)あたりに腕ごと持ってかれるぞ」

「ええっと……その……そう! オーナーがっ! オーナーがアンタにお礼だって渡してきたんだよ! 忙しくって、そう! 忙しいから代わりに渡してくれって!」

 

 どうやって話を切り出そうかと考えていたのに、急に振られてしまったものだからかなり動揺しつつも、二人で考えたストーリーを話す。とはいっても大したものではない。ごく自然に、さりげなく、ちょっとした気まぐれ程度に思わせてしまうのが一番だ。


「オーナー? ああ、オーテルビエルの嬢ちゃんか。そういやこの間みょうちきりんな古文書持ってきやがったな……ちっとは礼儀をわかってるじゃねえか。どこぞの名前だけのシスターとは大違いだ」

「あら、どこの躾がなってない方でしょうね。わたくし全く心当たりがありませんが。もしよかったら教えてくださいませんか?」

「躾だけじゃなくて頭のつくりのほうもボロボロか?」

「その口を少しは減らしてあげましょうか? いえいえ、ガバガバにしてやったら少しぐらいはまともになるかもしれませんね」

「冗談。口がでかくなっても漏れるだけだ。素直な感想がな」


 いつものようにじゃれあいを始める二人だが、好機とばかりにローザは行動を起こす。

 慣れた手つきで蓋を外し、そのままスカリーに手渡す。


「あぶく酒はとっとと飲むに限る」

「自分で開けるぐらいしなさい、この甲斐性なしの唐変木(とうへんぼく)の生活能力欠如者」

「なんとでも言いな。酒はあるうちに消費しないとな」


 そのままラッパ飲みをしようとして、手が止まる。

 あと五センチほど動かせば、琥珀(こはく)色の液体が口中に流れ込んでいくというのに、彫像のようにスカリーは動きを止めていた。

 当然、ほかの人間はいぶかしげだ。……心当たりのある一人を除いて。


「ど、どうしたんだい? お酒、嫌いだったっけ?」


 乾いた唇は上手く動いてくれないが、それでもなんとか絞り出す。

 飲まないことには、計画が進まないのだから。

 そんなローザには視線をくれず、


「いや、酒は好きさ。酔えないけどな……ただ、あの嬢ちゃんが俺に贈り物? そのあたりがどうにもひっかかる。一応は今のところ平和にやっちゃあいるが、一歩間違ったら殺しあってた関係だぜ? それが贈り物? お礼の品? そんなに人間出来てるか? あの嬢ちゃんが?」


 表情にこそ変化がないが、それでも疑問を抱いていることは確か。

 そして、この男はそういった違和感から真実に辿りつく力を持っている。


(弱気になっちゃだめだアタシ! 勢いで押しまくったらどうにかなる! スカリーはそういうタイプだから!)


 少女なりにこれまで観察してきての結論である。

 もうこのまま抱きついてしまって、そのまま無理やりにでも飲ませようと一歩踏み出した瞬間―――。


「いつまでもったいぶってるつもりですか。いらないならわたくしがもらいます」


 黒い影が横切ったと思った次には、マイディが酒瓶を持っていた。正確にはスカリーから奪い取っていた。

 そして、そのまま一気に飲み干す。

 女性にしては太めの首がなまめかしくうごめき、妙薬入りの液体を次々に胃に落としていく。見方によっては、エロチックだがやっていることはただの強奪だ。


 割り込む間もなく中身はきれいに空になり、酒瓶はただの瓶になってしまった。

 それを呆れた顔で見る者、何が起こっているのかわからなかった者、想定外の事態に顔面蒼白になっている者。三者三様で見ていた。


「んむ! いけますね! おいしい! 今度自分で買ってきましょう!」

「おめえはちっとは『考える』とか『予想してみる』とかを覚えてみてもいいんじゃねえのか? 落ちてたらなんでも食っちまう獣じゃねえんだからよ」

「失敬な! 少しぐらいは考えますよ! 少しぐらいは」

茶匙(ちゃさじ)一杯分ぐらいは、な」

大匙(おおさじ)いっぱいぐらいは!」

「大して変わらねえよ」

「大違いです!」


「あ、あの……シスター・マイデッセ?」

「おや、何でしょうか?」


 おずおずとローザは割り込む。

 怪しまれるのはわかっていたのだが、それでも確かめずにはいられなかった。

 恋の妙薬の効果は何度も見てきたのだから知っている。それでも、万が一とうこともある。この常識から半歩外れているような生態をしている赤髪の女に関しては、どんな副作用がでるのかさえも想像できない。

 最悪、この場で発狂して全員を皆殺しにするような未来もあるのかもしれない。


「な、なんともない、ですか?」

「なんとも? わたくしは常に品行方正由緒正しく、可憐で華麗で清廉で流麗で美人間違いなしの凄腕シスターですよ」

「自称するだけならタダだわな」

「……スカリー?」

「おっそろしい顔を近づけるんじゃねぇ。おっと違った。芸術家の生み出したかのような顔面を寄せないでいただけますかな? あまりの神々しさに反吐(へど)が出る」

「ぶちまけるほどに見なさい」


 どうやら異常はないらしい。このシスターには薬物は効果が薄いようだ。

 そう思って、ローザは胸をなでおろしながらスカリーに視線をやると、


「おい、本格的に近いんだよ。(つら)の皮でもかじるつもりか? そんなゲテモノ好きだったとは知らなかったぜ」

「…………」

「黙って更に近づけようとするな。気持ち悪い」


 無言のままで顔を近づけてくるマイディを流石に気味悪く思ったのか、スカリーはアイアンクローをかけるかのように顔を掴む。

 だが、それでもマイディが止まることはない。


「何考えてんだ、おい」


 不気味なものを感じ取ったスカリーは立ち上がりつつ距離を取る。

 やっとのことでマイディは動きを止めたのだが、その様子がいつもとは違っていた。


 ゆっくりと上がった顔は上気し、呼吸も浅く、早い。

 その瞳はいつもよりも潤んで、何かの拍子に泣き出してしまいそうな―――。


「スカリー」

「…………」


 呼びかけには答えない。聞いたことがないような声だったのだから。

 背筋を嫌な汗が伝う。これほどの悪寒を覚えるのは久しぶりだ。まるで十四のころ―――。


「スカハリー・ポールモート?」

「……なんだよ」

「わたくし、貴方の子供を産みます」

「…………………………………………………は?」


 空気が凍り付く。

 二人の少女はあまりにいきなりすぎる発言に。一人の男は戦慄しか覚えないその言葉に。


 ゆっくりと尼僧服がたわみ、超絶なばねを活かして跳躍!

 天井近くまで飛んだマイディは叫ぶ!


「レッツ子作り! 今夜は腰と胴がお別れするぐらいに燃え上がりますよ! ウハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッッ‼‼‼‼‼‼」


 その姿は、淫魔というよりも悪魔だった。

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