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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
ご令嬢様は生き急ぐ
7/98

ご令嬢はカネの音と共に

 1


 「で、だな。そっから青空戦争が始まる。毎日毎日晴ればっかりだったらしいからこの名前がついた。この戦争でカンブロクロフ王朝、リドレルフ王朝の権威が失墜して、現在の中央政府の前身になる群国連合が生まれた。つっても、この辺は未だに資料の信頼性が今一つだからなんとも言えねえけどな」


 だるそうに解説するスカリーに対して、ハンリは首を(かし)げる。


 「まだ二百年も前の事じゃないのに?」

 「当時の群国連合は平等な立場ってヤツを重視したらしい。『どの国が発端か』、なんてつまらねえ責任のなすりつけ合いは勘弁だったんだろ。資料は殆ど処分されちまって一切合切が闇の中だ。合意文書まで廃棄しちまってるらしいから大したもんだ。条約破りが出たらどうするつもりだったんだろうな」


 バスコルディア教会礼拝堂。

 いつもはスカリーとマイディ、そしてドンキーが飲んだくれている場所だったのだが、今日はハンリのためにスカリーが歴史の講義をしていた。

 ちなみにスカリーは資料などは持たず、この礼拝堂に存在している歴史の教本はハンリが持っている一冊だけだった。


 長椅子にだらしなく座るスカリーと、その真向かいで垂れ流されるざっくりとした歴史を熱心に聞いているハンリだった。

 ちなみに、マイディは途中でギブアップしており、今は愛用の山刀の手入れをしていた。

 特に愛着は無いが、モノは大事にするほうなのである。


 「……スカリーに歴史の講義が出来るなんて意外ですね」

 「聞こえてんぞシスター。おめえはちったぁ頭ン中に脳みそも詰めてみたらどうだよ。ドンキーの受け売りばっか詰め込みやがって。筋肉ダルマになっても知らねえぞ。もう遅えか?」


 スカリーに聞こえていたので、二人の間でいつものようにじゃれ合いが始まる。


 「いいですか、スカリー? 司祭様のお言葉は教典にも書かれている言葉なのです。つまり、神の言葉に等しいのです。神に創り出された我々がどのように生きるべきなのか、そのようなとても深く、含蓄にあふれた言葉なのですよ」

 「言葉は書かれてるんだろうが、ドンキーのヤツは解釈が問題だって言ってんだよ。なんだっけな? ……ああ、そうだ。『律するならば、欲せよ』だっけな。ドンキーの解釈を言ってみろよ」


 飛んできた質問にしばらく考えて、山刀をしばらく眺めて、手元においていた酒瓶を半分ほど空けてからマイディは答えた。


 「『律するならば欲せよ』、つまり、制御するためにはそれを求めて一心不乱に鍛える必要があるのです。筋力こそ正義。筋肉万歳。悩みなんて筋肉を鍛えれば大丈夫。極限まで鍛え抜いた肉体は自然と制御できる、という解釈です」

 「アホ過ぎるだろ。どんだけ筋力万能主義なんだよ、おめえとドンキーは。……まさかハンリにもアホな毒牙をかけちゃいねえだろうな。……いや、どっちかというと毒牙っつうよりも締め上げか?」


 自分の名前が出たことに反応して、ハンリは教本から顔を上げる。

 すでに、スカリーの目線は教会の天井からマイディに移っていた。


 「この教会のシスターとして保護しているのです、当然、ハンリちゃんも啓蒙(けいもう)をうけているに決まっているじゃありませんか」

 「……おめえなあ……ゴートヴォルク家そのものを敵に回すような事をやってんじゃねえよ。最悪じゃなくても首に縄がかかるぜ」

 「あら、神の教えを説くのに資格は必要ありません。もちろん、破門されていても、誰かを導くことは許されているのです」


 バスコルディア教会は破門済みである。本来ならば教会としては致命的なのだが、元々通っている信徒がゼロのバスコルディア教会にはダメージがなかった。(あるじ)であるドンキーが気にしていないというのもある。


 「ったく、ドンキーのアホを破門した教会本部はまともそうで助かったぜ。だが、ハンリにあんまりホラを吹き込むんじゃねえぞ。俺たちの役目ってやつを忘れるんじゃねえ。分かってんだろうな?」

 「ええ分かっています。わたくしは、ハンリちゃんを守って()でて愛し合って皆ハッピー。バスコルディア教会も信徒が増えて、ハンリちゃんも大人になれて両方が得をするという寸法ですよ」


 思わずスカリーは手近にあった干し肉(ジャーキー)を投げる。

 放物線を描きながらも、それは見事にマイディの頭に命中した。


 「おめえの頭ン中がハッピーになってるだけじゃねえか。予想と願望をはき違えるんじゃねえよ。ハッパでもキメてんのか?」

 「失敬な。わたくしはいつでも真剣。慈悲深く愛して、神徳と恵みを与えるシスターなのですよ?」

 「おっそろしく深く切り込んで、惨状と痛みを与えるシスターの間違いだろ」

 「あら、喧嘩を売っているんですか、スカリー?」

 「売っちゃあいねえさ。喧嘩売ってるように思えるっていうんなら、痛いところを突かれたんだろ。なあ、マイディ?」

 「ほう、上等です。久々にちょっと本格的にじゃれあうとしますか?」

 「発情期の猫じゃあるまいし、一人でやってろ。おめえと違って俺はハンリに先達として知識を伝授してやらねえといけねえ。……おめえには無理だろうしな」


 ゆらり、と残像を残しながらマイディが立ち上がる。しっかりと両手には山刀を持って。

 口の端を歪めて、笑う。


 「あらあらあらあら。やっぱりスカリーには一度バスコルディア教会式の教育を(ほどこ)してあげないといけませんね。……刻まれるのと撃ち抜かれるの、どっちがいいですか?」

 「どっちも遠慮するぜ。おめえと違ってそうそう簡単に傷が治るわけでもねえしな」

 「まあまあまあまあ。そんなこと言わずに。大丈夫ですよ、優しくしてあげます。わたくしは嘘を吐きません。神に誓って」

 「神は昼寝中だ。少なくともバスコルディア(ここ)ではな」

 「もう! スカリーもマイディも喧嘩はダメだよ!」


 今まで二人のやりとりを黙って聞いていたハンリが声を上げる。

 最近は二人のじゃれ合いにも慣れてきたのではあるが、未だに剣呑な雰囲気には慣れないのである。

 ついでに言うと、それなりに大きな声も出るようになってきてるので、真正面で全く警戒をしていなかったスカリーは思わず耳を塞いだ。


 「……おいハンリ、いつもの事だろうが。俺とマイディがこんなもんでガチにやり合うわけがねえ。挨拶みたいなもんだ」

 「そ、そうですよ。わたくしがこんな安い挑発に乗ってしまうような軽い女に見えているというのですか?」


 スカリーは平然としていたが、マイディのほうは目が泳いでいた。


 「とにかく! ダメなものはダメ! 教会なんだからもっと慎み深くしないと」


 強い視線を二人に送るハンリだったが、生憎とまだまだ幼さが残る少女の視線では二人には微塵も効果が無かった。


 「ま、待ってくださいハンリちゃん。わたくしは悪くありませんよ⁉ だって、スカリーが最初にふっかけてきたのですから!」


 訂正。マイディには効果があった。

 尼僧服の下に山刀を収納して、マイディはハンリに駆けよる。


 「ほ、ほら、神も言っておられます。『汝の潔白を示すのは汝自身である』、と。つまり、わたくしは自らが中傷されたのならば全力を以て抗議しなくてはならないのです。なぜならば神が言っておられるのですから!」

 「でもこうもおっしゃってる。『無益な暴力は隣人に対する愛にあらず。拳を振り上げるよりも、その手を開き、握手を交わせ』」

 「……う」


 やり返されてしまってマイディは口を(つぐ)む。


 「へっ、後輩のシスターにやり込められてりゃあザマぁねえな」

 「スカリーも。人の傷つくことを言ったらダメだよ」

 「……お嬢様はご立派でいらっしゃるぜ」


 面倒になりそうだと判断したスカリーは帽子を潰すように抑えて目を隠す。


 「ハンリ。私はお嬢様じゃなくて、ハンリ。バスコルディア教会のシスター・ハンリッサ、でしょ?」


 (がん)として譲らない口調でハンリは更にスカリーに詰め寄る。


 「……へいへい、シスター・ハンリッサ」

 『お手上げ』とばかりに肩をすくめてから、スカリーは答えた。

 「返事は、『はい』」

 「はいはい、シスター」

 「返事は繰り返さない」

 「……わーったよ」


 数々の修羅場をくぐってきたスカリーだったが、いやそれ故にハンリのまっすぐさは苦手だった。

 渋々両者とも矛を収めて中断した作業を再開しようとした。

 その瞬間、教会のドアが開かれ、くくりつけられているベルが鳴った。


 「誰かいるかしら? いるなら返事をなさい。あたしは気が短いんだから」


 やけに上から目線のその声を発した女性、いや少女は腰に手を当てながら教会内に鋭い視線を放っていた。


 (誰だ?)


 初めて見る人物に、スカリーは心の中で疑問符を浮かべた。


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