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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
頭上輝く日
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頭上輝く日 6

 6


「起きろ。いつまで伸びてるつもりだよ。とっとと起きねえと、その辺の野良犬を連れてきて腰を振らせるぞ」


 ばちんばちん、ばちんばちんばちん。

 褐色の頬に張り手が連続して撃ち込まれる。


「……痛ったぁい! 何するんですか!」

「おめえは頑丈さが売りなんだから、あの程度で気絶してるんじゃねえ。今度から背中に『壊れ物注意』って札を貼ってやろうか?」

「でしたら、わたくしはそっちの顔面に『クソ野郎』って貼っておきます! いーえ! 貼っておくんじゃなくて張ってやります! 全力で! 顎とか鼻とか変形する程度じゃあ済みませんからね! そりゃあもう、イボガエルみたいな顔面になるぐらいの勢いですから!」

「そいつは勘弁してほしいもんだ。……で? どうだよ、体の調子は」

「体? ……む? あーあーあー。そういえば喋れるようになってますね。これもわたくしの信仰心の賜物でしょう」

「脊髄反射で喋るな。野郎が作ってた薬を使ったんだよ」

「……野郎?」


 マイディの疑問に返答はせず、スカリーは視線だけを動かす。

 その先にいたのは芋虫のように縛り上げられてしまった禿げ頭の男――――ハギャム・ブーランだった。

 約七秒間、マイディは停止していた。


「死ねゴラァ!」

「やめろ馬鹿」


 山刀を抜き放つと同時に斬りかかろうとするが、その動きは制される。


「何を言っているんですか! わたくしの目的! コイツ! ぶっ殺す! ハゲ!」

「言語能力を退化させるんじゃねえ。……確かに、みょうちきりんなことはやらかしやがったが……だからといって即座に私刑で死刑ってのは気が早いんじゃねえか」

「関係ありませんね! わたくしの髪の仇です! 乙女の髪は命と同義! それを奪ったのですから死刑確定! 止めたら貴方でも容赦しませんよ!」


 その激怒っぷりにハギャムは震えあがる。

 無力化している状態ならばいくらでも強気に出られたのだが、元々は研究畑の人間、ましてや現在は抵抗することさえもできない。その気になったら子供でも命を奪うことができる状態なのだから。

 当然、山刀を振りかざしていきりたつマイディは恐怖の対象でしかない。


「えぇい、離してください! にぎぎぎぎっ! まだ力のほうは戻ってません! だから離しなさい!」

「まだぶっ殺すんじゃねえ。使い道があるんだからよ。それに、おめえの髪もどうにかなるかもしれねえぞ?」

「……ハイ?」


 目を瞬かせながら変な声を上げるマイディから手を離すと、男に近づく。

 そのまま無造作に腹を蹴り飛ばしてからしゃがみ込む。


「おら、さっきのクソ下らねえ身の上話をもう一回やれ」

「ひぃぃぃ! 勘弁……勘弁してくれぇ! もう殴らないでくれ! 話す! 話すから!」


 どうやら気を失っている間に男はだいぶ痛めつけられていたようだ。その瞳にはスカリーに対する恐怖の念がありありと浮かんでいた。


「わ、わたしは元々は薬師だ……だが、ある時悲劇がこの身を襲った。……脱毛症だ。不治の病でもあるこれを克服するために、わたしは昼夜を問わず研究したのだ。しかし、その努力はむなしいものだった。結局は、私の髪は一本残さず抜けきってしまったのだからな」

「………………は、はぁ」


 相槌を打とうとしたマイディもよくわからない話の展開についていけない。


「髪の研究を行っている私を、同じような薬師たちは嘲笑(ちょうしょう)した。そんなことに時間を使うぐらいならばもっと有意義なことに使え、とな。それは侮辱だ。……私は、私は苦しんでいたのだから! いや、私だけではない! この世の中には単に頭髪が寂しくなってしまったという理不尽な理由だけで迫害されている人々が数多くいるというのに! こんな不平等を許していいのか⁉ いや! そんなことはない! 私は目覚めた! そして決心したのだ! そんな偏見が存在しない世界への変革を! そのために私は! ……あ、はい黙ります」


 徐々にヒートアップしてきていた口調は、拳銃を突き付けられることによって一気に沈静化。

 それでも、マイディとしてはいまいち全体像がつかめない。


「……いや、結局なんでわたくしの髪の毛が抜ける羽目になってしまったのか全然わからないのですけど」

「人類全部ハゲちまえば平等になると思ったんだとよ」

「その通り! 持たざる者が持つようになることは困難を極めるが、持つ者が持たざる者へと変化することは容易い! つまり! 変革とはそれすなわち黙りますごめんなさいすいません」


 なんとなくはわかった。それでも、怒りが収まるということはないのだろうが。


「許しませんけどね?」

「俺は許す許さないじゃあ勘定しねえ。こっから先はカネの話になってくるからな。マイディ、とりあえず今すぐにコイツをぶっ殺すのはダメだ」

「はぁ⁉ とうとう冷笑主義(ニヒリズム)をこじらせて変な風にねじれてしまいましたか? これだけの騒ぎなったのですよ? 責任は取ってもらわないといけません。それがこの街のやり方ではありませんか? それとも、博愛主義にでも目覚めましたか?」


 剣呑な視線を向けるマイディに対して、『やれやれ』とでも言いたげなジェスチャーを返しながらスカリーは首を振る。


「首でも痛いんですか? だったら二度と痛まないようにもぎ取ってあげますよ。そうしたらそこの電球頭の首も引き千切っていいですからね」

「ちょっとは考えてみろ。こいつは『髪の研究をしていた』んだぜ? その上で目論んでいたのは人類がぜーんぶハゲちまった世界だ。となると、その後で需要が高まるのはなんだ? 『魚心あれば水心あり』だろ?」


 はっとした。

 そして、スカリーの言いたいことも分かった。

 そう、単に冗談のような行為がしたいのならばとっとと実行に移したらいいだけの話なのだ。わざわざ危険性の高いこの街でヤツ必要はない。もっと人口密度の高い都市はいくつでもあるし、実験にしてもやりやすい場所はあっただろう。

 なのに、ここで起こったということは―――。


「そういうこった。……それじゃあ案内してもらおうか。テメエが作った『毛生え薬』だかなんだかの場所によ」


 言い方自体はそこまで荒っぽいものではなかったのだが、それでもハギャムは思った。


(……この男は、悪魔だ!)




 翌日。


 バスコルディア教会の礼拝堂にはやはりハンリがいた。

 扉が開く音に反応して少女の手が止まる。


「おはよう、スカリー」

「おう、マイディの馬鹿はどうした? また居眠りでもやってるのか? それとも昨日儲けたカネを持って夜逃げでもしたのか?」

「儲けたカネ?」

「……いや、なんでもない」


 昨日、あれから二人はハギャムが密かに開発していた毛生え薬を回収し、その足で脱毛の被害に遭った人物たちに売りさばいていたのだ。

 その性能は申し分なく、すでにスカリーの髪は抜ける前と同じ程度に伸びてしまっている。恐るべき性能だったが、どうやら自然にハゲてしまった分には効果がないらしく、それゆえにハギャムはジョークのようなテロを計画したのだろうと思っている。

 もちろん、当事者であるハギャムは西区の研究者関係のまとめ役である『霊髄』に引き渡され、そのまま身柄を拘束されている。


 処分に関しては何も聞いていないのだが、腕前は確かなのでおそらくはタダ働きのような形で貢献させられることになるだろう。しかも監視付きで。

 自由を愛する研究者としてはそれはもう屈辱的な処罰になってくる。


 そんなわけで、今日は二人ともだいぶ金銭的に余裕があった。

 特に意味もないのに賭博でもしに行こうかというぐらいには。

 マイディならば尻尾を振るような勢いでついてくると思ったのだが、生憎とまだ眠っている最中らしい。


(なんか、昨日も同じような状況だった気がするが……ま、そうそうあんなことにはならねえだろ)

「眠り姫が起きてくるまで、ちょっとばかりくつろがせてもらうぜ」

「掃除を手伝うつもりとかないの?」

「おいおい、俺はこの教会の関係者じゃあねえ。限りなく関係者に近いのかもしれないが、それでも神は信じてねえ。たとえ髪があってもなくてもだ」


 微妙にツボに入ったのか、くつくつとこらえるように笑うスカリーを眺めて、ため息を吐きながらハンリは燭台磨きに戻った。

 約十五分後。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっっっっ‼‼‼‼‼‼‼」


 非常に聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。

 というか、一人しかいないのだが。


「ハンリ、見て来いよ。レディの寝室を覗くのは忍びねえ。俺は紳士だからその辺はわきまえてる」

「紳士は朝からお酒は飲まないし、もっとちゃんとした格好してるし、無精ひげも生えてない。あと、わたしは燭台磨きが忙しい」

「人情派のお嬢様がずいぶん冷たくなったもんだぜ」

「情が欲しかったの?」

「……わーったよ、俺が見て来ればいいんだろ、俺が」


 意外に最近のハンリは反抗心が旺盛だ。

 その事実にちょっとしたうれしさのようなものを感じながら、居住ゾーンへ向かい、マイディの居室のドアをノックする。


「入るぞ」

「え! あ! ちょっと! 今はいけません! だめです! えっち! すけべ! 変態!」

「おめえに恥じらいがあった事実に驚くぜ…………あん? おい、マイディ……なんだその……ブフッ! グハッ! イ、イヒヒヒヒヒッ! なんだそりゃ⁉ じょ、冗談きついぜ! ブフフッ」

「こ、こ、この破廉恥(はれんち)男は! いうに事欠いてなんという態度ですか!」

「いや……ブフ! そりゃ、無理だ……クククッ……なんだそりゃ?」

「うわーん! なぜ私ばっかりこんな目にィ⁉」


 ドアを開けたスカリーが目撃したものは、一見すると直立した真っ赤な昆布……しかもいくつもの昆布がまとまって一つになったかのような物体だった。

 いや、ソレは動いていたのだし、色にも見覚えはあったし、なによりも、その隙間から褐色の肌をした腕が突き出していたのだから推測することは簡単だった。


「クククク……おめえ、ちゃんと適量を、プクク……守れって……ククク……あーだめだ! 気持ち悪い! ギャハハハハハハ! 昆布の化け物が誕生してやがる!」

「うわーん! わたくしの髪がぁ! 乙女の命がぁ!」

「改名しろよ。シスター・赤昆布って!」

「デリカシーのない男は死ねぇ!」


 逃げ出したスカリーを追って赤昆布の化け物は走り出す。

 この後、直面してしまったハンリが絶叫とともに失神してしまうまでその追いかけっこは続いた。

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