頭上輝く日 4
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無法都市呼ばわりされるバスコルディアにもいくらかの区画分けは存在している。
農業地帯へと続き、農業・牧畜関係者が多く拠点を構える南区、貧困層やら少数部族、または非差別階級が流れ込んでそのまま居ついてしまった東区、豊かな水源に近く、もっとも人の出入りが多い北区、そして、つまはじきになった研究者や、学会を追放されるような問題児共が寄せ集まった西区。
その西区へと二人はやってきていた。
見えているのは大通り。この西区を横断する一番太い道路――のはずなのだが、その機能はおおよそ停止しているといってもいいだろう。
なぜならば、そこらじゅうが落書きやらなんに使用するのか全く見当もつかないような物品であふれかえっているからだ。
なんらかの芸術性を見出すような物好きも探したらいるのかも知れないが、残念なことにこの二人はそんな感性などは有していない。
「話には聞いてましたが……ずいぶんとへんちくりんな場所ですね」
「そりゃそうだろ。学者とか研究者なんてのは多少変わってないとやってられないんだろ。まともな神経してるヤツが年がら年中お勉強してるわけねえしな」
「で? この場所にいるんでしょうね。あのアホ……というかわたくしのぶっ殺すリスト上位の馬鹿……というにも生ぬるいネズミのクソ野郎は」
「ああ……まあ……いるだろうな。というか、ここ以外にいるわきゃあねえんだが」
「? どういうことですか」
「見て分かるだろ? この辺の住人は他人が何してようと全くの無関心。自分の研究やら作品やらに夢中でかまってられないんだよ」
「はぁ……はあ?」
「聞くよりも見たほうがいいな……ほれ、そこのジジイにでも話しかけてみろよ。ちっとは現状ってもんがわかってくる」
指示したのは路上で一心不乱になにかを書きなぐっている老人。
その眼は微動だにせず、ただひたすら目の前の意味があるのかどうかさえもわからないモノに挑んでいるようだった。
「……あれに?」
「あれに」
渋々ながらという様子でマイディは老人に近づき、書いているモノを見つめてみる。
どうやら、それは数式の一種のようには見える。
いくつもの数字が乱舞し、記号が複雑に絡み合い、さらには不可思議な定理が組み込まれている程度のことしかわからないのだが。
当然、マイディには理解できないし、むしろ最初から脳みそが拒否反応を示しそうになっていた。
「……あの、もし?」
「コムスタイン定理によりこの場合の反証は確立されているので証明は不要。よって、収束速度については過去の証明によって保証されており、よって、求められる法則性は…………なんだ? ……あぁ、”また”だ! また貴様か! わが生涯の宿敵! 最後の生きる意味! 貴様を仕留め損なっていることこそが唯一の汚点である! 今日こそは息の根を止めてくれるわっ!」
突如として激昂した老人は、更に猛烈な勢いで地面を抉り始める。
それは、まったくというほどにマイディのことを気にしていない動きだった。
「あの……ちょっと? わたくし、マイデッセ・アフレリレンという者なのですが、お尋ねしたいことがありまして……」
「ならんならんならん! その方向はならん! すでに三百二十四回試行したはずだ! そちらは出口ではない! それ以外の道を探すのだ! ならんならんならんならん!」
「聞いてますか? ちょっと? 無視されてしまったら怒りますよ? こう見えてもわたくし、怒らせてしまうと怖いですよ? それでもいいんですか?」
「γ数引用……コーペ方程式……優性選出技法……ええい! 役立たずの骨董品めっ! こうなったら儂が手ずから生み出してくれる! 新たな定理を!」
「………………」
何も言わず、ただただ疲れた顔をしながらマイディは老人から離れ、スカリーの元へと戻る。
「な?」
「……ええ、まあ、はい、そうですね。ここらの人間は全部が全部あの調子なのですか? そうだとしたらよく精神的に参りませんね」
「もう参っちまってるからあの調子なんだろ」
「……納得してしまうのは恐ろしいことですが」
潜むのには好都合だということはよくわかった。
しかし、誰かを探すということに関しては非常に不都合だとも言える。他人に関心がないということは、すなわち情報の蓄積がないということに等しいのだから。
バスコルディアでは特にそうだ。
一部の例外を除いて、戸籍管理などということは全くない。
自身の隣にどんな人物が住んでいるのかを知る方法は接触してみるまで分からないのだから。
「…………こんな場所で、たった一人を探すのはちょっとどころではなく骨が折れてしまいそうですね。わたくしの怒りが所かまわず爆発するタイムリミットのほうが先にやってくると思います」
先ほどの老人をにらみつけてみるが、生憎と向こうは全く自分の世界から戻ってきていないようだった。おそらく、話しかけられたことさえも気が付いていないだろう。
嘆息が漏れる。
もはや、このまま破壊衝動のままに大暴れしてみるのも悪くないのかもしれない。そんな刹那的な考えが浮かんでくる程度には。
「だから、おめえはちょっとぐらいはこの街の事情ってやつに――――いや、なんだっけな? 『水心あれば魚跳ねる』だっけか?」
「『魚心あれば水心あり』ですか?」
「それだそれ。必要があるってことは、たいていのモンは存在してるってことを学んだほうがいい」
したり顔のスカリーに対して、マイディは訝し気な表情。
先のファーストコンタクトから、この辺りの住民から情報収集ができるとは思っていないからだ。
「おめえなぁ……何も科学やら魔法やら哲学やら歴史やらだけが研究されてると思ってるのか?」
「どゆことですか? 大抵はそのあたりじゃありません?」
「世の中にはな、”社会”そのものを研究してるやつだっているんだぜ」
「意味が解りませんね。ぶっとばしますよ?」
「ついてくりゃあわかる。わかんなくても別にいいけどな。おめえはあのバカタレをぶっ殺す。俺は……まあその……いろいろだ」
「含みがあるのが気になりますが、仕方ありません。とっとと案内してください。多分あと一時間もしてたら、わたくし無差別に暴れますからね」
「へいへい。どこの伝承の狂戦士サマでしょうね、っと」
「わたくしが伝承になるのですよ」
「おいハーク。ちょっとばかり聞きたいことが……」
「謎の薬剤を散布した人物、もしくはそれに近い研究をしている人物、もしくはそのような行動をやりそうな人物――――そのあたりかな? それならば金貨一枚」
「ハナシが早いうえにもったいぶらねえから助かるな」
バスコルディアにはよくある粗悪な家。
外見からは想像もつかないほどに整頓されているその場所にいたのは怜悧な風貌をした美青年だった。
こんな場所にいるよりも男娼として働いたほうがよほど人気が出そうなほどの青年は、見知った一人と見知らぬ一人が入ってくるのと同時にそう言い放ち、そのまま閉じかけた本を戻す。
スカリーが弾いた金貨がページの間に挟まると、そのままポケットに突っ込みながら青年は再び口を開く。
「ここから北に約三百、鶏小屋があるからそこを右に曲がる。そしたらで大きな望遠鏡を乗せてる家があるからその隣――赤い屋根のほうを訪ねてみるといい。多分、彼だろう。名前はハギャム・ブーラン。これ以上の情報は必要ないだろうし……気が早いね」
ドアが閉じる音を聞きながら青年は呟き、そのまま再び読書へと戻った。




