頭上輝く日 3
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「なんだおい! どうなってんだこれは!」「イヤァァァァァァッ! あたしの髪が!」「ふざけんなっ! なんだこりゃ!」「た、助けてくれ! 俺の大事な髪の毛が!」
阿鼻叫喚、上がる声だけを聴いているのならばそういう表現になるだろう。しかしながら、実情は髪が抜け落ちてしまった禿げ頭が右往左往しているだけだ。
地獄というよりも、どこか喜劇じみた――現実感の薄い、どこか遠いことのように感じられてしまう。
そんな中、原因に心当たりがある二人は多少冷静だった。
「あー……ひとしきり笑ったし満足しました。で、どうしますか? この事態を引き起こしたアホを捕まえに行ったほうがいいと思うんですけど? このままだとパニックが起こりますよ? 下手したら組織間の抗争に発展する可能性だってあるかもしれません」
「だろうな。ったく、面倒くさくなってきやがった」
特に動揺した様子もなく、スカリーは携えていた帽子をかぶる。
普段とは大分感触が違っているので、なんとなくおさまりが悪い。
「……なんか、冷静ですね」
「あ? 頭の毛がなくなったぐらいで動揺するかよ。これが違う場所ならもっと慌ててるかもしれねえけどな」
「違う場所?」
「ああ、違う場所」
おざなりに答えながらリンゴの露店を観察する。
なんということもない――――特徴のないタイプだ。なにかしらの情報を得ることはできそうにない。
「どうしたもんか……わかりやすく犯行声明でも出してくれたら助かるんだがな」
「流石にそんな歴史級の馬鹿はそうそういないでしょう。地道に聞き込みとかじゃないですか? この辺りは人が多いですし」
「できる状況、か?」
冷静なのは二人だけで、あとの人物はほとんどパニックに近い状態である。
あるものは抜け落ちた髪をかき集めてむせび泣き、あるものはガラスに映った自分の姿を見て卒倒し、あるものは天を仰いで意味の分からない文句を垂れ流す。
「できないのならば多少手荒になってしまってもいいのではないですか? この惨状! これを見事に解決したのならば多少の報奨金ぐらいは出してくれる人物もいるかもしれませんし」
「んな慈善事業かましてくれるような聖人がこの街にいるかよ。いたとしても、こんなバカバカしい騒ぎなんぞよりもやることはあるだろうよ」
「ファーハッハッハッハッハッハ! 今日この時を以て! 私はここに宣言する! 我々虐げられてきた被虐階層は……いいや! いわれのない誹謗中傷を受けてきた市民は立ち上がる時が来たのだと!」
途方に暮れそうになっていた二人の耳に届いたのはやけに楽し気な笑い声だった。
「……なんでああいう手合いは高いとこに上りたがるんだ? そういう決まりでも密かにあるのか? だったら俺にも教えてほしいね」
「昔からいうじゃないですか、『馬鹿と煙はなんとやら』」
すぐ近くの三階建ての建物、その屋上でさきほどの男が哄笑していた。
すでに偽装だった商人風の服は脱ぎ捨て、ターバンをはぎ取り……見事な禿頭を晒し、いまにも転がり落ちそうなぐらいに反り返って。
「今まで我々は耐えてきた! それはまるで終わることのない嵐に遭遇した小さな船のようなものだった! 終わりが来ることさえも、ましてやどうやって抜け出したらいいのかさえも不明の大嵐に! しかし! ついに我々は決意した! これ以上の理不尽は耐えられない! いまこそ力による、断固とした抵抗活動を行うときだということを! 我こそはハギャム! ハギャム・ブーラン! 髪を失っただけで虐げられてきた同志たちよ! 今こそ立ち上がる時だ!」
拳を振り上げながら男――――ハギャムは叫ぶ。
とはいえ、混乱の真っただ中であるこの場所では全く意味のないことではあったのだが。
冷たい目でその様子を観察しながら、スカリーは考える。
(…………馬鹿か?)
例えどんな大義名分があろうとも、こんな無差別行為に及んだ時点でその正当性は完全に失われてしまう。その程度のことも分からないのだろうか? いや―――。
「わかるんならハナっからこんなことはしねえわな」
「そうですね、わたくしに喧嘩売った時点で死刑執行のカウントダウンが始まったことを教えて差し上げましょう」
本人としてはにっこりと、他人から見たらおぞましささえ覚えるような笑顔で呟くと、そのまま黒の尼僧服は宙へと飛び上がった。
「今からぶち殺してあげますよっ!」
山刀を外壁にぶっ刺しながら虫か何かのように登っていく。
追われるほうとしては恐怖以外の何物でもないのだろろうが、それでもハギャムは動揺することがなかった。
「フハハハハハっ! どうやら私の脱毛剤を食らったようだな! いままで馬鹿にしてきた者の気持ちを噛みしめるがいい! そして迅速にあきらめるがいい!」
ガシャン、とマイディの眼前に液体の入った瓶が投げつけられ、その中身をぶちまける。
「⁉」
とっさに防御しようとしてもすでに間に合わない。
服の端にかかった液体。すぐさま”それ”は効果を発揮する。
「んなっ⁉ 動けない⁉」
「馬鹿めが! 超強力即硬化接着剤! 私の発明の中で最も売れた一品だ!」
「こぉんのボケ! そこを動くんじゃありませんよ! 今すぐに真っ二つに――――」
「えぇいやかましい! これでも食らえ!」
続いて投擲された瓶はさすがにそのまま受けることはない。
左の山刀ではじき返した。
だが。
「愚か者めぇ!」
砕けた瓶の中から飛び出した液体が一気にガス状になって拡散する。
その勢いはすさまじく、まるで強風に吹かれる木の葉のようにマイディは吹き飛ばされ、そのまま地面へと落下する。
「おいおい、マジかよ」
予想もしていなかった事態に思わずスカリーは駆け寄る。
「生きてるか?」
「……当然ですよ。余計にあの馬鹿を殺す理由が増えてしまいました。これは確定事項です」
辛うじて受け身を取ったがゆえに行動に問題はなさそうだ。それを確認すると、屋根の上を見上げる。
そこにはすでにハギャムの姿はない。
まぶしいぐらいに太陽の光を反射していた禿頭はすでに去ったようだった。
「……逃げられましたか?」
「みたいだな」
「ぅ~~~~~がっ! この、怒りを、どこに、ぶつけたらいいものやら! きぃぃぃぃぃ!」
「アホか。逃亡先は一か所しかねえだろうが」
その言葉に思わず怒りが鎮火する。
あの程度のやり取りでどうやったらそんなことが言えるのだろうか? それとも単なるはったりなのか?
「何言ってるんですか? 相手の正体も分かってないのに逃げた先がわかるわけないでしょう?」
「おめえにはな。俺にはわかるんだよ。ちっとは色々な情報を収集しとけ」
「じゃあお手並み拝見と参りましょうか。……言っときますが! 違ってたらひどいことになりますよ」
「そりゃおっかねえや」




