頭上輝く日 2
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「ひっぐ……うぅ……わたくしの、大事なわたくしの髪がぁっ!」
「いつまでもベソかいてるんじゃねえよ。………クッ」
「あー! 笑いましたねっ! いま笑いましたねっ! 可憐なわたくしの身に起こった不幸な事件をっ! 人に起こった悲劇をっ! 殺しますよっ⁉」
「髪が引っこ抜けた程度でギャーギャー騒ぐんじゃねえ。どうせまた生えてくるだろうが。それまで鏡見るだけで笑えるんだからむしろありがたがったらどうだ? こういう時に感謝するのは信仰の表れだろ」
「はぁー⁉ この腐れ外道冷血漢! いうに事欠いて! そのような! わたくし! これまでいろいろと我慢してきましたが! 堪忍袋の緒が切れました! 今からぶった切って差し上げますから今すぐそこになおりなさい! 全世界の乙女に代わって神罰を下します!」
いきり立って山刀を引き抜くマイディだったが、その動きはいつものような精彩に欠ける。
振るえば骨肉を断ち切る山刀の一撃さえも軽く躱され、そのままたたらを踏む始末だ。
「落ち着けって。俺だってなにも、おめえがつるぴかになっちまって清々するだなんてこれっぽちも……は言いすぎだな。腹の底からは思ってねえからよ」
「……少しは思っているということですか?」
「そりゃな」
「死ねオラァ!」
「んな力任せの感情任せが当たるかよ」
本来の実力を発揮できているのならば数秒でスカリーは真っ二つになっていただろう。しかし、多大なショックを受けてしまっている状態では普段の半分程度も鋭さはない。
よほどのミスがない限りは避け損なうことはなさそうだ。
「マイディ! あの……これ。ちょっとでも、隠せたらと思って……」
部屋に戻っていたハンリは言いながらあるものを掲げる。
それは本来のシスターが被るはずの……ベールだった。
「ハンリちゃん……! ああ! なんて優しい子なんでしょうか。……こんなみじめな姿になってしまったわたくしに……!」
「だ、大丈夫……きっと治る……よ」
「……なんで震えているんですか? もしかして笑うのこらえてますか?」
「そ、そんなこと……ない、よ…………プ」
「うわぁーーーーーーん! ハンリちゃんまでわたくしのことを笑いますぅーーーー! もう生きていけないっ! 美少年と美少女に囲まれてダブルハーレムを築くまでは死ねないと思っていましたけど今死にますっ! 止めないでください!」
衝動的に山刀で喉を突こうとしたマイディだが、腕を掴まれて阻止されてしまう。
「……止めないでくださいスカリー。自害します。こんな世の中に耐えられるはずもありません。美人薄命っていうじゃないですか。わたくし、そういう星の元に生まれてきてしまったのですよ」
しかし、拘束は解除されない。
どころか、ますますしっかりと固められてしまう。
「……離してください。それとも、わたくしの艶やかな髪を復活させられるというのですか? できるというのならば今すぐにやってみてください」
「面倒くせえ拗ね方してんじゃねえよ。ちっとはおかしいと思わなかったのか? あんな急激にハゲることがあるかよ。明らかに人為的……つまりは仕組まれたモノだってことだ」
「だからなんですか? わたくし世を儚んでいますから、多少の説得とか道理とか、道徳観念とかそういうのは通用しませんよ。ありったけの美少女と美少年持ってきなさい」
「馬鹿。どっかの誰かさんの仕組んだことでやられっぱなしでいいのか? えぇ? 『双山刀』もずいぶん丸くなったもんだな」
沈黙。
おそらくは、やっとのことで怒りの導火線に火が付いたのだとスカリーは推測し、事実その通りだった。
どよんとしていた赤褐色の瞳に火が入り、その緋を増していく。
「…………ありがとうございます、ハンリちゃん」
背を向けているので、その表情をうかがうことができない。
それでも、ベールを渡したハンリの引きつった表情から大体の想像はつくし、腑抜けているよりもそっちのほうがよほど役に立つ。
「……犯人の目星はつきますか?」
「そりゃあ、おめえ次第だな。仕掛けられたのは昨日か一昨日ぐらいだろ。話せよ、何をしたのか。どんな奴に接触したのか。ちょっとばかり記憶を掘り起こしたら―――」
「その中に?」
「いるだろうな。見つけたらどうする?」
「思い出させてあげます。『双山刀』を」
浮かんだその笑みを見て、命の危険を覚えない生物はほとんどいないだろう。背筋の凍るようなその視線は、臆病な生物ぐらいならば死に至らしめかねないほどの殺気を帯びていたのだから。
「……とまあ、そんなビューティフルなわたくしは神の御恵みを頂戴することになって上機嫌で教会に戻ったわけですよ。その後はいつも通りですね。特別なことは何もしてませんよ」
「いや、原因は一つしかねえだろ馬鹿」
昨日の行動を一通り聞き出しての感想は容赦のないものだった。当然といったら当然なのだが。
「馬鹿とはなんですか馬鹿とは! わたくしは清廉潔白品行方正杓子定規! シスターの鑑のような美女ですよ!」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ。あー、とにかく。そのリンゴが絶対に怪しいだろうがよ。そもそも貰ったモンを軽々しく口にするんじゃねえ。おめえは何でも口に入れちまう赤ん坊か? 違うっていうんだったら、ちょっとは反論して見せやがれ」
「この豊満な肢体を見なさい!」
「おつむのほうを言ってるんだよ俺は」
大体の見当はついたといってもいい。
大方、どこかで恨みでも買っていたのだろう。その嫌がらせの一環として、今回の事態が起こったに違いないのだ。
スカリーもマイディも買っている恨みの量は計り知れない。
もしかしたら気まぐれに叩きのめしたチンピラかもしれないし、はたまた狩った賞金首の知り合いかもしれない。
そもそもが、普段からトラブルを引き起こしているマイディならばなおのことだ。
「あー、バカバカしい。正直なとこ……俺は今回の件については世話を焼きたくねえ。おめえの自業自得だろうからな」
「は? バスコルディア教会式悔い改め術その五を食らいたいのですか?」
「…………そいつは勘弁してほしいとこだがな」
とはいえ、やる気はない。
無駄に危険を冒すのは望むところではないのだから。
しかも相手はマイディを狙ってきているのだ。相当の無鉄砲か、よほどの自信がないとそれは不可能だろう。
(どっちにしても面倒くさそうな相手になろうだろうな)
このまま協力するふりをしつつ、どこぞに避難しておくという選択肢もなくはない。その場合はマイディが暴走する可能性が跳ね上がるが。
(下手したらまとめて折檻される羽目になるぜ)
拷問一歩手前の手管は知っている。なによりも、自分で味わったのだから当然のことなのだが。
かなり悩んだ結果、出した結論は『とりあえずは犯人をとっ捕まえて、あとはマイディに任せる』というものだった。
これならば、最悪殺してしまっても責任はマイディ一人に収束する。
「……ああ、クソ! どうして俺の周りにはこんなのばっかりいやがるんだ」
「類は友を呼ぶ、という言葉を知っていますか? もしくは一蓮托生」
「もし今、その言葉を考えたやつが目の前にでてきたら……俺は間違いなく鉛玉をありったけぶち込んでやるだろうな」
いい加減にあきらめたスカリーはやっとのことで椅子から立ち上がる。
このまま話続けていても仕方がないし、少しでも早く目の前の物体をどうにかしたかった。
具体的にいえば、さっきから笑いをこらえているのがつらくなってきている。
「……とりあえず、その馬鹿野郎がいた場所を見に行ってみるか。いるはずもねえんだが」
「わかりませんよ? もしかしたら途轍もない楽観主義者かもしれません」
「そんな楽観主義者はバスコルディアに入り込んだ瞬間にケツの毛までむしられて蜥蜴族の晩飯になってるだろうよ」
「あ、いましたね」
「…………嘘だろオイ。本当に脳みそ入ってるんだろうな? 代わりにハッピーになる成分でも入ってんじゃねえのか」
昨日マイディが帰りに通った道、昨日と全く同じ場所。
そこには頭にターバンを巻いた男がリンゴを売っていたのだ。
能天気そうに、命を狙われているようなそぶりも見せずに。
「俺が行く。おめえはここで待ってろ。いいな? 絶対に動くな」
「ええわかりました。わたくしここから動きませんとも。何に誓いましょうか?」
「髪に誓ってろ」
「……うぎ!」
釘を刺しつつ、スカリーは男に近づく。
見た目は商人……とはあまり思えない。
日焼けしていない肌に、細い腕。その上、売っている商品も少しばかり痛んだものが大半だし、なによりも本人の商売っ気がない。
時々声を掛けてはいるが、タダで渡すようなことばかりを繰り返しているのだから。
「……おい」
「え? あ、と……これはこれは男前の方がやってきたもんだ。ど、どうだい? ウチのリンゴはみずみずしくって評判なんだ。一つ食べてみて、その良さを広めてくれよ」
ぎこちない笑みとともに、比較的マシなひとつが差し出される。
それは無視して、スカリーはずかずかと距離を詰めた。
「え、あ、あの……なにかごようございましょうでありましょうか?」
「テメエ、何を仕込みやがった?」
男の顔色が変わる。
それはこの上なくわかりやすく、更には目線もあらぬ方向をさまよいだしていく。
「ななな、なんのことで、ござござましょう?」
「しらばっくれてんじゃねえぞ。鼻の穴を三つに増やされたいのか?」
「くっ! もうバレてしまったのか! しかたない!」
「!」
突如態度を豹変させた男。
反射的に足を撃ち抜こうとするが、一瞬で視界が真っ白に染まる。
「ちっ!」
「ふ……ふは、フハハハハハハハハ! 私は今日この瞬間からこの街で反逆計画を実行してくれる! 精々自分たちの業の深さを思い知るがいい!」
どこからともなく声が響くが、場所を特定することはできない。下手に撃てば、無関係の者を巻き込む可能性もあるからだ。バスコルディアでそんなことをしてしまったらどんな騒ぎになってしまうのか想像もできない。
「クソ、どこに……」
「ちょっとスカリー! わたくしいい子で待ってたのになんですかその体たらくは! この借りは並大抵のことでは返せま……せん……って……ブフッ! ブクククククククっ!」
異変を察知したマイディが駆け寄ってくるが、その様子がおかしい。なぜかおかしさを堪えきれないとばかりに吹き出しているのだ。
「どうした? とうとう頭がイカれたのか? 元々か」
「ブッフフフフフフ! いや……スカリー? 頭、頭を見てみてくださいよ」
「あん?」
その言葉に従ってスカリーは髪を撫でつけようとして――――地肌の感触を得た。
正確にはごっそりと髪が抜ける感触も。
「プヒヒヒヒヒッ! こ、これで同じになりましたねっ! もうわたくしを笑うことはできませんね! プククククク!」
ごっそりと、今度はスカリーの髪がきれいさっぱりと抜け去り、きれいな曲面を晒す羽目になっていた。




