血と腸の降る夜に 13
13
あれほどの凶暴さと、強固さを発揮していた怪物はすでに動かない。
マイディとスカリーによってばらばらにされてしまった怪物はただの肉塊と変わらない。
たった今切り落としてやった首をその辺に放り投げながら、マイディは冷静に観察を続ける。
撃ち込まれた剣弾は五発。発動したのは二回。
人間なら三度死んでまだ余るほどの殺傷度合いだが、この相手にそれが通用するかどうかは確信が持てない。
現に、『大佐』の部隊はそうやって人間相手の対応の延長を行ったから危機に陥っていたのだろうと推測する。
そのまま三分ほど時間が経過するが、怪物が動く気配はない。
「どうだ? クソ野郎はまだ動けそうか?」
「あらスカリー。その様子はありませんよ。ぴくりともしません。さすがに死んだんじゃないですか?」
「……いや、あと“一人”いると思うぜ」
「……ふーん」
銃声。
無造作にマイディが放った銃身切りつめ式散弾銃の弾が怪物に食い込む。
だが、動くことはない。
「くたばってますって」
「おめえは雑すぎなんだよ。……こういう時はもっとスマートにいこうぜ」
言いながらスカリーは瓶を投擲する。
銃声。
空中で射抜かれ、砕けたソレは中身の液体を怪物の上に振りかける。
ついでのように、スカリーはマッチに火をつけると、そのまま怪物に放り投げた。
ぼう。
どこか間抜けな音と共に、怪物が炎上する。
「油ですか。スマートとは思えませんけどね。野蛮性にあふれてますよ」
「言ったもん勝ちなんだよ、そんなもん。俺がスマートだと言ったらそうなる」
当然のようにスカリーは答え、そして待つ。
炎上する怪物。
先ほどまで全く動きのなかったその中から、『何か』がはい出そうとして来ていた。
肉をかき分け、絡みついた筋を引きちぎり、腐った血液にまみれながら。
それでも、判別はできた。
それが、スカリーとマイディが墓地で遭遇したドレスの少女だということぐらいは。
「ひどいよ…………ひどいよ、ひどいよ、ひどいよ。なんで? なんでこんなことするの? なんでパーエをいじめるの? パーエはいい子なのに。悪い人たちをやっつけるいい子なのに、なんで痛いことするの? パーエに悪いことをする人はみんな悪い人なんだよ? だってパーエはいい子なんだから」
立ち上がる力もないのか、少女はうつぶせのままで呟く。
その声に力はない。
「知るかよ。『いい子にしてたらいいことあるかも』なんてのはな嬢ちゃん。……それしか能のねえアホの言うことだ」
スカリーは銃口を少女に向ける。
マイディは何も言わない。ただ、何があっても即座に対応できるように警戒しているだけ。
「…………ひどい。ひどいひどいひどいひどい。パーエ、いい子にしてるのに、そんなこと言うんだもん。いい子にいいことあったらダメなの? だって、そうしないとパパとママとパーエが天国に行けないのに。…………そんなの、いや」
ゆっくりと、緩慢な動作ながらパーエは立ち上がろうとしていた。
すでに無数の火傷を負っており、片腕は切断され、首もあらぬ方向に曲がっているというに――――――立とうとしていた。
「…………死霊術の一つ、というか外法に肉親、もしくは親しい人間の魂を拘束しておく術がある。こいつは魂さえ無事で、憑りつく死体があるならいくらでも兵隊が補充できるっていうとんでもねえヤバさの術なんだが……弱点がある。拘束できる魂の数がすげー少ないってことだ。だから、必然的に一度に操れる数は少なくなる。その代わりに、いちいちその辺で魂をかき集めてこなくてもいいけどな」
「パパ、ママ……パパ、ママ……パーエ、パーエ嫌だよぉ。こんなの嫌だよぉ、どこいるの? みんなどこいるの? パーエ置いて言っちゃヤダよぉ! 戻ってきてよ!」
すでにパーエはスカリーもマイディも、『大佐』も見ていない。
見ているのは、魂として拘束していた両親だけ。
すでに、その二人は剣弾によって、魂ごと両断されている。
つまり、存在していない。
「…………ついでに言うんなら、テメエも本当は死んでるな? 四人組、それが正体だ。妹か姉かは知らねえが、生きてたやつの肉体に取り付いてた。それがさらに魂を拘束して死体を操らせていたっていうんだから……なんとも訳がわからねえ。正体が掴めなかったのもそのせいだろうな。…………テメエ、一体いつから死んでやがる?」
「ぅぅぅぅっ! パパぁ! ママぁ! …………お姉ちゃん!」
「あの世で言いな」
銃声。
少女の額に弾丸が撃ち込まれる。
もちろん、死体に憑りつく魂である少女を殺すためには通常の弾丸では力不足。
ゆえに、撃ち込まれたのは剣弾。
「剣弾、スラッシュ」
バスコルディアから北に三キロほどの地点。
この場所には小さな小屋があった。
もともとはこの辺りの農家が所有していたのだが、老朽化に伴って解体もされずに放置され、そのまま廃屋と化している。
もちろん、そんな場所に好んで近づくような者はいない。
今この瞬間、人目を気にしてこそこそと動いている者以外は。
男はバスコルディアにおいては『黒犬』と呼ばれていた。
唯一、中央政府にパイプを持つ貴重な人材として重宝されていたのだが、今はそんなことはどうでもいいとばかりに懐から取り出した懐中時計で時間を確認する。
すでに時刻は深夜になろうとしている。
(……そろそろ来るはずだ)
もっと早くに到着してもいいのに、と考える。
自分を回収する手筈になってる者は、よほど時間前に到着するのが嫌いだとみえる。
小屋を蹴り飛ばしそうになりながらも、『黒犬』は耐える。
耐え難い時間を、耐える。
こんな場所で息を潜めているのを見つかったりしたらどうなるのか想像もできない。
なにせ、今夜のバスコルディアでは大騒動が起こっているはずなのだ。
犯人こそ『黒犬』ではないが、協力者ではあるのだ。
『大佐』に見つかれば、命はない。
どんな仕打ちを受けるのか想像しただけでも背筋に冷たいものが走る。
そんな風に『黒犬』がおびえていると。
「いるぅ~? いないんなら帰ちゃうけど~?」
場にそぐわない、気の抜けた声が響いた。
「い、いるっ! いるから私を連れて帰ってくれ!」
思わず廃屋の影から飛び出す。
「あ、いたいた。まったく、もうちょっと堂々としてていいんじゃない? どうせ追手が来たら見つかるんだし。おびえてるだけ損でしょ」
『黒犬』が見たのは女。
しかも、夜闇に溶け込むかのような全身黒の服装。
「『黒服のリリゼット』……ははっ、助かった……」
「そういうのは脱出してから言ったほうがいいんじゃない?」
思わずへたり込む『黒犬』に冷めた視線を送りながらリリゼットは懐から一枚の札を取り出す。
帰還。
一瞬にして長距離の移動を可能とする魔法を封じてある。
これさえ起動できれば、中央政府の直轄地に跳べるようになっているのだ。
そして、ここからはリリゼットが『黒犬』の護衛を引き受けてくれる。そのような手筈になっていた。
一刻も早くここから離れたいと思った『黒犬』が立ち上がろうとした瞬間、小屋が吹き飛んだ。
轟音とともに、朽ち果てようとしていた建物は完全に崩壊する。
見事に、完全に、不可逆的に。
信じれらない光景だった。
だが、もうもうと上がる土埃が事実であることを告げている。
そして―――――。
「さて、『黒犬』。事情を説明してもらおうか。なぜキミはこんな時間にこんな場所にいるのか? そして、なぜリリゼットと一緒にいるのか? さらに、なぜわざわざ誰にも言わずに出てきたのか? 申し開きの時間は与えよう。それが私の矜持だ」
土煙が吹き飛ばされる。
立っていたのは、ドロンキー・ガズミス。
巨体を包むのはいつもの司祭服。
だが、普段穏やかな瞳にはわずかに怒りが含まれている。
「コ、コ……『核撃』⁉」
なぜ? どうやって? 疑問が一気に噴出するが、そんなことにかまっている暇はない。
この状況下で逃がしてくれるとはとても思えないのだから。
捕まってしまったら、バスコルディアでどんな目に合うのは想像に難くない。
「『黒服』! お前の、お前の役目だろうがっ! 私の護衛だろうがお前はッ! 今、今すぐ! 今すぐにここから逃がしてくれぇっ!」
狼狽する『黒犬』。対してリリゼットはなんら動揺を見せなかった。
「あらドンキー。おひさ」
「やあリリゼット。生憎だが、旧交を温めるのは今度にしてくれないかな? その男を逃がすわけにはいかない」
「あらそう。困ったわね。あたしはこのアホをバスコルディアに渡さないように言われてるのよ」
決裂。
「……なるほど。ではどうする? 私とキミとで交渉は確実に決裂するだろう。そんなことをしているのはお互いにまずいのではないかね? ……殺しあうか?」
拳を握るドンキーに対して、リリゼットは細剣を抜くこともなく、ひらひらと手を振る。
「いやぁよ。アンタとやりあっても分が悪いし…………そういうことならこっちもやりようはあるわ」
「何を言っているんだ⁉ 殺せっ! それがお前の仕事だろうが‼ カネをもらった以上、働くのが筋だろう!」
やる気のないリリゼットに対して『黒犬』は激昂し、勢いのままにつかみかかろうして――――視界がくるりと回った。
(なんだ⁉ おい、どうなってる⁉)
叫ぼうとした。だが、それは声にならない。
なぜならば、その首は胴体につながっていないのだから、肺につながっていないのだから。
「で、さらにこう」
今度こそ見えるように細剣を抜いたリリゼットが軽く一閃。
どういう仕組みによるものなのか、たった一撃で『黒犬』の頭部は何十もの肉片へと解体された。
遺言を遺す暇もなく、『黒犬』は無数の肉片へと変貌し、死んだ。
「…………どういう、ことかね?」
「言ったじゃない? あたしの依頼は『アホをバスコルディアに渡さないこと』。生きて連れて来いとは言われてない。もちろん、生きてたらもっと報酬は弾んでくれるんだろうけど、アンタとやりあうのは勘弁してほしいしね。……あった、これこれ」
ドンキーからは視線を外して、リリゼットは残っていた『黒犬』の首から下部分、いや、その手から指輪を抜き取る。
「この指輪で証明代わりにはなるでしょ。ドンキーは逃がしてないけど、捕まえてない。あたしは生きて連れていけないけど、渡してもいない。妥協点じゃない?」
「…………なるほどね」
リリゼットにとって最悪なのは自分の死。
それを避けるためならば、どういう犠牲だろうと払う。
その精神はドンキーもよく知っている。
だからこそ、この判断はリリゼットにとってきわめて合理的なのだろう。
素直には受け入れ難いが、すでに『黒犬』が死んでしまっている以上、ここで争うのは無意味だ。
だから、ドンキーも引く。
いつの間にか、リリゼットは自分用の帰還の札を起動させようとしていた。
黙って、ドンキーはそれを見送る。
かつての、仲間を。
「…………ああそうだ、ドンキー」
「…………なにかね?」
帰還が発動する直前。まるで思い付きのようにリリゼットは言った。
「“団長”、生きてるわよ」
言い終わるのと同時に、黒スーツの美女の姿は掻き消える。
幻だったかのように。
生ぬるい風が、ドンキーの頬を撫でた。




