血と腸の降る夜に 11
11
肉片が、骨片が、ドレスだったものが、内臓だったものが、肉体だったものが、装飾品だったものが。
散り散りに、四方八方に、辺り一面に、なんの容赦もなく、区別もなく、配慮もなく、遠慮もなく、葛藤もなく、躊躇もなく、はじけ飛ぶ。
おそらくは爆薬だろう。
衝撃は建物を揺らし、声を潜めていた住人たちの耳朶を打つには十分すぎるほどの轟音を響かせる。
もちろん、そんなものは副次的な産物であり、主目的は爆発と破片による殺傷。
間近で浴びたマーゲルは普通ならば無事ではない。
そう、普通ならば。
「少尉、生きてるか?」
「問題ありません。我々の戦闘服を貫通する威力はありませんでした」
無事。
『大佐』の部隊が纏う白銀の服。
これは厳選された素材に魔法的な処置を施し、更には個人個人で調整を施した逸品である。衝撃を吸収し、生半可な銃弾では貫通も難しく、筋力の補助もこなす高級品。
似たような品はあるが、このクオリティを発揮することは難しい。
要求される性能を満たすには、コストがかかりすぎた。
だが、かつて中央政府が編成した『大佐』が率いる部隊は実験部隊だったのだ。
最高級の装備でどれだけの戦果が上がるのか。それを実験するための部隊。
離反した彼らは、今は無法都市の住人。
その力を行使することになんのためらいも、ない。
「おいクソガキ! テメエのションベンみてえな花火じゃあどうしようもねえぞッ! 俺様はここにいるんだ! とっとと首を取りに来てみやがれっ!」
まるで獅子の咆哮。
五百メートルは響きそうなほどの大音声。
さきほどのささやくような声の主に届いていないということはないだろう。
――――――ふふ、ふふふ、ふふふふふふふ。
――――――威勢だけは虎の顔。中身はおびえる子犬ちゃん。
――――――吠えて吠えて。もっと吠えて。もっとパーエを怖がって。
再び風に乗って声が響く。
だが、そんな状態を続けることを許す『大佐』ではなかった。
「照明、上げーい!」
命令一声。
応えるように、周りの建物から次々に花火のようなモノが打ち上げられる。
はかなく散るように見えたそれは、上空にとどまり、小さな太陽のように輝き続ける。
すでに、部隊は散開などしていない。
この拠点周辺のめぼしい場所を固めていたのだ。
五十人近い大隊員すべて。
『大佐』の投入できる戦力が半径五百メートル以内に集合しているのだ。
夜のバスコルディアから闇が払われる。
まるで昼間のように煌々と照らされた建物の屋上。
拠点から百メートルほどの場所。
そこに、黒のドレスの少女がいた。
「あーあ。見つかっちゃった。パーエ、見つかっちゃった。もう、変な明かり使ってくるとかやっぱり悪い人たちだ。夜はね? ちゃぁんと暗くないとダメなんだよ? そうしないとお日様が『自分がいなくても大丈夫だね』って思っちゃうから。暗くないと、明るくならないんだよ? なのに、なんでそんなことするの? やっぱりパーエをいじめるため?」
少女は一人呟く。
隣には包帯の人物が二人。
言葉こそないが、姿から異形であることは察せられる。彼女が操る死体であることは察せられる。
男のような体格の人物は下半身が四足獣のそれだった。
女のような体格の人物は四本の腕それぞれに拳銃を携えていた。
歪に、少女の顔が笑いの形になる。
形容するのならば笑いなのだろう。
寒気を覚えるほどの、おぞましささえ感じるほどの形態ではあったが、表情で分類するのならば、笑顔だった。
「パパ、お願い。近くに三匹いるみたい」
少女の声に応えるように男の包帯は一度頷く。
直後に、跳躍。
四階建ての屋上から、地上へと降り立つ。
銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声。
即座に弾丸が殺到する。
対人用の四十五口径弾が、一気呵成に襲い掛かる。
肉に食い込み、骨を砕き、形さえも変える勢いで。
だというのに、包帯の男は停止しない。
飛来してくる弾丸の方向に顔を向けると、そのまま―――――跳んだ。
もし、人だったのならばという意味のない仮定。
それに基づくのならば、三階から銃撃を加えた隊員たちの判断は間違っていなかった。
人間ならば、どんなに死力を振り絞って跳んでも一メートルがせいぜい。
その程度では降り注ぐ銃弾からは逃れることはできない、はずだった。
だが、相手は死体。
生きているのならば、生体ならば肉体のリミッターによって発揮できないような力を行使しても全く頓着しない。
その上に、下半身もすでに人間ではなかった。
窓をぶち破りながら死体は内部に突入する。
辛うじて回避が間に合った隊員たちは間近でそれを見ることになった。
異形の死体を。
「撃て!」
銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声。
二人が発砲。
だが、やはり効果は薄い。
多少強い風に吹かれているという風情で、ゆっくりと死体は迫ってきていた。
レバーアクションのライフルは一度打ち尽くしてしまえば再装填に時間がかかる。
がちん、という弾切れを示す音が響く。
二丁のライフルから同時に。
それは死刑宣告。通常ならば。
「くたばりやがれぇ!」
銃撃に参加していなかった隊員の一人。
その一人の装備は銃ではなかった。
戦斧。
きわめて前時代的と言わざるを得ないその武器が、閉所で振り回すには不向きなその武器が、今は極めて有効だった。
コンパクトな振りによる、鋭い一撃。
いかに死体といえど、単純な質量攻撃には生物と変わりがない。
白銀のコートによって増加された筋力も付加された一撃によって、死体は侵入してきた窓から叩き出される。
「再装填ッッ!」
機械のような動きで、二人の隊員はライフルに弾を込め始める。
紙一重で命を拾ったことは、今は考えない。
ただ、敵を殲滅する。それだけを考える。
「……パパ、失敗しちゃった。……ぅぅぅぅっ! なんでっ! なんでパパの邪魔するの⁉ パパはちゃんとパーエのいうとおりにやってくれたのにっ! ちゃんとパーエの思った通りに死んでよっ!」
少女は激昂する。
いや、それは単に子供が拗ねているのと対して違いがない。その程度の憤慨だ。
地団太を踏む少女に、包帯の女の手の一本がそっと触れる。
「ママぁ……うん。うんうん。そうだよね。パーエはいい子だからこんなことぐらいじゃ怒らないよ? だってパパとママがいるんだもん」
平静さを取り戻した少女は考える。
獲物はそれなりに準備をしているようだ。
ならば、どうしたらいいだろうか?
「…………うん、うん。そうしよ。そうしよ。それがいいね。そうしたらきっと上手くいく。そんな気がするの。だってパーエはいい子だもん。とってもとっても、とぉってもいい子なんだもん。そんなパーエがやることなんだからきっとうまくいくもん」
包帯の女はわずかに頷く。
「でしょ? ママ。だから、行こ。パパとママとパーエで」
包帯の女は答えずに少女を抱えて跳躍した。
「でたぞっ! あのガキが術師だ! ガキを狙え! 死体にかまうな!」
「了解!」
周辺に散っている隊員たちには少女が死霊術師であるということは周知済みである。
ゆえに、彼らが狙っていたのは少女が現れる瞬間。
術師を殺せば死体はただの死体に戻るはずなのだ。
千載一遇のこのチャンスを逃す者はいない。
ライフルを持つ隊員の銃口が一斉に少女に向く。
銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声。
雨のように銃弾が降り注ぐ。あるいは、水平射撃によって貫かんと飛来する。
いくら死体といっても、これほどの銃撃を受ければ肉は削がれ、骨は砕け、原型を保っていることは難しい。
下手をしたら三体の死体はぐちゃぐちゃに混ざってしまい、そのまま判別が不可能になるほどの圧倒的な量。
発砲煙によって隊員たちの視界がふさがる。
だが、確信していた。
自分たちの勝利を。
これだけの一斉射撃を受けて生きているはずがないと。もし生きていたとしても死んでいるのと変わらないような状態であると。
ある者は一刻も早く戦果を確認するために前進し、いち早く目撃した。
ある者は慎重に、あるいは冷静に確認するために風に乗って煙が流されるのを待ち、遅れて目撃した。
一つになった死体を。
一つになったと言っても、それは肉片になったということではない。
四足獣の下半身を持ち、更には上半身は普通の人間が二体連なり、さらには腕が六本ある、そんな形容しがたい、みたこともない、怪物が、いた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼‼」
怪物は咆哮する。
口を縫い付けていた太い糸を引きちぎりながら。前後に一つずつある口で咆哮する。
「パパとママとパーエ。みんな揃ったら無敵なんだから。悪い人たちを全部全部やっつけちゃうんだから」
怪物の口から、少女の声が最後に飛び出した。




