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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
血と腸の降る夜に
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血と腸の降る夜に 10

 10


 『大佐』の拠点に通常詰めている人数は十人ほど。

 だが、厳戒態勢の現在は二十人近くが待機していた。

  

 その多くはすでに臨戦態勢。

 いつでも暴力を行使できるように、獲物を殺せるように、仕留められるように、準備している。

 

 多くの者は(すそ)の長い白銀のコートをまとい、更には同じく白銀の帽子を目深(まぶか)に被っているので顔は判別できない。

 しかし、『大佐』にはわかる。

 多くの戦場を、戦いを、作戦を共にしてきた部下たちの区別ぐらいはしっかりとついている。

 

 ゆえに、執務室を訪れた隊員の一人が完全装備であっても、瞬時に誰なのかを把握する。

 

 「失礼します」

 「おぅ、マーゲル。そろそろ馬鹿がやってきたか?」


 入ってきた隊員はベテランに分類される。もちろん、『大佐』の部隊は全員が精鋭であるといっても過言ではないのだが。


 「いえ。しかし、頃合いかと思われます」

 「……そうか、もう夜になっちまったか。部屋の中に(こも)ってるとどうにも時間感覚が狂っていかんな」


 立ち上がった『大佐』に対して、マーゲルは微動だにしない。

 本来ならば先導する立場にあるにもかかわらず。


 「……どうした? 俺様が指揮を執るんだ。現場にいかねえことには始まらねえだろうが」

 「……僭越(せんえつ)ながら申し上げます。大佐にはこのまま執務室で待機していただきたく進言に参りました」


 ぴくりと、『大佐』の眉が上がる。

 もちろんマーゲルには見えているのだが、それでも発言を撤回する様子はない。


 「……マーゲル。この俺様が、部下を殺されてるってのに、部屋にこもって震えているような腰抜けに見えるのか? えぇ? どうなんだ?」


 問いかける。

 絶対の意思をもって。内心の憤怒を隠そうともせずに。

 もし下手な返答をすれば、たとえ部下といっても処分を(まぬが)れることはない。

 信賞必罰。それを『大佐』はしっかりと体現している。


 「我々は……代用が利きます。極端な話、半数が死亡しても大佐が健在ならば部隊の再建は可能です。しかし、大佐に何かあれば我々は致命打を受けることになります。それだけは、避けなければなりません。死んだ二人のためにも」


 視線をそらさずにマーゲルは答える。 

 処分を受けることになろうとも、最悪、『大佐』の手によって討たれることになろうとも、それでも(ゆず)れないという意思を以て。


 「なるほど。お前の主張はわかる。わかるが……俺様の信念の問題だ、こいつはな。わかるかよ? 先に何人も死んでいったお前はわかるだろう? 上に立ってもだ、性根は現場の人間なのさ。下士官根性が抜けねえ。……だからこそ、喧嘩を売ってきたアホは俺様が殺す。部下を殺したのなら、特にな」

 「―――――しかしっ!」

 「くどいぞ少尉」


 階級で呼ぶということは、命令であるということ。

 逆らえない、命令であるということ。

 精神に叩き込まれた命令順守の精神が、マーゲルに言葉を飲み込ませた。

 

 「行くぞ少尉。俺様が前にいねえでどうする」

 「…………了解しました」




 「報告」

 「異常なし!」


 入り口の歩哨(ほしょう)達に尋ねれば、即座に反応が返ってきた。

 『異常なし』ということは、これから異常が起こる可能性があるということ。

 そういう、ものだ。

 少なくとも、そう『大佐』は考える。


 「そうか。……なら明かりを全部使え。そろそろやってくるだろうからな」

 「はっ!」


 歩哨たちは即座に行動する。

 命令が下ったということは、なんら最優先に行うのが彼らの法律だから。

 

 周辺に吊るされている洋灯(ランタン)に明かりが入り、道路までも照らしていく。

 その中で、一人が見つけた。見つけて、しまった。

 

 「……何者だッ⁉」


 兵士の一人。歩哨に当たっていた一人。今は洋灯に火を入れ始めていた一人が、叫ぶ。

 携行していたレバーアクションライフルを大通りに向ける。

 いまだに、闇が払われていない大通りに。


 「……」


 『大佐』は何も言わない。

 これからの事態は想像がつく。

 現状、この拠点に近づいてくる部隊以外の人間がいるとは思えない。

 

 ずる、ずる、ずる、ずる。

 音の発生源は歩いている。

 歩いているのは間違いないが、足を引きずるようにして、まるで枷でもつけられているかのように。


 「止まれ! 止まらない場合は撃つ!」


 ライフルを音の発生源に向けて警告する。

 だが、音は止まない。

 途切れることなく――――つまるところ移動は続く。

 

 「―――――このッ!」


 トリガーにかかった指に力が入り、容赦のない一撃を対象に加えようとして―――――その指は止まる。

 うすぼんやりとした光のもとに出てきたその姿。それが、体を動かなくしていた。

 

 「オ、オットー⁉ お前、生きていたのか⁉」


 混じる感情は驚きと歓喜。

 

 見えたのは、行方不明になっていたはずの、任務に失敗したはずのオットーだったのだ。

 だが、その姿は不気味だ。

 

 土気色の顔にも、力なく引きずるようにして動く足にも、そして、操り人形のように揺れる上半身にも、生前の機敏さは見られない。

 だが、姿は間違いなくオットーなのだ。

 戦友の一人なのだ。


 死んだとばかり思っていた戦友の姿に思わず駆け寄ろうとして―――――その行く手には大柄な男が割り込んだ。

 

 「…………そういうコトをしやがる、か」

 「『大佐』?』


 つまらなさそうに『大佐』は懐から葉巻を取り出し、咥える。

  

 「貸せ」

 「は? ……はっ!」


 一瞬呆気にとられそうになるが、命令されたという事実が無理矢理に体を動かした。

 構えてた突き出された手に、持っていたライフルを渡す。

 

 弾薬がしっかりと装填されていることを確かめると、迷うことなく『大佐』はオットーに、自分の部下の頭に照準を合わせる。

 

 「……不愉快だぜ。死体をいじくるってのは」


 銃声(ダォン)


 きちんと整備されていたライフルからは、しっかりと弾丸が発射された。

 強烈な運動エネルギーを伝える鉛玉は、オットーの頭部に飛翔し、額から内部へと侵入し、炸裂する。

 (あご)から上を吹き飛ばされたオットーはそれでも歩みを止めない。

 あらわになった下顎部を晒しながら、辛うじてつながっている青黒い舌を垂らしながら。

 

 つまらなさそうに、『大佐』はそれを見つめる。

 自分の部下の末路を。

 死んでから(もてあそ)ばれてしまった、部下の姿を。

 

 「死霊術ってのは本当に厄介(やっかい)だな。きっちりばらばらにしてやらねえとくたばりゃしねえ。……いや、くたばってはいるのか。――――――少尉、潰せ。もう動かないようにな」

 「了解」


 後ろに控えていたマーゲルが自身の得物を取り出す。いや、ずっと背負っていたソレを手に持っただけだ。

 

 巨大な、戦槌(ウォーハンマー)を。


 「――――さらばだオットー。お前に下された最初の命令を解除する」


 (ごう)

 

 振るわれた戦槌は一撃でオットーを、いや、オットーの死体を叩き潰す。

 圧倒的な質量はたったの一撃で、人間をただの潰れた肉塊へと変えた。

 

 「完了」

 「……ご苦労」


 煙をくゆらせながら、『大佐』は静かに見届ける。

 心の中でだけ、追悼の言葉を漏らしながら。

 

 「出て来いよクソガキ。テメエのしたことがどんだけのことかっていうのを俺様が直々に教えてやる。どうした? ビビッてションベン漏らしてるのか? えぇ⁉」


 怒りを孕んだ『大佐』の声が大通りに反響する。

 

 ――――――くす、くす、くす。

 

 ――――――ふふふ、ふふふふ、ふふふふふふふふふふ。


 ――――――あは。あははは。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。


 笑い声が響く。

 どこからともなく。誰とも知れず。

 いや、『大佐』にはわかっている。

 ライフルを返し、自身の拳銃を引き抜きながら、憤怒(ふんぬ)に染まりそうになる自分自身を自覚しながら、自身の中で弾けそうになっている感情を制御する。


 ――――――悪いおじさんたちはみんな、みぃんな死んでよ。


 

 「大佐!」

 「!」


 銃声銃声銃声銃声銃声銃声。


 最初に気づいたのはマーゲル。ほぼ同時に『大佐』も気づき、即座に装填されている弾薬を全て撃ち込む。


 屋上。

 夜だというのに、そこに人影があった。

 黒いドレスに身を包んだ小柄な人影が。

 

 弾丸を六発も叩き込まれた人影は力なく落下する。

 どすりという鈍い音。

 

 予備の拳銃を構えたままで、『大佐』は周辺を警戒する。

 これで終わりだとは思えない。

 その程度の相手ならば、オットー達がやられるわけがないし、スカリー達が仕留め損なうとも思えない。


 「少尉、やれ」

 「はっ!」


 命じられたマーゲルは警戒しながらも落下した少女に近づき、戦槌を振り上げる。

 確実に叩き込むために、一撃で決めるために。

 集中したその一瞬。

 黒のドレスごと、少女の肉体は弾け飛んだ。

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