血と腸の降る夜に 8
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例え相手が多少の変形をしたとしても、それは二人にとっては想定の範囲内。
そう、多少の変形ぐらいならば。
「ちょっ! ちょっとそれはなんですか⁉ そんなのわたくし聞いてませんよ!」
「うっせぇ! 黙ってクズ肉野郎を部位ごとにカットしやがれっ!」
「あ~も~っ! なんで、こう、なるんですかっ!」
体積にしてみたらおそらく四倍以上、さらには腕が三本増えるというのは予想外だった。
掴まれた山刀。無理矢理に引き抜いてマイディは一度距離をとる。
「ばぁーか! パーエをいじめる悪い人たちはいっぱいいっぱいママに懲らしめられちゃえ! 死んじゃえっ!」
稚拙な罵倒を残してドレスの少女は二人に背を向ける。
あまりにも無防備。そして、それを見逃すようなスカリーではない。
(今しかねえ!)
銃声銃声銃声。
ファニングによる三連射。
狙いが正確ではなくなるが、少女を逃がすことのほうが重大だった。
死体さえあれば戦力の補充は簡単にできる。
死霊術師は見つけた時に殺しておかなければ後々厄介になることは身に染みている。
胴体や頭でなくともいい。少なくとも足か腕にでも当たれば追跡も容易になるし、戦力もだいぶ削減される。
だから、スカリーは用心の意味を込めて三発撃った。
ぎりぎりの正確性を保てる最大限。
自分の技量が許すリミット。
一直線に墓地から逃げ出そうとする少女に躱すすべはない。
着弾。
だが、少女にではない。
腹を抉られ、まともに動けないはずの男の死体。
重荷になってしまった下半身を引きちぎったその死体が、少女へと殺到する三発の弾丸をすべてその身で受け止めていたのだ。
当然、着弾個所は肉が抉れるが、貫通はしない。
スカリーが用いる弾薬は貫通性能よりも着弾威力を重視している。
肉に食い込んだ弾丸はたやすく砕け、その衝撃を十二分に伝えるが、すべてを発散してしまう。
障害物を貫いて、その後ろに潜んでいる標的をしとめるには向いていない。
今回はその弱点がもろに出てしまった。
(んだと⁉)
死霊術師が用いる死体は命令がないと動かせない。
だというのに、この死体は自発的に動いて少女を守っていた。
まるで、意志ある人間のように。
空薬莢を捨て、再装填した時にはすでに少女は拳銃の射程範囲外。
あきらめるしかなかった。
つまり、目の前の巨大化した死体を相手にしないといけないということだ。
「スカリー! 逃がしてしまったのなら! とっとと! こっちを! 手伝ってください! ちょっとまずい感じです、よ!」
「わーったよ! くそがっ!」
銃声、銃声。
次々に襲い掛かってくる五本の腕をかいくぐりながら戦っていたマイディに援護射撃。
見事に命中した二発の弾丸は一本の腕の手首をちぎり飛ばす。
「マイディ! こっちは鉄仕込んでねえぞ! とっととぶったぎれ!」
「そりゃ、そうでしょうよ!」
反撃の隙がなかった。
一本を失ったとしても、残っているのは四本。
単純に倍の数の腕が次々にマイディを捕まえようとしていたのだ。
一瞬でも足を止めてしまったのならば、そのまま捕まって雑巾のようにボロボロにされてしまうのは想像に難くない。
例え常人をはるかに逸した耐久力を有しているマイディでもそんな目に合うのはごめんだった。
ゆえに避け続ける。
ステップで、飛び跳ねて、山刀で払って。
返す刀で切り裂いてやりたいが、振りかぶった瞬間には別の方向から腕が襲ってくる。
まるで三人ほどを一気に相手にしているかのような錯覚さえも覚える。
(ジリ貧ですよっ! このままじゃあ!)
焦りこそしないが、ひりつくような感覚を覚える。
このままではまずい。これまでの戦いで培われた直感がそう言っていた。
「飛べ! マイディ!」
「‼」
反射的に跳ぶ。
横から襲ってくる死体の腕を蹴り、胸を蹴り、頭を蹴り、空中へと。
驚異的な跳躍力によって空高く躍りあがったマイディだったが、次の展開は予想できる。
落下運動は制御しようがない。特に魔法を使えないマイディには。
(クッソ! まずいです、よ!)
山刀を手放し、銃身切りつめ式散弾銃を取り出すが、これで仕留められるとは思えなかった。
図体に対して火力が低すぎるし、相手は死体だ。頭を吹き飛ばしてもまだ動く。
半ばやけになって照準した死体の頭。
そこに一発の銃弾が飛び込んだ。
「剣弾、スラッシュ!」
怒声のようなスカリーの声。
同時に、死体は真っ二つにされていた。
グロテスクな断面を見せる死体を横目にマイディは着地。
遅れて落下してきた山刀を着地する前に空中でつかみ取る。
「……はじめっから使ってくださいよ、ソレ」
「おめえが巻き込まれて真っ二つになっちまってもいいなら使ってやるよ。……ったく」
油断なく拳銃を死体に向けたままでスカリーは近づく。
「剣弾食らったんですからくたばってるでしょう? ご自慢のなんでも切り裂く弾なんですから。それともただの宣伝文句でしたか?」
「んなわけねえだろ。剣弾食らって無事だった奴はいねえ。……ただ、叩き込む直前、この野郎動きが止まりやがった」
「……はい?」
真っ二つになった死体をしげしげと眺め、動くことは不可能であることを確認し、やっとスカリーは男の死体のほうに剣弾を撃ち込む。
すでに、動いてはいなかった。
「この二体……多分魂のほうが抜けてたんだ。だからまだ動けたのに、止まった。なんでかは知らねえが」
「……術が切れたとかじゃないんですか? あのガキが離れてしまって」
「死霊術は効果範囲が比較的広いんだよ。多数の死体を操るにはそうじゃねえとハナシにならねえだろうが」
「わたくしに言われても知りませんよ」
沈黙。
十数秒の沈黙の後、スカリーは口を開いた。
「……マイディ、多分あのガキ、本当の工房はここだ。探すぞ」
「…………えぇ~?」
「御大層なこった。使いもしねえ代物ばっかため込んでやがる」
「収集癖でもあるんじゃないですか? 死霊術師ってなんかそういうネチネチした趣味がありそうですし。わたくしはそういうのわかりませんけど」
十五分後。二人は丁寧に偽装された入り口を発見し、内部へと侵入していた。
土肌が剥き出しの通路はどこか冷たい香りを放っており、じっとりとした湿気がさらに不快指数を高める。
そんな場所であるからなのか、それとも意図的になのか。
“工房”には無数の薬品が堆積していた。
防腐剤のラベルが張られているモノがあれば、医薬品もあり、中には東大陸の漢方と思えるような代物まである。
一朝一夕に揃えられるような量ではない。
「……かなり長く隠されてきた場所、だな」
「驚きですね。今まで見つかっていなかっただなんて」
奥へと足を進める二人は警戒を欠かさない。
自らの工房への招かれざる客を歓待するような主人が思いつかないからだ。
それに、侵入者がすべて死んでいるのならば、見つかっていない理由も納得がいく。
それなりに進むと、唐突に空間が開けた。
ランプの明かりがうすぼんやりと照らす広間のような場所。
しかし、絶対に広間ではなかった。
中央には寝台のような器具。端には拘束具と思しき鎖が括り付けられている。
壁には様々な解体用と思われる道具。どれにもどす黒い血液が付着し、使い込まれていることを証明している。
そして――――。
「材料の成れの果て、か。となるとここは作業場、ってとこだな」
部屋の隅にはうず高く積まれた骨の山。
一人や二人では利かない数。
おそらく五十人以上はあるだろう。
中には変色してしまったような古い骨も散見される。
「あの妙な死体どもの材料はわかった、な。あのガキがここでセコセコこさえてたってわけだ。……ガキにしちゃあぶっ飛んでやがる」
「年は関係ありませんよ。あのぐらいのときにはわたくし今の七割程度の実力がありましたし」
「……へいへい。が、妙だな」
「妙? 何がですか?」
「……死体をいじったにしても、だ。残ってる死体のパーツが少なすぎる。この感じならもっと“余り”は多くってもいいはずだぜ。ついでに肉はどこいったんだよ。食ったのか? あ? だとしたらとんでもない大食いだぜ。その上に悪食だ。まだあのガキには何か秘密がある。死霊術以外の秘密が、な」




