血と腸の降る夜に 7
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東区とは違って、中央区の共同墓地はある程度ちゃんとしていた。
あくまでもバスコルディア基準での『ある程度』ではあるのだが。
「で、スカリー。わたくしの慧眼にはふつーのお墓が並んでいるように見えるんですけど? ここから何かしらの情報を読み取れるようだったらお医者にかかったほうがいいですね。きっと悪い診断が下りますから。そのあとはわたくしが処置してあげましょう」
軽く挑発してくるマイディのことは無視しつつ、スカリーは墓地の中へと足を進める。
「ちょっと! 無視しないでください! わたくしを無視しようだなんて、そんな横暴が許されるのは司祭様と神ぐらいなものですからね!? それ以外がやろうもんなら全身の関節をばっきばきにして、そのうえで今度は極限まで走り込みの刑ですよ……って、あ」
「……こればっかりは俺も予想外だな」
「騒がしい人達ね。ここは死者の眠る場所。生者はその死を悼み、悲しみ、そして、記憶し、いつか記録に変えて忘れてしまうための場所。……結局、それは生者のためなのかもしれないけど」
物憂げな様子で、豪奢な黒のドレスに身を包んだ少女が、いた。
手配書の顔とは多少雰囲気が違っているのだが、特に問題でもない。
現実と、紙面に写し取られたモノが完全に一致することのほうが少ないのだ。
ゆえに、手配書通りに黒のドレスで、手配書通りの顔をしていて、手配書通りに包帯で顔まで覆った二人が傍にいる少女は、間違いなく『大佐』が血眼になって探している少女であろうことは確定的だった。
少女の傍に立つ二人は一言も発しない。
まるで、その機能が削除されているかのように。
「……まあ、その、なんだ。こういう場所で会うのも何かの縁だろうが、アンタ自分がどういう立場なのか理解してるのか? ここにいるのは賞金稼ぎが二人。そんで、目の前にはかなりの賞金がかかっている獲物が、いる。……なんでそんなに堂々としてるんだよ? 頭がイカレてんのか、それとも変な覚悟が決まってるのかどっちなんだ? ……どっちもか?」
「知ったことじゃありませんよ。目の前に狩りの対象がいるのに行動を起こさない馬鹿がいますか? 少なくともわたくしはそうではありません。迅速に、かつ大胆に――そして、残酷に。―――――くたばりなさい」
スカリーを差し置いてマイディが飛び出す。
まさに肉食獣そのものといった様子で。
走る、駆る、奔る、疾る―――――迸る!
ほんの三秒。迎え撃つにはあまりにも短い猶予だけを与えて、二振りの山刀を抜いたマイディは間合いに入る。
必殺の間合いに。
(獲った!)
横なぎの一閃。
決まれば必殺。もし急所を外れたとしても深手は免れない。
それほどの重さと鋭さが両立した一撃。
人間の体程度の強度は耐えられないその一撃を、包帯の一人は受け止めていた。
体格から言っておそらくは男性。しかし、左から襲ってきた山刀を右手で受け止め、あまつさえ、腕がまだつながっている。
「んなっ⁉」
回避の可能性は予想していた。
もしそうであったのならば、反対の山刀があっさりと追撃をかけていたことだろう。
だが防御、しかも完全に受け止められてしまうことは完全に予想外。
硬直。
もし、相手が古強者のような外見だったらこうまではならなかった。
ひとえに、か細い少女の外見と、傍の二人のあまりも薄い気配がマイディから警戒心を奪っていた。
一瞬の硬直に差し込まれたのは包帯の男の左手、いやパンチ。
力任せに殴りつけるような、腰も入っていないような素人丸出しの攻撃だったのだが、反射的に山刀で防御する。
ごくあっけなく、暴走する牛にはねられた子供のようにマイディは吹っ飛んだ。
「んだとっ⁉ おいマイディ!」
「騒がないでくださいよスカリー。こんなのどうってことありません。ええ、ええ。この程度でどうにかなってしまうようなわたくしではありませんよ。まったく、まったくまったくまったくの、もう。油断してました」
猫のように身を捻りながら着地し、そのままマイディは多少気を引き締め直す。
黒のドレスの少女とマイディの間の距離は二十メートルほど。
ほとんど一瞬で最初の地点まで戻ってきてしまった。
「おめえの山刀でぶったぎれねえとはな……世の中にはずいぶん頑丈な人類がいたもんだ。ドンキーを除いたら初めてだぜ」
「人類じゃありませんよ。だってあの包帯野郎……中に鉄を仕込んでます。しかもかなり分厚いのを」
「……マジかよ。っつーことはあのクソガキは死霊術師だろうな。包帯の二人はおそらく死体。改造済みってわけだ。まいったぜ」
愚痴りながらもスカリーは拳銃を引き抜く。
包帯の二人ではなく、少女に照準し発砲。
銃声。
少女の頭部へと飛翔した弾丸は射線上に割り込んできた女の包帯に命中、いや吸い込まれる。
あたったのは胸部。
生きているのならば致命傷は避けられないような場所。
だが、当の本人は平然と佇んでいた。
「役に立ちませんねぇ、スカリーの銃って」
「……相性が悪いんだよ、相性が。おめえと違って俺は切り刻むはあんまり得意じゃねえからな。援護する。おもいっきりやれ」
「はいはいまったく。人使いが荒いんですか、らっ!」
再び矢のような速度でマイディは接近。
しかし、先ほどとは違ってフェイントを織り交ぜながら。
銃声、銃声、銃声。
少女を狙ったスカリーの銃撃はすべて包帯の女に止められるが、それが目的。
一対一の状況を作り出すことこそが、スカリーの思惑。
たとえ体内に鋼鉄を埋め込んで防御力を高めていようが、マイディの連続攻撃に晒されて原型を保っていることはできまい。
一撃で壊せないのならば、少しずつ削り取ってやるだけ。
だからこそ、一対一の状況が必要だった。
マイディが全力で攻撃し続けられる状況が。
「ナイスですよスカリー!」
もちろんマイディもそれを察している。
女の包帯が少女をかばっている間。それが自分が全力で男のほうに専念できる時間だということを。
「くたばれ!」
真っ向からの縦一文字。
当然、その程度は受け止められる。
やわらかい肉に食い込んだ後、固い鋼鉄の感触が返ってくるが、その程度では手を止めない。
回転。
捻りを加えた山刀の一撃が、今度は横一文字に襲う。
豪、と大気を切り裂く一撃をまた包帯男は受け止める。
それでも、止まらない。
蹴りが襲う。
防御。
再びの山刀。
防御。
山刀。
防御。
山刀。防御。山刀、防御、山刀防御。山刀山刀山刀山刀防御防御防御防御防御防御防御。
絶え間なく、隙間なく、途切れなく、マイディの攻撃が包帯男に襲い掛かる。
銃声。
もちろんその間にもスカリーは少女への射撃を欠かさない。
包帯女の弱点は少女をかばうために動けないこと。
そして、包帯男の弱点はマイディの攻撃を防御して攻撃に移ることができないこと。
ほんのわずか。ほんのわずかずつではあるが、包帯男の肉が削げ始める。
同時にそれは、防御の要でもある体内の鋼鉄が露出していくということでもあった。
「そこっ!」
嵐のような攻撃の中、山刀による刺突が包帯男の腹に突き刺さる。
ここまでの攻撃の中で、唯一ここでは受け止めなかった。
つまり、防御を敷いていない可能性は高い。ここだけは肉のままである可能性は高い。
そう読んだマイディの読みは当たった。
包帯男を貫いて、刀身が背中から突き出す。
瞬時に捻る。
肉をぶちぶちと引きちぎりながら山刀が回転し、さらに被害を拡大させる。
「オラァ!」
とどめのようにマイディが放った蹴りによって、包帯男の姿勢が崩れる。
これまでは問題なかったが、いまはそうではなかった。
死体は痛みを感じないが、それでも複雑な構造をした人体であることには変わりがない。
骨が支え、筋肉が動かす。
腹筋が抉れてしまえば、バランスは崩れる。
「死人が動いてはなりませんっ!」
再びの蹴り。今度は突き刺すように。
ぼきり、という何かが折れる音がした。
鈍く、しかしながら確かな音が。
おそらくは鋼鉄で補強していた背骨か。普通の加重ならばなんでもなかった強化死体は、マイディの想定外の連続攻撃によって確実な破壊をもたらされていたのだ。
『く』の字に折れた死体は吹っ飛んで墓石にたたきつけられる。
苦悶の声を上げることはないが、それでも行動に不自由が出るのは確実。
もはや、三対二ではなく、二対二の状態に持ち込まれていた。
「やるじゃねえか」
「当然です。わたくしを誰だと思っているんですか?」
「極めて狂暴な危険生物!」
「……後で話があります!」
「断る。そいつァ賞金をもらって酒瓶を傾けるときに聞いてやるよ」
油断なく山刀を構えるマイディ、撃ち尽くした銃弾を再装填して拳銃を構えるスカリー。
対して少女は――――――。
「なぁんでぇ⁉ なんでパーエの邪魔するのっ! わかった! あなたたち悪い人だ! パパを壊しちゃったし、パーエの邪魔するし! 悪い人だもんっ! そうだもん!」
地団太を踏みながら憤慨していた。
(なんだこのガキ?)
先ほどまでとの様子が違う。
どこか物憂げだった先ほどとは打って変わって、まるで幼児のような振る舞い。
なにかを、なにかを見落としている気がしていた。
「パーエ知らない! 悪い人たちのことなんて知らない! パーエいい子だもん! だからパーエ死なないのっ! お前たちが死んじゃえ!」
その叫びに反応するかのように、包帯女の肉体が膨張を始める。
「させませんよ!」
「させるかよ」
銃弾と斬撃が同時に襲う。
だが。
「悪い人たち死んじゃえ! パーエの前からいなくなっちゃえ! 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い! パパとママ以外みんな嫌い!」
銃弾は命中したが効果はなく、山刀は両方ともが捕まっていた。
包帯はすでにちぎれ飛び役目を放棄していたが、それも無理はない。
異常なまでに膨張した筋線維を露出させたその死体を包み込むにはあまりにも力不足であろう。
「……ママはね、パーエを守るときはすっごくすっごく、すっご~く強いんだから!」
ドンキーと比べても見劣りしない巨体。異常に膨れ上がり露出した筋線維。
そして、背中から生えた三本の腕。
異形と呼ぶにふさわしい存在が、誕生していた。




