血と腸の降る夜に 6
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「クソ野郎は見つかったか?」
「いえ、全力で捜索しておりますが、確認されていません。……ただ――」
「中尉、情報の伝達は迅速に行え。俺たちが戦場で得た教訓のうちの一つだろうが」
「……申し訳ありません。オットー、スロック。両名からの定時連絡が途絶えました。現在生死不明。遺留品もありません」
『大佐』の拠点兼事務所。
ゆったりとソファに座ったまま、『大佐』は信頼する副官からの報告に耳を傾ける。
同時に、ある種の諦観を帯びる。
とうとうこの時がやってきたのかという―――――諦観を。
「どっちも伍長か。新入りではあるが、あいつらのコンビはなかなかに目端が利いてた。だからこそ、見張りを任せたわけだが……失敗だったな」
「『大佐』、我々は覚悟しております。あの地獄に比べればこの程度の艱難辛苦は取るに足りません。散っていった戦友達のためにも、報復を」
「わかってるさ中尉。俺様が部下を殺されて黙ってるような男か? 違う。野郎はミンチじゃ済まさん。徹底的に痛めつけて、漏らしたクソを口に突っ込んでやる。泣きながら『殺して下さい』というまで生かして、いたぶる。全隊通達。俺様が指揮を執る。全員集めろ。他の奴らなんぞどうなってもいい」
「了解しました」
忠実な部下は、『大佐』の命令を実行するために通信のために退室した。
一人残された老兵は、呟く。
「因果なのか、それとも報いなのか――どっちでもいい。敵は殺す。それだけだ。今も昔も、それだけだ。俺様は」
漏らした言葉に反応する者はいない。
「スカリー。スカリー? ちょっとスカリー? 聞いてるのですか? わたくしの麗しい声に聞きほれてしまっているのはいいですけど、返事してくれないと不機嫌になりますよ? わたくしの機嫌をぶん曲げてしまったらスカリーのいろんな部分がひん曲がりますよ? それでもいいのならばこのまま返事しないでもいいですよ。その間に準備しますから」
「アホかおめえは。ちょっとぐらいは不審に思えよ。思ってねえなら今すぐに役立たずの頭を切り離して身軽になれ。そっちのほうがなんぼか戦いやすいだろ」
バスコルディア中央区。
スカリーとマイディの二人は珍しくこの場所へと足を運んでいた。
はっきりと言ってしまえば賞金目当て。
あわよくば一枚かんで分け前にあずかろうという魂胆なのだが、『大佐』の部隊が動き始めていることを知ったため、すでに大分やる気はなくなっている。
ゆえに、今は当てもなくぶらぶらと、久しぶりに足を運んだ中央区を散策しているような現状である。
しかし、様子が違っていた。
「店はどこも閉まってる。人通りは少ねえ。さらにはさっきからやけにぴりぴりした感じだ。どうなってやがる? いつからこんなに余裕がなくなっちまったんだ? 俺も初めてだぜ」
「そんなの決まってますよ。ほら、あれ」
マイディが指さした方向に視線をやれば、見慣れない紙が貼ってあった。
紙質も新しく、痛んだ様子もない。
ほぼ間違いなく数時間以内に貼り付けられたことはあきらかだ。
〈交戦を開始する。巻き込まれた場合の保障はない〉
最後のサインにはスカリーも見覚えがあった。
「なるほど、ね。『大佐』の部隊がドンパチ始める宣言ときたか。だったら外をうろつくのはアホの極みだぜ。やつら手加減とかそういう概念がねえからな。下手したら歩いてるだけで後ろからズドン! といっちまう」
「まったく、乱暴この上ありませんね。これでは民衆の不安を煽ってしまうだけ。統治者に近い立ち位置にいるのですから少しぐらいは自重してほしいものです。わたくしみたいに」
「おめえのどこに自重の要素があるんだよ」
「全身、頭の先からつま先まで。わたくしは配慮に満ちて、思慮深くて、そして可憐なるシスターなのですから当然です」
「……もう言うこともねえや」
帽子を潰すように抑えながら、スカリーはハンリのことを考える。
(一応、教会にはドンキーが控えてるから心配はいらねえか)
現在、ドンキーはこの一件に関わる気がないようだった。
ゆえに、教会に籠っている。
あの規格外に強力な戦闘能力を有する司祭を突破して、ハンリに危害を加えるためには周到な準備が必要になる。それこそ、統率のとれた部隊のようなものが時間をかけて準備しなことには不可能に近いだろう。
だからこそ、スカリーもマイディもこうやってハンリの護衛ではなく、賞金首を探しに来ている。
普段は留守の番犬がいるのだから。
しかし、その目論見は頓挫寸前。
『大佐』の部隊がここまで早く動き出すのは予想外だった。
彼らは獲物にも、獲物以外にも容赦しない。
どこまで被害が拡大しようが、標的をしとめるまでは作戦行動を中止することなく、徹底的に、やる。
バスコルディアにおいて、それは常識であり、わきまえておくべき必要最低限に含まれていた。
ただの賞金稼ぎ二人が首を突っ込んでもろくなことにはならない。
最悪、障害と認定されてしまった場合、『大佐』の銃口がこちらに向くことぐらいは容易に想像できた。
「こりゃあ、帰ったほうがいいかもしれねえな」
「はぁ? 何を腑抜けたことを言っているんですか? 金貨五百ですよ? 金貨五百。これだけあったら相当の贅沢しても一年は持ちますって。……可愛い男の子や女の子に囲まれて酒池肉林の日々も夢ではないわけですよ? そんなロマンを逃していいはずがありませんよ」
極めて欲望に忠実な、それでいて普段とまったくぶれないマイディの意見にスカリーは暗澹とした気分になる。
このまま言い聞かせようとしても水掛け論になるだけなのは火を見るよりも明らかだ。
そして、そういう無駄な時間を過ごしている間に賞金首も自分たちの安全も失ってしまう。
この場合、意思統一がなされず、グダグダと時間を浪費する事態だけは避けたかった。
ゆえに妥協する。
安全策を取りたいスカリーは譲歩する。
「……わーったよ。わーった、わーった。おめえの言うことも一理ある。目の前においしい話があるのに見逃すなんてのは俺ららしくねえわな」
「さっすがスカリー! わかってますね!」
「……話は最後まで聞けよ。いいか? 下手すりゃあこっちまで穴だらけになっちまうような危ない橋を渡るのは利口じゃねえ。わざわざ崖の先でタンゴを踊る馬鹿がいるか? いねえ。なぜかって? そういうアホはとっととおっ死んで一回きりの人生に幕を下すからだ。そして、俺たちはそういう類の馬鹿じゃァねえ。リスクとリターンってやつを多少はわきまえてる」
「話が長いですよ。結論を言ってください結論を」
しびれを切らしそうになっているマイディはせかす。
結論を。方針を。撤退なのか、それとも行動なのか。
「……一番クサいとこを探す。それで外れだったらあきらめろ。いいな?」
妥協案。
賞金首を追うことはするが、期限を今のうちに決定しておく。それがスカリーの妥協案であった。
ずるずると沼にはまるようにして、むやみにうろつきまわることはしない。
「……まあ、いいでしょう。でも、クサい場所って……心当たりでもあるんですか?」
「一応、な。あくまで可能性っていうだけなんだが。外れだったら酒でも買ってドンキーと酒盛りだ」
「そこには反対しませんよ。で、どこを探すんですか? まさかバスコルディア全体とか、中央区全部とか言いませんよね? それじゃあ何日かかることやら」
「んなわけねえだろうが。…………探すのは墓場だ」
スカリーには予感があった。
今回の賞金首の正体に。
死薔薇の烙印の再来を吹聴する、何者かに。
そしておそらくは、自分の目的地に潜んでいる可能性は高いだろうということも感じていた。




