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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
血と腸の降る夜に
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血と腸の降る夜に 4

 4


 「……というわけで、数日は厳戒態勢になるだろうから二人とも自重するように。特にシスター・マイデッセ。君はちょっとばかりトラブルを起こしやすいのだから肝に銘じておきたまえ。いいかね?」

 「もちろんですよ司祭様。わたくしが言いつけを破ったことがありますか?」

 「……おめえは何度ドンキーに説教という名の折檻を食らったと思ってんだよ」

 「…………数えきれないぐらいでしょうか? でもそれは愛の(むち)というやつですよ。スカリーのような冷血漢にはわからないでしょうけど」

 「愛の鞭ってよりも、鉄の無知って感じだけどな、おめえは」


 バスコルディア教会礼拝堂。深夜。


 すでにハンリは床に就き、起きているのはろくでなしが三人。

 手に手に酒瓶を。そして(さかな)はドンキーが呼び出された案件。

 剣呑に重なる剣呑。そんな血なまぐさい事件を聞いてはみたが、スカリーとマイディ、ともに平静そのものというか、いつも通り。

 緊張感のかけらもなかった。


 「どうせそのアホは数日中には晒し首かその辺で死体を漁られる羽目になるだろ。『大佐』に喧嘩売って無事だった奴を知らねえぜ、俺は。――おめえは例外だけどな」

 「――と言いたいところなのだけどね」

 「……含むものがありそうじゃねえか」

 

 楽観視するスカリーと、それを曖昧に否定するドンキー。

 一方で、すでにマイディは次の酒瓶を傾けていた。


 「……詳しすぎる気がする。十面の犬、という文言……あれがあの場にいた私達十人を指しているのだとしたら……どうにも説明がつかない。死薔薇の烙印を目指す存在はなぜ私達が十人いるとわかっていたのか?」

 「あてずっぽうじゃねえのか? たまたまカンが冴えてたのさ。世渡りには()かせなかったみたいだけどな」

 「だと、いいのだけどね」


 「二人とも気にしすぎではないですか? そもそもわたくし達を狙ってくるようなのは相当の馬鹿を一足飛びに超えて歴史級の馬鹿ですよ? 他のメンツに比べたら司祭様やらわたくし、そしてスカリーの買ってる恨みなんて微々(びび)たるものですって」


 「おめえは能天気だな」

 「シスター・マイデッセはもう少し深く考えてみたまえ」


 「そういうところだけは一致するんですから始末に負えませんねぇ」



 


 バスコルディアにいる浮浪者の中には情報屋としての顔を持っている者が多くいる。

 よほど立ち入りが制限されているような場所でもなければどこにいても不思議ではなく、特に理由のない行動にも不審がられにくく、さらには格好にも自由が利く。

 張り込んでいてもいいし、町中をうろついてめぼしい情報を拾っていってもいい。

 仲間内で巡る情報も時にはカネに変わる。


 そんな情報屋兼浮浪者の一人、ダオジと呼ばれる男がいた。

 彼は『大佐』に何度も有益な情報をもたらしていたし、情報の確度も高く、間違いなく信用されている、重用されている一人だった。

 部下でこそないが、直接『大佐』と話すことができる程度の信頼は得ている。


 そんな彼はある依頼を受けていた。


 「……黒髪のガキ……二人のツレ……ゴテゴテした黒のドレス、ね」


 悪臭のする路地で呟きながら探す者の情報を再確認する。


 『大佐』から直接の依頼。それは暗に最優先事項であることを示していたし、報酬も破格だった。


 なぜそんな人物を探しているのかは詮索しない。それは自分の仕事ではないから。

 有益な情報を運ぶのが自分の役割であって、それをどうするのかは『大佐』が決めることだ。

 そう考えて、ダオジはゆっくりと歩き始めた。

 対象は潜伏している可能性があるということだった。

 なら、探すべきは――東区。

 この無法の街でもひときわ混沌としていて、歪んでいて、始末に負えない場所。


 

 

 東区は大きく分けて三つの区画から成り立っている。

 蜥蜴族(リザーディ)、もしくはそれに準ずるような亜人種がコミュニティを構える区画。

 表のバスコルディアでもギリギリな品物のやり取りが行われている区画。

 そして、どうしようもない社会不適合者が集まる区画。


 亜人種のコミュニティに潜んでいるということはないだろう。彼らは人間を受け入れることが非常にまれだ。その上に、受け入れられたとしても、非常に目立つ。

 見た目が人間ならば、潜伏には全く適していないのだ。少なくともダオジはそう考える。

 

 となれば候補は二つ。

 だが、目が多い商取引が行われる区画、これもあまり潜伏には適しているとはいいがたい。見えてしまったものは話したくなるものだ。

 消去法で、ダオジは最後の区画に向かう。

 

 どこにも属さない、どこにも属せないような――始末に負えない荒くれが集まる区画に。


 


 「知らねぇな。そんなガキなんぞいたら三分もせずに攫われて慰みモンになっちまうぜ」

 「そうかい。……つまらねえ話をした詫びだ。とっといてくれ」


 ぶっきらぼうな安宿の店主に銀貨を握らせる。

 感触から白銀貨であることはわかるはずだ。

 案の定、店主の顔色に変化はないが意味ありげに視線がさまよう。

 

 (やはり知ってやがるな、これは)


 「カンでもいい。アンタのカンは鋭そうだ」

 

 再びダオジは白銀貨を握らせる。

 逡巡(しゅんじゅん)しているのならば一気に押し切る。そういうやり方が一番有効なのは身をもって実感している。こんな場所にいるようなやつらならば余計に、だ。

 

 「そうだなぁ……“白い骨”、なんとなくだけどそんな気がするな。そういう名前のトコにでもいそうだな。あくまで、なんとなくだけどな」

 「……なるほど。どうも」


 最後にもう一枚白銀貨を握らせてダオジはそのまま店を後にする。


 白い骨。おそらくは店の名前ではあるまい。そういう類の名前ではない。

 ならば、直接的に連想できるようなものだ。

 であれば――――――。


 「……墓地か」


 東区の共同墓地。歩いても二十分。おそらくはそこに何者かが潜んでいるのは間違いないだろう。

 骨には事欠かない。


 (確認したら仕事は終了。コイツで連絡するだけか)


 『大佐』から預かった連絡用の宝珠。一度きりの使い捨てなのだが、その分小さく、気づかれにくい。そもそも、自分の役割は情報を集めることだ。


 

  


 本来、墓地という場所は静かであるべきだ。

 死者が眠る場所は、永遠の安息の場所であり、安寧(あんねい)享受(きょうじゅ)するために用意されてしかるべき。特に信仰があるというわけではなかったのだが、ダオジもうっすらとそういう考えぐらいは持っていた。

 だというのに。


 (誰かがいるな……おそらくは、目当ての野郎、いや、ガキか)

 

 湿った土にはいくらかの足跡が点在していた。

 比較的小さなものが二種類。大きなものが一種類。


 (女が二、男が一。……体重は重くはないな。そこまで体格がいいってわけじゃない。……数日ほど経過、か)


 素早くそれだけの情報を推測する。

 

 だがこれだけでは情報になりえない。

 自身の目で確認しないことには始まらないのだ。ガセネタをつかませてしまった情報屋に次からの仕事はない。

 少なくとも、目視しないことには始まらない。


 (……張り込む。いいや、ダメだ! 情報は鮮度が命! 他の野郎に先取りされちまったらたまったもんじゃねえ! ……なぁに、迷ったふりしてとっととケツまくってやりゃあいいのさ)


 報酬。それに目がくらんだというのは正解だろう。

 『大佐』は金払いがいいことで有名だ。今回はかなり気合を入れて捜査に乗り出していることもあって、奮発してくれることは間違いないだろう。


 (中央区じゃあ、『大佐』の息のかかった店には腕利きが見回ってる。そんなピリピリしてるんなら、解決した時の機嫌はきっといいだろうしな)


 希望的な未来がダオジの足を前に進める。

 足跡を辿っていくと、一つの墓の前で消えていた。

 

 ぴん、と直感が働く。


 何の変哲もなさそうなよくある墓石。その一部分だけがやけにきれいだったのだ。

 迷いなくダオジは手を置く。

 

 ゴグン、と何かが動く音がした。


 「なるほど……こりゃあ大層な仕掛けだ。よっぽどの悪趣味が作ったに違いねえ」


 先ほどまで何もなかった地面に、穴が出現していた。

 冥府までつながっているような、そんな昏い穴が。



 

 「……ひでえニオイだ。こんな場所で過ごせるやつはどうかしてる」


 梯子(はしご)を伝って降りたダオジの第一声は吐き捨てるような言葉だった。

 当然である。

 土のにおいに、カビのにおい、そして、薬品のものとおもわれる刺激臭、さらには死体から発せられていると思われる腐乱臭が混じりあって、恐ろしく不快な空間と化していたのだから。


 (……いるのか? こんな場所に?)


 不安がよぎる。

 ここまでやって空振りに終わってしまったのだとしたら、空回りもいいところだ。

 それだけは避けたい。


 五人ほどの人間が悠々と行き来できるほどの横穴。ところどころに明かりを灯して、それはさらに奥へと続いていた。


 心底嫌になりなりながらダオジは第一歩を踏み出そうとして―――。


 「何の用かしら?」

 「⁉」


 横に潜んでいた少女に驚いて飛び上がる。


 薄暗い空間に慣れ始めた眼球がとらえたその姿は、まるで夜会に出かけるかのような豪奢(ごうしゃ)な漆黒のドレス。

 なるほど、パーティにならばふさわしいのかもしれなかったが、今この場所には不釣り合いこの上なかった。


 確信する。

 

 (こいつが『大佐』の探してるやつだ!)


 そうでもなければこんな場所でこそこそやっている説明がつかない。


 「ちょっとばかり冒険心でね。墓場にこんな場所があるなんてびっくりしてるとこさ。お嬢ちゃんはここに住んでんのか? だったら素敵な住処(すみか)を案内してほしいもんだね」


 できるだけ阿呆のふりをする。

 自分が情報を収集しに来たということを悟られてはならない。今この場面に限っては、当てもなくぶらついている浮浪者を装うのが正解、のはずだ。


 「……そう、変わっているのね。こんな辛気臭い――いえ、死の気配が強い場所にやってくるのはよほどの身の程知らずだと思うのだけど」

 「よく言われる。明日のことは考えない主義でね。今日が楽しければそれでいいのさ。ちょっとしたお宝でもあったらいいかとも思ったんだけど、どうやらそうでもないらしい。コソ泥でもない俺は帰るとするよ」


 身をひるがえして梯子をつかもうとしたダオジの手は横から何者かに捕まえられる。

 

 「⁉」


 ボロボロの包帯に包まれた手。

 いままでどこに潜んでいたというのか、そこにはよくある服に身を包んだ奇妙な人物が存在していた。


 顔面を完全に覆っている包帯にはところどころ赤茶色に変色した汚れが付着している。

 いや、それは乾いて変色した血液だということぐらいは容易に想像できた。


 「おいおいちょっと……離してくれよ。勝手に入ったのは悪かったけどさ、こんな場所に誰かが住んでるなんて思わないだろ? 表札もなかったことだしな。アンタらは炭かだっていうアピールが足りなかった。俺は常識が足りなかった。そういう風にお互いさまっていうのはどうだい? 別に痛む腹があるわけじゃないだろ?」


 「………………」


 包帯の人物は黙したままで語らない。

 微動だにしないその姿はとても人間だとは思えなほどに。

 

 「……そうね、あまりそういう配慮はしていなかったし、そういう考え方もあるわね」


 音も立てずにドレスの少女はダオジの真後ろに立つ。

 

 「だ……だろ? 世の中ってのは持ちつ持たれつだ」


 「そう……ね、世の中はそうかもしれない。…………だけど……だけどねっ! パーエは怒ってるの! ここはパーエとパパとママの場所なんだから! 勝手に入ったきた人は悪い人だもんっ! 知ってる? 悪い人はね、罪に応じて”罰“を受けないといけないんだよ。とっても苦しいけど、そうしないと天国にいけないんだもん! だからおじさんも受けないとね!」


 急に少女の口調が変化した。

 その事実はダオジの生存本能を徹底的に刺激するに十分なほどの異常事態であったし、この場所から一刻も早く逃げ出したいという思いはもはや抑えようもなかった。


 「離しやがれっ! このクソ野郎が!」


 包帯の人物の顔面を思い切り殴りつける。

 躊躇のない一撃によって、鼻骨が砕ける感触がした。

 しかし。


 「ぎぃぃぃぃぃィぃぃぃぃぃっっっ!?」


 ダオジの腕をつかむ力は緩むどころかより一層、骨をきしませるほどに強くなる。


 「は、離せ! 離せよぉ! この、この野郎!」


 殴りつける。

 殴りつける。

 殴りつける。

 

 何度も何度も、幾度も幾度も、あきらめることなく、必死に、全身全霊をもって、一切の容赦なく、手加減なく、躊躇(ちゅうちょ)なく、遠慮なく。


 すべてをまともに受けたのだから、包帯の人物は昏倒しても不思議ではない。

 だというのに、まだその腕からは力が抜ける気配がなかった。


 「やっぱりおじさん悪い人だ! いきなり人をぶっちゃダメなのに! 悪いおじさんはパーエが『めっ!』してあげるから」


 ドレスの少女がどこからともなく取り出した代物にダオジは見覚えがあった。不幸なことに使い方も知っていた。

 それは、蜥蜴族が得物の腹を引き裂いて内臓を引きずり出すときに使用する解体用のナイフだった。


 ぎらりと光る刃物を見て、ダオジは恐怖で失禁した。



 


 「大佐、情報屋が死んだようです。渡していた宝珠から映像が送られてきました」

 「ご苦労。獲物の面は割れたな?」

 「はい。ただいま複写を行わせております。約三十分後に一斉にバスコルディア中に配布を開始します。終了予定は二時間後です」


 『大佐』が拠点としている建物。

 その一室で、『大佐』は部下からの報告を受けていた。

 

 情報屋ダオジ。確かにこの情報屋はそれなりに有能ではあったが、唯一無二というわけでもなかった。

 ゆえに、始めから殺されることを予定していたのだ。

 

 ダオジに渡していた宝珠は持ち主の死によって発動する。

 体験した映像と音声を受信用の板に投影する。

 いまダオジから送られてきた情報はすでにチェックされ、そのまま部下たちは手配書を作るだろう。

 あとは簡単だ。

 

 バスコルディア全体で賞金付きで指名手配されるということがどのような事態を意味するのか? それを相手は知ることになる。

 使えることもない駒が一つ減ったことは損失ではある。

 だが、計上するまでもないような損失なのだ。

 

 部下と自分以外はどうでもいい。それが『大佐』の考えだった。

 あとは、すべて使い捨てでもかまわない。


 「中尉、賞金は自治協会のタコどもにも出させるから金貨で500だ。馬鹿どもが狩ってもいいし、俺様たちが狩ってもいい。……どっちにしろ、始末するだけだからな」

 「了解しました。……招集命令を?」

 「やれ」

 「はっ!」

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