血と腸の降る夜に 3
3
「……私が潜入していた盗賊団……カンドビート組と名乗っていましたが、彼らを殺した少女。それが次の目的地として示していたのがバスコルディアでした。……間違いなく、彼女、いえ、彼女たちはこちらに向かったのでしょう。私が襲撃を受けたのが二週間前。……もうすでに潜入し、何からのアクションを起こしていても不思議ではない……むしろこの街だからこそわからない状態だと思われます」
先ほどまで死体だった男はやっと舌が満足に動くようになったのか、次々に自分が遭遇した状況を述べていった。
黒髪の少女、包帯にまかれた正体不明の――おそらくは男女、嬉々として目玉を抉り出した少女、そして、最後に漏らした言葉。
「『つぎの死薔薇の烙印は私ね』、と」
円卓についている半数の眉が上がり、半数の目つきが険しくなる。
“死薔薇の烙印”。ある種の暗号である。
無法の街バスコルディアにおける、一種の称号であると同時に、蔑称。
かつてバスコルディアの黎明期、その通称を持つ者がいた。
その者は特に戦闘に秀でているというわけではなかった。
しかし、扇動能力においては一線を画していたのだ。
つまはじき者が集まっていた当時のバスコルディア。その中では様々な利権争いが今以上に激しく行われていたのだ。
そんな状況で、悪魔のような才能は開花した。
初めは小競り合いだった。
しかし、徐々に徐々にその規模は大きくなり、最終的には数千人規模での殺し合いに発展した。
発端は死薔薇の烙印。そいつが演出した。
ことが公になったのはほとんどの有力者が死亡してから。
虐げられてきた者は歓迎した。自分たちが這い上がるチャンスが増えたのだと。
仲間が死んだ者たちは激怒した。自分たちが踊らされたのだと。
結果、再びの殺し合いが起こった。
二度の抗争によって、死薔薇の烙印は殺され、その死体を奪い合ってさらに屍が築かれることになった。
バスコルディアでも他に類を見ないほどの大混乱を引き起こした張本人。
それが死薔薇の烙印である。
そして、その名前を知る者は少ない。
詳細な資料はなく、当時を知る者も決して口を開かない。
汚点であると同時に、この上なく無法都市を表しているのだ。
「……その単語を知っているということは――その、少女が人間である可能性は低いであろう。そのような秘密性の高い情報に接触できる可能性は限りなく――低い」
『霊髄』が冷静に指摘する。
「エルフ……という可能性も低いかと。我々がバスコルディアに入植するようになったのはここ三十年ほど……それに、耳を見れば一目でわかりますからね」
『静謐』もあくまで表面上は冷静に同意する。
「では、一体何者なのだ? 機密情報を知っており、そのうえで戦闘能力も高いような存在がそうそういてもらっても困る。第一、そんな目立つ存在は真っ先に狙われるか、取り込まれるのが普通だろう」
「それはわかりませんね。今はそれを討論する場合ではないでしょう。問題は危険人物が入り込んでいるということです。こういう時こそ我々は団結して事に当たらねばなりません。ただでさえこの街ではごたごたが起こりやすいのです。ちょっとしたことが大事になる」
「そのためには情報が必要だ。相手がどういう存在なのか、目的は何なのか、手段は? 利益は? リスクは? そういった諸々を勘案した上での――」
「黙りなァ」
口論を始めようとした『霊髄』と『静謐』は『大佐』の一言によってその口をつぐむ。
新しい葉巻に火をともし、何度か煙を吹かすと、『大佐』はゆっくりと告げる。
「どうのこうの言ってんじゃねえ。俺たちがやることは一つだろうが。舐めたクソ野郎の頭をカチ割って肥料にしてやる。そうだろ? それ以外にやることがあるやつはクソと一緒にひりだしてこい。邪魔だ」
怒鳴りつけるわけではなく、むしろ静かな口調だったが、かえってそれが周囲の反対を封じ込めた。
「……反対はいねェな。じゃあ俺様が仕切る。さァて、なるべく情報が欲しい。できるだけそのクソガキと取り巻きの包帯野郎の外見を詳細にいいな。すぐさま部下に調査させてねぐらを割り出す」
有無を言わせぬ『大佐』の迫力に気圧されたのか、四肢のない男は何も言わない。
円卓の上で身を起こし、わずかに目を伏せている。
「……おいどうした? 報告がお前さんの義務だろうが」
反応は、ない。
「……『大佐』、やめておきたまえ。どうやら伝言はこれだけではないようだ」
「あぁん? どういうこった『核撃』。伝言ってのは一体――」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼‼‼‼‼」
突如として四肢のない男は絶叫した。
思わず耳をふさぐほどの、喉が張り裂けんばかりの――いや、実際に裂けはじめていた。
皮膚に亀裂が次々に。
その目玉は零れ落ち、頭髪は次々に抜け落ちていく。
そして、異様に長い舌がでろりと垂れていた。
「おい『核撃』! 何が起こってやがる⁉」
「伝言だよ。悪趣味な、ね」
限界を迎えた男の首から血がしぶく。
かかることこそなかったが、円卓の中央が血だまりと化す。
そして、男は今度こそ本当に絶命したようだった。
血と粘液にまみれた舌を晒しながら、壮絶な表情でこと切れている。
「何だったんだ……」
「言っただろう? ”伝言“だと。舌を見てみたまえ」
ドンキーに言われるがままに『大佐』は男の赤黒い舌に視線を移す。
〈十面の犬は引き裂かれ、死薔薇を抱いて手足も腐る。怖くて泣いてる小さなあの子。泣いてる泣いてる。次は自分とも知らないで〉
細工用の小刀で刻まれたかのような痕で、そう綴ってあった。
「―――――確かに、こいつは悪趣味だ。やるほうもだが、やられるほうもどうやったらここまで恨みを買えるんだか」
「皮肉かね?」
「俺様はジョークもわかる男前だからな。もちろん、つまらんジョークにはそれなりの代償を払わせてやる。今回のは人生で二番目につまらん」




