血と腸の降る夜に 2
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会議場には重々しい沈黙が満ちていた。
バスコルディア自治協会本部。その中でも最も収容人数が大きく、様々な会合に使われている一室。
しかし、その広さに反して中にいるのは十人ほど。
だが、その全員が何かしらの組織の代表を務めるような大物である。例外は一人だけ。
無法の都市が曲がりなりにも一定の秩序を保っているのは彼らによる牽制合戦が行われているからだ。それがなくなってしまえば、この街はすぐさま崩壊するだろうとまで言われている。
彼らは待っていた。
情報を、報告を、そして――獲物を。
円卓に座す彼らはめいめいにやりたいことをやってはいるのだが、その一点だけは共通する。ゆえに――待つ。
「おい『核撃』。おめえさんが顔を出すなんて珍しいモンだぜ。なァに企んでやがる? 俺様にも一枚噛ませな。恩も仇も三倍にして返してやるからよ」
「『大佐』、生憎だが、特になにもないよ。教会の関係者が何かやらかしたのならば責を負うのは私だからね。……どうにも問題児が多くて困る」
ドンキーに話しかけた壮年の男は破顔する。
「おうおう、聞いてるぜ。『双山刀』と『剣弾』。あのくらいに腕が立つんなら俺様の手下にしてやってもいい。どうだ? もちろん待遇はいいぜ。シケた教会で飲んだくれてるようなやつらじゃねえだろ」
「生憎だが、私は彼らに命令できるわけではないよ。自由意志というものがある。人は自ら選択する。それこそが正しい心のありようだ。神はそれを説いていらっしゃる」
「ハッ! ”我を信じよ”ってのも自由意志か?」
「そういうことだ。信じようと信じまいと、神はその御眼によって見ていらっしゃる」
「フフフ……言うじゃねえかよ。俺様に堂々と意見するのなんてここにいるやつらぐらいだから楽しめる。……クク、やっぱり同レベルでやりあえる奴ってのはうれしいもんだ。男ってのはそういうもんだぜ」
「……どうだろうね」
『大佐』と呼ばれた男、元々彼は中央政府の軍隊に所属していた。
数々の秘密任務を請け負った特殊部隊の隊長として様々な任務に従事していた。
それがある日突然軍を抜けた。手塩にかけて育てた部隊と一緒に。
当然、中央政府は機密情報を知っている彼らを追跡したのだが、ことごとく失敗に終わる。さらにはバスコルディアに拠点を構えたことによって手出しはほとんど不可能になってしまったのだ。
扱っているのは主に武器。
ほかにも用心棒のようなこともやっているので、組織としてはバスコルディアでも有数の武闘派。
手を出せば必ず報復する。仲間が死ねば、犯人は必ず殺す。鋼の結束と、漆黒の意思によって繋がる武装集団。
それが『大佐』が率いる『第六十二特殊作戦大隊』だった。
咥えていた葉巻を灰皿に置き、『大佐』は懐中時計を取り出す。
すでに時刻は夜の八時を回っている。
この時間に会合があること自体が珍しいのだが、その議題も何も知らされていないのはもっと異様だった。
(俺様の夜の楽しみを台無しにしてまでの価値はあるんだろうな?)
ぐるりと場にいる全員の顔を見渡す。
蜥蜴族のまとめ役『チーフ』、娼婦界隈の大物『絡新婦』、主任研究者『霊髄』、エルフの同盟から『静謐』、ドワーフの組合から『鉄割(』、マーケットを取り仕切る『デブ猫』、唯一の中央政府とのパイプ役兼交渉役『黒犬』、雑多な少数部族の代表『四つ首』、そして、『核撃』、最後に『大佐』。
今いるメンバーだけで、バスコルディアのかなりの部分を動かしているといっても過言ではない。
それぞれがライバルであり、協力関係にあり、敵であり、味方でもあった。
奇妙ではあるが、この街には似合っているといってもいい。
突然に呼び出された彼らは訳も分からずこの場所で待っているのだ。
しかし、憤慨して帰ろうとする者はいない。
このメンバーが呼び出されるということの重大さがわかっているのだから。
大佐の咥える葉巻がその役目を終えたころ、やっとドアがノックされる。
応えるものはいない。しかし、それが承諾の合図でもある。
「失礼します。大変お待たせして申し訳ありませんでした」
入ってきたのは若い男。
身なりはきれいに整えており、できる秘書という風情だったが、抱えている荷物は泥と血にまみれている。
男は自治協会の構成員の一人だ。
主に伝令役をこなす下っ端ではあるのだが、仕事の正確さは非常に高く評価されている。だからこそ、ここにいる全員が待っていたといっても過言ではない。
――大したこともなく呼びつけるような人間ではなく、何かしらの緊急事態。
それが全員の一致した見解なのだ。
「おいおい、俺様たちをこんだけ待たせたんだ。さぞいいニュースでも飛び込んできたんだろ? 楽しませてくれよ。悪いニュースなら猫のケツにでも突っ込んでおきな」
「……申し訳ありません。そのような確約はしかねます。情報をどう処理されるのかは皆様に一任させていただきます。私は正確な伝達を行うのが務めでありますゆえ」
『大佐』の軽口にも男は慇懃な口調で返答する。
予想した通りの反応だったので、『大佐』は特に気を悪くした様子もない。
それどころか、そうそうたる面々に相対しても全く調子が崩れない男を評価していた。
「……ねェ、そんなことよりも、サ、アタシはとっとと帰って一杯やりたいんだけど? 会議が終わるまでは酒は禁止だし、ね」
けだるげに『絡新婦』はいう。
「ワシも同意見じゃ。……大体、連絡事項なら使いのモンでもなんでも使えばよかろうに。わざわざ集めた理由はなんじゃい?」
『鉄割』がひげを撫でながら要件を尋ねる。反対する者はいない。
「バスコルディアに対して明確な阻害行動を行っている者が存在しております。さらに、その者は現在、バスコルディア内部に潜伏している可能性が濃厚です」
男の言葉に、全員が内心では大小の差はあれど動揺する。
無法の街に対して明確に敵対した場合どうなるか? それは歴史が教えてきている。
かつて中央政府が部隊を派遣した時、その八割が死亡ないし捕虜になった。
ある思想家集団が信者を率いて乗っ取りを仕掛けた時にはその教団は壊滅まで追い込まれ、いまだにその残党狩りは続いている。
歴史を紐解いてみても、ろくなことにならないのは明白。だというのに、わざわざ虎の尾を踏みに行くという愚行。
そんなことをやるのは――よほどの馬鹿か、規格外。
「…………おもしれえ冗談だ。いや、よくよく考えてみたら笑えない冗談だな。ガセをつかまされたんじゃねえのか? 言っとくが、俺様はちゃんと裏付けのないことは信じない主義でな。適当なモノだしても「はいそうですか」とはいえねえぞ」
最初に口火を切ったのは『大佐』。だが、ほかの者も同じような考えである。
あまりにも愚かな存在がいる、もしくはとんでもない危機が迫っていると考えるよりも、情報自体が偽物であるという可能性を考える。
ゆえに、『大佐』の発言に異議を申し立てる存在はおらず、男の返答を待っていた。
「……裏付け、というか証言はあります。こちらに」
いうが早いか男は脇に抱えていた荷物を円卓の中心に放り投げる。
不思議なことに、音もたてずに静かに落下したソレは勝手に包みが解けていく。
「……こいつのどの辺が”証言“になるんだ? 喋れるもんなら喋らせてみやがれ」
不機嫌そうに『大佐』は言うが、無理もなかった。
なぜならば、汚らしい布に包まれていたのは、死体だったのだから。
しかも、両手両足がない死体。
鋭利な刃物で切られたのか、切断口は滑らかではあるが、わかるのはそれだけ。
男のいうような事態の証明にもならず、証言もできそうになかった。
「オイ、若えのよ。俺様は失敗した奴を無駄に叱責することはねえ。だが、嘘はいただけねえな。しかも、何の利益にもならねえ、ごまかしの嘘は一番いただけえねえ」
「ご心配なく。死体ではありませんので」
「は? 何を言ってやがる。どっからどう見ても死ん――」
「…………無礼を、承知の上、で報告させて、いただきます。バスコルディアに干渉せんとする何らかの人物、が存在していることは確実です。この私自身が見て、聞いたのです」
しわがれた、死にかけの老人のような声は円卓の中央から響いた。
全員の視線が死体に、いや、死体だと思っていた物体に集まる。
ゆっくりと、ゆっくりとだが、土気色だったその肌が生気を取り戻していく。
「……なんだこりゃ。気味が悪いってもんじゃねえ。ケツに腐った卵を突っ込まれたみたいだ。どういう意味かわかるかよ『核撃』? 最悪ってことさ」
「蘇生術、ではないね。魔法が使われた気配がなかった。―――ということはそういう体質なのか、それとも種族なのか。私は寡聞にして知らないが」
眉をひそめる『大佐』、隣で感想を述べるドンキー。
他の面々もどこか嫌そうに円卓の中心で息を吹き返した者に注目していた。
「我々自治協会が色々な場所に潜り込ませている諜報員の一人です。今回はバスコルディア移住を希望していた富豪を狙う盗賊団へと潜入していたのですが、この様です。詳細はこれから」
淡々と、自治協会の男は事実だけを述べる。




