血と腸の降る夜に 1
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その町を支配しているのはカンドビート組と呼ばれる集団だった。
人数は三十人にも満たないような集団なのだが、小規模であるがために中央政府が直々に動くということもなく、小さな町は支配下に置かれていた。
拠点としているのは酒場。主人を殺して乗っ取った曰く付きの一軒。
だが、彼らには関係ない。その程度で動揺するような小心者は一人としていない。
首領のアーチゼ・カンドビートはそんな場所で今日も手下たちと一緒に酒杯を干し続けていた。
「おいテメエら! 明後日、明後日だ! わかってんだろうなァ⁉」
張り上げられた胴間声に手下たちは次々に同意の声を上げる。
大物の情報が入ってきていたのだ。
近くの街から運び出される宝石類。とある富豪の資産移動なのだが、潜り込ませている諜報員がその情報をつかんだのだ。
おおよその換算でも金貨にして1000枚はくだらない価値。
護衛もついているだろうが、秘密裏に運び出す予定の荷物にそれほどの人数は割けない。
さらに、狙いは荷物なので生かす必要もない。
簡単な仕事。だというのに実入りは大きい。
彼らが色めき立つのも無理はなかった。
そんな、狂騒の真っただ中。酒場のドアが音もなく開く。
気づいた人物はいない。
しかし、確実に入ってきていた。
「…………あ? なんだお前ら」
一人、入り口に一番近い場所に陣取っていた一人がやっと気づく。
入ってきたのは三人。二人は大人、そして一人は子供、いや少女。
一見すれば子供連れの家族のようにも見えるが、その出で立ちは異様だった。
少女の格好は華美に装飾されたドレス。
夜会にでも出かけるような服装であるのだが、今この場所にはそぐわない。
上質の油を含んでいるかのようにつやつやと輝く黒髪がどこかカラスの濡れ羽を思わせ,
令嬢のごとし。
対して、大人たちの格好は少女と対照的。
よくある上着に、よくある下履き。ただ一点、隙間なく顔を覆っている汚れた包帯だけが異常。
体つきから男女のようであり、普通に想像するのならば少女の両親という線が強い。
だというのに、先頭に立つのはドレス姿の少女だった。
「今晩は、皆様。良い夜ね。……ただ、ちょっとだけ悲しいお知らせがあります。貴方たちには……死んでもらわないといけないの。そうしないと、おいしいものが食べられないし、財産を奪われちゃう人もいるから。今全員いるんでしょ? 狙ってきたのだから当然だけど、逃しちゃったら困るから一応確認しておくわ。……全員いる?」
静かに、当然の事実を告げるように少女は言う。
目の前にいるのが狂暴な盗賊たちではなく、ごくごく一般的でおとなしい住人であるかのように。
ある種の自殺行為でもある。
当然、そのような扱いを受けて平然としているようなやつらではなかった。
「……おいクソガキィ……テメエ今なんつった? 俺たちを、どう、するってェ?」
口元を引きつらせながらも、盗賊の一人が詰め寄る。
顔はすでに朱に染まり始めており、額に血管も浮き上がり、激昂寸前なのは誰から見ても明らかだ。
それでも少女は動じない。
揺るがない余裕をもって、返答する。
「皆様には死んでいただきます。それは変えようのない事実。確定している未来なんです。……悲しいことなのですけど、できればわたしもやりたくないことなのですけど、生きるために殺します。……死んでもらうね。だって、そうしないとパパとママとお別れしないといけなくなっちゃうから。そんなのはパーエ嫌だもん。パパもママもず~っと一緒にいてくれないと嫌だもん。だからみんな死んじゃってよ。パーエのために死んじゃってよ。死んで。死んで、死んで、死んで、死んで死んで死んで死んで死んで死んでシンデ?」
見た目以上の年齢を感じさせる話し方から急変。
一気に年相応に、いやそれ以上に幼い調子になってしまった少女。
盗賊達は少しばかり不気味なものを覚えた。
だが、その程度で引いてしまっていたらメンツが立たない。くだらないプライドになってしまうかもしれないが、それでも譲れない部分だった。
「おいクソガキィ……いいか⁉ 俺たちは泣く子も黙るカンドビート組なんだぞっ! テメエの細っこい首なんぞ一捻りよ。どういうことかわかるか? ぶっ殺すってことだよ!」
わずかばかりに芽生えた不安感を払拭するために男は一際大声で叫ぶ。
声と一緒に吹き飛んでしまえとばかりに。
だが。
「おっきい声だす人嫌い。パーエ嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い。パーエのこと怒鳴る人なんて……死んじゃえ」
銃声――ではなかった。
しかし、その音がもたらした被害は大きい。
自らのことをパーエと呼ぶ少女、それに対してすごんでいた男の首から上が消え去る。
ぼとり。
放物線を描いた頭部が鈍い音とともに固い床に着地。
即死だ。人間である以上、頭を吹き飛ばされて生きていられるようなことはない。
受けただけで死が確定してしまう、そういう攻撃を受けた。
やったのは男性らしき体格の包帯の人物。
その拳の一撃によって、首がちぎれ飛んだ。
「……パパ、ありがとう。でも、まだまだたくさんいるの。パーエいじめる人たちがたくさんいるの。……嫌い。パパとママ以外みんな嫌い。だから……みぃんな殺して?」
わずかに包帯の人物が頷くのと、カンドビート組の人間たちが事態を理解したのはほとんど同時だった。
「にじゅうはち、にじゅうきゅう、さんじゅう、さんじゅういち……全部で三十一人。……ふふ、パーエをいじめる悪い人達はみぃんな死んじゃった。これでまたパパとママとパーエは一緒。……あれ?」
少女、いやパーエはまだ動いている人間を見つけた。
息も絶え絶えという様子で、放っておいても死にそうだったが、わずかに呼吸はある。
そして、その目はまだ開いていた。
「パパ、ママ! ほら見て! 生きてる! 死にそうなのに生きてる! おっかしいの! うふふふふっ! こぉんなに冷たくなってるのにまだ生きてる! ねぇ、見えてる? パーエの顔見えてる? 見えてない? 見えてる? どっち? もしかして聞こえない? じゃあ今すぐパーエがわかりやすく聞いてあげるっ!」
嬉々としてパーエは死にそうな男に話しかけるが、生憎と男には返答するだけの気力も体力もない。
ただ、自分の半分も生きていないであろう少女があるものを取り出すのを黙ってみてているしかなかった。
「これねこれねっ! なんだとおもう? パーエのお気に入りなの! 目玉をほじくるための道具なんだけど、これを使うと……とぉってもきれいに取れるのっ! まんまるのおめめがぽろって、まるで木の実みたいに取れちゃうの! 素敵! ……でもね、やらせてくれる人もいないし、死んでる人にやってもつまらないの。だけどだけどねっ! 今はいるのっ! パーエの目の前にぴったりのがいるの! ……だから、パーエに目玉抉らせてね。大丈夫! とってもきれいにくりぬいてあげるから。その後で他の人のおめめ入れてあげるから寂しくないよ!」
ひたすらに、善意。
男の霞む視界に映っている少女の顔は心の底からの善意しかない。
それが正しいことだと確信している者の目だった。
唸り声を上げようとしても叶わず、殴りつけようとしても腕が上がらず。
恐怖と痛みによって失神するまで、男はひたすらに自分の目玉がくりぬかれる瞬間を体験することになった。
三十余りの死体が転がる酒場。
パーエはご満悦だった。
予想以上にきれいにくりぬけた目玉の色が気に入ったのだ。
美しいグリーンの瞳はまるで最期の絶望を移したかのようにどす黒く濁っている。
それが、この上なく美しいモノに感じられるのだ。
「きれいきれい! パーエこの色好き! ……あぁ、そうね、パパ。そろそろ行かないと。ぐずぐずしてたら気づかれてしまうもの。あんまり長居すると面倒なことになるし……次もあるもの」
どこかけだるげに言うと、少女は掌で転がしていた目玉を床に落とし、踏みつけた。




