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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
ある酒場の来訪記録
48/98

マイデッセ・アフレリレンの場合

 2


 開店したばかりの店に客がいるはずがあろうか。いや、そんなのは相当な人気店だけの話であって、私の店のようにできたばかりならば徐々に常連を獲得していくしかない。

 とはいっても、生き馬の目を抜くようなこの業界は入れ替わりが激しい。自然と淘汰(とうた)された店にいた連中は必然的に生き残っている店にやってくる。

 つまるところ、生き残り方をこころえている私の店にやってくることは確定的なのだ。

 だから私は慌てない。

 今日も客は少ないだろうが、動じない。

 今はこれでいいのだ。


 やけに騒々しくドアベルが鳴り響いた。


 おそらく力任せに押し開けたのだろう。とんだ乱暴者もいるものだ。

 などと少しばかりの怒りを込めて私はドアの方向に視線を送る。


 「こんばんは。いい夜ですね。きっと神の祝福でしょう」


 奇妙なことに、いたのはシスターだった。

 ……いや待て。バスコルディアに教会などあっただろうか? 

 しかし、着ている服は尼僧服であるし……だが、それにしては派手な赤の髪を隠すこともなく、褐色の肌がやけに印象に残る。


 にこやかに微笑んではいるが、どこか危険な香りを発散している。

 数多くの危険人物を見てきた私だからこそ気づけたことだろうが。

 

 「あー久々にお休みですよ。今日はわたくしとことんまで呑みますからね。覚悟しておいてください。明日のお店は休みにする羽目になりますからね?」

 「は、はぁ……」


 ずかずかと進んできた褐色のシスターはカウンターに座る。

 しかも目の前の席だ。

 躊躇(ちゅうちょ)とかそういった類の感情を持ち合わせていないのだろうか?

 

 「左上から順番に持ってきてください。ボトルごと」

 

 ぱちん、と指を鳴らしながらの注文だったが、私の心中は穏やかではない。

 そんな注文があるだろうか? というか、どれだけ呑むつもりなのだ。

 背後の棚には何十という種類の酒瓶が納められているというのに、銘柄も指定せずに頼むとは……この女は全く分かっていない。酒を呑むということをわかっていない。


 「……どうしました? もしかして先に会計しないといけませんか? はい、どうぞ」

 

 ずれている。だが、放られた銀貨の輝きは魅力的だった。


 棚の左上、ポンドル・ウォスカー。

 十年以上樽で熟成させた上等の酒である。

 本来ならば、ゆっくりと楽しんで呑むための……酒なのだ。

 

 しかし、このシスターがそんな楽しみ方をしてくれるとは思えない。

 悲嘆しつつも、私は言われたとおりに栓を開けて目の前に置いてやる。

 

 「ナッツの盛り合わせでもお願いします。つまみがないと寂しいですしね」

 「……承知しました」


 ラッパ飲みを始めたシスターを横目に、私はつまみを用意し始めた。

 あっという間に減っていく瓶の中身に対して同情しつつ。




 

 「空になったので次のをお願いします。そろそろ強烈なのが欲しいですね。……まあどっちでもいいんですけど。はいお願いします」


 放られる銀貨。

 しかし、私は動かない。黙って首を横に振るだけだ。

 

 「それでは足りません。次の酒は高級品ですから」

 「あら生意気にそんなのもあったんですね。じゃあこれで」


 追加されたのは白銀貨。五十枚分の価値。

 

 酒瓶一本につける値段としては破格だろう。特にこの程度の店からしてみたら。


 渋々、私はとっておきの一本を棚から取り出そうとした時、だった。


 「おいおいおいおい、こんなトコに店が出てたなんて知らなかったぜぇ~。ちょっとぐらいは呑んでいってもいいんじゃねえのか? まさか俺たちを知らねえようなヌケサクが出してるわけじゃあねえだろうしなァ」

 「おいおいおいおい、兄貴。俺たち『ファーガソン兄弟』を知らねえアホが生きてられるわけがねえ。そんな大間抜けはとっととくたばっちまうに違いねえからなっ!」


 下品な笑い声とともに入ってきたのは、大柄な二人の男。

 この辺りではちょっとぐらいは知れている顔だ。

 

 ファーガソン兄弟。

 いくつかの街で銀行強盗を働いてバスコルディアに逃げ込んでいるタイプ。

 賞金もかかっているようだが、幾度も窮地(きゅうち)を抜け出してきている腕利き。

 危険人物と表現するだけでは全く足りないようなやつらだ。

 

 おそらく、多少の因縁をつけてただ酒にでもありつこうという腹積もりだろう。

 そのあたりのやり過ごし方も大事だ。

 あまりにやり過ぎると自治協会に目を付けられる。その程度をわかっているのならば、そうそう暴れることもないはず、だ。

 

 シスターの隣に陣取る二人。


 「おい、この店で一番上等の酒をよこしな! ……俺たちの機嫌を取っておいて損はねえだろうがよ」

 「まったく兄貴の言うとおりだぜ。安心しなァ、俺たちは恩は忘れないタイプなんだ。アンタが困っているんなら酒代分ぐらいは便宜を図ってやるよぉ」

 

 図々しいにもほどがある。が、ここで下手に刺激しても損をするのは私だ。

 駆け引きともいえる。

 こういう馬鹿が寄ってくるのはバスコルディアで商売する上で避けては通れないことでもあるが、ここでいかに自分の利益につなげられるかどうかが重要になってくる。


 仕方なく私は五番目ぐらいに値の張る酒をふるまってやることにした。

 先にシスターの注文を済ませようと、この店一番の高級品を目の前の置こうとして――。

 

 「待ちな。その酒……ボント・レヴォールの六番じゃねえか。間違いなく一級品だ。……おい、俺たちがその酒はいただく。テメエは泥水でも(すす)ってな」

 「……はい?」


 笑顔のままでシスターは疑問形で返す。

 どうやら彼女はあまりバスコルディアには詳しくないようだ。

 こういう手合いは適当に流して、自分の利益追求に専念する。それこそが無法の街で生きていく利口な方法だ。

 

 無駄に火花を散らし(しのぎ)を削っても、結局のところ骨折り損になってしまうことが多いのだから。

 だというのに、彼女は間違いなく危険人物であるファーガソン兄弟に立ち向かおうとしているのだから。


 「――そのお酒はわたくしが注文したのですよ? なのに貴方達が呑むというのですか? それでいいと思いますか?」


 口調は静かだが、声音には怒りがにじんでいる。

 しかし、その程度で屈するようだったり、考えを改めるような人間が銀行を襲うだろうか? そんなことはあるまい。


 「いいからとっととよこしなっ! ごちゃごちゃ言ってるとテメエの頭をザクロみてえにしてやるぞっ!」

 「おいおいネェチャン。兄貴は気が短けえんだ。一度目のオイタなら許してやるからよォ……つまんねえ意地張ってないで酒を渡しな。……できないっていうんなら荒っぽい手段にでるぜ?」


 言った時にはすでに拳銃が抜かれている。

 かちり、という撃鉄が起きる音。

 あとは指にほんの少し力を加えれば弾丸が発射される。

 

 詰みだ。

 たとえ彼女がすさまじい魔法の使い手だったとしてもこの状況はどうしようもない。

 どんな魔法を使うよりも早く弾丸は彼女を襲い、その命を刈り取ってしまうだろう。

 火を見るよりも明らかな事実だ。


 できることは酒を渡すだけ。

 そう、それでいいのだ。

 だというのに。


 「……そんな拳銃程度で脅しになっていると思っているんですか? その辺のガキンチョでさえもうちょっとぐらいは気の利いた脅し方をしますよ? おっと、おつむのほうは爬虫類程度でしたか? これは失礼しました」

 

 シスターは、挑発した。


 もしかして彼女は馬鹿なのだろうか?

 案の定、ファーガソン兄弟の顔色に朱が混じる。

 

 「……おいクソアマ。俺たちがなんだって? もう一回言ってみな。それがテメエの遺言になるんだからな」

 「いいぜ兄貴。俺がやる。ぶっ殺してやるよこの淫売(ビッチ)

 「やっぱり気の利かない脅し方ですね。もうちょっとは首から上を使ってみたらどうですか? 中身が詰まってないから無理かもしれませんけど」

 「このっ! 『テリヤキ』がぁぁぁぁ!」

 

 次の瞬間、シスターの姿が消えた。

 

 「⁉ どこにっ」

 「後ろだノロマ。死ね」


 悲鳴。

 男の悲鳴。

 シスターを探していた私の視線が、拳銃を向けていた男に向いた。

 いや、すでに拳銃を向けてはいない。

 どころか、右腕がなかった。


 その右腕の行方は、というと――シスターが持っている。

 断面からぼたぼたと血をこぼす、人間の右腕を持って、尼僧服が立っていた。

 片手には山刀。片手には男の腕。

 まるで不死族のような出で立ちだった。


 「い、痛いィィィッ! 兄貴! 痛えよぉぉぉっっっ! こ、このアマやりやがった!」

 「ハンス! この淫売がぁぁぁぁあ!」

 「遅え」

 

 一閃。

 特に力が入っているようには見えない、しかしながら目視するのも難しいような一撃。

 その一撃で二人の首がまとめて宙に舞う。

 

 どちゃり、という粘着質な音と共に首が落ちて床を汚す。

 

 「アタイのことを『テリヤキ』つったやつは殺す。きっちり殺す。老若男女関係なく殺す。そう決めてる。死んで後悔しな」

 

 もう死んでいるが、それを突っ込むと私の命も危うそうだ。


 ここは沈黙こそが正しい判断。

 

 数呼吸でシスターは元の様子に戻る。


 「さて、アホもいなくなったことだし、呑みなおしましょう。ついでに掃除屋も呼んでください。それか、わたくしが掃除しましょうか?」

 「……いえ、掃除屋を呼びます」


 彼女はそれから大体の酒瓶を空っぽにして帰った。

 双山刀マイディの名を知ったのはその直後である。

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