スカハリー・ポールモートの場合
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この海千山千の強者が集うバスコルディアで商売をするということは並大抵のことではない。
なんといっても中央政府が保証する法律が適用されないのだ。
言い換えれば、自分のことは自分でやらねばならず、商売上でのごたごたを解決するのも自力になってくるということ。
ゆえに、ここで商売しようという者はすねに傷持つか、それともよほどの変わり者……もしくはそういう事情を全く知らない馬鹿者ということになる。
では私はどれに当たるのか?
そう、わたしはすねに傷持つタイプ。
過去の私は自由奔放に生きているだけの愚か者だった。
ゆえに、知っているのは暴力と生き残る知恵だけ。たったそれだけを武器にして辛うじてその日の糊口をしのぐような生活を何年も続けてきた。
しかし、それも終わる。
私は更生したのだ。
なけなしの全財産と、少しばかりの融資を受けて、このバスコルディアに出店することができた。
ほかの街ではこうはいかなかっただろう。
余計な縛りがなく、土地も格安。自己防衛手段を持っているのならば仕入れ値も叩ける。
これだけの好条件。そして、私には条件を満たすだけの経験があった。
だからこそ、私はこうやって店を出し、今はカウンターでグラスを磨いているというわけだ。
今日が開店日、さらにはつい先ほど店を開けたばかりのなので客はいない。
しかし、これでいいのだ。
なぜならば、初めから繁盛している店は必ずと言っていいほどに命が短い。
ろうそくと同じだ。
最初に勢いよく燃えてしまえばそれだけ早く寿命は尽きてしまう。
最初は小さな火でいい。
徐々に徐々に、炎を大きくして、ろうそく自体を大きくする。
そうやって繁盛するのが一番の正攻法で、成功法だ。
だから私は慌てない。客がいないといって焦ったりはしない。
焦りは禁物だ。
逆に言えば、それを乗り切ってしまえば問題はない。
それに……もう客はやってきた。
ドアベルが軽やかな音を立てる。
入ってきたのは二人の男女。
男のほうは三十前後といったところ。賞金稼ぎ風の格好であるし、腰には拳銃と……長剣? 妙な出で立ちだが、間違いなく荒事を頻繁に起こしているだろう。
リラックスしているように見えて、その実、警戒を欠かしていない。
もう一人は若い女――いや、まだ十代の半ばを過ぎたばかりといったところの少女。
年の割にはくすんだ金髪とそばかすが目立つが、そこそこには整った顔立ちだった。
……おそらくは賞金稼ぎとその情婦といったところか。
私の鑑定眼に曇りがなければ正しいはずだ。
「ローザ、くっつくんじゃねえ。動きにくいだろうがよ」
「素早く動く必要なんてないだろ? ガラガラの店じゃないかい。第一、なんでこんなトコに入るのさ? ……アンタと一緒ならどこでもいいけど」
「新しい店があったらとりあえず入ってみるのさ。ごたごたが起きたらケツまくりゃいい。情報はあって困るもんじゃねえしな。……ま、誰もいねえんなら情報もクソもねえが」
いきなり失礼な二人組だ。
確かに今は客がいない。だが、三か月後にはここは常時満員になるほどの人気店になるのだ。将来、それを目の当たりにして自分のセンスのなさを悔いてほしい。
少女は男にまとわりつくが、男はそれを邪険に払う。
……はて? 私の推測が間違っていたのだろうか? とはいっても、親子というわけでもないだろう。あまりにも似ていない。
職場の仲間……にしては親密すぎる。
ううむ、わからない。
悩んでいる間に、二人はすでにカウンターに座っている。
案内もなしに座るその度胸は称賛したい。
「ご注文は?」
内心を悟られないようにして私は穏やかに尋ねる。
最初は肝心だ。
舐められない程度に、けれども怒りを買わない程度に。
「ディープ・スワンプ。ボトルでくれ」
「アタシは――」
「ガキはジュースでも飲んでろ」
「……アタシ、これでも昔は『蟒蛇のローザ』って呼ばれてたんだよ? 下手したらスカリーよりも酒は強いんじゃないかい?」
少女も酒を注文しようとするが、スカリーというらしい男に止められる。
別に法律上は問題ない。十五歳を過ぎれば飲酒をとがめられることもないし、ましてやここは無法都市。どうのこうのいうほうがおかしいのだ。
しかし、男は少女を無視するようにして私に視線を向ける。
「ディープスワンプ。ボトルで。あと適当にジュース。なんでもいい」
人の話を聞かず、それでいてなおかつ自身の考えを押し付けるタイプ。なんとも愚かしいことだ。この街でつまらない意地を張るとは。
それでも私は注文には従う。金を出すのはこっちの男だろうから。
「マスター、アタシはコカトリスショット。ボトルでお願い」
少女が言うのと同時に銀貨がカウンターに置かれる。
どうやら、この少女、働いているようだ。
なぜこのように邪険にされながらも、この男と一緒にいるのかがわからない。もっといい男は山ほどいるだろうに。……私とか。
「ガキがいっちょ前のモン頼んでんじゃねえよ。潰れても知らねえぞ」
「言ったろ、アタシは酒には強いんだよ。先に潰れるのはアンタのほうさ。その時には言うことでも聞いてもらおうかな? ……ねぇ、どう思う?」
「はン、いいぜ。俺を潰せるもんならやってみせな。出来たらなんでも言うこと聞いてやってもいいぜ」
「ホント⁉ 約束だよ⁉ 男に二言はないよね?」
「ああいいぜ。ついでに酒もおごってやるよ」
「……愛してる!」
「……くっつくんじゃねえ」
こんな場所でいちゃつくなと言いたい。
酒を飲む場所であって、社交場であって、発情する場所ではない。
そういうのはもっと下劣な場所でやってくれ。
とはいえ、追い出すにはまだ早いだろう。
この二人が無残につぶれてしまうのを見物して、懐の金を多めに頂戴するという選択肢が残っているのだから。
私は背後の棚から注文の酒を取りだす。
ディープ・スワンプ。
べっとりとまとわりつくような味わい。アルコール度数は五十を超える。
そこまで重たいわけでもないのに、いつの間にか沼にはまるように酔いが回り、足は重くなり、そして沈んでいく。
その様子からいつの間にか正式名称が入れ替わってしまった酒。
コカトリスショット。
本来は石化よけの薬草であるヘンルーダ。これを加えた蒸留酒。
強烈な香りを持っているので、きつけ代わりに使われることもある。
決して常飲するような酒ではない。
どちらの酒も一瓶あければどんな酒豪でも潰れるような酒だ。
これをボトルで頼むとは……。
だが私は文句は言わない。酒を出すのが仕事だから。
さらに言うのならば、。この二人が無様に酔いつぶれる様子が見たいから。
心の中でだけ微笑むと、二つのボトルと二つのグラスを目の前においてやる。
どちらも自分のグラスには自分で酒を注ぐ。
そして、静かに乾杯した。
「しゅかりぃ~、まだまだアタシはいけるぅよぉ~。なんてぇ、ゆ~こと聞いてもらおう、かなァ。……ンフフフフううう」
「……どこが蟒蛇だよ。ゆでだこみてえに真っ赤になりやがって。おら、もうやめとけ」
「なぁんでぇよぉ~! まだいけるってぇ~」
「……マスター、水くれ。キンキンに冷えたやつな。酔いも一発で醒めるぐらいに」
「……どうぞ」
二人が飲み始めてから一時間ほど。
少女の目の前には空き瓶が六本ほど転がっている。
すべてコカトリスショット。
並の人間ならば潰れているどころか死にかねないほどの酒量だ。
泥酔程度で済んでいるこの少女は異常なほど酒に強い。
なのに。
「ったく、その程度で酒に強いと思ってたことに驚くぜ。おめえは今後飲まねえほうがいい。弱いんだからよ」
「あらしはぁ、おしゃけ、強いってぇ~」
「どこがだよ」
「しゅかりーのぉ、いじわるぅ~」
「底意地が悪いのは生まれつきでな。生憎と」
ぐでんぐでんの少女に対して、まったく変化のない様子の男。
その前には一ダースの酒瓶が並べられている。
ディープ・スワンプだけではないが、例外なくアルコール度数の高い酒ばかり。
相当の酒豪であっても間違いなく潰れる。というか下手したら致死量だ。
ここまで呑んで意識を保っていられるのはドワーフの酒豪でも無理だろう。
だというのに、この男はまったく涼しい顔でグラスを干す。
私の背中を冷たいモノが流れたことを否定はしない。
一体、何者なのだろうか?
少なくとも常人ではあるまい。
「あん? また空かよ。やっぱちゃんとした酒だとペースが早いな」
「あらしもぉ、まだ呑むぅ~」
「……今日はもう帰るぞ。おめえも家に帰れ……そうにねえな。送ってってやるよ。おら、立て」
「……だっこぉ~」
「……………………」
すさまじく苦々しい顔をしながら男は少女を無理矢理立たせる。
「釣りはいらねえ。また来る」
弾かれてカウンターに落ちたのは金貨。
酒代としては十分だろう。
そのまま、クラゲのように脱力した少女を抱えて、男は去っていった。
私の胸中にはある一つの思いが湧き出していた。
(あんなのがモテて私がモテないのはおかしくないか?)
あんなにぶっきらぼうなのに。紳士的な態度の私には浮いた話の一つもない。世の中は不条理だ。
くそ。
かなり納得はいかなかったが、仕方なく私は多数の酒瓶を片付け始めた。




