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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
ご令嬢、再び
46/98

その6

 6


 「今回の馬鹿騒動の黒幕は誰か? そういうのは探偵とか判事とか、人の秘密を暴くことに心血注いでいるやつらがいいそうな台詞だが、今回は俺が言う。なぜなら、今回の当事者兼被害者は俺だからだ。文句は言わせねえ。……黒幕はこのオーテルビエルの嬢ちゃん。……まったく、ある意味じゃあ一番俺を困らせてくれたもんだぜ。その辺のごろつきなんぞよりもよっぽど厄介だ」


 刺すようなスカリーの視線を受けてもナンシーは涼しい顔を続ける。

 自分は何も知らないという風に、こんな扱いを受けるいわれはないと言わんばかりに。

 

 「さぁて、重要なのは動機だ。行動には動機が必ずある、ってのは俺の勝手な信念なんだが、こいつはなかなか世の中の真理ってやつじゃねえかと常々思ってる。だから今回も動機はある。そいつはなんだ?」


 視線の先にはマイディ。

 しかし、なんのことやら見当もつかなかった。 

 

 そもそも、なぜスカリーがこんなに腹を立てているのかさえも理解できないのだ。

 『かわいい子が寄ってきたのならば全部愛してやればいい』という信念を持っているマイディには全く理解できない。それは逆もまた(しか)りなのだが。

 

 「さあ? わたくし、あんまり難しいことには興味がありません。結論から言ってくださいよ結論から。そういう風にもったいぶって話すのは悪い癖ですよ」

 「……ああ悪かった。おめえに『むずかしい』話をしちまってよ。こいつは失敗だったぜ」

 「わかればいいのです。わかれば」


 皮肉には気づかないマイディ。

 そんなことには構わず、スカリーは次に進める。

 

 「さて、ローザ。おめえに俺の情報……具体的にはこの教会に寄り付いてるってことを教えたのはいったい誰だ? 一応はそれなりに顔は知れてるつもりだが、行動パターンまで公表してるつもりはねえからな」


 名前を呼ばれたことによって、うっすらと赤みを増した目を上げながら少女は答える。

 

 「……わからない。いきなりやってきた……変な執事みたいな人だったけどさ。でも、信用できる情報みたいだったし……それに、本当だった」


 嘘はない。

 このバスコルディアでむやみに情報を信用するということは愚かなことだったのだが、その相手は真摯に見えたのだ。

 それぐらいは幼さの残る少女にもわかった。

 だから信じた。会えると信じて教会を見張っていた。

 そして、会った。

 

 「執事、ね。このバスコルディアで執事か。なるほど、こいつぁちょいとばかり奇妙だな。金持ちはいるが、わざわざ護衛じゃなくて執事だっていうのはことさら奇妙だぜ。『俺は強い』って周りにアピールするのがこの街の執事……というか世話役なんだが、なぜだろうな? 知らなかったのか……それとも、主人が許さねえのか」


 ナンシーの左眉が一瞬だけ上がる。

 すぐに戻るが、代わりに口の端がひきつる。

 

 スカリーの弁舌は続く。

 

 「次に、ローザが俺とくっつくと得するやつがいるのか、ってことだな。恨みがあるやつらはそうだろうな。人質にするなり、見せしめにするなり使い道はいくらでも思いつく。変わり種なら夕飯にでもするか? まあいい。それは関係ねえからな。なぜなら、狙いは俺じゃねえからだ。ハンリ」

 「え? わたし?」


 突如として指名されたハンリは肩を震わせる。

 自分が何かしたのだろうか? 

 

 「おめえは色々と変なのに好かれる体質みてえだが、そこのオーテルビエルの嬢ちゃんもその一人だったな?」

 「……まぁ、うん。そうだけど……」


 「変なのとはなに? 私のことを言っているの⁉ だとしたら即座に訂正して頂戴! 私はナンセシーラ・オーテルビエル! オーテルビエル商会バスコルディア支店オーナーにして次期頭目! そんじょそこらのお嬢ちゃんとは違う! そんなことは当たり前なの! 変なのじゃなくて、卓越しているだけ!」


 「ごらんのとおりだ。ついでにハンリに執着してることは否定しねえ。もう見えてくるな?」


 思わず口を挟んでしまったナンシー。そして、さっぱりわからないハンリとマイディ。

 ローザに至ってはナンシーの剣幕に多少引き気味だった。


 「嬢ちゃん……一週間前、俺はあんたの依頼を断った。理由を言わなかったが、それで誤解したんじゃねえか? いや、あんたは誤解だとは思わなかったんだろうが……俺がハンリに惚れてるなりなんなりの事情があると思っただろ」


 「……な、なんのことかしら? 言いがかりはよして頂戴。私がそんな下種(げす)の勘繰りみたいなことをするはずがないでしょう? それに、証拠が足りないわ。貴方のやっていることは単なる当て推量をさも真実のように語っているだけ。それじゃあ、聴衆の心をつかむことはできないんじゃないかしら? もっと決定的な証拠を持ってこないと判決は下せない。そのぐらいの良識を持ってほしいものね」

 「目ぇ泳いでんぞ」

 

 さらに早口になるナンシー。即座に突っ込むスカリー。

 二人の間に見えない火花が散る。

 

 「否定根拠! ミス・ローザに情報提供したのは男! 私じゃない! ゆえに無罪!」

 「あんたの執事だろ。ゼルフだったかゼルスだったか……あのおっさんが動いた。それだけのことだ」


 「否定根拠その2! もし私がそういう工作を企んでいたとしても! 都合よくすんなりと! 貴方を探しているような人物を見つけることなんてできない!」

 「おそらくだが……あんたはずっと俺やらマイディやらのことは嗅ぎまわってたんじゃないか? 俺たちの情報やらを探しているやつにも目星をつけておいた。いつでも利用できるようにな」


 「否定根拠その3! たとえ私が実行可能だったとしても! なぜ私がそれをやらないといけないの! この! 財力にも恵まれた私が! こそこそと策謀を巡らせないといけないのかしら⁉」

 「簡単だ。正面からいったらとてもかなわねえ。権力なんぞクソくらえのバスコルディアじゃあ上から働きかけるってわけにもいかねえ。ついでにマイディとドンキーの凶暴さはよく知ってる。残った隙はこの俺、ってわけだ」


 「否定根拠…………くぅ!」

 「とっとと認めな」

 

 歯を食いしばってナンシーは煩悶する。

 もはや形勢は圧倒的に不利。

 ほとんどすべての事実は白日の下にさらされてしまっている。

 残っている手札は、ない。


 「もう二度とやらねえんなら勘弁してやるよ……迷惑料はいただくがな。命までは取りゃしねえ」

 「……私が……やったわ!」


 頭を垂れながら、懺悔する罪人のようにナンシーは絞りだす。

 罪の告白のように見えたが、実際には大して反省はしていない。

 

 「だって! だって見たかったんだもの! ハンリの制服! 私自らデザインした制服をハンリが着るっ! なんて素敵なの! 一生モノの思い出になるに違いないわ! それなのに貴方が協力しないから!」

 「……あぁそうかい。……ったく下らねえ」


 心底嫌気がさした様子でスカリーは頭を振る。

 これ以上は付き合っていられないとばかりに。

 

 「ハンリがいいっていうなら着せるだけはいいぜ。ただし、そんときには俺かマイディは帯同してる。そういう条件は必須だがな。おめえもいいか? ハンリ」

 「う、うん」


 ハンリとしては特に異論はない。

 単に服を着るだけの話なのだから。


 「本当! ハンリ、今言ったことは本当なの⁉ 今すぐに持ってくるからちょっと待ってて! そのままよ! すぐに戻るから!」


 いうが早いかナンシーは教会を飛び出す。

 おそらくはハンリ用に用意していた制服を取りに行ったのだろう。それぐらいは推測できたのでスカリーもマイディも止めない。


 (……さて、あっちは片付いたが……こっちはまだ、か)


 視線を移せばローザがいる。

 自分がいいように利用されていたのだという事実を知った少女がいる。

 顔はこわばり、どうやらショックを受けているようだった。


 (……ガキには刺激が強……くもねぇな?)


 別段悪事に加担していたわけでもない。

 今回のことは単にナンシーがローザの想いを利用しただけの話。

 利用されたのは業腹だろうが、特に不利益を受けたわけでもない。

 だというのに、まるで手ひどく裏切られたような顔をしているのだ。


 (なんでだよ? ……いや、これでいいのか)


 「おいローザ。わかったろ? 俺がどんな人間かってのは。こんなクソ下らねえことでバカ騒ぎしてるだけのしょうもねえ奴なのさ。おめえはもっとまっとうな人間と一緒になるこった。……わざわざ自分から破滅に向かうことはねえ。そんな馬鹿野郎は少ないほうがいい」


 傷ついている状態で、突き放すような物言い。

 これで、ローザは諦める。少なくともスカリーはそう考えた。

 こんな理不尽極まりない理由で人を利用するような人間達に進んで関わり合いになりたいと思うような狂人はそうそういない。

 

 ゆえに、『普通』の少女ならばこれで離れていく。

 利用された人間は、悪感情を抱く。

 スカリーに焦がれるような恋心を抱いていた少女の偶像を砕く。その目的は達成できた。

 初恋だったかもしれない。しかし、そういうものだ。

 そう――スカリーは考える。

 

 これでいいと。

 この少女は普通の人生を歩んでいたほうがいい。

 自分たちのような無法者と密接に関われば、寿命が縮む。 

 ならば、ここは拒絶すべきだ。

 

 (いつものことさ。俺もマイディも、ドンキーも。……まともじゃねえ)


 それはある種の諦観であり、経験による学習であり、そして本質。

 基本的に自分が冷たい人間であることは自覚している。

 他人が死んでも何も感じないし、もし、知り合いだったしても多少感情が揺らぐ程度。

 バスコルディアにおいても冷淡な部類だ。

 

 だから、まだ『間に合う』ローザは普通に生きるべきだと思った。

 だから、最後は顔を見ずに別れようと思った。

 きっと比較的まともな少女は顔をみたらつらくなるだろうから。

  

 背中を向けて、突き放す。

 

 「俺のことは忘れたほうがいい。この教会のことも――見聞きしたことは忘れな。例え無法の街だったとしても、だ。首まで泥沼に突っ込む必要はねえ。おっかなびっくり、そろりそろりと生きてりゃあ、そのうちにいいこともあるさ。じゃあな」


 答えない。少女は答えない。 

 それでいい。別れですらない。それがいい。


 開きっぱなしだった教会のドアが閉まる音を聞いて、やっとスカリーは嘆息した。




 「まったく、よかったんですか? これで一生独身が決定したようなものだとおもいますけど? わたくしみたいに顔がいいわけでもなし、素敵なセンスがあるわけでもなし、貧弱軟弱虚弱の貴方がこの先お嫁さんを見つけられるとは思いませんけどね」

 「結婚だけがすべてじゃねえだろ。ついでにおめえも相手がいるとは思えねえな。いや、いるにはいるか。その辺の蜥蜴族あたりにケツを振ってこいよ。ゲテモノ好きが食いつくかもしれねえ」

 「はぁ? 喧嘩売ってますか? いいですよ、買いますよ? 言っときますがわたくし、買った喧嘩は三倍の値段で買い取らせますからね?」


 バスコルディア教会礼拝堂。

 いつものように、スカリーとマイディはつまらない言い合いをしていた。

 その手には酒。

 ハンリはドンキーと一緒にやることがあるそうでこの場にはいない。

 

 「あほらし。誰がおめえと喧嘩するかよ。骨だけ折れるのが関の山だ」

 「全身の骨を折ってあげてもいいんですよ? 文字通りに」

 「人の骨を折る暇があったらちっとは自分の骨を折って勉強しな、シスター」

 「まあ生意気!」


 からん、というベルの音によって二人の会話は中断される。

 何者かが入ってきた。それを知らせる合図。


 ちょうど背中を向けていたスカリーは振り返り、絶句した。

 

 「……スカリー。アタシ決めたよ。アンタが首まで泥に浸かってるっていうんならアタシも一緒に沈む。泥から抜け出そうっていうんなら一緒になってもがく。愛するって、そういうことだと思うんだ」


 オーテルビエル商会の店員の服に身を包んだローザがいた。

 なぜかその背後にはドンキーとハンリ、そしてナンシーまでいる。


 「おい……どうなって……くそ……おい……くそ……」


 「私から説明してあげる! わざわざこの私が説明してあげるのだから心私して聞きなさい! この子は私の店で雇うことにしたの! なぜなら彼女の店には注文してるから! ウチはお得意様なの! だけどね、わざわざ採寸やら細かい仕立て直しのために移動するのが面倒! だから直接店にいてもらう! 私が! 私の店のことで! 決めたの! 文句は言わせないわ! その権利は貴方にないわスカハリー・ポールモート! 一切口を挟ませない! だって私のことだもの! もしかしたら遊びに来たりするかもしれないけど! それは自由! そこまでは私の管轄外だもの!」

 

 何かを言おうとしたスカリーを制圧するようにナンシーはまくしたてる。 

 圧倒的な勢いと声量によって、普段の三割程度しか実力が発揮できないスカリーは簡単に敗北する。


 「と、いうわけだスカリー。なんでも彼女は入信希望でもあるらしい。このバスコルディア教会第一信者。祝福すべき最初の一人。……まさか邪険にはしないだろうね?」

 「ドンキー! てめえ!」

 「文句があるのかな? だったら色々と私も『説得』しないとね」

 「……ぐっ!」


 歯噛みするスカリーだったが、反論することはない。 

 バスコルディア教会式説得術を食らうのだけは嫌だった。

 

 ローザは駆け寄る。愛しい人の元へ。

 苦々しい顔をしてはいるが、伸ばした手を振り払われることはなかった。


 「これから、よろしくねスカリー。……愛してる」

 「…………神は……神は死にやがれ」

 


 呪詛に満ちたその言葉も、恋の真っただ中にいる少女にはかわいらしい強がり見えたのだった。

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