その5
5
「はぁ? この唐変木は気の利いたセリフの一つも言えないみたいですね。いいですか? 女の子が一所懸命にお化粧して好きな人の前に出てきたんですよ⁉ 何があろうとも褒めるのが男でしょうに。そんなことだからいい歳こいて独身なんですよ。女心がわかってませんねぇ」
マイディの毒舌にも反撃する気力がない。
すべてが裏目に出てしまったスカリーは疲労困憊の状態なのだから。
阿呆のように口を開けて呆然としているしかなかった。
スカリーがそんな状態でも事態は進む。時間は進む。
それが善きにせよ、悪しきにせよ、平等に経過する。
「……そう、かい。やっぱ、アタシじゃ……そん、なに……さ。元々器量よしってわけじゃないんだ。わかってたよ。……わかって……た」
「あ、ちょっと! ローザちゃんが泣いてしまっているじゃないですか! なんてこと言うんですかスカリー! 謝ってください! 速やかに! そうしないとわたくしの山刀が残酷なことをしますよ!」
スカリーの言葉を自分への評価だと勘違いして涙ぐみ、言葉に詰まるローザ。それに反応して憤慨するマイディ。さらにはローザに寄り添うハンリから寄せられる冷たい視線。
すべての状況が敵だといっても過言ではなかった。
瞬時に山刀を抜いたマイディが駆け、数多の血を吸ってきた刃をスカリーの喉元へと突きつける。
あまりの早業に他の誰も反応できないほどの速度。
当然、スカリーも例外ではなく、一気に生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれていた。
「今すぐ、今すぐですよ? 今すぐに訂正してください。女の子が好きな人に見てもらうためにお化粧したのです。それはそれは勇気が必要になってくることなのですよ? それをあなたは踏みにじったのですから多少の痛い目ぐらいで済んだら僥倖です。わたくしは残酷なのでもっとひどいことをします。具体的に言うと、殺します。例外はありません。さあ、どうしますか?」
「……待て待て、いいからちょっと待てよ。色々と俺も混乱してる。どうしたらいいんだよ、俺は? どうやったらいいんだよ」
ぐい、と皮膚を突き破らないぎりぎりまで刃が押し込まれる。
無言の、しかしながら絶対の圧力。これ以上の問答をするつもりはないという意思表示でもあった。
直前まで迫った命の危機に対して、本能的にスカリーはすべてをぶちまけることにした。
なにもかも知ったことじゃねえ。そういう思いだった。
「ローザがどうとかじゃねえんだよ。きれいさ。きれいだよ。惚れる男もいるだろうよ。だがな、俺にどうしろっていうんだ? このまま嫁に貰ってハッピーエンドってか? 俺が明日生きてる保証もねえってのによ。つうかなんだ? なんで俺がこんなにしっちゃかめっちゃか頭をひっくり返してるってのに何一つうまくいかねえんだよ。どうなってやがる、この世の中は」
うろんな頭で、それでもここまでため込んだ不満を一気にぶちまける。
普段とは全く違う様子に、マイディも思わず刃がぶれる。
「す、スカリー? 大丈夫ですか?」
「マイディ、おめえもだよ」
「え、あ、はい」
「なんでおめえはいっつもいっつも人の予想を盛大に外してくれるんだよ。俺はな、予想して、推測して、思考して生き延びてきたタイプだ。だから予定外は困るんだよ。三日たったら全く違うパターンになりやがってよ。いい加減にしやがれ」
「はぁ……」
「聞いてんのか?」
「ええ、まあ……はい」
まるで性質の悪い酔っ払いにからまれているような状態だったが、別に酔ってはいない。たまった不満によって抑制のタガが外れているだけだ。
次々に襲ってきた理不尽によって、理性が値を上げただけだ。
昨日から今日にかけて、スカリーの頭がすっきりした瞬間はない。
ずっと考えて続けていた。どうにか丸く収まらないかと。どうにか平常に戻れないかと。
その思考と試行はすべて失敗に終わっている。
これまで大抵のことはうまく運んできていたスカリーにとって、それは多大なストレスなのだ。
アルコールによって理性のタガが外れるのではなく、ストレスによって外れた状態。
それが今のスカリーである。
「どいつもこいつもよ……頭ン中は常夏か? ハッピーになっちまう成分でも分泌してるのかよおめえらは。季節を考えろよ。そんなに甘酸っぱくなりたかったら俺が手ずからレモン汁に漬け込んでやるぜ。そしたらちっとは頭ン中もましになるんじゃねえのか? あ? 俺が間違ってるのか、それとも世間が間違ってるのか……もしかしたら神が俺の頭の上でクソをひりだしてやがるのか……答えはどれだ?」
据わった目つきで、ゆっくりと拳銃を抜く。
マイディでさえも制止できない、それほどに怒りに満ちた動作だった。
「……この辺で終わりにしようぜ、ローザ。俺をあきらめるか、それとも自分の命をあきらめるか、二つに一つ。この場で決めな」
銃口はローザに向く。
「……そんなに……アタシ、そんなに迷惑、だった……かい?」
「ああ迷惑だ。俺は身軽でいたい。それが信条なんでね」
一筋、涙が少女の頬を伝う。
思いを寄せていた人物から痛烈に拒絶された、その事実がとても悲しかった。
「……いいよ、わかった。アタシ――――」
「ちょっと待ちなさいスカリー!」
怒声。と同時に拳銃をつかまれ、スカリーはそのままマイディに拘束される。
「……何しやがる。放しな。俺は決着をつける。このバカバカしい騒ぎに、な」
「何を言っているんですか⁉ そんな性急に物事を決めてはいけません! 第一、ローザちゃんを見染めたのはスカリーなんでしょう⁉ 勝手すぎますよ! そんなことは神とわたくしが許しません!」
「黙ってなマイディ、これは俺の問題……ん?」
違和感。猛烈な違和感があった。
変な風に茹っていたスカリーの頭脳が急速に冷却を開始。
予感がした。すべてが解ける予感が。
「……マイディ。今、なんつった?」
「ローザちゃんを殺させなんてしませんし、そんなことを許すわたくしではありません!」
拘束されたままで叫ばれたので、鼓膜にダメージがくる。しかし、そんなことには構わない。この手掛かりを逃したくないから。
「違う、そっちじゃねえ。もう一つぐらいの要素があっただろうが。そっちだ」
「は? スカリーがローザちゃんに一目ぼれして教会に連れてきたことですか?」
「……ああ、そっちだな」
順番が、いや、因果が逆になっている。入れ替わっている。
第一、スカリーがローザのことを知ったのは昨日だ。
それなのになぜ、『マイディがローザのことを知ってる』のか。
そして、『スカリーがローザに一目ぼれしていることになっている』のか。
一つの推論が出現する。
だが、確信には至らない。
小さな歯車。しかしながら絶対に必要な歯車が欠けている。
それを確かめなければ。
「……マイディ、その話……誰から聞いた?」
唐突な質問に、きょとんとしてマイディは答えた。
「え? 隣のオーテルビエルのお嬢ちゃんが昨日教えてくれましたよ。懇切丁寧に。しかしながらわかりやすく。しかもスカリーが今日わたくしたちにローザちゃんを紹介することまで」
「さあて、今回の阿呆な事件。俺もだいぶ怒り心頭って感じだ。言い訳はあるかい? 嬢ちゃん?」
「…………」
バスコルディア教会礼拝堂。
つい数十分前にひと騒動があった場所。
今は人物が一人追加されていた。
ナンセシーラ・オーテルビエル。
教会の隣で優雅にお茶を楽しんでいたところ、拉致同然に連れてこられていた。
当然、執事のゼルスは難色を示したのだが、殺しはしないことを約束して押し切られてしまった。
まるで裁判の被告人のように椅子に座らせられ、その周りをマイディ達が囲むように座り、スカリーはゆっくりと歩き回る。
まるでこれから証人尋問を始める検事のように。
対してナンシーは表面上は涼しい顔。しかしながら、その額には一筋の汗が伝う。
表に出さずともまずい状態だということは察している。
どこまでスカリーがわかっているのか。それが問題だった。
「じゃあ、始めるぜ。……地獄の魔女裁判をな。被告人は嬢ちゃん。検察は俺。陪審員は他全部だ。せいぜい無罪になるように祈りな」




