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無法都市の剣弾使い  作者: 中邑わくぞ
ご令嬢、再び
43/98

その3

 3


 「あ、アタシはほら……知った人もほとんどいないんだよ。(あね)さんたちはいろいろ伝手(つて)があったから行くとこもあったんだけど、商売のことも知らない、字も読めない、計算もできないようなアタシには行くとこがなかったんだ。今の店のオーナーが拾ってくれなかったら死んでたかもしれない。……もしくは、また娼婦に戻ってたか」

 「どうでもいい。俺には何の関係もねえし、知ったこっちゃねえ。おめえがどう生きようが、どんなに苦しもうが俺にはどうでもいい」

 

 拳銃は突きつけたままでスカリーはあしらう。

 しかし、それをものともせずにローザは続ける。

 

 「……い、今、アタシちょっと褒められてるんだ。オーナーもあと一年修行したら一人前になれるだろうって言ってくれてるし、ちょっとだけお金にも余裕が出てきた。だからアンタのことも調べられたんだけど」

 

 少女は伏し目がちになって、早口でまくし立てる。

 

 (……おいおいおいおい、勘弁してくれよ。そういうのは俺ンとこくんじゃねえよ)

 

 一方のスカリーはげんなりしていた。

 すでに頭の中はこの少女をどうやって諦めさせようかという方向に思考能力が割り振られ、計算を開始し始める。

 そんな頭でも、気づいた。

 

 通りの奥から複数の気配が近づいてきていることを。

 

 「ちっ! くそ! おいローザとかいったよな? いったんここから離れるぞ」

 「え? あ、ちょ、ちょっと!」


 戸惑う少女の手を引きながら、速やかに離脱する。

 あのまま問答を続けていたのならば、異変を察知した蜥蜴族が次々に押し寄せてきてさらに面倒なことになっていただろう。その程度は予想がついた。


 「ちょ、ちょっと! なんなの⁉」

 「頭からスライスされてサンドイッチの具になりたくなかったら大人しくついてこい!」


 自分の手を引くスカリーの手。

 それを見ながら、少女は頬をバラ色に染めた。


 



 スカリーがねぐらにしている安宿。

 モノは少ないが、乱雑に放り投げられているせいで今一つ清潔感には欠ける。

 そんな場所に、ローザとスカリーはいた。

 

 その辺の店で話してもよかったのだが、変な噂になってしまったらかなわない。

 かといって路上では何が起こるのかが読めないのがバスコルディア。

 そうなったら多少のリスクは覚悟で連れ込むしかなかった。

 ちなみに、武装していないことは確認している。


 ローザはベッドに腰かけ、スカリーは椅子に。

 こうやってしっかりと対面してわかったことだが、ローザの手には無数の小さな刺し傷があった。

 針子の仕事というのは本当だろうと推測する。

 

 「……いきなり、連れ込むなんて、さ。女には心の準備ってもんが必要なんだ……」

 「そういうんじゃねえから安心しな。ここ以外にちょうどいい場所がなかっただけの話だ。どうこうしようってわけじゃねえ」

 「お、男はいっつもそう言いながら、あ、アタシを……」

 「わかった。わかったからちょっと考えさせてくれ。整理が追い付かん」

 「……な、何を整理する気なんだい?」

 「頭の中だよ。勝手に含みを持たせてんじゃねえ」


 水差しから乱暴に直接水を飲むと、スカリーはしばし沈黙。

 珍しく――この男にしては珍しく悩んでいた。

 

 (ぶっ殺す気なら殺せばいいだけの話。それだけだ。簡単、めちゃくちゃ簡単だ。頭を吹っ飛ばしてやればいいんだからな。……だが、好意を向けられるってのはどうしたもんか。こういう手合いは厄介だぜ)


 ちらり、とローザに視線を向ける。

 思いがけず目があってしまった少女は慌てて視線を下に向けた。

 

 (……慣れねえ)


 マイディあたりならばかち合った視線をそらさずにそのままぶつけてくるだろう。リリゼットならば妖艶に微笑んで見せたかもしれない。

 だが、こういう反応は経験になかった。

 

 初々しくて、自分がなくしてしまったというか、失ってしまった感性をぶつけられてしまうのは、なんともくすぐったいような、むず痒いような奇妙な感覚である。

 だがスカリーとしては一回り以上年下の少女から向けられる好意に応えるつもりはなかったし、特になにかをしようという気も起きない。

 

 「なあローザ。おめえはちゃぁんと働いているんだろうがよ。だったら今はそっちに集中してだな……ああ、違う。いいか? 俺は賞金稼ぎだ。明日命があるかどうかなんぞわからん。そんな人間と一緒になっても裏切られるのがオチだぜ。俺の評判ぐらいは知ってるだろうが」

 「……知ってるよ。だけど、だけどさ! アタシはアンタと一緒になりたいんだよ! 人生を救ってくれた人と一緒になりたい! それがいけないことだっていうのかい⁉」

 「別にそんなことは言っちゃあいねえさ。ただ、俺はやめとけって話であって……」

 「アタシが惚れちまったんだ! 賞金稼ぎのスカハリー・ポールモートに! 剣弾(ソードバレット)スカリーに! ……心底やられちまったんだよ。アンタのことを考えるだけで胸がきゅうっとなるんだ。アンタが他の女と寝るかもしれないとか考えただけで、心の中に黒い影がやってくるんだよ。アタシは」

 

 大分思い詰めてしまっている。

 そのようにスカリーは断じる。

 

 二十にもなっていないような少女には、憧れと恋の感情がないまぜになって存在している。その切り分けがうまくいっていないから、未熟だからこんなにも――自身を破綻させるような手段にも打って出ることができたのだろう。


 一歩間違ったら悪漢にでも襲われてしまっていただろう。

 そうでなくとも、バスコルディア教会への恨みを持った人物は多数いる。

 スカリーに関係してしまうということがそういうやつらから狙われる可能性を秘めていることをこの少女は気づいているのだろうか?

 おそらくは気づいている。そのうえで突進してきているのだ。

 

 全身を投げ出すようにしてスカリーにぶつかってきているのだ。

 恋は盲目。その格言の意味をまざまざと感じる。

 

 (くそくそくそ! どうなってるんだよ! 俺が何した⁉ なんで俺が厄介事の中心にいるんだよ。そういうのはマイディかドンキーの役割だろうがっ! 俺はクソ野郎をぶっ殺しただけだってのに、なんでこいつはこんなにも感謝してんだよ!)


 怒りにも似た感傷がむくむくと膨れ上がりそうになるが、かろうじて抑え込む。

 この少女にぶつけても仕方のない感情だったし、一応は年上の威厳というモノがあった。

 

 思案する。

 どう説得したらいいのだろうか? 

 なんと言って聞かせようか?

 拷問に近い手段も考え付くが、それはむしろ逆効果だろう。

 燃え盛っている恋の炎は、消そうとすればするほどに勢いを増して持ち主の心を焦がす。


 かといって殺してしまうのもあまりよろしくはない。

 無法都市とは言っても、あまりにも目に余るような行動をすれば排除の対象になる。

 それを知らない何人もの荒くれものたちが消えてきたし、スカリーも手を下してきた。

 

 ならば、思慕(しぼ)の情を寄せてくる少女を殺した賞金稼ぎがどういう扱いを受けるのかは想像がつく。

 

 (ドンキーかマイディ。最悪どっちもが俺の首を狙ってくる。……冗談じゃねえ!)

 

 特にドンキーがまずい。一対一ではスカリーにはほとんど勝ち目がない。

 元『明けの開拓団』メンバーに知られることがあれば、リリゼットまで現れる可能性もあった。

 

 (説得しねえと待ってるのはドンキーマイディリリゼットの三重苦、かよ! くそった……あ?)


 閃光のようなひらめき。


 それはもしかすると、悪魔が耳元でささやいただけなのかもしれないが、それでもいい。

 多少スカリーは自暴自棄になっていたのだ。頭がおかしくなっていたのだ。

 だから、その案を採用した。


 「おいローザ」

 「……わ、わかったよ。優しく……して」

 「服を脱ぐんじゃねえ! そういうことじゃねえ。……おめえが俺と一緒になりたいならちょっと紹介したいやつらがいてな。今日はもう日が暮れる。明日案内してやるから……そっからよぉく考えてみるんだな」

 「……挨拶ってわけ?」

 「そういうこった。一応は一番付き合いがあるやつらだからな」

 「わ、わかったよ。アタシ、精いっぱいおめかししていくから、さ」

 

 多少、心が痛んだ。

 純粋に自分を慕っている少女の夢をぶち壊すような行為なのだから。

 「普段のままでいいのさ。普段のままで、な」


 しかし、スカリーは心の中でほくそ笑む。

 

 (あの化け物どもを目にして正気でいられるはずがねえ! あんなのに進んでかかわりたいのは狂人かよっぽどの馬鹿だけだ! ……ケ、ケケ、ケケケケケケ!)


 ほくそ笑むというよりも邪悪に哄笑していた。

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