その2
2
「あのお嬢ちゃんもしつこいですねぇ。ちょいちょいこっちにもやっては来てはいたんですけど、いまだにハンリちゃんに執着しているとは……まったく、わたくしがお説教してあげないといけないかもしれませんね。同性愛なんて非生産的ですよ」
「だったらおめえもハンリに膝枕されてんじゃねえよ。どの口が言いやがる」
「んまっ! ハンリちゃんの膝枕の感触を知らないからそんなこと言えるんですよ。このすべすべの太もも! ……ちょっとぐらい舐めまわしてもばれない可能性はありますよね?」
「……さすがに、気づくよ」
「ああハンリちゃん! 起きていたのですね! わたくし何が言いましたか? ちょっと覚えていませんね。きっと妖精か何かのいたずらでしょう。この清廉潔白を絵にかいたようなわたくしが破廉恥な発言などするはずがありませんしね。きっとそうです。そうにちがいありません」
「うぅん……でもスカリー、なんで断ったの? ちょっとぐらいならわたしも働いてもいいのに。働いたことってないし」
マイディへの膝枕は継続しつつ、ハンリはだらしなく長椅子に寝転んでいるスカリーに尋ねる。
やることが終わってしまっので、今日は暇なのだった。
「おめえなあ……俺達は護衛なんだぜ? 店の中で襲われたらどうするんだよ。こっちは立ち入り禁止、相手はどんなのがやってくるのかわからねえ。そんな状態じゃあ手の打ちようもなし。あの嬢ちゃんはこっちの事情を知らねえが、説明するわけにもいかねえし、きっぱり断っちまうのがいいのさ。ここに無理を通そうとしたらどうなるかは学習してるだろうしな」
店を構えるためにバスコルディア教会を潰そうとした際、ナンシーは大きな心的外傷を受けた。その際、ぎりぎりでハンリにかばわれた。それも手伝って執着している部分がある。
だからと言って自分の店で働かせたがるのは困ったものなのだが。
(……どうするんだろうなぁ。あの目はおとなしく引き下がる目じゃない。どういう手練手管を使ってくるのか……あぁ、面倒くせぇ)
それでもハンリの護衛は最優先事項である。
我ながら似合わないことをしている。そう自嘲しつつ、スカリーは手近にあった干し肉をかじった。
「んじゃあな。ハンリ、明日は一か月の復習だ。ノートなりなんなり見返しとけ。あとマイディ、ドンキーのアホに言っとけ。『おめえは、二度と、泳ぐな』ってな」
「うんわかった。頑張る」
「仕方ないですねぇ、貸し一つ、ですよ?」
「伝言程度で貸しにしたつもりになってるんじゃねえよ」
別れの挨拶と共にスカリーは教会を出る。
隣のオーテルビエル商会店舗はにぎわっているようだった。
この辺には似つかわしくないような上等の服装をしいている者もいるので、わざわざ足を運ぶ程度の常連は確保しているようだ。
(商売上手でうらやましい……商売上手なだけならいいんだけどな)
ナンシーに見つかっても厄介なことになるのが予想できていたので足早に去る。
それを見ていた人影は、足音を立てないようにしてスカリーを追った。
ねぐらにしている安宿に向かう道中。
いつからか? おそらくはずっと。
(尾行されてるな。気配の消し方はお粗末だが……絶対に引き下がれないっていう意思を感じる、な)
入り組んだ道に入り込んでも、気配は堂々とついてきていた。
こちらが気づていることを気取らせないように、あくまで寄り道をしているという風情でスカリーは何度か様子をうかがってみるが、向こうに動きはない。
あくまでついてきているだけだ。
(……なんなんだか)
買った恨みは数えきれない。
そのうちのどれが原因なのかということは至極どうでもいい。
問題は、このままねぐらについてこられてしまうことだった。
(……しゃーねえ)
入った道は、普段ならばあまり通ることはない。
見通しが悪く、奇襲する側には絶好の場所だったし、そもそもが閉鎖的な蜥蜴族の縄張りだから。しかし、相手としてもそれは同じはずだ。
道を折れて姿が見えなくなったスカリー。追っていた人影は少しだけ考える。
追うべきか、それともあきらめるべきか。
一瞬、思考したのは一瞬。
気づいた時には足はスカリーの後を追っていた。
建物によって両側がふさがれている通り。
視界は悪いが、おそらくは一本道。これならば多少の遅れがあったとしても追いつくことはたやすい。そう考えた。
「動くんじゃねえ。動いたが最後、テメエの頭の風通しがだいぶ良くなるぜ。そうなりたいなら動きな。だが、まだ鉛を埋め込まれたくなかったら動くんじゃねえ」
スカリーの声が横から聞こえた。
(誰だコイツ?)
通りの入り口、建物の壁を登ってへばりついていたスカリーは自分を追って通りに入った人物の背後をとり、そのまま牽制に移った。
目深にフードをかぶっているので顔は見えないが、どうにも線が細い。
(――女、しかもまだガキじゃねえか?)
てっきり汚らしい人間の男か、犬頭族、もしくはエルフあたりだと見当をつけていたスカリーは違和感を覚える。
若い女に後をつけられる覚えはなかった。
そういう類の人間でないことは自覚している。
「ゆっくり。そう、赤ん坊を抱きかかえるみたいにゆっくりとフードをとってこっちを向きな。従わねえなら撃つ」
本気だ。
性別とか種族とか、老若男女で撃つ対象を選んだりはしない。
そういう男だった。
フードの人物は指示に従ってゆっくりとフードを下す。
やや色あせてはいるが、金髪。
さらに、振り向いた顔は予想通りの女、いや少女だった。
そばかすが特徴的なぐらいで、ほかにはあまりこれといった顔立ちではない。やや鼻が低いぐらいか。そして、スカリーにも見覚えはなかった。
緊張しているのか、少女の体は多少震えている。
原因は向けられている拳銃か、それともスカリーか、あるいは両方か。
「……誰だよ。恨みはたっぷり買ってるつもりだが、テメエみたいなガキに後をつけられる覚えはねえ。とっとと吐きな。吐かねえなら覚悟しな」
撃鉄を起こす。
それはいつでも発砲が可能であるというサイン。
もちろん、バスコルディアの住人ならば誰もが知っているサインだ。
「……アタシ、ローザっていうの」
「…………」
少女は名乗ったものの、やはりスカリーには聞き覚えがない。
同名の人間も知ってはいるが、それはもはや中年だ。間違っても少女ではない。
「……アンタに助けてもらったんだよ。覚えてない? スカハリー・ポールモート」
「知らねえな。俺は人は助けねえし、正義のヒーローでもねえ。ぶっ殺したやつは山ほどいるからそのうちの誰かと勘違いしてやしねえか?」
そばかすの少女、いや、ローザはどこか悲しげに微笑む。
悲しんでいるようで、喜んでいるようにも見える笑みで。
「まァ、アンタにとっちゃ日常だったのかもね。でもアタシにとっちゃ救世主様だったんだよ。……ボリエルゴ。賞金首のボリエルゴ・バーンズ。殺したのはアンタなんだろ?」
「……ああ。それは俺だな」
間違いなくスカリーだった。
マイディとつるむようになる前、出会う前。
バスコルディアに逃げ込むようにしてきた賞金首を狩っては政府に引き渡し、この時期に大分悪名も名声も手に入れた。どちらかというと、悪名のほうが多かったが。
その時期、まさに最後に狩った賞金首がボリエルゴだった。
娼館を経営するという、一見すると自分から襲撃してくれと言わんばかりのことをやっていたのだが、バスコルディアにおいてそれはかなり有効だった。
人という壁を以て、自身の防御を果たしている。
絶対に自分の店からは出ずに、のうのうと暮らしていた。
そこをスカリーに狩られた。
油断して、肥満して、ぶくぶくと心と体に脂肪をまとっていた賞金首。その首をはねた。
生死を問わずの条件だったので楽だったことを覚えている。
死後のことはしったことではなかった。
娼館の人間はおそらく離散したのだろうが、スカリーにとってはどうでもいい他人事だったのだ。
特にこの一件で感謝される筋合いはない。そのはずだ。
関係者はどこぞでまた客を取っているか、他に入り込んでいるはず。そうでなければ野垂れ死にしているのが関の山。
なのに目の前の少女は感謝しているという。
今一つ話が見えてこない。
「……やっぱり、アンタにとってはどうでもいいことだったんだろうね。だけどさ、アタシ達は全員感謝してるんだよ。あの人でなしをぶっ殺して、開放してくれたんだからさ」
「娼婦か」
「『元』娼婦、だよ。今はお針子のローザ。でもね、アタシはずっと気にしてたんだよ。アタシ達を救ってくれた人ってのはどんな人なんだろうって……今も誰かを救ってるのかって、さ」
「生憎だが俺は――」
「わかってるよ。『救ってなんぞいない』でしょ? それでも誰かを救ってるのかもしれないじゃないか。アタシ達を救ってくれたみたいに」
「……何がしてえんだよ、おめえは」
身の上話に加えて、どこか説教じみた色合いを含んできた話を無理やりに軌道修正。
敵意がない、らしいことは大体理解できたが、それならばなおさらスカリーをわざわざ尾行していた理由に思い当たらない。
今は娼婦でないというのならば、また主人を殺してほしいという話でもないのだろう。さっき自身の身の上を語るときに憎悪に類する悪感情は感じられなかった。
ではなぜ?
理由なき行動はない。それがスカリーの信条である。
かならず何かしらの理由が付随しているはずなのだ。
この元娼婦という少女も例外ではないはず。
「……アタシさ、ちょっとアンタのこと調べたんだ。だから、独り身だってことも知ってる」
「いらねえ世話だ。身は軽いほうがよくってな」
「アタシはこの街で生まれたわけじゃない。他から攫われてきたんだけど、小さかったから故郷のことなんて覚えてない。他での生き方も知らない。だから、この街で生きていくしかないんだ。……この無法の街で」
「だからおめえは何が言いてえ――」
「アタシのいいひとになってくれない?」
「――んだよ……………………は?」
少女の言葉に、独身の賞金稼ぎは固まった。




